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『汝、六つの罪を告白せよ。さもなくば』
真 side 4
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「音が一切ないから、可能性としてはうんと低いがな。そんでここ。一見、ただの床だな。だが、この下に秘密の地下通路があるってのはどうだ?」
武藤は手首をくるりと回して、突き立てた人差し指を下に向けた。
「ば、馬鹿じゃないの。そんなドラマや映画みたいなこと、あるわけないじゃない」
潤美が声を上擦らせながら、ヒールのつま先を床から少しだけ浮かせた。
武藤は「チッ」と舌打ちをする。
「考えがあるなら言いなさいって言われたんだ。文句なら、そこの医者に言え」
そう言って、私の方を顎で示す武藤は、そのまま瞼を瞑ってしまった。
確かに馬鹿馬鹿しい話かもしれない。しかし、ここが犯人にとって都合のいい“城”だとしたら、どうだろう。海外の事件にも、女性を監禁するためにわざわざ地下室を造った例があるんだ。可能性はゼロじゃない。
私は武藤に礼を言った。
「ありがとうございます。それらは考えつきませんでした」
武藤は瞼を閉じたまま、呆れ混じりに弁明する。
「ちゃんちゃらおかしいことを言ってるって、充分わかってんだよ。不可能ではないだろうが、それを可能にするには膨大な時間と労力がいる。それこそ、俺くらいの暇人じゃねえとやれねえよ。だけどな、どこに犯人が潜んでんのかなんて……考えたらこんな風にキリなく出てくるんだよ」
そして最後に、「あの監視カメラが目眩ましで、犯人がこの中にいるってんなら、俺が今言ったことについて考えるだけ無駄だけどな」と締め括った。
私はもう一度、監視カメラの方に視線をやった。あれは本当に作動しているのだろうか。囲われたドームの中で、監視カメラ特有のLEDの赤いランプは点灯していない。ダミータイプはむしろ、LEDランプが常時点灯しているイメージがある。どちらにしても、こちらからは、あの監視カメラが正常に作動しているのかどうかはわからない。
とりあえず、壊しておくか? いや、もしも犯人が監視のために取りつけたのなら、カメラがあれ一つということはないだろう。壊したところで無駄だろうし、あれを壊すことによって犯人の逆鱗に触れでもしたら、何をされるかわからない。毒ガスでも噴射されたら、一巻の終わりだ。
そう。この建物に踏み入らずとも、全員を殺す方法は無数にあるんだ。
「地下通路……」
鈴木がポツリと呟いた。
「どうした、鈴木君」
「いや、武藤さんが言った地下通路案が気になってしまって。もし、そんなものがあるのだとしたら、この床のどこかにそれらしい扉があるってことですよね?」
「だろうな」
彼に答えながら、ここがからくり屋敷なら、それらしいものは隠されているのだろうが、とも思った。
「床下収納みたいな取っ手でもあればわかりやすいんだがな」
トントン、と靴下越しの踵で床を鳴らした。鈴木は「ああ、そうか」と何かを納得したように頷きながら、
「そんなものがあれば、そもそも犯人が私たちに悟られないように隠すはずですね」
「見たところ、そんな扉を隠せるような大きな調度品は、ロッカーや机、それにこのソファくらいじゃないか?」
そのソファはたった今、動かしたばかりだ。試しに、自分が持っていた懐中電灯で、元々ソファがあった床周りを照らしてみる。が、それらしきものは何もない。
鈴木は「う~ん」と唸りながら、視線をあちらこちらに動かすと、何かに気づいたように口を「あ」の形にした。
「そこは? あの階段の奥です」
「階段?」
全員が、鈴木の指さす階段の方へ視線を向けた。一緒に照明も向けると、手すり壁向こうでひょっこりと頭を出すように、作動していない自販機が見えた。
「あの階段後ろにある自販機。あそこの下とか、どうです?」
確かにあれなら床下を隠すという役割は充分に果たしてくれるだろう。だが……
「じ、自販機なんて、そんな重いものの下に扉があったとして……ど、どうやって出入りするんですか?」
と、同じことが疑問として頭に浮かんだだろうショウコが、声を上擦らせながら発言した。つまり、ここから自販機を動かして床下に入ることはできても、床下から自販機を動かしてここへ入ることはできない、ということだ。
「気になるなら試しに動かしてみようか?」
「ふ、二人で、ですか?」
私が言うと、ショウコが私と鈴木を交互に見た。ソファを丸太代わりにするという案で、武藤と平を除外したのだから、彼女が疑問に思うのは当然か。
鈴木も、「いやいや」と自分の前で手を振った。
「さすがにあれを動かすくらいなら、ソファを二人で抱えて出入り口の扉をこじ開けることに体力を使いますよ。それに、自分で言っておいてなんですが、外からこの中へ入る時にあんな重いもの、とてもじゃないけど動かせないです。だけど、そういう秘密の抜け道ってミステリーの定石じゃないですか?」
この状況はホラーかもしれませんけれどね、と鈴木の声音はふざけたように、しかしその表情からは貼りつけていたゆとりが剥がれつつあった。
気づけば潤美の口数も減っていた。美香や他の彼らも、疲弊と落胆を両肩に乗せて項垂れている。
話し合えば話し合うほど、逃げ場がないことが明かされていく。加えて、犯人の目的がわからないことが、彼らを恐怖の沼へと沈めていった。
「お……お……」
「ん?」
「お……鬼よ……また、鬼が……出たんだわ……」
顔を両手で覆うショウコが、絞り出すような声を出した。
「おに? 今、鬼って言ったんですか?」
私が聞き返すも、その言葉はショウコの耳には入らないようで、ぶつぶつと何かを言っている。振り返れば、このショウコという女性は他の誰よりも言動が怪しかった。
当初は、見知らぬ場所で目覚めて出口のない廃墟に閉じ込められたのだから、怯えても泣いても仕方のないことだと思っていた。その怯え方が、やや過剰に感じる。鈴木のように落ち着き払っているのもおかしいが、人はこんなにも怯え散らかすものだろうか?
それに彼女は、明らかに何かを隠している。もしや犯人に心当たりがあるのか?
隣の美香がショウコの独り言に耳をそばたてながら、首を傾げた。
「鬼って……あの鬼ですか? 角が生えて金棒を持つ、化け物の……?」
「それこそありえないわよ。なんで化け物が七人も監禁するのよ。まさか、人間を食べるわけ?」
と、潤美が鼻で笑った。
「でも、化け物の仕業だって思った方が、一番納得するかもしれません。こんなに酷いことをするなんて……」
眉尻を下げた美香が、胸元のブラウスを強く掴んだ。日々、いろんな悩みや問題を抱える人と接する身の彼女からすると、いまだに信じ難い状況なのだろう。話し合えばわかりあえる……なんて、甘っちょろい考えかもしれないが、彼女はそれを信じている。
こんなことは人間のすることじゃない。美香は人を信じたいんだ。
だが……。
「犯人は人間だよ。でなければ、こんなもの、人間の背中に置きやしない」
言いながら、私はズボンのポケットに手を入れると、あるものを掴み出して、ローテーブルの上に広げた。
「真さん。これは……?」
私の手元を、不思議そうに美香が見つめる。他の彼らも、何だ何だと、怪訝な表情でそれを見た。
『六』、『セ』、『ン』、『白』、『ジ』、『サ』、『モ』、『罪』、『ツ』、『ナ』、『ナ』、『告』、『ク』、『バ』
皺のついたこの不揃いの新聞紙の切り抜きが、私のポケットに入っていたすべてだ。
私は彼らに頭を下げて告白する。
「隠していてすみませんでした。これは三階で倒れていた美香の背中にあったものです。おそらく、犯人が残したものでしょう」
それは例の新聞紙の切り抜きだった。美香を抱き起したことで崩れ落ちてしまったが、あの場に落ちていたものはおそらくすべて拾えたと思う。
途端、潤美がわなわなと体を震わせ、叫ぶように言った。
「なんでこんな重要そうなもの、今まで隠してたのよっ」
「頃合いを見て出すつもりだったんだ。それに、話していく中でこの監禁について心当たりのある人間がいるんじゃないかと思い、様子を見ているうちに出しそびれてしまった。すまない」
「だからって……」
「まあまあ。責めるのは今はなしです。それより、こっち。真さん、これはどのような順番で美香ちゃんの背中に並べられていたんですか?」
鈴木が潤美を制止し、ローテーブル上の切り抜き文字を指さした。このまま読んでも何のことだかわからないから、早く並べ替えろと彼の目が言っている。
私は再び、「すまない」と謝った。
「実は、倒れていた美香の方に気を取られてしまって、読み終える前に彼女を抱き起してしまったんだ。だが、はじめの方は『ナンジ』と並んでいた」
「じゃあ、『ナ』、『ン』、『ジ』は外せますね」
鈴木がソファから立ち上がり、『ナ』『ン』『ジ』の三つを纏めて、机の端……私と武藤が座る側へスライドさせる。
片目を開けた武藤が、
「残ったものが、『六』、『セ』、『白』、『サ』、『モ』、『罪』、『ツ』、『ナ』、『告』、『ク』、『バ』……か」
と、声に出して読み上げた。
「うーん……まず、『白』と『告』はセットですかね。告白ってなるでしょ」
「この、『ツ』も『六』とセットじゃないの?」
「『六ツ』、『告白』、だな。となると……」
私は鈴木と潤美の言葉に従いつつ、それらを纏めて『ナンジ』の下に並べた。
「『ナンジ』、『告白』、『六ツ』……?」
「あ、この『罪』の前に『六ツ』じゃないですか?」
謎解きパズルを前にするように、皆が口々に思いついたことを述べていく。私は彼らの言う通り、切り抜き文字を並べ替えた。
「『ナンジ』、『告白』、『六ツ』、『罪』……で、残りがカタカナ六文字か」
すると美香が、『セ』の文字を手に取って、
「この『セ』がわからないけれど、残ったものは『サ』『モ』『ナ』『ク』『バ』って読めますね。もしこれが言葉通り『さもなくば』なら、何かの文章の後に続くはずです」
私が並べた文字の下に『サ』『モ』『ナ』『ク』『バ』の順で切り抜きを置いた。
この時、それまで胸元を隠していた手を外したため、胸の谷間が露わになった。それを向かいに座る平が目ざとく気づき、下卑た表情をその顔に浮かべた。
「美香」
私が耳打ちすると、平の視線に気づいた美香は慌てて切り抜きから手を離し、サッと胸元を隠した。最後の『バ』の文字が、少しだけ傾いた。
「となると、『ナンジ』、『告白』、『六ツ』、『罪』、『サモナクバ』だけど、このままじゃ意味が通じないから……」
鈴木が最後の仕上げとばかりに、文字を入れ替える。
そして、「これでどうです?」と言って、両手を広げてみせた。
『ナンジ』、『六ツ』、『罪』、『告白』、『セ』、『サモナクバ』
潤美が『セ』を指さした。
「『セ』はここでいいの?」
「『セ』単体であれば、ここじゃないと思いますが、この後に『ヨ』って文字が続くなら、文章として成立すると思いまして」
鈴木の推測に、武藤が「なるほど」と小さく頷いた。
「残った『セ』は単体じゃなく、『セヨ』か。しかしまあ……中途半端だな」
「切り抜き、本当にこれだけだったの?」
潤美が元からのつり目をさらにつり上げて私を見た。つい怯んでしまった私は、
「もしかしたら、拾え切れていなかったのかもしれない……」
と、謝るように目を伏せた。
「まあまあ」
鈴木が潤美を宥めて、
「切り抜きがこれで全部じゃなく、勝手に脳内補完をするのだとしたら、『汝、六つの罪を告白せよ。さもなくば』ってなりますよね。これ、いい線いっていると思いませんか?」
ね? と、最後につけ加えて、周囲を見渡した。心なしか、見えない尻尾を後ろでブンブンと振っているように見える。
武藤は手首をくるりと回して、突き立てた人差し指を下に向けた。
「ば、馬鹿じゃないの。そんなドラマや映画みたいなこと、あるわけないじゃない」
潤美が声を上擦らせながら、ヒールのつま先を床から少しだけ浮かせた。
武藤は「チッ」と舌打ちをする。
「考えがあるなら言いなさいって言われたんだ。文句なら、そこの医者に言え」
そう言って、私の方を顎で示す武藤は、そのまま瞼を瞑ってしまった。
確かに馬鹿馬鹿しい話かもしれない。しかし、ここが犯人にとって都合のいい“城”だとしたら、どうだろう。海外の事件にも、女性を監禁するためにわざわざ地下室を造った例があるんだ。可能性はゼロじゃない。
私は武藤に礼を言った。
「ありがとうございます。それらは考えつきませんでした」
武藤は瞼を閉じたまま、呆れ混じりに弁明する。
「ちゃんちゃらおかしいことを言ってるって、充分わかってんだよ。不可能ではないだろうが、それを可能にするには膨大な時間と労力がいる。それこそ、俺くらいの暇人じゃねえとやれねえよ。だけどな、どこに犯人が潜んでんのかなんて……考えたらこんな風にキリなく出てくるんだよ」
そして最後に、「あの監視カメラが目眩ましで、犯人がこの中にいるってんなら、俺が今言ったことについて考えるだけ無駄だけどな」と締め括った。
私はもう一度、監視カメラの方に視線をやった。あれは本当に作動しているのだろうか。囲われたドームの中で、監視カメラ特有のLEDの赤いランプは点灯していない。ダミータイプはむしろ、LEDランプが常時点灯しているイメージがある。どちらにしても、こちらからは、あの監視カメラが正常に作動しているのかどうかはわからない。
とりあえず、壊しておくか? いや、もしも犯人が監視のために取りつけたのなら、カメラがあれ一つということはないだろう。壊したところで無駄だろうし、あれを壊すことによって犯人の逆鱗に触れでもしたら、何をされるかわからない。毒ガスでも噴射されたら、一巻の終わりだ。
そう。この建物に踏み入らずとも、全員を殺す方法は無数にあるんだ。
「地下通路……」
鈴木がポツリと呟いた。
「どうした、鈴木君」
「いや、武藤さんが言った地下通路案が気になってしまって。もし、そんなものがあるのだとしたら、この床のどこかにそれらしい扉があるってことですよね?」
「だろうな」
彼に答えながら、ここがからくり屋敷なら、それらしいものは隠されているのだろうが、とも思った。
「床下収納みたいな取っ手でもあればわかりやすいんだがな」
トントン、と靴下越しの踵で床を鳴らした。鈴木は「ああ、そうか」と何かを納得したように頷きながら、
「そんなものがあれば、そもそも犯人が私たちに悟られないように隠すはずですね」
「見たところ、そんな扉を隠せるような大きな調度品は、ロッカーや机、それにこのソファくらいじゃないか?」
そのソファはたった今、動かしたばかりだ。試しに、自分が持っていた懐中電灯で、元々ソファがあった床周りを照らしてみる。が、それらしきものは何もない。
鈴木は「う~ん」と唸りながら、視線をあちらこちらに動かすと、何かに気づいたように口を「あ」の形にした。
「そこは? あの階段の奥です」
「階段?」
全員が、鈴木の指さす階段の方へ視線を向けた。一緒に照明も向けると、手すり壁向こうでひょっこりと頭を出すように、作動していない自販機が見えた。
「あの階段後ろにある自販機。あそこの下とか、どうです?」
確かにあれなら床下を隠すという役割は充分に果たしてくれるだろう。だが……
「じ、自販機なんて、そんな重いものの下に扉があったとして……ど、どうやって出入りするんですか?」
と、同じことが疑問として頭に浮かんだだろうショウコが、声を上擦らせながら発言した。つまり、ここから自販機を動かして床下に入ることはできても、床下から自販機を動かしてここへ入ることはできない、ということだ。
「気になるなら試しに動かしてみようか?」
「ふ、二人で、ですか?」
私が言うと、ショウコが私と鈴木を交互に見た。ソファを丸太代わりにするという案で、武藤と平を除外したのだから、彼女が疑問に思うのは当然か。
鈴木も、「いやいや」と自分の前で手を振った。
「さすがにあれを動かすくらいなら、ソファを二人で抱えて出入り口の扉をこじ開けることに体力を使いますよ。それに、自分で言っておいてなんですが、外からこの中へ入る時にあんな重いもの、とてもじゃないけど動かせないです。だけど、そういう秘密の抜け道ってミステリーの定石じゃないですか?」
この状況はホラーかもしれませんけれどね、と鈴木の声音はふざけたように、しかしその表情からは貼りつけていたゆとりが剥がれつつあった。
気づけば潤美の口数も減っていた。美香や他の彼らも、疲弊と落胆を両肩に乗せて項垂れている。
話し合えば話し合うほど、逃げ場がないことが明かされていく。加えて、犯人の目的がわからないことが、彼らを恐怖の沼へと沈めていった。
「お……お……」
「ん?」
「お……鬼よ……また、鬼が……出たんだわ……」
顔を両手で覆うショウコが、絞り出すような声を出した。
「おに? 今、鬼って言ったんですか?」
私が聞き返すも、その言葉はショウコの耳には入らないようで、ぶつぶつと何かを言っている。振り返れば、このショウコという女性は他の誰よりも言動が怪しかった。
当初は、見知らぬ場所で目覚めて出口のない廃墟に閉じ込められたのだから、怯えても泣いても仕方のないことだと思っていた。その怯え方が、やや過剰に感じる。鈴木のように落ち着き払っているのもおかしいが、人はこんなにも怯え散らかすものだろうか?
それに彼女は、明らかに何かを隠している。もしや犯人に心当たりがあるのか?
隣の美香がショウコの独り言に耳をそばたてながら、首を傾げた。
「鬼って……あの鬼ですか? 角が生えて金棒を持つ、化け物の……?」
「それこそありえないわよ。なんで化け物が七人も監禁するのよ。まさか、人間を食べるわけ?」
と、潤美が鼻で笑った。
「でも、化け物の仕業だって思った方が、一番納得するかもしれません。こんなに酷いことをするなんて……」
眉尻を下げた美香が、胸元のブラウスを強く掴んだ。日々、いろんな悩みや問題を抱える人と接する身の彼女からすると、いまだに信じ難い状況なのだろう。話し合えばわかりあえる……なんて、甘っちょろい考えかもしれないが、彼女はそれを信じている。
こんなことは人間のすることじゃない。美香は人を信じたいんだ。
だが……。
「犯人は人間だよ。でなければ、こんなもの、人間の背中に置きやしない」
言いながら、私はズボンのポケットに手を入れると、あるものを掴み出して、ローテーブルの上に広げた。
「真さん。これは……?」
私の手元を、不思議そうに美香が見つめる。他の彼らも、何だ何だと、怪訝な表情でそれを見た。
『六』、『セ』、『ン』、『白』、『ジ』、『サ』、『モ』、『罪』、『ツ』、『ナ』、『ナ』、『告』、『ク』、『バ』
皺のついたこの不揃いの新聞紙の切り抜きが、私のポケットに入っていたすべてだ。
私は彼らに頭を下げて告白する。
「隠していてすみませんでした。これは三階で倒れていた美香の背中にあったものです。おそらく、犯人が残したものでしょう」
それは例の新聞紙の切り抜きだった。美香を抱き起したことで崩れ落ちてしまったが、あの場に落ちていたものはおそらくすべて拾えたと思う。
途端、潤美がわなわなと体を震わせ、叫ぶように言った。
「なんでこんな重要そうなもの、今まで隠してたのよっ」
「頃合いを見て出すつもりだったんだ。それに、話していく中でこの監禁について心当たりのある人間がいるんじゃないかと思い、様子を見ているうちに出しそびれてしまった。すまない」
「だからって……」
「まあまあ。責めるのは今はなしです。それより、こっち。真さん、これはどのような順番で美香ちゃんの背中に並べられていたんですか?」
鈴木が潤美を制止し、ローテーブル上の切り抜き文字を指さした。このまま読んでも何のことだかわからないから、早く並べ替えろと彼の目が言っている。
私は再び、「すまない」と謝った。
「実は、倒れていた美香の方に気を取られてしまって、読み終える前に彼女を抱き起してしまったんだ。だが、はじめの方は『ナンジ』と並んでいた」
「じゃあ、『ナ』、『ン』、『ジ』は外せますね」
鈴木がソファから立ち上がり、『ナ』『ン』『ジ』の三つを纏めて、机の端……私と武藤が座る側へスライドさせる。
片目を開けた武藤が、
「残ったものが、『六』、『セ』、『白』、『サ』、『モ』、『罪』、『ツ』、『ナ』、『告』、『ク』、『バ』……か」
と、声に出して読み上げた。
「うーん……まず、『白』と『告』はセットですかね。告白ってなるでしょ」
「この、『ツ』も『六』とセットじゃないの?」
「『六ツ』、『告白』、だな。となると……」
私は鈴木と潤美の言葉に従いつつ、それらを纏めて『ナンジ』の下に並べた。
「『ナンジ』、『告白』、『六ツ』……?」
「あ、この『罪』の前に『六ツ』じゃないですか?」
謎解きパズルを前にするように、皆が口々に思いついたことを述べていく。私は彼らの言う通り、切り抜き文字を並べ替えた。
「『ナンジ』、『告白』、『六ツ』、『罪』……で、残りがカタカナ六文字か」
すると美香が、『セ』の文字を手に取って、
「この『セ』がわからないけれど、残ったものは『サ』『モ』『ナ』『ク』『バ』って読めますね。もしこれが言葉通り『さもなくば』なら、何かの文章の後に続くはずです」
私が並べた文字の下に『サ』『モ』『ナ』『ク』『バ』の順で切り抜きを置いた。
この時、それまで胸元を隠していた手を外したため、胸の谷間が露わになった。それを向かいに座る平が目ざとく気づき、下卑た表情をその顔に浮かべた。
「美香」
私が耳打ちすると、平の視線に気づいた美香は慌てて切り抜きから手を離し、サッと胸元を隠した。最後の『バ』の文字が、少しだけ傾いた。
「となると、『ナンジ』、『告白』、『六ツ』、『罪』、『サモナクバ』だけど、このままじゃ意味が通じないから……」
鈴木が最後の仕上げとばかりに、文字を入れ替える。
そして、「これでどうです?」と言って、両手を広げてみせた。
『ナンジ』、『六ツ』、『罪』、『告白』、『セ』、『サモナクバ』
潤美が『セ』を指さした。
「『セ』はここでいいの?」
「『セ』単体であれば、ここじゃないと思いますが、この後に『ヨ』って文字が続くなら、文章として成立すると思いまして」
鈴木の推測に、武藤が「なるほど」と小さく頷いた。
「残った『セ』は単体じゃなく、『セヨ』か。しかしまあ……中途半端だな」
「切り抜き、本当にこれだけだったの?」
潤美が元からのつり目をさらにつり上げて私を見た。つい怯んでしまった私は、
「もしかしたら、拾え切れていなかったのかもしれない……」
と、謝るように目を伏せた。
「まあまあ」
鈴木が潤美を宥めて、
「切り抜きがこれで全部じゃなく、勝手に脳内補完をするのだとしたら、『汝、六つの罪を告白せよ。さもなくば』ってなりますよね。これ、いい線いっていると思いませんか?」
ね? と、最後につけ加えて、周囲を見渡した。心なしか、見えない尻尾を後ろでブンブンと振っているように見える。
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