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最初の犠牲者

真 side 1

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 暗い階段を上りながら、ややのんびりとした調子で、私の下にいる鈴木が口を開いた。

「いや~、三人一緒とはいえ、怖いですねぇ。心霊って信じない方なんですが、これだけ暗いと何かがこう……出てきそうですよね」

 二階を一人で調べていたくせに、何を言う。しかしその声は若干裏返っており、言葉通りの彼の様子を表しているようだった。

 とはいえ、少し声量が大きい。私は彼に、「もう少し、ボリュームを下げてくれ」と、声量を落とすように言った。私が先頭なんだ。これでもし、犯人が現れたら、真っ先にやられるのは私だ。美香を守れずにやられることだけは避けたい。

「犯人がいるかもしれないから? それなら、美香ちゃんを見つけた時もそうでしょ? 私が犯人なら、もう三階にはいないと思いますけどね」

 鈴木が私の心を見透かしたように言った。真ん中という、一番安全なポジションにいる鈴木が恨めしい。

 というものの、その先頭を買って出たのは私だが。

「それより、罪って何でしょうね」

 ペタンッ、ペタンッ、と足音を鳴らしながら、鈴木が言った。私は振り返ることなく、「さあ、皆目見当もつかないな」と、答える。

「だいたい、『罪を告白せよ』だなんて、人を監禁してまで問いたいことでしょうか? 大掛かりで嫌な詰問ですね。これは面白がっているというよりは恨み……怨恨なのかな?」

「俺たちは初対面だろう? そこの医者と下にいる嬢ちゃんは別のようだが、そんな俺たちに共通の怨恨なんてあるのか?」

 しんがりを務める武藤が口を挟んだ。

「我々に接点はなくとも、犯人にとっては七人それぞれに、恨みがあるのかもしれませんよ?」

「それは言えるな」

 犯人が彼らと関わりのある人物だろうことはわかるが、その数は六人だ。決して少なくはない。一人ならまだしも、こんな複数人に恨みを抱くことなど、あるのだろうか?

「でも、中途半端ですよね」

「何が?」

「真さんの言うように、七人で六つ、罪を告白することが、です。一人で六つも多すぎるけれど、ここに集められたのは七人ですよ。なら、罪を七つ告白せよ、の方がしっくりくるじゃないですか。一人だけ罪を犯していないというのもなんだか妙です。というか、可哀想です。その人。完全なとばっちりじゃないですか」

 そのとばっちりを受けているのが私だ、とは言えない。

「それに、六つじゃなくて七つの罪なんだとしたら、七つの大罪とかにも当てはめられそうですし……」

「七つの大罪?」

「聞いたことありません? キリスト教の用語です。意味は、人間を死に至らしめる七つの欲望。罪の根源とされる悪しき感情……だったかな? 要は七つあるんですよ。えーと、傲慢、色欲、強欲、嫉妬、暴食、怠惰、それから……」

「憤怒」

「そうです、武藤さん。よくご存じで」

 二人とも、よく知っているな。実は敬虔なクリスチャンなのか?

 私は前を向いたまま、下にいる彼らに尋ねた。

「つまり、その七つが、ここにいる七人にそれぞれ当てはまると?」

「まあ、こじつけですよ。それに、私の七つの大罪の知識なんて漫画で得た程度のものですから、詳しくは知りませんし……」

「そもそも、七じゃなくて六だ。六なら六大煩悩の方が当てはまるだろうな」

「あ、そっちは思いつきませんでした。……さて、三階に到着ですね」

 と、鈴木は意識の先を両開きの扉へと切り替えた。

 三階の扉は、何かで押さえないことには勝手に閉じてしまう。そこで武藤に扉を開けてもらい、私は鈴木とともに中にある丸テーブルを運んでストッパー代わりにした。これで扉は開いたままだ。一階からの声もよく聞こえるだろう。

「よし。行くぞ……」

 それぞれ、手にする懐中電灯を使い、中を照らした。しかし私の後ろで、ゼエゼエと肩で息をする人間が気になり、振り返った。

「武藤さん、大丈夫ですか?」

「普段、足腰を使わないだけだ。構わなくていい」

 私よりはやや低く、鈴木よりはうんと高い体を屈めて、武藤は息を整えようと深く呼吸を繰り返す。頭が下になった途端、額の汗がポタポタと滴った。

「休みますか?」

「いや……いい」

 フラフラとしながら、中に入った武藤は照明をあちこちに向けて、中を観察し始めた。

「……あれか? アンタらが言っていた人形ってのは」

 武藤は中央を照らして目を細めた。私と鈴木がともにそちらを照らしながら見ると、人形は変わらず惨い姿でそこにあった。

「で、ご感想は?」

 同じく人形の方を見つめたまま、鈴木が武藤に尋ねると、彼から「反吐が出る」と、短く返ってきた。

 武藤の手元を見ると、依然として震えている。構わなくていいと言われたものの、このまま一人にしておくのは心配だ。

 私は武藤に近づいた。

「武藤さん。私と一緒にこの辺りを調べませんか?」

「ん? ……ああ」

 武藤は一瞬、不思議そうに首を傾げたものの、すぐに頷いた。その顔は、どうでもいいと言いたげだったが、一緒にいることは拒まれなかった。

 私は奥に進みつつある鈴木に声をかけた。

「鈴木君。奥の方を頼んでもいいか?」

「いいですよ」

「お互いに危険を感じたら、叫ぶようにしよう」

「了解です」

 鈴木は振り返ることなく、懐中電灯を頭上でクルクルと回した。

 私は近くで転がっている椅子を武藤の傍に立てると、そこに座るよう促した。武藤は「いいって言ってんのに」と独り言のように漏らした後、急に力が抜けたのか、座面にどっかりと尻をつけた。

 苦しそうに呼吸をしている上に、椅子の背凭れに右肘を乗せて頭を押さえている。離脱症状はかなり辛そうに見えた。

「頭痛ですか?」

「ああ。目覚めた時から、ずっとな」

「失礼ですが、アルコールはいつから?」

「さあな」

「病院の受診は……」

「チッ」

 立て続けに質問しことで癪に障ったようだ。武藤は舌打ちをした。

「アンタは俺の主治医か何かか? 俺に指図するな」

 強い目つきで見据える武藤は、言葉にし難い威圧感があった。

 つい、怯んでしまった。医師なのに、情けない話だ。しかしこのまま、放っておくこともできない。たとえ、ここから脱出できたとしても、元の生活に戻れば彼の病状は確実に悪化するだろう。

 私は椅子をもう一脚持ってくると、武藤と向き合うように置いてそれに座った。いきなり出会った医師と自称する人間に、彼が心を開いてくれるとは思わない。それでも、自分が気づいているのに、このまま見過ごすことはできなかった。

「私は精神科医です。あなたから詳しくお話を聞かないと、きちんとした診断はできませんが、見たところアルコール依存症かと思われます」

「知っているよ。毎日、酒浸りなんだ。自覚はある」

「お酒は好んで常飲を?」

「いや……むしろ嫌いだな。酒を飲めば嫌なことも忘れられると思って、そこから始まったんだ」

 アルコール依存症は、酒が好きな人間がなるというわけではない。武藤のように酒に弱くとも、酒に溺れなければならないほど、心に何かを抱えている人間が陥りやすい。

「こういった状況ですが、何か悩んでらっしゃるなら、お聞きしますよ」

 再び、武藤は私を睨んでみせたが、やがて根負けしたように顔を逸らして俯いた。

「悩みなんかない。悩む段階はとっくに過ぎた。いっそ死にたいくらいだな」

「死にたい……?」

 武藤はそうだと頷いた。

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