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第15話 俺の名前は……

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「なんだって? アンタ早口過ぎて、何言ってるかわかんないんだよ!」

 ああ、しまった。
 頭に来すぎて普通に喋ってしまった。
 素早さが高すぎるから、ゆっくり喋らないといけないんだ。

「ほら、アンタたち。こういうときは男の出番だろ!」

 ダリアが誰かを呼んだ。
 入れ替わりでふたりの男が納屋に入ってくる。

「なんだよ、商品はここだって話じゃなかったのかよ」
「いったいなんだってんだ」

 見覚えのあるふたり組だった。
 マーカーがついてる。いつかの奴隷商人だ。

「じ、冗談じゃねえ。なんでまたバゾンドが!」
「クソッ、やっぱ赤い月に関わるとロクなことにならねぇ!」

 驚いて剣を抜こうとしたふたりを適当に蹴り飛ばすと、外で待ってたダリアの横を通り過ぎて地面に転がる。
 どうやら気絶したみたいだ。

「……は?」

 ダリアがあっけに取られて立ちすくんでいた。
 納屋を出て、俺が知る限り最も醜い女の前に立つ。

「あっ、アンタ! 思い出したよ……雑木林で見かけた奴じゃないか! こんなことしてタダで済むと思うのかい!」

「何言ってんだ。姪を奴隷商人に売り飛ばそうとしてた犯罪者はお前だろうが」

「い、言いがかりだよ!」

「弁解を聞くつもりはない」

「ヒッ、来るなぁ! いったい何の権利があってこんな酷いこと! アンタいったい何様なんだい!」

 俺が何様かって?
 馬鹿正直に名乗るメリットはないよな。

 ああ、でも、いいことを思いついた。
 この異世界に来てから何度か問われた名前がある。

 きっと俺はこの世界では『それ』なんだ。
 だから、こう名乗ろう。



「バ ゾ ン ド」



「バゾンドだって……?」

 ダリアの表情がみるみるうちに青ざめる。

「嘘だよ! バゾンドなんて、おとぎ話の中だけの怪物じゃないか!」

 いい顔だ。
 ルナの味わった恐怖の千分の一にも満たないだろうけど、ダリアが慌てふためいている光景には溜飲りゅういんが下がる。

 興が乗ってきた俺はゆっくり喋るのをやめた。
 素早さ全開の早口でまくし立てる。

「隣の客はよく柿食う客だ!」

「え?」

「青巻紙赤巻紙黄巻紙!」

「ヒッ!」

「東京特許許可局!」

「ヒィィッ! 何言ってるか、全然わからないよ! 本当にバゾンドだって言うのかい!!」

「ははははは!!」

 あまりにもダリアのビビりっぷりが面白くて笑ってしまった。

「お願いだから、どっか行っとくれよぉ! あのガキを売り飛ばさないと、あたしが奴隷にされちまうんだ!」

「……へえ。それは良いことを聞いた。じゃあ、奴隷商人たちも一旦通報しないでおくか。マーカーつけられるから、いつでも捕まえられるし」

 何も俺が暴力を振るうだけが復讐じゃない。
 そういうわけで超高速でダリアを納屋に放り込んでから、ルナを外に出してあげた。
 ダリアが納屋から出られないようについたてを立てて、さらにその辺の樽とかを扉の前に山積みにする。

「ヒィィッ! 出して! 出しとくれーっ!」

「奴隷になって、ルナにしてきた罪を償え」

 ダリアについてはこれでよし。
 奴隷商人には、そのまま転がっててもらうか。

「タカシ!」

 あれ、お姫様だっこしてあげてたルナがいつの間にか起きてた。

「ルナ。遅くなってごめんね」

 ルナは首をプルプル振った。
 小指を立てて小さく笑いかけてくれる。

「ゆびきり、したから。来て、くれるて、思ってた」

「ルナ……」

 優しい言葉にじーんとしてると、ルナが悲しそうにうつむいた。

「ごめんね。服、破けた……」

「そんなの気にしなくていいよ! ルナは何も悪くないんだから」

「あと、思わず、呼び捨て、したです」

「さん付けなんていいよ。これまでも他人行儀だって思ってたぐらいだから」

 ルナがジッと見つめ返してきた。
 ギュッとしがみついてくる。
 背中をポンポンと叩いてあげると、カバっと顔をあげた。

「あと、おばさん、いろいろ、持ってった。返して、もらお!」

「あ、うん。そういうところは相変わらずしっかりしてるね」

 ルナがボロ家に入ってく。
 俺も後からついていったけど、ほんとに狭い。
 豚小屋だと言われたほうがまだ納得できる。

「あれ? これって……」

 こんな家には不釣り合いな量の金貨がテーブルの上に散乱していた。
 これはひょっとして、ダリアが受け取ったルナの代金……?

「ルナ、このお金はアレだと思うけど……どうする?」

 正直、自分が売られたお金なんて持っていきたくないかなって思って聞いてみると。

「タカシ、持ってて」

「でも、これは――」

「タカシは、わたしの、保護者、です。だから、持ってって」

「……わかったよ」

 このお金はちゃんと養育費として使わせてもらおう。

「荷物、集まった、ます」

「あ、俺が持つよ。じゃ、帰ろっか」

 また警戒されるかと思いつつも手を差し伸べる。

「あい。帰る、ます」

 意外にもあっさり俺の手を取ってくれたことに驚いていると、ルナが俺の顔をジッと見上げる。

「タカシと、帰る、ます」

 そして、大事なことだからとばかりに強調して言い直すのだった。
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