推しの正体が幼馴染でした~人気実況者に溺愛されています~

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<26・愛と怒り。>

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 恐らく、遥はインターフォンが鳴るたび硬直してしまい、すぐに確認しにいくことが出来なかったのだろう。だから相手に逃げられる、ということを繰り返していたのではなかろうか。

――この相手が本当にストーカー本人とは断定できない、けど。

 杞憂なら杞憂でいい。遥が怯えているなら自分が確認するまでのこと。千鶴はゆっくりと玄関に近づき、覗き穴を確認する。
 そして、目を見開いた。

「え」

 その長いウェーブした茶髪。
 小柄な背丈。丸い眼鏡。
 それにどことなく雰囲気の近い服装は。

――昨日、遥がレストランで一緒だった……太田川さんって人じゃ。

 恐らく足音と気配で、誰かが玄関に近づいてきたことがわかったのだろう。三度目のインターフォンと同時に、ドアの向こうの人物が声を上げてきた。

『こんにちはー!ごめんくださーい!レイヤードさん、いますかー?』
「え、え?」

 遥が驚いた声を上げる。彼も気づいたらしい。慌てて玄関に駆け寄ってきた。

「太田川さんだ?なんでここに……」
『ごめんくださーい!昨日渡すの忘れちゃった書類があったので、お渡ししたいんですけどー』
「い、今開けます!」
「は、遥!ちょっと待って!」

 千鶴は止めるものの、遥は聞こえなかったようだ。チェーンを外している彼を見て、千鶴はやむなく決意する。
 ポケットの中でスマホを操作。録音アプリを起動。――うまくいくといいのだが。

「すみません、急にお邪魔しちゃって!」

 がちゃり、とドアが開いてかの人が室内に飛び込んできた。丸くて大きな目、やや幼い顔立ち。千鶴たちと同い年が、あるいは少し年下のように見える女性だった。想像していたよりずっと可愛らしく、そして普通の人のように見える。
 実際、遥も同じ印象を受けたのだろう。特に警戒する様子もなく、彼女を玄関に招き入れてしまった。

「ごめんなさい、わたし、おっちょこちょいで。“サブモード”のご案内、全部渡し忘れちゃったんです。あと説明も。お話したいので上がってもいいかしら?」
「あ、えっとその……」

 遥は書類を受け取るだけのつもりだったのだろう。困ったようにちらちらと千鶴の方を見る。なんとも不思議な光景だった。千鶴も遥のすぐ後ろに立っていて、太田川の目に入らないはずがない。それなのに彼女は、まるで千鶴の姿が見えないかのように話を進める。

「い、人が来ているので。それに部屋も散らかっているし、ちょっと今はお上げするわけには……。後日事務所にまたお話に伺いますので、説明はその時にということでは駄目ですか?」

 妥当な判断だろう。そうでなくても、いきなり仕事相手の家に乗り込むだけで随分と非常識なのだから。

「あら、散らかってるんですか?わたしは気にしません。説明をするだけですもの、そう長くお時間いただきませんわ。玄関で立ち話させるつもりかしら?」
「い、いえ。ですから説明は後日……」
「イベントの日までそんなに時間もないし、なるへく早く資料を理解して参加不参加を決めていただきたいんです。上がらせて頂いてもいいですよね?」
「いや、だからそれは……」

 強引が過ぎる。千鶴は遥の後ろからひょっこりと顔を出して“あのう”と口を出すことにした。見た目は若い女性に見えるのに、根性はさながら宗教勧誘のオバチャンばりである。気の弱い性格の遥にはしんどい相手だろう。

「太田川サンですっけ?彼は後日事務所に足を運ぶと言ってますし、今時資料も説明もオンラインですみますよね?上がってほしくないと言ってるんだあら、それを尊重したらいかがです?」
「……どちら様?」

 千鶴と目があった途端、太田川は露骨に眉を顰めた。

「妹さん?……いえ、レイヤードさんに妹さんはないなかったはずね。家族構成には一人っ子って書いてあったし。あなたこそどちら様かしら。あなたは家に上がっているのに、わたしは駄目なの?なんで?」

 その理屈はおかしいだろうがよ、と千鶴は心のなかで盛大にため息をつく。まるで、自分が遥にとってとても親しい間柄の人間だと言いたげだ。アポなしで家に押しかけてきて、玄関で帰れと言われておきながら。

「彼とは親しくしているもので。……そもそもあなた、非常識でしょう。約束もなしに来て……一階でインターフォン押しませんでしたよね?オートロックの自動ドア二箇所あるのに二箇所ともスルーして、いきなり部屋の前まできて鳴らすのはどうなんでしょう?そして、渡し忘れた書類を渡すだけって言っていたのに、開けてもらったら今度は理由つけて上がろうとしている。レイヤードさんが“今は客がいるのでちょっと”と言っても聞き入れやしない」

 睨むような目つきになるのも仕方ないこと。
 千鶴がガンをつけると、彼女は少しだけたじろぐ様子をみせた。伊達にこちとら学生時代、“喧嘩の魔女”なんて不名誉な称号を貰ってはいないのである。



「あんただろ。動画のコメントや大型掲示板で……れもんって名乗って彼の彼女ヅラしてたのは」
「!?」



 遥がぎょっとしたように千鶴を見た。やはり、気がついていなかったらしい。千鶴はそれとなく彼の腕を引き寄せながら言う。
 彼女は危険だ。少しでも遥から離しておきたい。

「あんたが“れもん”なら、話が通ることが多いんだ。掲示板で最後、れもんはこんな書き込みをしていた」



66:れもん
しょうがないなあ
今度、レイヤードさんの家の写真撮ってくるから、それアップしたら信じてくれるよね?



「自分がカノジョだって信じてほしかったからだろうな。何が何でも今日は部屋に上げてもらう必要があった。れもんにはその理由があった。レイヤードさんの目を盗んで室内の写真を撮るために。場合によっては部屋にいるこの人を隠し撮りするために」
「……っ!わ、わたしはそんなっ……!」
「じゃあどうして、書類渡すためだけに部屋まで押しかけてきてきた?さっきも言ったけど、あんたが渡そうとしているもの……書類っつーよりイベント案内なんだろ?オンラインで渡せそうなもんだ。説明だってオンラインでできるし、遥が後日あんたの会社に行くと言ってる。無理に部屋に上がる理由がわからない」
「わ、わたしは!ただせっかく来たからここで説明したほうが早いと思っただけよ!あんたがタイミング悪く邪魔してるのが悪いんじゃない!!」

 逆ギレ早すぎるだろ、と千鶴は呆れてしまう。しかし、この程度のキレ芸などこちとら慣れっこなのだ。このまま殴り合いの喧嘩に発展するなど、一時期日常茶飯事だったのだから。

「そもそも、あんたが此処に来てる時点で妙っちゃ妙。なんで彼がレイヤードだって知ってて、本名も知ってるの?」

 当たり前だが表札は本名で出ている。
 遥の名前と住所を知っていなければここまで来ることがまず不可能だ。

「彼のもとに送られてくる匿名の手紙。無言電話。彼の住所と本名と家電とプライベート携帯番号。全部知られる立場の人間はそう多くない。だから、私も怪しんでいた……NEXT実況、あのイベントの運営関係者を」

 イベント参加者は当たり前だが契約書をかわしたはず。そこならば、本名や連絡用の番号、住所が記載されていてもなんらおかしくない。
 運営会社の関係者がそれを見て、自身の欲望のために利用していると考えれば――タイミング的にも筋が通ってしまう。

「その上で、アポイントもなしに尋ねてきて不自然なほど家に上がろうとするあんた。大型掲示板のれもんの言葉。……怪しむなって方が無理があるんだけど!」
「あんたには関係ないでしょ!そこをどきなさいよ!!」
「彼はあんたを家にあげたくないと言ってる。あんたが大人しく帰るならここからどくけど?」
「なんであんたにそんなこと命令されなきゃいけないのよ!わたしはレイヤードさんの……遥さんの恋人なのに!そうあるべき存在なのにっ!!」

 あっけなく彼女は本性を表した。煽り耐性なさすぎでは?と少し斜め上の心配をしてしまう千鶴である。

「恋人って……」

 遥が唖然とした様子で言った。

「太田川さんはイベント会社の社員で、数回仕事の関係でお会いしただけですよね?お付き合いをした覚えなんてないですけど……」
「遥さんはとっても奥手なんでしょう?女性と全然付き合ったことがなくて緊張してるってわたし知ってますから。本当は女の人といろんなことがしたいけど、恥ずかしくて言い出せないだけなんですよね?大丈夫、わたしが何でも叶えてあげますから!」
「え、えっと、太田川さん?」
「名字なんて他人行儀で悲しいわ。理乃りのって名前で呼んで……!」

 すごい、まったく話が噛み合っていない。さっきまで千鶴と話していたはずが、遥が話に入ってきた途端あっという間にアウトオブ眼中にされたのがわかる。
 妄想と現実の区別がつかなくなる人間のなんと恐ろしいこたか。

「わたしは本当の本当にあなたが好き。あなたもそのはずよ、レイヤードさん」

 太田川理乃は恍惚とした表情で一歩前に踏み出す。

「目を覚まして。あなたを一番愛する人間はここにいるの。そんなゴミ女のことなんて忘れてわたしと一緒になりましょ。愛し合いましょ。わたしのぜんぶをあげるから、ねえ……」

 こりゃ駄目だ、話し合うだけ無駄だ。言質も取ったしもう無理にでも玄関の外に追い出そう。千鶴がそう言いかけた時だった。

「……誰が」

 今まで聞いたことがないほど、低い声が聞こえた。

「誰が、ゴミ女だって?……それは、千鶴のことを言ったのか?」

 遥だった。彼はぐいっ、と千鶴を抱き寄せると、まるで庇うように前へと進み出る。そして怒りに満ちた声で太田川に言い放ったのだった。

「俺が愛する人はこの人だけだ。あんたなんかじゃない。俺の大事な人を侮辱するんじゃねえよ!!」
「な、何を怒ってるの?あなたの愛する人はわたし……」
「帰れ!あんたの会社にもクレームを入れさせてもらうし警察にも言う!二度と俺達の前に現れるな!!」
「きゃっ!」

 そこからはあっという間だった。遥はドアを開けると、突き飛ばすように呆然とした様子の太田川理乃を外へ追い出したのである。そして、すぐさま鍵をかけたのだった。

『ま、待って!ここを開けて!あなたは勘違いしてるわ!その女に騙されてるのよ、ねえっ!!』

 どんどん、どんどん、とドアを叩いて喚いている女。遥はチェーンロックもかけると、スマホを取り出して千鶴を振り返る。

「ごめん、ちーちゃん。最初からこうすればよかった。会話、録音してたよね?警察に通報していい?」
「う、うん」
「ありがと。……ああ本当に腹立つ。許せないよ」

 彼は流れるように110番をする。千鶴はあっけにとられてそれを見ていたのだった。
 彼がまさか、あんな風に怒るだなんて。それも、他でもない千鶴のために。

――そこまで、私のこと……。

 不謹慎だと知りつつも。胸の奥が熱くなったのは、ここだけの話だ。

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