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<33・Zowma>
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ゾウマは知っている。自分が本当はとても臆病な人間である、ということを。サリーと己の最大の違いはそこだろう。己が最強でないことも完璧でないことも知っている。そして間違えることがあるのも理解している。それは、受け入れる覚悟があるとかではなく、ただ経験に照らし合わせて理解しているという類のものではあっだ。
前世でゾウマは半グレ組織の下っ端だった。
不良になりたかったわけではない。それでも組織に入った理由は単純明快、入った高校のワルい生徒達の大多数がそこに入っていて、生徒たちを恐怖政治で支配していると知っていたからだ。
腕力にも体格にも喧嘩の腕にも自信はあった。勉強はできなかったが頭の回転の速さも。それでもどんな世界であれ場所であれ、自分より強い人間はどこにでも存在するもの。長いものに巻かれて生きるのが正しいやり方だと、ゾウマは幼少期から学んでいたのである。
それは、母に暴力を振るう父を見て育ったからというのも大きいだろう。自分から言わせてみれば、父の暴力は母の性格が冗長させていたようなものだ。何故なら母も母で拘りが強い人で、父の命令にいちいち逆らいがちだったからである。父は恭順にしていれば、意図しない失敗に関してはある程度寛容に見逃してくれる。喧嘩で勝てない相手なのだから余計な反逆などせず、ハイハイ言うことを聞いていればよかったものを。実際それを学んでからのゾウマは、母と違って殆ど父に殴られなくなったのだから。
無論この理屈は、不可能な要求を無理やり通そうとする相手には通用しない。ドメスティックバイオレンスにはそのパターンも数多く存在するもだろう。しかし、少なくともゾウマの前世の父はそうではなかった。だからゾウマは学んだのだ。臆病で矮小な己が安全に生きていくためには、強いボスを見つけて付き従うのが一番簡単だと。
だから、半グレ組織に所属した。学校と組織の両方を統べるボスが、ゾウマにとって最も理想的で強いボスに思えたからだ。
その選択は正しいと思われた。
そのボスの側についていれば自分も強者の側でいられたからだ。強い人間として、いくらでも恵まれた暴力を振るうことを許された。自分の望んだ力を、強い力の許しを得て振るえることの爽快感といったらない。己はあんな父とは違う、いつも何かに怯えて苛立っていた父よりも賢い人間になれたのだと、すくなくともそう思うことが出来たのだ。
『ごらぁぁぁ!てめえらか、俺らのシマを荒らしてるガキどもはぁ!!』
まあ、ヤクザに目をつけられた結果、あっさりとそんな幸福も終わりを迎えたのだが。
ボスだった少年と、特に熱心な彼の信者と思われていたゾウマ。そして幹部の数人は、アジトに乗り込んできたヤクザに処刑されることになったのだった。どのような死に方をしたかについては――正直惨すぎて思い出したくもないが。
――異世界転生して俺は、自分がまた逃れられない業の中にいると知った。
半グレではなく、もっと強いヤクザ共に仕えていればよかった。そんなことを思いながら転生したゾウマは、早速一番強い者を見定めたのである。
自分たちが最も従うべきは女神。それは明らかだ。でもって身内で一番強いのはサリーだと即座に理解した。だから、サリーの恋人というポジションに収まり、彼女に恭順を誓ったのである。案の定彼女は、己に従順な相手にはどこまでも寛大だったのだから。
己は最善の選択をしたはずだ。誰よりも安全に、己が生き延びられる道を選んできたつもりだったのである。ところが。
「失敗したか……」
落とし穴のトンネルを抜けた先。目の前に広がった光景を見て、ゾウマは呟いたのだった。
つるりとした天井にぽっかりと開いた穴。自分はそこから落ちてきたのだろう。そして鉄板のような床。四方の壁は硝子張りで、その向こうには金色の液体が満たされている。
水槽の中だ。しかも微かに鼻孔を擽るこの臭いは、ガソリンのような可燃性の液体だろう。
ゾウマの能力はどんなものでも燃やすというもの。だが、その対象から自分が外れているわけではない。ここで能力を使えば、恐らく爆発が起きて自分はバラバラになるか、火達磨になって死ぬかのどちらかに違いない。
そもそも二年前魔王を襲った時も、火力が強すぎて自分も火傷をし、どうにかマリオンの能力で守ってもらいながら撤退した経緯があるのだ。
――この水牢から、俺の力で脱出するのは無理だな。
詰んだと、ゾウマは即座に理解した。生き延びるためにはここから第三者の力で出してもらうしかないが、ゴートンがそれを聞くとは思えない。なんせ、自分たちは彼を殺しに来たのだから。
今思えば、正面入口から入ってくるように言ったのも自分達を試していたということなのだろう。正面の罠は本当に撤去されていたのかもしれない。奇襲をかけるつもりで裏口から入ったから罠にかかった。殺意があると見なされたから排除された。そう考えるのが自然だ。
どうやら自分は選択を誤ったらしい。ゾウマは静かにそれを悟ったのだった。きっと今同じように囚われているであろうサリーは、そんな自分の選択ミスなど受け入れることはできないだろうが。
『……ゾウマ、聞こえるか?』
ざざざ、とノイズが走るような音。天井の穴の脇に設置されたカメラとスピーカー。そこから音が流れてきているようだった。無論、聞こえてくるのはゴートンの声である。
「やるじゃねえか、お前、よくこんな短期間にこんな落とし穴なんか作ったんだ?お前一人の技術じゃねぇよな?お前の恋人だっつー、キレーなニイチャンに手伝ってもらったってか?」
『……そうだ』
「俺等が正面から来なかったから、話をする気ナシとみなして罠にかけたってところか。ま、お前の判断は正しいと思うぜ。俺やノエルはともかく、サリーは相当おカンムリだったからな。問答無用でお前を殺す気満々だっただろう。下手に対話しようなんて手心加えてたら、死んでたのはお前だったと思うぜ」
『…………』
スピーカーの向こうが沈黙する。果たして今、ゴートンはどんな顔をしているのだろうか。きっと勝ち誇った顔はしていないのだろうなと思う。あれで、なんだかんだと情を捨てきれない男だ。だからこそこんな状況で恋人なんて作ってしまったのだろうが。
「悪いな、ゴートン。お前は俺達に言い訳を聞いてほしかったんだろうが。俺は、お前がなんでマリオンを奴隷にしたのかなんて興味はねえ。お前なりの理由があったんだろうが、どうでもいいってのが本心だ。怒ってもいないってことだけどな」
サリーは気がついていなかったかもしれないが、そもそも自分達にはまともな仲間意識なんてなかったと思うのだ。
自分以外の人間を、使えるゴミか使えないゴミでしか見ていなかったサリー。
自分を可愛がってくれるなら誰でも良くて、都合がいいから深く考えもせずに魔王討伐に参加したマリオン。
元の世界に帰りたくて、嫌々魔王討伐を手伝い、サリーのパシリもやらざるをえなかったノエル。
自分の歪んだ欲求を満たすためにチートスキルを振り回せれば何でも良くて、自分を見下すサリーとマリオンへの不満を溜め込んでいたであろうゴートン。
そして自分が安全に生き残るために、好きでもなんでもないサリーの恋人兼奴隷を演じてきたゾウマ。
最初から自分達の心はバラバラで、同じ方向なんて見ていなかった。誰もが自分の欲望を満たすことと己の保身しか考えていないのだから当然と言えば当然だ。サリーはそこを認めたがらなかっただろうが、そもそもリーダーの彼女が仲間を“自分が活躍するための道具で踏み台”としか思っていなかった時点でお察しだろう。
「お前も気づいてんだろ、ゴートン。俺らは最初から最後まで、ちゃんとした仲間なんかじゃなかった。同じものなんか見えちゃいなかった。だから裏切りもクソもねえ。……お前にとっては残念な事実かもしれねえけどな」
そもそもサリーだって、裏切られたのが嫌だったというより自分の玩具が自分の思い通りに動かなくてイラついたというだけだろう。
あれも不憫な女だ。自分が最高で完璧で絶対正しい――その歪んだ思い込みから、転生してなお抜け出すことができなかったのだから。
「ヴァリアントってのは、人の心の闇ってやつが生み出すのかもなぁ。でもって本当の魔王なんかいないのかもしれねえ。二年前、たまたま世界にとって都合が悪かった奴が魔王にされたってだけで。……俺は二年前の時点で気づいてたけどスルーしたよ。どうでもよかったからな、そんなこと」
『どうでもよかった?』
「おう。そもそも、俺らは女神様に生殺与奪の権利を握られてるんだせ?女神様の考えが正しかろうが間違っていようが従うしかねえだろ。従ってさえいれば、好きなだけチートスキルを振り回して生きていけるんだからよ。俺は前世から嫌というほど思い知ってんだ。強いやつには逆らっちゃいけねえ。従ってさえいれば、安全な人生を生きていけるってな。お前もわかるだろ?」
『ゾウマ……』
「望んで異世界転生したわけでもねえ、自力で元の世界に帰ることもできねえ俺等に選択肢なんかなかったさ。俺が、一番つええと思ったサリーに従順になったのもな。……だからって、俺等がやったことがチャラになるとは思ってないが」
自分は誰かにとって大切なものを奪ったのかもしれない。
魔王の手下が復讐しにくるだろうと言われても、そのとおりだなとしか思えなかった。そんなことは百も承知で奪ったのだから当然だ。己は他に、生き残る方法など知らなかったのだから。
「サリーが死んだなら、俺はお前に危害を加えるつもりもねえよ。つっても、お前がそれを信じるとは思ってないけどな」
よいしょ、とゾウマは延びをした。もう一度壁を嗅いでみたがやはり間違いない。ガラスの向こうから漂ってくるのはガソリンの臭いだ。もしくは、それに近い可燃性の液体だろう。
これをゴートンに言うほど自分は非道ではないつもりだが。
マリオンがゴートンにスキルをかけられたきっかけは、ゴートンが新しい仲間を紹介したいとマリオンとノエルを呼び出したことがきっかけだ。そして、実際は仲間ではなく同性の恋人だったことで、マリオンは相当反発していたはずである。なんせマリオンは自分達の中で最も同性愛に嫌悪感を抱いていたのだから。
その結果マリオンがゴートンの奴隷になった。その恋人とやらを巡ってなんらかのトラブルがあったのは想像に難くない。そして、それを見たサリーが激怒してゴートンの粛清に乗り出し、この屋敷に戻ってきたところを罠にかけられた形となっている。この設備といい手際といい、ゴートンが一人で考えたとは考えにくい。つまり、その恋人とやらが糸を引いている可能性がかなり高いのではなかろうか。
もし、ゴートンがマリオンと揉めるところから誰かの計算だったのだとしたら?
もし、最初から自分達勇者を壊滅させることが目的だったとしたら?
もし、それを手引きしたゴートンの恋人とやらが、それを最初から狙ってゴートンに近づき、その目的が怨恨だったのだとしたら?
もし――サリーやノエルが疑問に思っていた通り、魔王は無実でヴァリアントを作り出したのは女神だったとしたら?
そのゴートンの恋人とやらの、正体は。
――そいつは側で聞いてるのかもな。ゴートンのすぐ横で、俺が反省の言葉でも言うのを期待してんのかどうなのか。
もし自分の推測が全て正しかったのだとしたら、その恨みは相当なものだろう。謝ったところで許してもらえるとは思えないし、許してもらおうとももはや思わない。自分達は、それだけの罪を犯したのだから。
だから卑怯な謝罪はしない。
むしろ、出来ない。何故なら悪いことだったのだろうとわかっていても、ゾウマが反省できるかは別問題だからだ。自分達は無理やり連れてこられた勇者であって、果たして女神に逆らう術なぞあったかどうか。はっきり言って、相当厳しかったとしか言いようがないのである。
他に方法などなかった。悪だとわかっていても自分達は魔王を殺すしかきっとなかった。だから謝罪しない。許されず、憎まれたまま死んでいく。それが、自分なりの償いだ。
「ゴートン、お前も選べよ。女神サマがもし全ての黒幕だつーんなら……お前もまた選ばなくちゃいけねえ。ここで生きていくしかないのなら」
『おい、ゾウマ!お前、何す……っ』
「悪いが俺の生き方は変えられねえ。来世でも、長いものに巻かれて生きていくよ。……また、どこかで会ったらよろしくな。その時はマジの仲間になれるといいな」
『ちょ、待てっ!』
ゴートンが制止する声を無視して、ゾウマは唱えた。
「チートスキル発動……“絶対力・燃”!」
スキル発動とともに、あたりを爆炎が包み込み――ゾウマは生きたまま、焼き尽くされていったのである。
前世でゾウマは半グレ組織の下っ端だった。
不良になりたかったわけではない。それでも組織に入った理由は単純明快、入った高校のワルい生徒達の大多数がそこに入っていて、生徒たちを恐怖政治で支配していると知っていたからだ。
腕力にも体格にも喧嘩の腕にも自信はあった。勉強はできなかったが頭の回転の速さも。それでもどんな世界であれ場所であれ、自分より強い人間はどこにでも存在するもの。長いものに巻かれて生きるのが正しいやり方だと、ゾウマは幼少期から学んでいたのである。
それは、母に暴力を振るう父を見て育ったからというのも大きいだろう。自分から言わせてみれば、父の暴力は母の性格が冗長させていたようなものだ。何故なら母も母で拘りが強い人で、父の命令にいちいち逆らいがちだったからである。父は恭順にしていれば、意図しない失敗に関してはある程度寛容に見逃してくれる。喧嘩で勝てない相手なのだから余計な反逆などせず、ハイハイ言うことを聞いていればよかったものを。実際それを学んでからのゾウマは、母と違って殆ど父に殴られなくなったのだから。
無論この理屈は、不可能な要求を無理やり通そうとする相手には通用しない。ドメスティックバイオレンスにはそのパターンも数多く存在するもだろう。しかし、少なくともゾウマの前世の父はそうではなかった。だからゾウマは学んだのだ。臆病で矮小な己が安全に生きていくためには、強いボスを見つけて付き従うのが一番簡単だと。
だから、半グレ組織に所属した。学校と組織の両方を統べるボスが、ゾウマにとって最も理想的で強いボスに思えたからだ。
その選択は正しいと思われた。
そのボスの側についていれば自分も強者の側でいられたからだ。強い人間として、いくらでも恵まれた暴力を振るうことを許された。自分の望んだ力を、強い力の許しを得て振るえることの爽快感といったらない。己はあんな父とは違う、いつも何かに怯えて苛立っていた父よりも賢い人間になれたのだと、すくなくともそう思うことが出来たのだ。
『ごらぁぁぁ!てめえらか、俺らのシマを荒らしてるガキどもはぁ!!』
まあ、ヤクザに目をつけられた結果、あっさりとそんな幸福も終わりを迎えたのだが。
ボスだった少年と、特に熱心な彼の信者と思われていたゾウマ。そして幹部の数人は、アジトに乗り込んできたヤクザに処刑されることになったのだった。どのような死に方をしたかについては――正直惨すぎて思い出したくもないが。
――異世界転生して俺は、自分がまた逃れられない業の中にいると知った。
半グレではなく、もっと強いヤクザ共に仕えていればよかった。そんなことを思いながら転生したゾウマは、早速一番強い者を見定めたのである。
自分たちが最も従うべきは女神。それは明らかだ。でもって身内で一番強いのはサリーだと即座に理解した。だから、サリーの恋人というポジションに収まり、彼女に恭順を誓ったのである。案の定彼女は、己に従順な相手にはどこまでも寛大だったのだから。
己は最善の選択をしたはずだ。誰よりも安全に、己が生き延びられる道を選んできたつもりだったのである。ところが。
「失敗したか……」
落とし穴のトンネルを抜けた先。目の前に広がった光景を見て、ゾウマは呟いたのだった。
つるりとした天井にぽっかりと開いた穴。自分はそこから落ちてきたのだろう。そして鉄板のような床。四方の壁は硝子張りで、その向こうには金色の液体が満たされている。
水槽の中だ。しかも微かに鼻孔を擽るこの臭いは、ガソリンのような可燃性の液体だろう。
ゾウマの能力はどんなものでも燃やすというもの。だが、その対象から自分が外れているわけではない。ここで能力を使えば、恐らく爆発が起きて自分はバラバラになるか、火達磨になって死ぬかのどちらかに違いない。
そもそも二年前魔王を襲った時も、火力が強すぎて自分も火傷をし、どうにかマリオンの能力で守ってもらいながら撤退した経緯があるのだ。
――この水牢から、俺の力で脱出するのは無理だな。
詰んだと、ゾウマは即座に理解した。生き延びるためにはここから第三者の力で出してもらうしかないが、ゴートンがそれを聞くとは思えない。なんせ、自分たちは彼を殺しに来たのだから。
今思えば、正面入口から入ってくるように言ったのも自分達を試していたということなのだろう。正面の罠は本当に撤去されていたのかもしれない。奇襲をかけるつもりで裏口から入ったから罠にかかった。殺意があると見なされたから排除された。そう考えるのが自然だ。
どうやら自分は選択を誤ったらしい。ゾウマは静かにそれを悟ったのだった。きっと今同じように囚われているであろうサリーは、そんな自分の選択ミスなど受け入れることはできないだろうが。
『……ゾウマ、聞こえるか?』
ざざざ、とノイズが走るような音。天井の穴の脇に設置されたカメラとスピーカー。そこから音が流れてきているようだった。無論、聞こえてくるのはゴートンの声である。
「やるじゃねえか、お前、よくこんな短期間にこんな落とし穴なんか作ったんだ?お前一人の技術じゃねぇよな?お前の恋人だっつー、キレーなニイチャンに手伝ってもらったってか?」
『……そうだ』
「俺等が正面から来なかったから、話をする気ナシとみなして罠にかけたってところか。ま、お前の判断は正しいと思うぜ。俺やノエルはともかく、サリーは相当おカンムリだったからな。問答無用でお前を殺す気満々だっただろう。下手に対話しようなんて手心加えてたら、死んでたのはお前だったと思うぜ」
『…………』
スピーカーの向こうが沈黙する。果たして今、ゴートンはどんな顔をしているのだろうか。きっと勝ち誇った顔はしていないのだろうなと思う。あれで、なんだかんだと情を捨てきれない男だ。だからこそこんな状況で恋人なんて作ってしまったのだろうが。
「悪いな、ゴートン。お前は俺達に言い訳を聞いてほしかったんだろうが。俺は、お前がなんでマリオンを奴隷にしたのかなんて興味はねえ。お前なりの理由があったんだろうが、どうでもいいってのが本心だ。怒ってもいないってことだけどな」
サリーは気がついていなかったかもしれないが、そもそも自分達にはまともな仲間意識なんてなかったと思うのだ。
自分以外の人間を、使えるゴミか使えないゴミでしか見ていなかったサリー。
自分を可愛がってくれるなら誰でも良くて、都合がいいから深く考えもせずに魔王討伐に参加したマリオン。
元の世界に帰りたくて、嫌々魔王討伐を手伝い、サリーのパシリもやらざるをえなかったノエル。
自分の歪んだ欲求を満たすためにチートスキルを振り回せれば何でも良くて、自分を見下すサリーとマリオンへの不満を溜め込んでいたであろうゴートン。
そして自分が安全に生き残るために、好きでもなんでもないサリーの恋人兼奴隷を演じてきたゾウマ。
最初から自分達の心はバラバラで、同じ方向なんて見ていなかった。誰もが自分の欲望を満たすことと己の保身しか考えていないのだから当然と言えば当然だ。サリーはそこを認めたがらなかっただろうが、そもそもリーダーの彼女が仲間を“自分が活躍するための道具で踏み台”としか思っていなかった時点でお察しだろう。
「お前も気づいてんだろ、ゴートン。俺らは最初から最後まで、ちゃんとした仲間なんかじゃなかった。同じものなんか見えちゃいなかった。だから裏切りもクソもねえ。……お前にとっては残念な事実かもしれねえけどな」
そもそもサリーだって、裏切られたのが嫌だったというより自分の玩具が自分の思い通りに動かなくてイラついたというだけだろう。
あれも不憫な女だ。自分が最高で完璧で絶対正しい――その歪んだ思い込みから、転生してなお抜け出すことができなかったのだから。
「ヴァリアントってのは、人の心の闇ってやつが生み出すのかもなぁ。でもって本当の魔王なんかいないのかもしれねえ。二年前、たまたま世界にとって都合が悪かった奴が魔王にされたってだけで。……俺は二年前の時点で気づいてたけどスルーしたよ。どうでもよかったからな、そんなこと」
『どうでもよかった?』
「おう。そもそも、俺らは女神様に生殺与奪の権利を握られてるんだせ?女神様の考えが正しかろうが間違っていようが従うしかねえだろ。従ってさえいれば、好きなだけチートスキルを振り回して生きていけるんだからよ。俺は前世から嫌というほど思い知ってんだ。強いやつには逆らっちゃいけねえ。従ってさえいれば、安全な人生を生きていけるってな。お前もわかるだろ?」
『ゾウマ……』
「望んで異世界転生したわけでもねえ、自力で元の世界に帰ることもできねえ俺等に選択肢なんかなかったさ。俺が、一番つええと思ったサリーに従順になったのもな。……だからって、俺等がやったことがチャラになるとは思ってないが」
自分は誰かにとって大切なものを奪ったのかもしれない。
魔王の手下が復讐しにくるだろうと言われても、そのとおりだなとしか思えなかった。そんなことは百も承知で奪ったのだから当然だ。己は他に、生き残る方法など知らなかったのだから。
「サリーが死んだなら、俺はお前に危害を加えるつもりもねえよ。つっても、お前がそれを信じるとは思ってないけどな」
よいしょ、とゾウマは延びをした。もう一度壁を嗅いでみたがやはり間違いない。ガラスの向こうから漂ってくるのはガソリンの臭いだ。もしくは、それに近い可燃性の液体だろう。
これをゴートンに言うほど自分は非道ではないつもりだが。
マリオンがゴートンにスキルをかけられたきっかけは、ゴートンが新しい仲間を紹介したいとマリオンとノエルを呼び出したことがきっかけだ。そして、実際は仲間ではなく同性の恋人だったことで、マリオンは相当反発していたはずである。なんせマリオンは自分達の中で最も同性愛に嫌悪感を抱いていたのだから。
その結果マリオンがゴートンの奴隷になった。その恋人とやらを巡ってなんらかのトラブルがあったのは想像に難くない。そして、それを見たサリーが激怒してゴートンの粛清に乗り出し、この屋敷に戻ってきたところを罠にかけられた形となっている。この設備といい手際といい、ゴートンが一人で考えたとは考えにくい。つまり、その恋人とやらが糸を引いている可能性がかなり高いのではなかろうか。
もし、ゴートンがマリオンと揉めるところから誰かの計算だったのだとしたら?
もし、最初から自分達勇者を壊滅させることが目的だったとしたら?
もし、それを手引きしたゴートンの恋人とやらが、それを最初から狙ってゴートンに近づき、その目的が怨恨だったのだとしたら?
もし――サリーやノエルが疑問に思っていた通り、魔王は無実でヴァリアントを作り出したのは女神だったとしたら?
そのゴートンの恋人とやらの、正体は。
――そいつは側で聞いてるのかもな。ゴートンのすぐ横で、俺が反省の言葉でも言うのを期待してんのかどうなのか。
もし自分の推測が全て正しかったのだとしたら、その恨みは相当なものだろう。謝ったところで許してもらえるとは思えないし、許してもらおうとももはや思わない。自分達は、それだけの罪を犯したのだから。
だから卑怯な謝罪はしない。
むしろ、出来ない。何故なら悪いことだったのだろうとわかっていても、ゾウマが反省できるかは別問題だからだ。自分達は無理やり連れてこられた勇者であって、果たして女神に逆らう術なぞあったかどうか。はっきり言って、相当厳しかったとしか言いようがないのである。
他に方法などなかった。悪だとわかっていても自分達は魔王を殺すしかきっとなかった。だから謝罪しない。許されず、憎まれたまま死んでいく。それが、自分なりの償いだ。
「ゴートン、お前も選べよ。女神サマがもし全ての黒幕だつーんなら……お前もまた選ばなくちゃいけねえ。ここで生きていくしかないのなら」
『おい、ゾウマ!お前、何す……っ』
「悪いが俺の生き方は変えられねえ。来世でも、長いものに巻かれて生きていくよ。……また、どこかで会ったらよろしくな。その時はマジの仲間になれるといいな」
『ちょ、待てっ!』
ゴートンが制止する声を無視して、ゾウマは唱えた。
「チートスキル発動……“絶対力・燃”!」
スキル発動とともに、あたりを爆炎が包み込み――ゾウマは生きたまま、焼き尽くされていったのである。
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