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『汝、六つの罪を告白せよ。さもなくば』
真 side 3
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「それにしても、ラブドールってどうして女の子ばかりが充実しているんでしょうね。ゲイ向けのってまだまだ需要が少なくて……」
「鈴木君、鈴木君。話が余計にややこしくなるから、もうその辺で勘弁してくれないか」
これ以上、ラブドールで話を広げるわけにはいかない。私はわざと咳払いをした。
「ともかくですね。私はその後すぐに、美香を見つけました。だから、三階はさほど調べていないんです。ですが、おそらくここと同様でしょう」
そう。ここまで監禁に徹底している犯人だ。三階だけ脱出経路を残しているとは考えにくい。
「ますますわからないですね。私たちだけを閉じ込めた理由が。この後、犯人があの出入り口から現れて、一人ずつ殺しに来るというのなら、わからないでもないですけれど」
と、鈴木が奥の誘導灯でぼんやりと照らされる出入り口を指さした。
「いやああっ。殺さないでっ」
まだ何も現れていないというのに、ショウコが悲鳴をあげながら頭を抱えた。
「ああもう、うるさいわね! いちいち!」
「だ、だって……殺しに来るって、その人が言ったじゃないっ」
「落ち着いてください。ショウコさん。犯人が我々を殺したいなら、もうとっくに殺されているはずです」
「ですかね? 犯人がサイコパスだったら、ここに閉じ込めた我々で、人間狩りくらいやりかねないですけれど」
「ドラマや映画の見過ぎだぞ。鈴木君」
私は鈴木を窘めた。
実際、常人では理解できない理由で殺人を犯したシリアルキラーは、過去に幾人も存在した。人を人とも思わない連中だ。美香たちを監禁する犯人がその類でないという保証はないが、不必要に不安を煽りたくもなかった。
鈴木は、「どちらかというと、漫画やゲーム派ですよ。私は」と、どうでもいい訂正をしたが、あえて無視した。
ここで、幾分か落ち着いた様子の美香が「もう大丈夫」と言って自分の肩から私の手を下ろすと、座っているソファをポンポンと叩いた。
「例えば……ですけれど。このソファを丸太代わりにして、出入り口の扉を突き破ることはできないでしょうか?」
そう言うと、潤美が唇に指を添えながら、「そうね」と頷いた。
「背凭れもしっかりしていて重さもあるけれど、男が四人もいるんだし、やってみる価値はありそうね」
しかし、鈴木が自分の前で手を振った。
「それは無理じゃないかなぁ。私と真さんならともかく、武藤さんと平君は体力なさそうですし。そうなるといくら男でも、このソファを抱えて突進はできないですよ」
それについては私も同意見だ。武藤は年齢もさながら、体がすっかりアルコールによって蝕まれているのだろう。手の震えや異常なほどの発汗は、おそらく離脱症状からくるものだ。大柄ではあるものの、今はここにいる三人の女性よりも、力は弱いだろう。
平に至ってはその体格だ。どう見ても、体重は三桁を超えている。その割に脚が細い。普段からあまり足腰を使わないのだろう。人間相手なら台車を使うなりして運ぶことはできるだろうが、このソファは彼には無理だ。抱えるだけで膝がやられてしまうかもしれない。
「じゃあ、どうしろってのよ。もたもたしていると、ナイフやら銃やらを持った犯人が、ここへやって来るかもしれないのよ。否定するだけじゃなくて、そっちも何か案を出しなさいよ」
頭をわしわしと掻きながら、潤美が食ってかかった。バレッタから零れ落ちた髪が何本か、彼女の肩にかかる。
すると鈴木が、癖なのかまたも頤に拳を添えながら、天井を見上げた。
「そもそも、犯人って外にいるんですか?」
「どういうことよ?」
「例えばですけれど……」
と、鈴木は自分の考えを口にする。
「犯人が私たちをこんなところに閉じ込めた後で、出入り可能なところをすべて封鎖したとします。そうすると、ここには私たちしかいないということになりますよね。私たちにデスゲームをさせるわけでもなく、殺し合いをさせるわけでもなく、今のところはただ閉じ込めただけ。じゃあ、犯人はここへ閉じ込めた私たちに、いったい何を求めているのかなって思って」
そこまで言った鈴木に、美香が彼同様、頤に拳を添えて「確かに、そうですね」と同調する。
「犯人が外にいるとして、後にあの扉から現れる可能性はもちろんあります。でも、鈴木さんの言うように私たちを……例えば殺すという目的があるなら、手足、せめて腕くらいは拘束すると思います。それ以外の目的にしても、抵抗はできないようにするのが普通です。ですが、それすらせずに、ただこの廃墟に入れただけというのはおかしいわ。だってそれは……」
言ってから、美香は言葉を選ぶように口を止めた。つまり、こう言いたいのだろう。
「犯人が私たちに、わざわざ反撃の機会を与えているということになるな」
私が言うと、美香は「反撃とまでは言わないけれど……」と、どこか悲しそうに俯いた。わかっている。平和的解決を求める美香が、このような物騒な言葉を望んでいないということは。だがこの状況で、彼女のように甘くも生温い考えは通用しない。
この先の未来が、結末が、わかっているからこそ。私は今までの私のようにはいられない。なんとしてでも、ここから美香を逃がす。たとえ、道徳や倫理から外れた行為に手を染めようとも。最愛の恋人から軽蔑されようとも、だ。
偶発的に起きたこのタイムスリップという現象は、奇跡に他ならない。そんな奇跡が、そう何度も繰り返せるわけではないだろう。だいたい、二〇二二年で生きていた私がこの時代に来たことで、本来この時代にいるはずの私はいったいどうなったのか。また、美香を無事に逃がした後で、ここにいる私はどうなるのか、など。懸念すべきことはたくさんある。しかしそんなものすべて、美香が無事に助かるのであればどうでもいい。
暗闇の中にいるせいか、自分の心が墨汁を垂らされるように、徐々にどす黒くなっていくのがわかる。が、なりふりは構っていられない。美香を救う。ただそのためだけに、私は考え行動しよう。もしもの時は、美香をこんな目に遭わせた犯人の生死さえ……厭わない。
こうして、医師としてあるまじき決意をしている私をよそに、潤美が頭を抱えながら口を開いた。
「ちょっと待ってよ。じゃあ、何? 犯人は外じゃなくて、この建物の中に隠れているって言いたいわけ?」
「そもそも、俺たちの中にいるかもしれないって話だしな。おかしくはないだろう」
鈴木が言った台詞を、武藤が再度口にしたことで、その可能性を強く感じたのだろう。潤美は黙ってしまった。
「私はそもそも、ここにいるみなさんを疑っていますしね」
と、次に鈴木が口を開いた。
「逆に、私たちの中に犯人はいないとして、です。この建物の中で隠れられるスペースって限られていると思うんですよ。さっき真さんが言った通り、窓や非常口はほぼ封鎖、出入り口はびくともしない。ましてや私たちの目が覚めた後では、中と外を行ったり来たりするのはそうそう簡単にできないでしょう。今のところ、一階と二階には十中八九、人間は潜んでいないと思いますし。隠れられるとしたら、もう三階か屋上しかないじゃないですか。でもあの三階って、隠れられるスペースがさほどないように思うんですよね。上手く隠れられても、一人がせいぜいです」
そこだ。例えば、これが人間一人による犯行なら、私たちの様子を見ながらこの建物内で身を潜めることもできるかもしれない。しかし複数犯だとしたら、一人くらいとっくに見つけていてもいい頃だろう。
「は、犯人が……ひ、一人なんじゃ、ないですか?」
「それはないんじゃないですか、ショウコさん。だってここには、真さんのようなノッポも、平君のようなぽっちゃり男子もいますし」
私のノッポはともかく、肥満体型の代表格のような平をぽっちゃりと表したその定義について、一度確認し合いたいところだが、犯人が鈴木の言う通り平を上回る大男でもない限り、彼を一人で拉致することは不可能だ。加えて美香たちを拉致したのだから、せめて二人はいないと、犯行は難しいだろう。
「なら、やっぱりいないのよ。私たちがこれだけうろちょろとしているのに見つからないんだもの。建物の外……あ、屋上とかは?」
潤美が人差し指を上に向けて言った。それに対し、私は首を緩やかに振る。
「屋上にはいないと思う。扉の内側に南京錠が取りつけられていた。四桁のダイヤル式のものだ」
「外から鍵をかけるのは無理ってわけね。……ん? ダイヤル式なら、ゼロ四つから順番に回していけばどこかで開くだろうし、私たちでも開けられるんじゃない?」
「その南京錠が六つもあったんだ。一つずつ取りかかれば、途中で発狂するよ」
「何それ。異常だわ」
同感だった。
「じゃ、じゃあ、犯人はっ……本当に……この中に、潜んでいるっていうのっ?」
「それは、どうだろうな」
恐る恐る発言するショウコに対して、口を開いたのは武藤だった。
武藤はローテーブル中央に立てられた懐中電灯を手に取ると、部屋の角にあるトイレの方へ向けた。正確には、トイレよりやや上の方に。そこには、小さな黒い球のようなものが天井から半分突き出した形で生えていた。
「あれは……監視カメラ、ですか?」
「おや、結構わかりやすいところにあったんですね。暗いからかな。全然気づきませんでした」
私と鈴木が感心した口ぶりで言った。これがよく見るボックス型であれば気づいたのだろうが、ドーム型のそれは思った以上に小さく、この暗闇と絶妙に同化していた。
「よく気づきましたね。武藤さん」
「アンタらが上にいる間、小便しに行ったんだ。その時に気づいたんだよ」
武藤が懐中電灯を、カタカタと小刻みに震える手でローテーブル中央に戻しながら言った。汚物塗れのあのトイレをよく使えたなと、そちらについてもつい感心してしまった。
「じゃあ、犯人は屋上に南京錠を取りつけてから、下に向かって窓やら扉やらを封鎖した後、一階の出入り口から出て行って、あのカメラを使って外から私たちを監視している……そんなところですか?」
「さあな。俺が知るわけがない。元々、この建物にあったものかもしれないしな」
仮説を立てた鈴木に、武藤は突き放すように言った。
「それはそうだろうけれど、なんというか……言い方が無責任ね」
潤美が言うと、不意に武藤は自分の膝を叩いた。潤美が驚き、「何よ」と狼狽えるのを、武藤は「悪い」と一言謝った。武藤は自分の膝を叩くことで、苛立ちを抑えているように見えた。
「責任なんざ持てやしないさ。こんな状況じゃ、特にな。それに、俺が考えを言ったからってそれが正解じゃない。仮に間違っていたとして、後からあーだ、こーだと言われんのは、単純に苛立つから嫌なんだよ」
最後に舌打ちをして、武藤はようやく汗を拭った。理由のない苛立ちも、アルコールが抜けたことによる離脱症状の一つだ。あまり発言をしないのも、それを抑えているからか。私も一時期、酒に溺れたことがあるが、依存症になる前に断ち切ることができた。
彼がどの程度の期間、どの程度の量の飲酒をしているのかはわからないが、目に見えている以上に状態は深刻そうだ。
辛いなら無理をして欲しくないが、命が懸かっているとなれば話は別だ。
「それでも、何か考えがあるなら仰ってください。他にも、我々が気づいていなくて、あなたしか気づけていないことがあるなら、なおさらです。それが脱出への糸口になるかもしれません」
そう言うと、武藤は私を睨むように見つめた後、「そんじゃあ、言うけどよ」と、一言前置きをしてから、人差し指を天井へ向けた。
「この辺の見えるところに犯人がいないってんなら、その見えないところで俺たちを観察しているってのはどうだ? 例えばこの上とか」
潤美が視線を天井へ向けながら、
「上って二階でしょ? 私も確認したけれど、そこには誰も……」
「天井裏……?」
ハッとして、美香が語尾に疑問符をつけながら呟いた。
「例えばの話だ」と、武藤が念を押すようにつけ加えた。
「鈴木君、鈴木君。話が余計にややこしくなるから、もうその辺で勘弁してくれないか」
これ以上、ラブドールで話を広げるわけにはいかない。私はわざと咳払いをした。
「ともかくですね。私はその後すぐに、美香を見つけました。だから、三階はさほど調べていないんです。ですが、おそらくここと同様でしょう」
そう。ここまで監禁に徹底している犯人だ。三階だけ脱出経路を残しているとは考えにくい。
「ますますわからないですね。私たちだけを閉じ込めた理由が。この後、犯人があの出入り口から現れて、一人ずつ殺しに来るというのなら、わからないでもないですけれど」
と、鈴木が奥の誘導灯でぼんやりと照らされる出入り口を指さした。
「いやああっ。殺さないでっ」
まだ何も現れていないというのに、ショウコが悲鳴をあげながら頭を抱えた。
「ああもう、うるさいわね! いちいち!」
「だ、だって……殺しに来るって、その人が言ったじゃないっ」
「落ち着いてください。ショウコさん。犯人が我々を殺したいなら、もうとっくに殺されているはずです」
「ですかね? 犯人がサイコパスだったら、ここに閉じ込めた我々で、人間狩りくらいやりかねないですけれど」
「ドラマや映画の見過ぎだぞ。鈴木君」
私は鈴木を窘めた。
実際、常人では理解できない理由で殺人を犯したシリアルキラーは、過去に幾人も存在した。人を人とも思わない連中だ。美香たちを監禁する犯人がその類でないという保証はないが、不必要に不安を煽りたくもなかった。
鈴木は、「どちらかというと、漫画やゲーム派ですよ。私は」と、どうでもいい訂正をしたが、あえて無視した。
ここで、幾分か落ち着いた様子の美香が「もう大丈夫」と言って自分の肩から私の手を下ろすと、座っているソファをポンポンと叩いた。
「例えば……ですけれど。このソファを丸太代わりにして、出入り口の扉を突き破ることはできないでしょうか?」
そう言うと、潤美が唇に指を添えながら、「そうね」と頷いた。
「背凭れもしっかりしていて重さもあるけれど、男が四人もいるんだし、やってみる価値はありそうね」
しかし、鈴木が自分の前で手を振った。
「それは無理じゃないかなぁ。私と真さんならともかく、武藤さんと平君は体力なさそうですし。そうなるといくら男でも、このソファを抱えて突進はできないですよ」
それについては私も同意見だ。武藤は年齢もさながら、体がすっかりアルコールによって蝕まれているのだろう。手の震えや異常なほどの発汗は、おそらく離脱症状からくるものだ。大柄ではあるものの、今はここにいる三人の女性よりも、力は弱いだろう。
平に至ってはその体格だ。どう見ても、体重は三桁を超えている。その割に脚が細い。普段からあまり足腰を使わないのだろう。人間相手なら台車を使うなりして運ぶことはできるだろうが、このソファは彼には無理だ。抱えるだけで膝がやられてしまうかもしれない。
「じゃあ、どうしろってのよ。もたもたしていると、ナイフやら銃やらを持った犯人が、ここへやって来るかもしれないのよ。否定するだけじゃなくて、そっちも何か案を出しなさいよ」
頭をわしわしと掻きながら、潤美が食ってかかった。バレッタから零れ落ちた髪が何本か、彼女の肩にかかる。
すると鈴木が、癖なのかまたも頤に拳を添えながら、天井を見上げた。
「そもそも、犯人って外にいるんですか?」
「どういうことよ?」
「例えばですけれど……」
と、鈴木は自分の考えを口にする。
「犯人が私たちをこんなところに閉じ込めた後で、出入り可能なところをすべて封鎖したとします。そうすると、ここには私たちしかいないということになりますよね。私たちにデスゲームをさせるわけでもなく、殺し合いをさせるわけでもなく、今のところはただ閉じ込めただけ。じゃあ、犯人はここへ閉じ込めた私たちに、いったい何を求めているのかなって思って」
そこまで言った鈴木に、美香が彼同様、頤に拳を添えて「確かに、そうですね」と同調する。
「犯人が外にいるとして、後にあの扉から現れる可能性はもちろんあります。でも、鈴木さんの言うように私たちを……例えば殺すという目的があるなら、手足、せめて腕くらいは拘束すると思います。それ以外の目的にしても、抵抗はできないようにするのが普通です。ですが、それすらせずに、ただこの廃墟に入れただけというのはおかしいわ。だってそれは……」
言ってから、美香は言葉を選ぶように口を止めた。つまり、こう言いたいのだろう。
「犯人が私たちに、わざわざ反撃の機会を与えているということになるな」
私が言うと、美香は「反撃とまでは言わないけれど……」と、どこか悲しそうに俯いた。わかっている。平和的解決を求める美香が、このような物騒な言葉を望んでいないということは。だがこの状況で、彼女のように甘くも生温い考えは通用しない。
この先の未来が、結末が、わかっているからこそ。私は今までの私のようにはいられない。なんとしてでも、ここから美香を逃がす。たとえ、道徳や倫理から外れた行為に手を染めようとも。最愛の恋人から軽蔑されようとも、だ。
偶発的に起きたこのタイムスリップという現象は、奇跡に他ならない。そんな奇跡が、そう何度も繰り返せるわけではないだろう。だいたい、二〇二二年で生きていた私がこの時代に来たことで、本来この時代にいるはずの私はいったいどうなったのか。また、美香を無事に逃がした後で、ここにいる私はどうなるのか、など。懸念すべきことはたくさんある。しかしそんなものすべて、美香が無事に助かるのであればどうでもいい。
暗闇の中にいるせいか、自分の心が墨汁を垂らされるように、徐々にどす黒くなっていくのがわかる。が、なりふりは構っていられない。美香を救う。ただそのためだけに、私は考え行動しよう。もしもの時は、美香をこんな目に遭わせた犯人の生死さえ……厭わない。
こうして、医師としてあるまじき決意をしている私をよそに、潤美が頭を抱えながら口を開いた。
「ちょっと待ってよ。じゃあ、何? 犯人は外じゃなくて、この建物の中に隠れているって言いたいわけ?」
「そもそも、俺たちの中にいるかもしれないって話だしな。おかしくはないだろう」
鈴木が言った台詞を、武藤が再度口にしたことで、その可能性を強く感じたのだろう。潤美は黙ってしまった。
「私はそもそも、ここにいるみなさんを疑っていますしね」
と、次に鈴木が口を開いた。
「逆に、私たちの中に犯人はいないとして、です。この建物の中で隠れられるスペースって限られていると思うんですよ。さっき真さんが言った通り、窓や非常口はほぼ封鎖、出入り口はびくともしない。ましてや私たちの目が覚めた後では、中と外を行ったり来たりするのはそうそう簡単にできないでしょう。今のところ、一階と二階には十中八九、人間は潜んでいないと思いますし。隠れられるとしたら、もう三階か屋上しかないじゃないですか。でもあの三階って、隠れられるスペースがさほどないように思うんですよね。上手く隠れられても、一人がせいぜいです」
そこだ。例えば、これが人間一人による犯行なら、私たちの様子を見ながらこの建物内で身を潜めることもできるかもしれない。しかし複数犯だとしたら、一人くらいとっくに見つけていてもいい頃だろう。
「は、犯人が……ひ、一人なんじゃ、ないですか?」
「それはないんじゃないですか、ショウコさん。だってここには、真さんのようなノッポも、平君のようなぽっちゃり男子もいますし」
私のノッポはともかく、肥満体型の代表格のような平をぽっちゃりと表したその定義について、一度確認し合いたいところだが、犯人が鈴木の言う通り平を上回る大男でもない限り、彼を一人で拉致することは不可能だ。加えて美香たちを拉致したのだから、せめて二人はいないと、犯行は難しいだろう。
「なら、やっぱりいないのよ。私たちがこれだけうろちょろとしているのに見つからないんだもの。建物の外……あ、屋上とかは?」
潤美が人差し指を上に向けて言った。それに対し、私は首を緩やかに振る。
「屋上にはいないと思う。扉の内側に南京錠が取りつけられていた。四桁のダイヤル式のものだ」
「外から鍵をかけるのは無理ってわけね。……ん? ダイヤル式なら、ゼロ四つから順番に回していけばどこかで開くだろうし、私たちでも開けられるんじゃない?」
「その南京錠が六つもあったんだ。一つずつ取りかかれば、途中で発狂するよ」
「何それ。異常だわ」
同感だった。
「じゃ、じゃあ、犯人はっ……本当に……この中に、潜んでいるっていうのっ?」
「それは、どうだろうな」
恐る恐る発言するショウコに対して、口を開いたのは武藤だった。
武藤はローテーブル中央に立てられた懐中電灯を手に取ると、部屋の角にあるトイレの方へ向けた。正確には、トイレよりやや上の方に。そこには、小さな黒い球のようなものが天井から半分突き出した形で生えていた。
「あれは……監視カメラ、ですか?」
「おや、結構わかりやすいところにあったんですね。暗いからかな。全然気づきませんでした」
私と鈴木が感心した口ぶりで言った。これがよく見るボックス型であれば気づいたのだろうが、ドーム型のそれは思った以上に小さく、この暗闇と絶妙に同化していた。
「よく気づきましたね。武藤さん」
「アンタらが上にいる間、小便しに行ったんだ。その時に気づいたんだよ」
武藤が懐中電灯を、カタカタと小刻みに震える手でローテーブル中央に戻しながら言った。汚物塗れのあのトイレをよく使えたなと、そちらについてもつい感心してしまった。
「じゃあ、犯人は屋上に南京錠を取りつけてから、下に向かって窓やら扉やらを封鎖した後、一階の出入り口から出て行って、あのカメラを使って外から私たちを監視している……そんなところですか?」
「さあな。俺が知るわけがない。元々、この建物にあったものかもしれないしな」
仮説を立てた鈴木に、武藤は突き放すように言った。
「それはそうだろうけれど、なんというか……言い方が無責任ね」
潤美が言うと、不意に武藤は自分の膝を叩いた。潤美が驚き、「何よ」と狼狽えるのを、武藤は「悪い」と一言謝った。武藤は自分の膝を叩くことで、苛立ちを抑えているように見えた。
「責任なんざ持てやしないさ。こんな状況じゃ、特にな。それに、俺が考えを言ったからってそれが正解じゃない。仮に間違っていたとして、後からあーだ、こーだと言われんのは、単純に苛立つから嫌なんだよ」
最後に舌打ちをして、武藤はようやく汗を拭った。理由のない苛立ちも、アルコールが抜けたことによる離脱症状の一つだ。あまり発言をしないのも、それを抑えているからか。私も一時期、酒に溺れたことがあるが、依存症になる前に断ち切ることができた。
彼がどの程度の期間、どの程度の量の飲酒をしているのかはわからないが、目に見えている以上に状態は深刻そうだ。
辛いなら無理をして欲しくないが、命が懸かっているとなれば話は別だ。
「それでも、何か考えがあるなら仰ってください。他にも、我々が気づいていなくて、あなたしか気づけていないことがあるなら、なおさらです。それが脱出への糸口になるかもしれません」
そう言うと、武藤は私を睨むように見つめた後、「そんじゃあ、言うけどよ」と、一言前置きをしてから、人差し指を天井へ向けた。
「この辺の見えるところに犯人がいないってんなら、その見えないところで俺たちを観察しているってのはどうだ? 例えばこの上とか」
潤美が視線を天井へ向けながら、
「上って二階でしょ? 私も確認したけれど、そこには誰も……」
「天井裏……?」
ハッとして、美香が語尾に疑問符をつけながら呟いた。
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