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29.ネブラ

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 深夜。月がまだ天辺にある時間。何故か目を覚ました。まだ眠いのだけれど、ベッドから体を起こして扉を見た。
 誰かの気配を感じる。パーティメンバーやマーシャさんではない。でも、何処かで会ったことのある誰かだ。この気配は知っている。けれど、誰のものかは分からない。
 警戒をしてベッドから下りて靴を履いてから、戦斧を手に取った。警戒しながら足音をたてないように扉に近づいて行く。
 扉の前にいる人物はノックをするわけでもなく立っているだけのようだ。私に用があるのか、それともただ立っているだけなのか。
 私に用があるのだとしたら、どうして私がこの部屋にいるということを知っているのだろうか。もしかすると、何処かで私を見ていたのかもしれない。
 そう言えば、ヤエ村での視線。誰のものだったのかは分からなかった。村の人だと思っていたけれど、もしかすると違ったのかもしれない。
 けれど、私に用もなく扉の前に立っているのだとしてもおかしい。こんな時間に何をしているのだというのだろうか。

「アイ様」

 聞き覚えのある声だった。冒険者になってから聞いた声ではない。魔王城にいた頃に何度も聞いた声だ。
 私のことを勇者から助けてくれた、魔王軍幹部の男性の声だ。けれど、どうしてここにいるのだろうか。

「アイ様、そこにおられるのでしょう? 扉を開けてください」

 その言葉にすぐには扉を開けることができなかった。「用事があるのです」と続いた言葉を不審に思ったからだ。
 この人が私に用事ってそんなことはあるのだろうか?
 普段は私になるべく関わらないようにしていた。パパの命令で私の近くにいたことはあったけれど、命令がなければ遠くにいた。
 それならパパからの命令で来たのではないだろうかと考えたけれど、魔族を人間の領地に送るくらいなら、人間であるママが来るだろう。その方が怪しまれることはないのだから。
 それか、パパが彼に私の監視を任せていた? いや、違う。監視はしないだろう。そんなことをしていると私が気がついた時、パパは信じてくれていなかったのだと悲しむと分かっているから。
 きっと、彼が勝手に監視していたのだろう。でも、どうして?

「どうしてここにいるの、ネブラ」

 ゆっくりと扉を開いて尋ねた。扉の前には黒づくめの大きな耳をした魔族の男性――ネブラが立っていた。私は戦斧は握ったままだ。警戒していることがこれで分かるだろう。
 もしかすると、パパが気づいていたおかしな行動をしている人物は彼なのかもしれない。パパは教えてくれなかったけれど、私を監視してここにいるのが何よりの証拠にはならないだろうか。

「警戒をしないでください。ただ、お呼びに来ただけです」
「どうして?」
「魔王様が急病で倒れられました」
「パパが!?」

 ここは驚いとこう。これは嘘だと分かっているから。
 ゲームの通りであれば、パパが病気になって倒れることはなかった。けれど、ここがゲームの世界ではないということを知っている。
 それを理解していても、パパが病気で倒れたから私を呼んでくれという展開はありえないのだ。
 冒険者となった私は、外側から魔族との仲をいいものにしようと動いている。それなのに、今魔王城に戻ったら何かを企んでいるのかもしれないと思われてしまう可能性がある。
 リカルドたちはそう思わないだろうけれど、他の人たちがどう思うかは分からない。まだ私のことをよく知らないのだから、魔族を怖い存在と思い続けているはずだ。
 それに、パパが倒れたとしても隠しておくはずだ。
 そんなことが外部の人に知られてしまったら、襲撃されてもおかしくはない。けれど、ここでそんなことを言うこということはネブラにとっては襲撃されても構わないのかもしれない。

「私と一緒に来てください」
「断ります」
「何故ですか?」

 パパが倒れたと知ったら、普通なら一緒に行くだろう。でも、私は断った。
 冷静に考えて、ここで私が姿を消して魔族がおかしな行動をはじめたとしたら、私はスパイだったと思われるだろう。
 私の中では、おかしな行動をしていた魔族が完全にネブラに決まってしまっていた。
 きっと、一緒に行っても私は魔王城に帰ることはできない。何かに利用されることになるだろう。

「パパを信じているから。だって、パパは強いもの。本当に病気になっていたとしても治るわ」

 右手を胸に当てて、できるだけ笑顔で答えた。
 その言葉は本心だ。パパは何度か病気になったことはあったけれど、数日で治してしまっていた。
 まあ、記憶が戻っていない状態でここにいたとしたら、戻っていたかもしれないけれど。

「ですが……」
「しつこい男は嫌われるぜ」
「グレンさん!」

 いつの間にはネブラの後ろにいたグレンさんが、頭に銃剣を突き付けていた。重そうな銃剣を右手だけで持っているのを見ると、それなりに力があるのだろうとこんな状況であるにもかかわらず感心してしまった。

「……アイ様。私はしばらく廃坑におります」

 そう言うと、突然ネブラはコウモリに姿を変えた。そして、僅かに開いていた窓から飛び去ってしまった。
 暗闇にまぎれて、すぐにネブラの姿は見えなくなってしまった。

「行かなくてよかったのか?」
「いいんです。あれは、嘘だろうから」

 私の返した言葉にグレンさんは目を見開いた。どうやら驚いたようだ。あんな嘘をつく魔族がいるのかと思ったのかもしれない。

「たぶん、おかしな行動をしている魔族は彼なんです。パパも前から気づいていた。でも、確証がなかったんだと思います」
「最近目撃されていた魔族ってのは……」
「たぶん、彼です」

 確証はない。でも、魔族の男性が目撃されていて、私と接触してきたのはネブラだけ。
 あの時の視線も彼だと考えると、何か企みがあるのだろう。だから、こんな時間に接触をしてきた。仲間の全員が寝ている時間なら邪魔をされないだろうと考えたのだろう。
 でも、部屋が目の前のグレンさんは起きてしまった。気配に敏感なのかもしれない。

「起こしてしまってごめんなさい」
「いや、怪我もなさそうだし良かった」

 心配してくれたのだろう。だから、ネブラに銃剣を突きつけたのだ。もしかすると何かをされるかもしれないから。
 グレンさんにお礼を言って、もう一度寝ることにした。部屋に戻る前に窓をしっかりと閉めておくことを忘れない。もちろん鍵もかけた。これでネブラは入ってこれない。
 枕元に戦斧を置いてベッドに横になる。
 ネブラが何を企んでいるのか気になったけれど、すぐにやって来た睡魔によって眠りについた。
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