魔王の娘は冒険者

さおり(緑楊彰浩)

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28.熊肉

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 買い物を終えて、宿に戻ってくるとそのまま食堂へと向かった。まだお客さんは大勢おり、食堂に入って来た私を見て何かを言っている。
 そんな人たちに気がついたグレンさんは、私の背中を右手で軽く押してキッチンの扉へと向かう。その際にお客さんを睨みつけていたけれど、気づかないふりをした。
 キッチンに入ると、できた料理を運ぼうとしているリカルドと、ノアさん、ノエさんがいた。邪魔にならないようにすぐに避ける。挨拶をしている時間もないくらい忙しいので、お互いに目配せをしただけ。

「買い物お疲れさまニャ!」
「一応揃ってるか確認してくれ」
「分かったニャ!」

 香辛料が入っている紙袋を受け取って、中身を確認するシルビアさんの横で、私はコックの男性の指示の元、肉と野菜の入った袋を【無限収納インベントリ】から取り出して作業台の上に置いた。
 シルビアさんは香辛料の確認が終わって、紙袋をその男性に渡すと、次は肉と野菜の確認をはじめた。邪魔にならないようにグレンさんの横に移動して、キッチン内を見回した。
 多くの人が忙しく料理を作っている。中にはエルフの人もおり、その人はエルフ用の料理を作っているのだと思われる。
 リカルドたちはキッチンに戻ってきたらすぐに料理を運び、戻って来る時に食器を持っていることもある。
 本当に忙しそうだ。

「間違いニャいニャ。二人ともありがとうだニャ」

 笑顔でお礼を言うシルビアさんはそのまま作業台を押して行く。私とグレンさんはこのままここにいても邪魔になるので、キッチンから出てお客さんの迷惑になる前に食堂から出た。
 本当は手伝いたかったけれど、魔族が料理を作っていたり、持ってきたりしたらきっと嫌な気分になるだろう。
 ここにいる人たちは私が魔族であろうと気にしない人、もしくは気にしている暇もないほど忙しい人しかいない。

「アイは、今お腹は空いてるか?」
「いいえ。お腹は空いていないですね」
「そうか。それなら、あと一時間くらい待っているといい」

 どういうことかは分からなかったけれど、グレンさんの言う通り待ってみることにした。
 このままここに立っていても邪魔なので、取り敢えず部屋に戻ることにした。
 グレンさんも食堂を手伝わないのは、キッチンに人が多いからなのだろう。人が多すぎると、思ったように動くことができない。それに、コックもウエイターも十分足りているように見えた。だから手伝うことはしないのだろう。
 私に気を使って手伝わないというわけではないと思う。
 部屋に戻ってから、武器の手入れをすることにした。そのうちギルドの下で、刃を研いでもらおう。こればかりは、私よりプロに任せた方がいい。
 見た限り刃こぼれはしていない。それでも、研いでもらう必要はあるだろう。
 今は戦斧についた汚れを拭き取って行く。定期的に綺麗にしているけれど、どうしても毎日持ち歩いているということもあって汚れてしまう。
 落ちない汚れはお湯で濡らした布で拭けば落ちてくれる。見違えるほど綺麗になった戦斧に満足した後は、服を洗濯してしまおうと考えた。
 シャワールームに向かい、【無限収納インベントリ】から盥を取り出して水を入れる。その水に手を翳し、火の魔力を流す。そうすればお湯の出来上がり。先ほど戦斧を拭く時にもこの方法でお湯を作った。ちなみに、作った場所は【無限収納インベントリ】から取り出したコップ。子供の時に使っていたもので、今はコップとしては利用していなかったものだ。
 お湯の温度をたしかめて、【無限収納インベントリ】からバブルの綿を取り出してお湯の中に入れる。
 バブルの綿とは、バブルという木になる綿で、お湯で溶けると泡になる。洗剤として使えるので、いつも洗濯で使っている。水などで溶けることはないので、雨が降ったとしても形を変えることはない。
 魔族領では当たり前に自生しているので、こちらにもあるのかと思ったら一度も見かけたことがない。もしかすると、他の国や領地から輸入しているものを購入しているのかもしれない。
 バブルの綿が溶けると、お湯が泡だらけになる。そこに【無限収納インベントリ】から取り出した洗濯物を入れてつけ置きをする。これだけで汚れが取れて綺麗になるから不思議だ。
 つけ置き時間は好み。私は最低でも一時間つけ置きをする。それだけで汚れは取れているので、その後は水洗いをして干しとけば完了。
 手を洗って、次は何をしようかと考えていると扉をノックする音が聞こえた。気配からグレンさんだと分かる。

「お腹すいただろ? 用意してくれたらしいから、食堂行くぞ」
「分かりました」

 部屋に鍵をかけて食堂に向かうと、すでにお客さんは誰もいなくなっていた。グレンさんにあれからどのくらい経ったのかを聞くと、一時間半も経っていた。
 その間に食堂は今日の営業を終了していて、お客さんも全員帰っていた。従業員さんもいなくなっているので、片づけ作業も終わっているようだ。

「みんニャ今日はありがとう!」
「あんたらのお陰で助かったよ。夕飯もまだだろう。たくさん食べておくれ!」

 そう言うマーシャさんに促されて私とグレンさんはリカルドたちが座っているテーブルへ向かって行く。
 そこには沢山の料理が並べられていた。この料理はシルビアさんとマーシャさんが作ったらしい。

「遅いわよ! お腹すいたんだから早く座りなさいよ」

 どうやら本当にお腹がすいているらしく、誰かの鳴り止まないお腹の音が聞こえてくる。ノエさんが恥ずかしそうに俯いているので、気がつかないふりをして開いている席に座った。
 グレンさんとシルビアさん。それに、マーシャさんも座って夕食を食べ始めた。
 ノアさんとノエさんの近くには肉は置いていない。その代りサラダやキノコなどの料理が多く用意されている。
 私は自分用に用意されているサラダを食べてから、ステーキを食べようとした。ナイフとフォークを手に持って、ステーキを切る。思っていたよりも柔らかいこの肉は何だろうかと思って、一口サイズに切ったそれを口に入れた。
 柔らかい。

「それ、熊肉」

 隣で同じように肉を食べていたグレンさんに教えてもらって衝撃を受けた。熊肉は固いものだと思っていた。
 けれど、この肉は口の中に入れると軽く噛んだだけで切れる。癖もなくとても美味しかった。
 その後も食べたことのないキノコを食べたりしたけれど、とても美味しかった。ヤエ村ではグレンさんが作った料理を食べていたけれど、シルビアさんとマーシャさんが作った料理もおいしかった。
 夕飯を食べ終わると、全員が部屋に戻った。片づけをしようと思ったけれど、シルビアさんに断られたのでそのままにすることになった。
 もしかすると、マーシャさんと二人きりで話をしたいのかもしれない。
 部屋に戻ってまずやるのは、洗濯物を干すこと。
 シャワールームに向かい、お湯を流してから水を入れて数回洗って、しっかり水を切ってから天井近くにある突っ張り棒に干していく。これで、明日には乾いているだろう。
 その後は寝る準備をして、早いけれど就寝することにした。
 今日はぐっすり眠れる気がした。
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