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<3・世の中は不思議でいっぱいなので。>
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もしや、自分が此処に来たこと自体が非常にまずかったのか。冷や汗だらだらになるひかり。よくよく考えれば、部屋に入る前に随分祈に警戒した目で見られていたような。
「え、えっと……わたくしめは何かとてもまずいことをしてしまったのでございましょうか……?」
しどろもどろになって尋ねると、そういうことではないですよ、と祈は首を横に振った。
「ただ、経験上……結界で守られているはずのこの部屋に近づこうとするのは、秘宝管理士の素質を持つ人間だということもわかってるんです」
「秘宝管理士ってあれだよね?春風くんが、持ってる国家資格っていう……」
「はい。秘宝管理士になるには、正しい秘宝管理の知識の他、秘宝を使うための素質が求められることになります。知識の方はお勉強すれば覚えられるんですけど、秘宝を使うスキルの方は素質に大きく依存するので……なりたいと思って誰でもなれるものではないんです。僕が小学生なのに秘宝管理士の資格を取ってるのはつまり、たまたま身近に秘宝管理士がいて、僕に素質があることがわかったからそうなった……ってやつなんですよ」
「あ、なるほど……」
確かに、明らかにこのような機密、小学生が扱うには荷が重すぎる。そもそも、祈は去年この学校に転校してきたばかりだったのではなかっただろうか。
ということは、彼がこの学校に来るまで、この秘宝たちは一体誰が管理していたというのだろう?別に監視者がいないと、成り立たないような。
「本当は、いくら資格を持っていたとしても……小学生にこの部屋を任せるなんてこと、大人たちもしたくなかったと思いますよ」
けどねえ、と彼は肩を竦めた。
「ぶっちゃけ、人手不足でして。日本全国にも数えるほどしかいないんです、秘宝管理士。だからまったく手が足りていません」
「まあ、存在そのものを知ってる人が少ないもんね。ていうか、そうほいほいとひとに教えていいものでもないんだろうし」
さっきの笑うはっぱなんてものは、別に持ち出されたところで大きな影響力を持つわけでもないだろう。ただ、恐らく中には、兵器として転用できそうなものとか、オーバーテクノロジーすぎて危ないなんてものもあるのではなかろうか。
知っている人間を増やすということは、悪意ある人間に情報が漏れるリスクが増えるということに他ならない。そう考えると、人手の確保に苦慮するのも頷けるというものだ。
「元々この学校にも、他に秘宝管理士がいて……その人が表向き職員として働きながら、この部屋を守ってたんですが」
祈はとんとん、と壁を叩いて言った。
「その管理士が去年、亡くなったんですよね。学校事務をやっていた事務職員の、盛岡さんという方です。ご存知ありませんか」
「あ」
ひかりは思い出して声を上げた。自分達が三年生だった時――そう、三学期の終わり際だったから、あれは三月だろう。事務職員の男性が一人、奇妙な死に方をしたのである。
学校の屋上で、首のない死体で発見されたのだ。
ただ、当たり前だが人間の首を切り落としたならば大量の血が出るはず。屋上で断首したのなら、屋上一面が血まみれの地獄絵図になっていなければおかしかったはずだ。
しかし、彼は両手両足を揃えた状態で、一切出血の形跡なく――首無し死体となってあおむけに倒れていたというのである。しかも、学校にいるには相応しくない、寝間着姿でだ。まるで家で寝ている間に首を斬られ、学校に運ばれてきたかのよう。
いや、仮に殺人現場が屋上でなかったとしても、だ。
切断面からある程度血が止まっていたところで、死体を転がせばその場に血がつくのは避けられないはずなのである。しかし、彼の死体の周辺には本当に、一滴の血も落ちていなかったという。そしてきられた首の断面はなめらかで、さながら電子メスでも使って焼き切ったかのように見えたのだそうだ。
職員室にこもりっきりで、ほとんど表に出ることがない事務職員である。保護者の対応などはしていたのかもしれないが、小学校の生徒たちからすれば“そんな人いたんだ”くらいの人物だった(きっと裏で学校を支えてくれていたのだろうが)。ゆえに、彼の死を悲しむとか怖いとかいうより、“まるで神隠しで首だけ持っていかれたみたいでちょっと面白そう”なんて思ってしまった生徒が後を絶たなかったのである。
ようは、ものすごい噂になったのだ。さながら屋上の七不思議のせいだの、この学校の地下には邪神が眠っているだの、次元の狭間に飲み込まれただの、首もどこかに落ちているに違いないだの。れもんはさほど興味を惹かれなかったが、友人達がそういう話をしていたのは嫌というほど聞いているのだ。
そして亡くなった職員の名前が、確か“盛岡”と言っていたのではなかったか。
「お、屋上の……首無し死体……」
「よくご存知で」
ひかりが呟くと、こくりと祈は頷いた。
「彼が、元々この学校で秘宝管理士をしていた人物でした。が、ご存知の通り怪死を遂げてしまった。そこで、急遽子供で手があいていた僕がこの学校に送り込まれることになったんです。あの部屋の管理を、ほったかしにしておくわけにはいきませんから」
「も、盛岡さんって人は、どうして亡くなったの?」
「わかりません。死に方があまりにも奇妙なので、なんらかの“秘宝”が関わっている可能性が高いですが、現状ではなんとも言えないというのが本当のところです。僕の仕事には、彼の死んだ謎を解明するというのもあるのですよ。……まあ、僕が死んでしまったらまた人手不足になるので、何がなんでも死ぬわけにはいかないんですけどね!」
「わ、笑いごとじゃないよお!」
ブラックジョークにもなりゃしない。思わず悲鳴を上げるひかりである。
「まとめると。僕の主な仕事は三つです。この部屋の秘宝たちの監視と管理。それから前任が亡くなった謎を突き止めること。そして……新たな秘宝の発見と保護」
「え、秘宝ってまだあるの!?」
「むしろ、人間が見つけていないものが大半だろうと言われていますよ。この世界にはまだまだ、科学で解明できない謎のアイテムがたくさん残されているんです。それらを全て回収し、保護し、いずれそのメカニズムを明らかにすること。場合によっては、世界に役立つ技術として転用すること。それが、政府と……秘宝管理士の行動理念なのです」
なんだろう。あまりにも壮大すぎて、頭が追い付かない。部屋の中を見回す。ここだけで、一体いくつのアイテムがあるのか知れない。
ふと床を見れば、何やら開きそうな扉?のようなものも設置されているではないか。もしや地下室もあって、そこにも他のアイテムが保管されていたりするのだろうか。
国家機密。オーバーテクノロジー。
ちょっと怖いけれど、でも――同じだけ、ドキドキもする。
「さて」
そして。暫くの沈黙の後、祈は切り出してきたのだった。
「僕が、こんな話を秋野ひかりさん、貴女にした理由はですね。……貴女に、僕の助手をやって貰いたいからなんです」
「はい!?」
いきなり、とんでもないことを言われた。ひかりは目玉をひんむく。
――じょ、じょじょじょ助手う!?そ、そりゃ大好きな春風くんと一緒にいてお仕事手伝えるとかもう至福でしかないけれど、この秘宝管理とかいう仕事も正直ちょっと面白そうだと思わなくもないけど私まだ小学生だし国家機密とかヤバそうだしなんか大変そうだし前任者が怪死してるってだいぶ心配ではあるんだけどあ、でもやっぱり春風くんを助けられるのなら役得であるような気がしないでもな……っ!
おめめをぐるぐるさせながらそんなことを思っているとだ。ばっ、といきなり両手を握られてしまった。
ふぎょわっ!?と自分で言うのもなんだか情けない声が喉から漏れてしまう。いきなり、片思いの相手に手を握られてしまったのだ。乙女として、ドキドキしないはずがないわけで。
「お願いできませんか、秋野さん」
一方、彼はまったく他意のなさそうな、キラキラした目でひかりを見てくるのである。
「さっき語った通りなんです。秘宝管理士は、本当に数が足りていない。秘宝の存在を知る者も少なければ、管理する素質を持った人間も全然いないという状況です。僕も、まだこの土地に不慣れですし……地元の人に手伝ってもらえればすごく心強い。そして、ゆくゆくは貴女にも、秘宝管理士の資格を取って一緒に働いて欲しいんです」
「いや、その、わ、私は、ただの小学生で……っ」
「ひとまずは後任の管理士がこの学校に来るまで……僕がここで、秘宝管理クラブという名目でこの部屋を守っている間だけでいいんです。僕の仕事を手伝っていただけませんか?この通りです!」
「あ、あう、う……」
真剣すぎる眼差し。どこか困ったように八の字になった眉。正直に言おう、めっちゃくちゃ可愛いし、母性本能をくすぐられてしまうわけで。
――その顔は反則、反則、めっちゃ反則だからあ!
「……そ、その、私、えっと、あの」
結局、しどろもどろになってひかりは返すしかなくなるというわけである。
「ぐ、具体的には何をしてほしいというか、な、何をすればいい、のかな?」
好きな男の子にこんな風に頼まれて、一緒にいる機会を与えられて。舞い上がらない女の子がいるだろうか。
きっとたぶん、いや絶対いないだろう。
「え、えっと……わたくしめは何かとてもまずいことをしてしまったのでございましょうか……?」
しどろもどろになって尋ねると、そういうことではないですよ、と祈は首を横に振った。
「ただ、経験上……結界で守られているはずのこの部屋に近づこうとするのは、秘宝管理士の素質を持つ人間だということもわかってるんです」
「秘宝管理士ってあれだよね?春風くんが、持ってる国家資格っていう……」
「はい。秘宝管理士になるには、正しい秘宝管理の知識の他、秘宝を使うための素質が求められることになります。知識の方はお勉強すれば覚えられるんですけど、秘宝を使うスキルの方は素質に大きく依存するので……なりたいと思って誰でもなれるものではないんです。僕が小学生なのに秘宝管理士の資格を取ってるのはつまり、たまたま身近に秘宝管理士がいて、僕に素質があることがわかったからそうなった……ってやつなんですよ」
「あ、なるほど……」
確かに、明らかにこのような機密、小学生が扱うには荷が重すぎる。そもそも、祈は去年この学校に転校してきたばかりだったのではなかっただろうか。
ということは、彼がこの学校に来るまで、この秘宝たちは一体誰が管理していたというのだろう?別に監視者がいないと、成り立たないような。
「本当は、いくら資格を持っていたとしても……小学生にこの部屋を任せるなんてこと、大人たちもしたくなかったと思いますよ」
けどねえ、と彼は肩を竦めた。
「ぶっちゃけ、人手不足でして。日本全国にも数えるほどしかいないんです、秘宝管理士。だからまったく手が足りていません」
「まあ、存在そのものを知ってる人が少ないもんね。ていうか、そうほいほいとひとに教えていいものでもないんだろうし」
さっきの笑うはっぱなんてものは、別に持ち出されたところで大きな影響力を持つわけでもないだろう。ただ、恐らく中には、兵器として転用できそうなものとか、オーバーテクノロジーすぎて危ないなんてものもあるのではなかろうか。
知っている人間を増やすということは、悪意ある人間に情報が漏れるリスクが増えるということに他ならない。そう考えると、人手の確保に苦慮するのも頷けるというものだ。
「元々この学校にも、他に秘宝管理士がいて……その人が表向き職員として働きながら、この部屋を守ってたんですが」
祈はとんとん、と壁を叩いて言った。
「その管理士が去年、亡くなったんですよね。学校事務をやっていた事務職員の、盛岡さんという方です。ご存知ありませんか」
「あ」
ひかりは思い出して声を上げた。自分達が三年生だった時――そう、三学期の終わり際だったから、あれは三月だろう。事務職員の男性が一人、奇妙な死に方をしたのである。
学校の屋上で、首のない死体で発見されたのだ。
ただ、当たり前だが人間の首を切り落としたならば大量の血が出るはず。屋上で断首したのなら、屋上一面が血まみれの地獄絵図になっていなければおかしかったはずだ。
しかし、彼は両手両足を揃えた状態で、一切出血の形跡なく――首無し死体となってあおむけに倒れていたというのである。しかも、学校にいるには相応しくない、寝間着姿でだ。まるで家で寝ている間に首を斬られ、学校に運ばれてきたかのよう。
いや、仮に殺人現場が屋上でなかったとしても、だ。
切断面からある程度血が止まっていたところで、死体を転がせばその場に血がつくのは避けられないはずなのである。しかし、彼の死体の周辺には本当に、一滴の血も落ちていなかったという。そしてきられた首の断面はなめらかで、さながら電子メスでも使って焼き切ったかのように見えたのだそうだ。
職員室にこもりっきりで、ほとんど表に出ることがない事務職員である。保護者の対応などはしていたのかもしれないが、小学校の生徒たちからすれば“そんな人いたんだ”くらいの人物だった(きっと裏で学校を支えてくれていたのだろうが)。ゆえに、彼の死を悲しむとか怖いとかいうより、“まるで神隠しで首だけ持っていかれたみたいでちょっと面白そう”なんて思ってしまった生徒が後を絶たなかったのである。
ようは、ものすごい噂になったのだ。さながら屋上の七不思議のせいだの、この学校の地下には邪神が眠っているだの、次元の狭間に飲み込まれただの、首もどこかに落ちているに違いないだの。れもんはさほど興味を惹かれなかったが、友人達がそういう話をしていたのは嫌というほど聞いているのだ。
そして亡くなった職員の名前が、確か“盛岡”と言っていたのではなかったか。
「お、屋上の……首無し死体……」
「よくご存知で」
ひかりが呟くと、こくりと祈は頷いた。
「彼が、元々この学校で秘宝管理士をしていた人物でした。が、ご存知の通り怪死を遂げてしまった。そこで、急遽子供で手があいていた僕がこの学校に送り込まれることになったんです。あの部屋の管理を、ほったかしにしておくわけにはいきませんから」
「も、盛岡さんって人は、どうして亡くなったの?」
「わかりません。死に方があまりにも奇妙なので、なんらかの“秘宝”が関わっている可能性が高いですが、現状ではなんとも言えないというのが本当のところです。僕の仕事には、彼の死んだ謎を解明するというのもあるのですよ。……まあ、僕が死んでしまったらまた人手不足になるので、何がなんでも死ぬわけにはいかないんですけどね!」
「わ、笑いごとじゃないよお!」
ブラックジョークにもなりゃしない。思わず悲鳴を上げるひかりである。
「まとめると。僕の主な仕事は三つです。この部屋の秘宝たちの監視と管理。それから前任が亡くなった謎を突き止めること。そして……新たな秘宝の発見と保護」
「え、秘宝ってまだあるの!?」
「むしろ、人間が見つけていないものが大半だろうと言われていますよ。この世界にはまだまだ、科学で解明できない謎のアイテムがたくさん残されているんです。それらを全て回収し、保護し、いずれそのメカニズムを明らかにすること。場合によっては、世界に役立つ技術として転用すること。それが、政府と……秘宝管理士の行動理念なのです」
なんだろう。あまりにも壮大すぎて、頭が追い付かない。部屋の中を見回す。ここだけで、一体いくつのアイテムがあるのか知れない。
ふと床を見れば、何やら開きそうな扉?のようなものも設置されているではないか。もしや地下室もあって、そこにも他のアイテムが保管されていたりするのだろうか。
国家機密。オーバーテクノロジー。
ちょっと怖いけれど、でも――同じだけ、ドキドキもする。
「さて」
そして。暫くの沈黙の後、祈は切り出してきたのだった。
「僕が、こんな話を秋野ひかりさん、貴女にした理由はですね。……貴女に、僕の助手をやって貰いたいからなんです」
「はい!?」
いきなり、とんでもないことを言われた。ひかりは目玉をひんむく。
――じょ、じょじょじょ助手う!?そ、そりゃ大好きな春風くんと一緒にいてお仕事手伝えるとかもう至福でしかないけれど、この秘宝管理とかいう仕事も正直ちょっと面白そうだと思わなくもないけど私まだ小学生だし国家機密とかヤバそうだしなんか大変そうだし前任者が怪死してるってだいぶ心配ではあるんだけどあ、でもやっぱり春風くんを助けられるのなら役得であるような気がしないでもな……っ!
おめめをぐるぐるさせながらそんなことを思っているとだ。ばっ、といきなり両手を握られてしまった。
ふぎょわっ!?と自分で言うのもなんだか情けない声が喉から漏れてしまう。いきなり、片思いの相手に手を握られてしまったのだ。乙女として、ドキドキしないはずがないわけで。
「お願いできませんか、秋野さん」
一方、彼はまったく他意のなさそうな、キラキラした目でひかりを見てくるのである。
「さっき語った通りなんです。秘宝管理士は、本当に数が足りていない。秘宝の存在を知る者も少なければ、管理する素質を持った人間も全然いないという状況です。僕も、まだこの土地に不慣れですし……地元の人に手伝ってもらえればすごく心強い。そして、ゆくゆくは貴女にも、秘宝管理士の資格を取って一緒に働いて欲しいんです」
「いや、その、わ、私は、ただの小学生で……っ」
「ひとまずは後任の管理士がこの学校に来るまで……僕がここで、秘宝管理クラブという名目でこの部屋を守っている間だけでいいんです。僕の仕事を手伝っていただけませんか?この通りです!」
「あ、あう、う……」
真剣すぎる眼差し。どこか困ったように八の字になった眉。正直に言おう、めっちゃくちゃ可愛いし、母性本能をくすぐられてしまうわけで。
――その顔は反則、反則、めっちゃ反則だからあ!
「……そ、その、私、えっと、あの」
結局、しどろもどろになってひかりは返すしかなくなるというわけである。
「ぐ、具体的には何をしてほしいというか、な、何をすればいい、のかな?」
好きな男の子にこんな風に頼まれて、一緒にいる機会を与えられて。舞い上がらない女の子がいるだろうか。
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