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前編
しおりを挟む「君たち可愛いね、一緒に回らない?」
大手ホテルの最上階にある未成年者参加不可の、夜間に開いているプール。約2000平米の広い敷地の屋外プールは、青や白、紫などにライトアップされ、DJブースも設置された箇所から、低重音の音楽が流れる。
プールはくねくねと曲がっている流れるプールと、正方形や円形のプールがあり、所々に南国にあるシュロの木、プールサイドベッドとソファー、飲食を購入するカウンターなどがある。
参加費は1万円と高額だが、ロッカーとシャワー室を借りれる。このホテルに宿泊するなら参加費も含め約5万円ほどになる。
未成年がいないため提供されるのはお酒がほとんどだけど、私ーー萌香は、ビールとトマトを合わせたカクテルのレッドアイを、このホテルのナイトプールに誘ってくれた親友の美波とプールサイドにあるソファーに座って飲んでいた。
週6日の仕事に解放された土曜日の夜19時、初めて参加した夜のプール。そのプールサイドにあるソファーに座る2人の美女。
1人は萌香だ。首が隠れるまでの黒いサラサラの髪、ツルツルと綺麗な肌、黒い瞳とぱっちりとした大きな目、その左下にある泣きぼくろは妖しい雰囲気が漂う。豊満な胸は黒いビキニに包まれ、白い肌を際立たせる。ほっそりと細い腰とパレオを巻きつけた大きな赤い布から黒いピンヒールを履いた素足がスラリと出て艶めかしい。
もう1人は美波で、おっとりした可愛い性格が全面に出ている庇護欲をそそられる顔。茶色のロングヘアをお団子にして、白いビキニを着ている。お互い大学生の時からの親友で、就職しても定期的に連絡し合い、半年に一度旅行したり会うだけの日もある。
今日は久しぶりに会う日で、真夏のピークになっている熱い日々に辟易していると、零すと、じゃぁ、とこのナイトプールに行こうと誘われた。
社会人になって間もなく5年目。27歳となって気がついた事は、友達がいないとプールにも海にも、季節のイベントに足を運ばないということだ。
新卒で入社したデザイン系の会社の仕事をこなしている内に、気がついたら主任となっていて、周りの同期や後輩が結婚していく中、バリバリのキャリアウーマンとして着実にキャリアを積んでいる。
それなのに久しぶりに会った親友との時間に、水を差す2人組の男。座っているから分からないけど、私達を見下ろす位置が高いので、それなりの高さのある身長だろう。美波に声を掛けたのは、金髪の筋肉で覆われたチャラ男。
そのうしろにいるのは、ツーブロックの黒い短髪の男。眉が太く細い一重の目がキツい視線を私達に向ける。
小麦色の肌に分厚い胸板。綺麗に分かれた大きな6パックの腹筋と、脇腹の小さな筋肉。左手首にあるのは、このナイトプールの入口で渡されたロッカーのカギが付いたオレンジ色のバンド。赤いハーフパンツの水着と黒いスポーツブランドのサンダル。
チラッとうしろの男に目をやり、すぐに美波に声を掛けたチャラ男に視線を戻した。
ーー私の可愛い美波をっ私の目の前でっ!ナンパするなんていい度胸してるじゃないっ!このチャラ男っ!
ふふふ、と顎に赤く塗られたマニュキュアの右の人差し指と中指を付けた。
「え~可愛いだって!優しいねっ」
にっこり嬉しそうに微笑み美波は、どう追い払おうか考えてる私の方を向き、喜んでいる。
「…美波は可愛いから」
「もぅっ!いつも萌香は私にそう言うけど!全然モテないんだけどっ!」
ーーそりゃ、そうでしょ、男の影感じ取ったら美波に合う男なのかチェックしてるんだから
などとは、本人を前にして言えないので、
「でも可愛い」
とだけ言うにとどめた。キャッキャッと笑い合う私達の中を、またもやチャラ男が乱入する。
「そんなことないよ!めちゃくちゃ可愛いっ!俺、ミナミちゃんのこと好きだよ」
ーー初めて会ったのに、好きなのかよ
チッと舌打ちしたいのを我慢して、ニコニコと笑顔を崩さない。
もしこれが漫画だったら私のこめかみに怒りマークが描かれているに違いない。
「え~本当ですか?」
「本当、本当!だってねーー」
と、照れている美波の隣にさりげなく座り、美波の手を取る。
ーーおい、おい、触りすぎじゃっ
2人の会話は弾み、盛り上がっている。にこにこと笑顔を崩さないように、口元にレッドアイを運び2人の会話を盗み聞く。時折美波が私に同意を求めて、私はそうだね、と笑みを浮かべていた。
**************
流れるプールの近くにあるチェアに、ピンヒールとパレオの布を畳んで置く。他に美波とチャラ男ーーイツキと名乗った男、チャラ男のうしろにいた目つきの悪い無口な男ーーリョウヘイのサンダルも近くに置いてある。何故か話の流れでこのまま泳ごうとなり、流れるプールに行くことになったのだった。
流れるプールへと繋がる、階段状になった手すりのついた箇所から足を入れていく。前には美波とチャラ男が先にプールに入っていて、向かい合って話している。ゆっくり手すりを掴み階段を降りると、その分水の中に足が入る。数段降りたところで、段差に滑りバランスを崩してしまい後ろへと倒れる。
「きゃっ」
反射的に短い悲鳴が出たのだが、ギュッと目を閉じても全身にくる水の衝撃がない。そろりと、目を開けると右半身が何か固いものに当たっていて、小麦色の胸板が視界いっぱいに広がる。恐る恐る顔を上げて見上げると、リョウヘイが私をキツイ眼差しで見下ろし、口をキツく結んでいる。
「…あ…ありがと」
お礼を伝えると、
「………気をつけろ」
と素っ気なくそう言うと、私の身体を立て直してくれたので、手すりに掴まり直してゆっくり降りる。
背後には私がまた転ばないように、そっと寄り添ってくれている。
ーーふぅん、優しいじゃん
目つきの悪い何考えてるか分からない無口な男だけじゃないのか、と考えを改めた。
美波達と合流して流れるプールで半周した後、浮き輪のレンタルをしている場所があったので、大きな浮き輪2つを借りる事にした。チャラ男とリョウヘイが、流れるプールから出て、レンタル場所の前にいる従業員の下へと向かう。
2人が私達から離れると、美波が私の側に寄ってくる。
「ねぇ、萌香…少しだけ、イツキ君と居てもいい?」
「…好きになっちゃったの?」
「…うん、優しくて面白いし…ダメ?」
「ううん、私に許可を…いや、気をつけてね、何かあったらすぐに、教えて」
2人で顔を寄せて内緒話をしていたら、チャラ男とリョウヘイが私達の所にやってくるのが見えたので、話すのをやめた。2つともピンク色のハート型の浮き輪を持っていて、ガタイのいい男が可愛い物を持っていて、ギャップが凄くて思わず笑ってしまう。
「お待たせ」
ととびきりの笑顔を美波に見せるチャラ男。嬉しそうにチャラ男の浮き輪を受け取る美波。遠目から見ると相思相愛のカップルだなと、思っていたら、目の前が一瞬暗くなり、視界が開けた。
「んっ?」
すると、私の目の前に浮き輪が現れて、どうやら浮き輪の中に入ったらしい。この浮き輪を置いたのはリョウヘイだと、思った私は斜め後ろにいる彼を見ると、浮き輪の外側で浮き輪を掴んでいた。
「…ありがと」
「ん」
短い返事しか返ってこない男はそれきり黙り込んでしまったので、無口な男に慣れた私は特に気にすることなく、流れるプールに身を任せる事にしたのだった。
**************
また半周するとナイトプールを使用する人が増え、流れるプールは混み出した。そのせいもあって美波とチャラ男と別れてしまっていたが、私は気にしなかった。
…しかし、リョウヘイが可哀想な気もしてきた。私が中にいる浮き輪を掴み流れるプールを無表情で歩く姿は、場違いで周りの人が遠巻きにしている。
「ね、リョウヘイ」
私が背後にいる彼を呼ぶと、視線が少しだけ動いた。
「ここ、来て」
浮き輪の中の水面をパシャパシャと叩くと、少しだけ止まった彼が、プールに潜りハートの浮き輪の中に入って上半身をプールから出した。
1人だったら広い浮き輪だったけど、流石に身体が大きい人といると私の左肩と彼の腕がぶつかる。私側の浮き輪を掴み、まるで背後から守られているみたいに感じて、照れ臭くなる。
私は変わらず浮き輪に腕を乗せて、流れるプールを楽しんだ。
時折触れる素肌は、危険だ。私の肌と違って固くて密着しているからか、触れる箇所は熱いのにプールの水は冷たいから心地よい。
ポツリポツリ、と素っ気ない言葉しか話さない男、つまらないかと思ったけど意外と側にいても苦痛じゃない。
もう一周する頃には、前ばかり向いているのにも飽きた私は、彼の方を向いて話すようになった。
リョウヘイは、亮平と書く事。
普段は消防士をしている事。
筋トレが趣味な事。
30歳だという事。
今日は午後まで働いていて明後日まで非番。急な呼び出しにも出れるように、近場のナイトプールにチャラ男に誘われて来た事。
「へー、すごい仕事好きなんだね」
「……まあ、モテないから、な、打ち込めるものが欲しかった」
「…って!暗い暗いっ」
最初はうんうん、と当たり障りのない相槌をしていたが、だんだんとひと言話すとネガティブな発言もちょっと混ざっていて、ツッコむ事にしたのだ。
目つきの悪いと思っていたけどただ単に目が細いだけだったし、よぉく観察すれば頬が微かに動いていて無表情って事もなかった。
私は右手を浮き輪に乗せ横向きに前をプールの中を歩いていると、私の肩の横にある浮き輪を掴む彼の腕にぶつかる。そんな事を気にしないようにしていたのだが……結局気になる。
なるべく表情に出さないようにしようと、していたら、プールで遊ぶ若者達が私達の浮き輪にぶつかり背中を押されて、不可抗力で彼に抱きついてしまう。
むにゅっと柔らかな胸が彼の左半身に当たり、お互い固まってしまった。
「ごっ…ごめんっ」
と謝って離れようとしたら、彼の左腕が私の肩を抱く。
「…いや、またぶつかるから…」
とブツブツ言い訳のように、私の肩に置いた手を離さない彼。
ーー不器用な人
心なしか目元が赤い気がする亮平の態度に、可笑しくなってしまって、くすくすと笑った。そして掴む所がなくなった私は、私から離れそうにない彼の胸回りにある浮き輪に手を付ける事にしたのだった。
むにむにと足を動かすたびに、彼の固い身体に当たる私の胸。時々話してもすぐに沈黙になってしまい、また身体がぶつかる。
ーーヤバい…変な気持ちになって来てる…これは多分私だけなんだろうけど…
ギュッと私の肩を掴む彼の手に力が入った気がして、顔を上げると前を向く彼の眉間に皺が寄っている。
ほぅっと諦めて前を向くと、彼がハート型の浮き輪の丸い所を、腕の血管が浮き出るのが分かるくらい力いっぱい掴んでいるのが見えた。
ーーもしかして…
と、浮き輪から手を離し亮平の腰に腕を回し抱きつくと、ピクッと動いた亮平が固まる。
ーーあ、ヤバい…ヤバい…
固い身体はやっぱり熱く、心地よくて頬を胸板に付ける。私の肩にあった手が、水の中に入り私の腰に回り引き寄せられて下半身が密着する。
彼の太い左足に自分の足を絡めて、胸板から頬を離し見上げると彼も私を見下ろしていて、お互いの視線が絡む。勝手に期待している自分がいる。水の中から出た腕を、持ち上げて彼の頬に手を添えた。ギュッと私の腰を掴まれた大きな手に力が入る。少し屈んだ彼が私の唇に触れるだけのキスを落とすと、この世界に2人しか居ない世界が生まれる。
「…出る…?」
「う…ん」
プールサイドがある斜め前に歩き出した彼の身体に抱きつきながら、無言でプールから上がった。
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