【R18/BL】激情コンプレックス

姫嶋ヤシコ

文字の大きさ
上 下
39 / 74

愁嘆 2

しおりを挟む
*
 枕元から伝わってくる規則正しい振動に沈み込んでいた意識を取り戻すと、玲央は被っていた毛布を跳ね除けて起き上がる。

 いつの間に眠っていたのかと半端にとった睡眠のせいで鈍い痛みを訴える頭を押さえながら周囲を見渡せば、とうに陽は暮れていたようで、ぼんやりと家具のシルエットが浮かび上がっていた。

 今日もまた一日ムダに過ごしてしまったと苦笑しながら、未だに枕元で振動し続けるスマホに手を伸ばすと、そこに表示されていた珍しい人物の名前に目を丸くしながらも通話ボタンを押し、


「……はぁい、春ちゃん、俺がいなくて寂しくなっちゃった?」
「いつまで腐っているつもりだ、玲央」


 いつも通りの調子を装い言葉を発せば、不愉快だと言わんばかりの溜息を吐き出す音と共に辛辣な一言をお返しされてしまい、それに対して返す言葉もないと苦笑していれば、「お前がそれでは彼方も報われないな」と更にトーンの下がった声が聞こえて来る。

 けれど、何故悠が報われないと言う言葉が出てきたのかが理解できず、叱られるのを承知でどう言う意味かと尋ねると、


「話を聞かずに彼方から逃げ出して、一方的に連絡を絶つようなお前に教える義理などない」


 案の定。

 鼓膜が破れるのではないかと思える程の大きな声に肩を竦めていると(絶対にわざとだと思う)、今度は盛大な溜息が漏れ聞こえ、


「……本来ならば、これで電話を切っている所だが……、今回は、彼方の為に特別に教えてやる」


 しぶしぶと言う雰囲気を前面に押し出す春夜の話を聞き、家を飛び出したのはそれからすぐの事だ。



『彼方は自分自身の気持ちとお前に向き合う為に、今まで避けていた久世との仕事を請けた』



 まさか、久世からの電話に応じた悠がそんな事を思っていたとは考えもせず、向き合おうとしてくれていた彼の事を自分から遠ざけていたなんて。

 悠がどんな気持ちで久世との仕事を受ける事を決めたのかも知らず、自分を守る事ばかり考え、電話もLINEも全て無視を決め込んだせいで、彼をどれだけ傷つけてしまっただろうか。

 春夜に指摘され、午前中に悠から送られてきたLINEを見れば、そこには話がしたいと言うシンプルな文面に加え、待ち合わせ場所と時間が記載されており、すぐさま時計を見やれば既に指定の時間から三十分以上も経過していた。

 急いだとしても、ここから待ち合わせ場所まで最低でも二十分はかかる上に、もしかすると到着した頃には、そこに悠の姿はないかも知れない。

 それでも、今ここで行動を起こさなければ、二度と悠に向き合う事が出来なくなるような気がして、玄関先で母親が何か叫んで制止しているのを振り切り、目的地に向かって自転車を走らせた。

 途中、一度悠へ連絡を入れるべきだと思い立ってポケットを探り、そしてここでまた自分の不運を嘆く事になる。

 ポケットに突っ込んだはずのスマホが見当たらないのだ。

 そう言えば家を出る時に玄関先で母親が何か叫んでいた事を思い出し、もしかすると靴を履いた時に落として来たのかも知れないと、一旦家に引き返す事も考えたのだが、既に結構な距離を走っていた為に、今引き返すよりも目的地へ向かう方が良いと考え直し、止まっていたペダルを踏み込んだ。
(道中に公衆電話を見つけたのだが、残念ながら電話番号まで正確に思い出せずに断念してしまった)

 既に人も車も疎らな時間帯になっていたお陰で、思っていたよりも早く目的地に到着した玲央は、適当な所に自転車を乗り捨てるように置くと、息を整える間もなく周囲に悠の姿がないかを確認してまわり、けれど、探している姿が見当たらない事に肩を落とすと、傍にあったベンチに座って頭を抱え込む。


 ……流石に、待ってるわけねーよな。


 何の連絡も無く待ち合わせの時間から一時間以上も経過していれば、余程のことがない限り、誰でも相手は来ないものだと判断して帰るに決まっている。
(自分ならばそうするだろう)

 しかも、散々悠からの連絡を無視していた上でのこの失態だ……、もう、完全に嫌われてしまったに違いない。

 全て自業自得だと情けない自身を嘲笑し、いつまでもここにいても仕方がないと立ち上がればふと、視界の端に明るい色を捉え、薄暗い場所でもやけに目立つそれに何気なく視線を寄越すと、




 ……久世と……、悠……?




 どう言う訳か悠は久世と共にこの場所に居り、何故ここに久世までもがいるのかと言う疑問が浮かぶと同時に、思わずその身を物陰に隠してしまった。

 玲央のいる場所からは少し距離がある為に、二人が何を話しているのかまでは聞き取れなかったが、雰囲気から見てそう険悪なものではないようで、恐らく、自分の知らないところで彼らが無事に和解できたのだろう事は窺える。

 悠にとってはきっと喜ばしい事なのだから、心中穏やかとまでは言えないけれど、ここは一旦抑えて心の中で祝ってやるべきだろう。

 と、そこまでは、良かったのだ。

 悠が何かを懸命に話し、そして久世に和解の握手を求めるかのように右手を差し伸べるのが見えた直後、あろう事か、その手を掴んだ久世は悠の身体をそのまま引き寄せ、両腕の中に閉じ込めたのだ。

 抱きしめられる格好となった悠は、特にこれと言って抵抗する素振りも見せず、まるで久世に応えるかのように空いていた腕を彼の背に回し身を預けていた。

 あまりにも衝撃的な展開に、玲央はただただ言葉を失い呆然とその光景を眺める事しか出来ず、けれど、早くこの場から離れなければと、竦む足をやっとの思いで動かし踵を返すと、振り返らずに元来た道を全力で走り出す。

 二人に背を向ける直前、久世が此方を見て哂った事には気がつかないふりをして。


*

*

*


 あの場所から、どうやってここへ向かったのかの記憶は曖昧だ。

 久世の勝ち誇ったような視線から逃げる事と、これから受け入れなければならない現実に立ち向かう為に気持ちを奮い立たせる事で、玲央はいっぱいいっぱいだった。

 目の前に聳え立つ通い慣れたマンションに足を踏み入れ、エレベーターでいつも通りの階へ降りると、何度も潜った部屋のドアの前に立ち、ポケットにあった鍵を取り出した。


 初めてこの鍵を使い、悠の部屋に入った時の緊張感は今でも覚えている。

 朝に弱くて中々起きられない悠を起こし、甲斐甲斐しく世話をする事も自分だけの特権だと思っていた。

 頑なに弱さを見せようとしなかった悠が、自分に頼ってくれるようになった時は本当に嬉しかった。

 悠が望むのなら、いつでも傍にありたいと思っていた。

 友人としてではなく、もっと、悠にとって特別な存在でありたいと、思っていた。



 ……けれど。



「……もう、必要ねーよな」




 悠が本当に心から求めていたのは、自分ではなく久世だ。

 それは、先程目にした光景が物語っていて、それを思い出す度に視界が生ぬるく歪んで行く。



 恨むな、僻むな、諦めろ。



 悠の特別になれなかったとしても、友達の一人として、これからも彼を支えてやれば良いだけの話だ。

 築き上げた信頼関係を、自分の都合で壊してしまうのはあまりにも身勝手すぎる。

 たとえ、悠が久世の元へ戻ってしまっても、彼の友達である事に変わりはないのだから。

 彼らの関係が修復された事を、友達として喜び祝ってやらなければ。

 明日からは、またいつも通りに笑って何事もなかったように友達として悠と接する事に努めるのだ。



 ……特別な感情は、この鍵と共に、ここへ置いて。



 握り締めていた鍵に口付けドアのポストに押し込めると、心の奥底から湧き上がって来るもの全てを振り切るように、その場から走り出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

Sweet☆Sweet~蜂蜜よりも甘い彼氏ができました

葉月めいこ
BL
紳士系ヤクザ×ツンデレ大学生の年の差ラブストーリー 最悪な展開からの運命的な出会い 年の瀬――あとひと月もすれば今年も終わる。 そんな時、新庄天希(しんじょうあまき)はなぜかヤクザの車に乗せられていた。 人生最悪の展開、と思ったけれど。 思いがけずに運命的な出会いをしました。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

処理中です...