34 / 41
<34・Friends>
しおりを挟む
「う、うう……ゾウマ、サリー……」
ジルが見つめる前で、大きな爆発音とともにモニターの画像が一つ消えた。
モニターの前で、ゴートンはずっと涙を流している。たった今、ゾウマが自殺した。正確にはそう断定できるわけではないが、あの場所で突然スキルを発動させたのだからきっとそうなのだろう。周囲の水槽に可燃液が満たされているとわかって燃やしにかかったのだ。――自分が既に、詰んでいる状態だとわかっていたがために。
魔王城から引き継がれた科学力を持ってすれば僅か数日でこの屋敷に落とし穴を掘るくらいわけのないことだった。そして、この落とし穴という単純な罠は存外能力者相手にも有効なのである。
サリーとゾウマは、高い攻撃能力を持っている。普通の檻に閉じ込めたところで脱出されるのがオチだ。だから、ジルは彼らを特殊な水牢に落とすことにしたのである。
普通の水牢ならば破ることもできただろう。実際、強化ガラスとはいえ彼らのチートスキルをもってすれば簡単に破壊できてしまうものだ。だが、そうやって破ったガラスの向こうにあるものが、ただの水でなかったなら話は別である。サリーはゴートンの忠告を聞かずに、ただの水だと思い込んで水牢を破壊した結果、ルチルが作った強酸のプールの水に溺れてどろどろに溶かされてしまった。
ゾウマもまた、己の能力が災いして可燃液と一緒に爆発四散した。あの様子なら、ゾウマの方が幾分温情のある死に方だっただろう。焼かれて死ぬなら地獄の苦しみだっただろうが、あの爆発の勢いだと一気にバラバラになって即死した可能性が高いからである。サリーの方が苦しかったに違いない。彼女は強酸の海に全身が浸かったあとも、しばらく掠れた声で悲鳴を上げ続けていたのだから。存外、薬物で表面を焼かれても簡単に人は死ねないものであるらしい。
『望んで異世界転生したわけでもねえ、自力で元の世界に帰ることもできねえ俺等に選択肢なんかなかったさ。俺が、一番つええと思ったサリーに従順になったのもな。……だからって、俺等がやったことがチャラになるとは思ってないが』
ゾウマの言葉が、頭の中でループする。それから、ルチルから聞いていたノエルが言っていた話の内容も。
ジルも既に知っていたことだ。彼らがけして、望んでこの世界に来たわけではないということを。それでも今、こうしてゾウマから直接話を聞けば複雑な気持ちも募るというものである。
自分達にとって、サリー達は愛する父を殺した憎い仇でしかなかった。
世界征服など目論んではいなかったのに、ただ世界にとって都合が良かったからと悪の魔王の汚名を着せられ、話し合いで解決しようとした矢先に殺された。それを恨みに思うな、という方が無理のある話である。
だが。
彼らに、アークこそが悪の魔王だと吹き込んだのは女神だ。彼らがその真偽を確かめようともせず、自分たちの欲望のままアークを殺したことに関しては言い訳の余地もないだろうが――だからといって、彼らにほかの道があったかについては疑問が残るのだろう。ゾウマの言葉で、それがわかってしまった。右も左もわかぬ異世界。条件を満たせば元の世界に帰ることもほかの願いを叶えて貰うことも可能。そう言われて、果たして女神の言葉を拒否することができたかどうか。
自分にも、できなかったかもしれない。ジルは思う。実際己は、けして心の強い人間ではなかった。強ければ、復讐以外に生きる目的を見出して今日まで前を向いて歩いてくることもできたのかもしれないのだから。
「ゴートンさん……」
揺れてはいけない。ジルは己に言い聞かせる。復讐すると決めたのは自分だ。そのために皆を巻き込んだのも自分だ。今更引き返す道などない。父がたとえ望まなくても、憎い連中たちを殺すと決めたのは自分ではないか。
例え、勇者たちに多少の同情の余地があったとしても関係ない。
自分達が殺すと決めた仇は勇者全てで、それを命じたであろう女神も含まれるようになった。変わったことはそれだけなのだから。
「ゴートンさん、悲しまないでください。……ゴートンさんは、ちゃんと止めようとしました。能力を使ったら死ぬからやめようって。……お二人が本当にゴートンさんに危害を加えないとわかったら、解放するつもりだったんでしょう?」
ゴートンの背中をそっとさすりながら、ジルは優しい声を出す。
無論、それはゴートンの事情であってジルの事情ではない。ジルとしてみれば、二人は二人とも絶対に反省などしないし、あのまま水牢で餓死するか、能力で自爆するかのどちらかだろうと睨んでいたが。あくまで自分は、心優しい彼の恋人を演じなければいけない――少なくとも、今は。
「そして、ゴートンさんが自ら引き金を引いたわけではありません。お二人が亡くなったのはゴートンさんのせいではないのです」
「でも、でも……!能力対策だからって、危険な牢屋に入れることを決めたのは俺で……!」
「お二人の能力を封しなければ、殺されていたのはゴートンさんです。お二人は、ゴートンさんを殺すために屋敷に戻ってきたことを忘れてはいけません。正面の入り口から入れば、ちゃんとお話しをするつもりだったじゃありませんか」
「ジニー……」
ジルの言葉に、ゴートンは泣き濡れた顔を上げる。
「理屈では、わかってんだ。でも、俺は……俺にとってはやっぱり、二人は仲間だったんだよ」
彼はぐすぐすと鼻を鳴らす。
「俺達はみんな、バラバラな方向ばっかり見ててよ。ああ、ゾウマの言う通り、本当に一致団結できたことなんかきっと一度もなかったんだろうなって思う。自分のことしか考えてねえ、世界のことも仲間のことも本気で考えない奴ばっかりの集団だったさ。本当は、勇者なんて名ばかりの素人軍団だ。でもな。でも……それでも俺、一人で異世界転生してたら、きっと今此処にいねえんだ」
「ゴートンさん……」
「仲間がいたから、怖くなかったことがたくさんあったんだ。あいつらが仲間だと思ってなくても、俺にとってはやっぱり仲間だったんだよ。右も左もわからねえ異世界でも、あいつらとは……令和の日本っていう、故郷の常識で話ができた。そこだけは、間違いなく同じ価値観を持てた。それだけで安心してたのは、間違いねえことなんだ……」
なんでこんなことになっちまったんだ、と嘆く男。ジルは何も言えない。こうなるように仕向けたのは自分だという自覚があるからだ。
仲間意識もない、常識もない、自分勝手で非情なばかりの集団。二年前の襲撃から、ジルはずっと彼らのことをそう考えて来た。それは間違いないだろう。少なくとも、サリーは最後まで己の非を認めるということをしなかった。自分勝手な理屈を喚き散らして、元仲間の話にもまったく耳を貸そうとしなかったのは確かだ。
しかし、少なくとも。ただの色情魔だと思っていたこの男には、多少以上の仲間意識というものがあったのだ。ろくでもない扱いを受けていても、仲間を死に追いやってしまったことに申し訳なさと罪悪感を感じて涙を流すくらいの心は持ち合わせていたのである。
――……俺は。
その男を、自分は騙している。彼が今までスキルを使って多くの女性達を蹂躙してきたことに関しては同情の余地もないし、勇者として罪もない父を殺した一人であるのも事実だけれど。それでも少しだけ思ってしまう。
――俺は、本当にこれで良かったのか。
引き返す方法などない。退路は全て自ら断ち切ってきた。わかっていても、なお。
「……だったら」
気づけば、その言葉は自然と出てきていた。
「最後の……ノエルさんを説得してください。もう一度、貴方の仲間となって貰えるように」
本当はノエルも離反して、ゴートンの手で粛清させることこそ自分達にとって都合の良いことであるはずなのに。
***
どこからかともなく、凄まじい絶叫が聞こえてきた。痛い痛いと喚く声がサリーの声だと気が付いて。ノエルは思わずその場に蹲る。彼女とゾウマ、そしてノエルは別々の穴に落とされた。恐らく、それぞれの能力に対応したトラップが仕掛けられていることだろう。
サリーやゾウマの力は非常に強力だが、彼女たちの力を封じる方法ならばノエルも何種類か思いつく。完全にメタを張られて対策されたら、いくら彼女たちだけでも対応しきれまい。本来ならば助けに行かなければいけないとわかっているのに、ノエルはその場から動けずにいた。
物理的に不可能に近かったから、とも言う。
ノエルが入れられたのは一般的な鉄格子の檻だったが、それが自分だけマシな待遇をされたからとは思わない。単純に、あとの二人と違って攻撃的なスキルを持ち合わせていないから、特別な対策を取る必要が何もなかったのだろう。事実、ノエルは小ぶりのナイフと銃を持ち合わせているものの、こんなものだけで檻を破ることなどできるはずもなく――魔法もほとんど使えないと来ている。
このまま閉じ込めておくだけで、あっさりと餓死してしまえるだろう。ゴートンがその気ならば、それで自分の未来は決定してしまう。
「はは、は……」
自分達が間違っているかもしれない。罪もない人間を殺したかもしれない。そして、何か事情があるかもしれない仲間をあっさりと裏切者として処分しようとしていたかもしれない。――そんなんだから、罰を受けたんだろうな、とぼんやりと思った。口から漏れるのは乾いた笑い声ばかりだ。あまりにも情けなくて笑うしかない。
前世で、自分は勇気を出そうと決めたのではなかったか。強い人間になろうと思って、覚悟を決めたはずではなかったか。
「口ばっかりだな、僕は……」
それなのに結局、この世界では人の言いなりになって勇者を気取って暴れただけ。人のパシリになって、真実を考えようともしなかっただけ。
何一つ変わっちゃいない。
自分は前世の、弱虫のいじめられっ子のままではないか。事実、今まさに苦しんでいるかもしれない仲間を助けるために何かできることはないのか、ということさえ今は考える気になれないのである。
死にたくないのに、生き延びる気力さえ沸かない。きっと自分みたいな人間こそ、本当の意味で生きている価値のない存在なのではないか。天井近くにスピーカーとカメラがついているので、そのうちゴートンから通信が入るかもしれないが――今更、彼と何を話せばいいのかもわからないのである。
正面から入ってくれれば話し合いの意思ありとみなす、と。そう言った彼の言葉を蹴り飛ばして、殺すつもりで裏口から入ろうとした自分に、一体彼がどうして情けをかけてくれるのか。
「もう終わりだ、何もかも……」
「無様ですね、勇者」
「!」
突然、どこかで聞いた覚えがある声がする。ノエルがはっとして顔を上げると、鉄格子の向こうに一人の女性が立っているのが見えた。ひょっとしたら足音が聞こえていたかもしれないが、無気力になっていたせいで聞き逃したのだろう。
白衣を着た、眼鏡をかけた女性。否、まだ少女の年齢かもしれない。彼女の顔には見覚えがあった。ノエルは目を見開く。
「……ルカ?」
あの居酒屋で出会った女性が、冷たい目で自分を睨みつけていたのだから。
ジルが見つめる前で、大きな爆発音とともにモニターの画像が一つ消えた。
モニターの前で、ゴートンはずっと涙を流している。たった今、ゾウマが自殺した。正確にはそう断定できるわけではないが、あの場所で突然スキルを発動させたのだからきっとそうなのだろう。周囲の水槽に可燃液が満たされているとわかって燃やしにかかったのだ。――自分が既に、詰んでいる状態だとわかっていたがために。
魔王城から引き継がれた科学力を持ってすれば僅か数日でこの屋敷に落とし穴を掘るくらいわけのないことだった。そして、この落とし穴という単純な罠は存外能力者相手にも有効なのである。
サリーとゾウマは、高い攻撃能力を持っている。普通の檻に閉じ込めたところで脱出されるのがオチだ。だから、ジルは彼らを特殊な水牢に落とすことにしたのである。
普通の水牢ならば破ることもできただろう。実際、強化ガラスとはいえ彼らのチートスキルをもってすれば簡単に破壊できてしまうものだ。だが、そうやって破ったガラスの向こうにあるものが、ただの水でなかったなら話は別である。サリーはゴートンの忠告を聞かずに、ただの水だと思い込んで水牢を破壊した結果、ルチルが作った強酸のプールの水に溺れてどろどろに溶かされてしまった。
ゾウマもまた、己の能力が災いして可燃液と一緒に爆発四散した。あの様子なら、ゾウマの方が幾分温情のある死に方だっただろう。焼かれて死ぬなら地獄の苦しみだっただろうが、あの爆発の勢いだと一気にバラバラになって即死した可能性が高いからである。サリーの方が苦しかったに違いない。彼女は強酸の海に全身が浸かったあとも、しばらく掠れた声で悲鳴を上げ続けていたのだから。存外、薬物で表面を焼かれても簡単に人は死ねないものであるらしい。
『望んで異世界転生したわけでもねえ、自力で元の世界に帰ることもできねえ俺等に選択肢なんかなかったさ。俺が、一番つええと思ったサリーに従順になったのもな。……だからって、俺等がやったことがチャラになるとは思ってないが』
ゾウマの言葉が、頭の中でループする。それから、ルチルから聞いていたノエルが言っていた話の内容も。
ジルも既に知っていたことだ。彼らがけして、望んでこの世界に来たわけではないということを。それでも今、こうしてゾウマから直接話を聞けば複雑な気持ちも募るというものである。
自分達にとって、サリー達は愛する父を殺した憎い仇でしかなかった。
世界征服など目論んではいなかったのに、ただ世界にとって都合が良かったからと悪の魔王の汚名を着せられ、話し合いで解決しようとした矢先に殺された。それを恨みに思うな、という方が無理のある話である。
だが。
彼らに、アークこそが悪の魔王だと吹き込んだのは女神だ。彼らがその真偽を確かめようともせず、自分たちの欲望のままアークを殺したことに関しては言い訳の余地もないだろうが――だからといって、彼らにほかの道があったかについては疑問が残るのだろう。ゾウマの言葉で、それがわかってしまった。右も左もわかぬ異世界。条件を満たせば元の世界に帰ることもほかの願いを叶えて貰うことも可能。そう言われて、果たして女神の言葉を拒否することができたかどうか。
自分にも、できなかったかもしれない。ジルは思う。実際己は、けして心の強い人間ではなかった。強ければ、復讐以外に生きる目的を見出して今日まで前を向いて歩いてくることもできたのかもしれないのだから。
「ゴートンさん……」
揺れてはいけない。ジルは己に言い聞かせる。復讐すると決めたのは自分だ。そのために皆を巻き込んだのも自分だ。今更引き返す道などない。父がたとえ望まなくても、憎い連中たちを殺すと決めたのは自分ではないか。
例え、勇者たちに多少の同情の余地があったとしても関係ない。
自分達が殺すと決めた仇は勇者全てで、それを命じたであろう女神も含まれるようになった。変わったことはそれだけなのだから。
「ゴートンさん、悲しまないでください。……ゴートンさんは、ちゃんと止めようとしました。能力を使ったら死ぬからやめようって。……お二人が本当にゴートンさんに危害を加えないとわかったら、解放するつもりだったんでしょう?」
ゴートンの背中をそっとさすりながら、ジルは優しい声を出す。
無論、それはゴートンの事情であってジルの事情ではない。ジルとしてみれば、二人は二人とも絶対に反省などしないし、あのまま水牢で餓死するか、能力で自爆するかのどちらかだろうと睨んでいたが。あくまで自分は、心優しい彼の恋人を演じなければいけない――少なくとも、今は。
「そして、ゴートンさんが自ら引き金を引いたわけではありません。お二人が亡くなったのはゴートンさんのせいではないのです」
「でも、でも……!能力対策だからって、危険な牢屋に入れることを決めたのは俺で……!」
「お二人の能力を封しなければ、殺されていたのはゴートンさんです。お二人は、ゴートンさんを殺すために屋敷に戻ってきたことを忘れてはいけません。正面の入り口から入れば、ちゃんとお話しをするつもりだったじゃありませんか」
「ジニー……」
ジルの言葉に、ゴートンは泣き濡れた顔を上げる。
「理屈では、わかってんだ。でも、俺は……俺にとってはやっぱり、二人は仲間だったんだよ」
彼はぐすぐすと鼻を鳴らす。
「俺達はみんな、バラバラな方向ばっかり見ててよ。ああ、ゾウマの言う通り、本当に一致団結できたことなんかきっと一度もなかったんだろうなって思う。自分のことしか考えてねえ、世界のことも仲間のことも本気で考えない奴ばっかりの集団だったさ。本当は、勇者なんて名ばかりの素人軍団だ。でもな。でも……それでも俺、一人で異世界転生してたら、きっと今此処にいねえんだ」
「ゴートンさん……」
「仲間がいたから、怖くなかったことがたくさんあったんだ。あいつらが仲間だと思ってなくても、俺にとってはやっぱり仲間だったんだよ。右も左もわからねえ異世界でも、あいつらとは……令和の日本っていう、故郷の常識で話ができた。そこだけは、間違いなく同じ価値観を持てた。それだけで安心してたのは、間違いねえことなんだ……」
なんでこんなことになっちまったんだ、と嘆く男。ジルは何も言えない。こうなるように仕向けたのは自分だという自覚があるからだ。
仲間意識もない、常識もない、自分勝手で非情なばかりの集団。二年前の襲撃から、ジルはずっと彼らのことをそう考えて来た。それは間違いないだろう。少なくとも、サリーは最後まで己の非を認めるということをしなかった。自分勝手な理屈を喚き散らして、元仲間の話にもまったく耳を貸そうとしなかったのは確かだ。
しかし、少なくとも。ただの色情魔だと思っていたこの男には、多少以上の仲間意識というものがあったのだ。ろくでもない扱いを受けていても、仲間を死に追いやってしまったことに申し訳なさと罪悪感を感じて涙を流すくらいの心は持ち合わせていたのである。
――……俺は。
その男を、自分は騙している。彼が今までスキルを使って多くの女性達を蹂躙してきたことに関しては同情の余地もないし、勇者として罪もない父を殺した一人であるのも事実だけれど。それでも少しだけ思ってしまう。
――俺は、本当にこれで良かったのか。
引き返す方法などない。退路は全て自ら断ち切ってきた。わかっていても、なお。
「……だったら」
気づけば、その言葉は自然と出てきていた。
「最後の……ノエルさんを説得してください。もう一度、貴方の仲間となって貰えるように」
本当はノエルも離反して、ゴートンの手で粛清させることこそ自分達にとって都合の良いことであるはずなのに。
***
どこからかともなく、凄まじい絶叫が聞こえてきた。痛い痛いと喚く声がサリーの声だと気が付いて。ノエルは思わずその場に蹲る。彼女とゾウマ、そしてノエルは別々の穴に落とされた。恐らく、それぞれの能力に対応したトラップが仕掛けられていることだろう。
サリーやゾウマの力は非常に強力だが、彼女たちの力を封じる方法ならばノエルも何種類か思いつく。完全にメタを張られて対策されたら、いくら彼女たちだけでも対応しきれまい。本来ならば助けに行かなければいけないとわかっているのに、ノエルはその場から動けずにいた。
物理的に不可能に近かったから、とも言う。
ノエルが入れられたのは一般的な鉄格子の檻だったが、それが自分だけマシな待遇をされたからとは思わない。単純に、あとの二人と違って攻撃的なスキルを持ち合わせていないから、特別な対策を取る必要が何もなかったのだろう。事実、ノエルは小ぶりのナイフと銃を持ち合わせているものの、こんなものだけで檻を破ることなどできるはずもなく――魔法もほとんど使えないと来ている。
このまま閉じ込めておくだけで、あっさりと餓死してしまえるだろう。ゴートンがその気ならば、それで自分の未来は決定してしまう。
「はは、は……」
自分達が間違っているかもしれない。罪もない人間を殺したかもしれない。そして、何か事情があるかもしれない仲間をあっさりと裏切者として処分しようとしていたかもしれない。――そんなんだから、罰を受けたんだろうな、とぼんやりと思った。口から漏れるのは乾いた笑い声ばかりだ。あまりにも情けなくて笑うしかない。
前世で、自分は勇気を出そうと決めたのではなかったか。強い人間になろうと思って、覚悟を決めたはずではなかったか。
「口ばっかりだな、僕は……」
それなのに結局、この世界では人の言いなりになって勇者を気取って暴れただけ。人のパシリになって、真実を考えようともしなかっただけ。
何一つ変わっちゃいない。
自分は前世の、弱虫のいじめられっ子のままではないか。事実、今まさに苦しんでいるかもしれない仲間を助けるために何かできることはないのか、ということさえ今は考える気になれないのである。
死にたくないのに、生き延びる気力さえ沸かない。きっと自分みたいな人間こそ、本当の意味で生きている価値のない存在なのではないか。天井近くにスピーカーとカメラがついているので、そのうちゴートンから通信が入るかもしれないが――今更、彼と何を話せばいいのかもわからないのである。
正面から入ってくれれば話し合いの意思ありとみなす、と。そう言った彼の言葉を蹴り飛ばして、殺すつもりで裏口から入ろうとした自分に、一体彼がどうして情けをかけてくれるのか。
「もう終わりだ、何もかも……」
「無様ですね、勇者」
「!」
突然、どこかで聞いた覚えがある声がする。ノエルがはっとして顔を上げると、鉄格子の向こうに一人の女性が立っているのが見えた。ひょっとしたら足音が聞こえていたかもしれないが、無気力になっていたせいで聞き逃したのだろう。
白衣を着た、眼鏡をかけた女性。否、まだ少女の年齢かもしれない。彼女の顔には見覚えがあった。ノエルは目を見開く。
「……ルカ?」
あの居酒屋で出会った女性が、冷たい目で自分を睨みつけていたのだから。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる