最強魔王の子供達~仇の勇者を倒すため、チート兄妹が無双致します~

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<34・Friends>

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「う、うう……ゾウマ、サリー……」

 ジルが見つめる前で、大きな爆発音とともにモニターの画像が一つ消えた。
 モニターの前で、ゴートンはずっと涙を流している。たった今、ゾウマが自殺した。正確にはそう断定できるわけではないが、あの場所で突然スキルを発動させたのだからきっとそうなのだろう。周囲の水槽に可燃液が満たされているとわかって燃やしにかかったのだ。――自分が既に、詰んでいる状態だとわかっていたがために。
 魔王城から引き継がれた科学力を持ってすれば僅か数日でこの屋敷に落とし穴を掘るくらいわけのないことだった。そして、この落とし穴という単純な罠は存外能力者相手にも有効なのである。
 サリーとゾウマは、高い攻撃能力を持っている。普通の檻に閉じ込めたところで脱出されるのがオチだ。だから、ジルは彼らを特殊な水牢に落とすことにしたのである。
 普通の水牢ならば破ることもできただろう。実際、強化ガラスとはいえ彼らのチートスキルをもってすれば簡単に破壊できてしまうものだ。だが、そうやって破ったガラスの向こうにあるものが、ただの水でなかったなら話は別である。サリーはゴートンの忠告を聞かずに、ただの水だと思い込んで水牢を破壊した結果、ルチルが作った強酸のプールの水に溺れてどろどろに溶かされてしまった。
 ゾウマもまた、己の能力が災いして可燃液と一緒に爆発四散した。あの様子なら、ゾウマの方が幾分温情のある死に方だっただろう。焼かれて死ぬなら地獄の苦しみだっただろうが、あの爆発の勢いだと一気にバラバラになって即死した可能性が高いからである。サリーの方が苦しかったに違いない。彼女は強酸の海に全身が浸かったあとも、しばらく掠れた声で悲鳴を上げ続けていたのだから。存外、薬物で表面を焼かれても簡単に人は死ねないものであるらしい。



『望んで異世界転生したわけでもねえ、自力で元の世界に帰ることもできねえ俺等に選択肢なんかなかったさ。俺が、一番つええと思ったサリーに従順になったのもな。……だからって、俺等がやったことがチャラになるとは思ってないが』



 ゾウマの言葉が、頭の中でループする。それから、ルチルから聞いていたノエルが言っていた話の内容も。
 ジルも既に知っていたことだ。彼らがけして、望んでこの世界に来たわけではないということを。それでも今、こうしてゾウマから直接話を聞けば複雑な気持ちも募るというものである。
 自分達にとって、サリー達は愛する父を殺した憎い仇でしかなかった。
 世界征服など目論んではいなかったのに、ただ世界にとって都合が良かったからと悪の魔王の汚名を着せられ、話し合いで解決しようとした矢先に殺された。それを恨みに思うな、という方が無理のある話である。
 だが。
 彼らに、アークこそが悪の魔王だと吹き込んだのは女神だ。彼らがその真偽を確かめようともせず、自分たちの欲望のままアークを殺したことに関しては言い訳の余地もないだろうが――だからといって、彼らにほかの道があったかについては疑問が残るのだろう。ゾウマの言葉で、それがわかってしまった。右も左もわかぬ異世界。条件を満たせば元の世界に帰ることもほかの願いを叶えて貰うことも可能。そう言われて、果たして女神の言葉を拒否することができたかどうか。
 自分にも、できなかったかもしれない。ジルは思う。実際己は、けして心の強い人間ではなかった。強ければ、復讐以外に生きる目的を見出して今日まで前を向いて歩いてくることもできたのかもしれないのだから。

「ゴートンさん……」

 揺れてはいけない。ジルは己に言い聞かせる。復讐すると決めたのは自分だ。そのために皆を巻き込んだのも自分だ。今更引き返す道などない。父がたとえ望まなくても、憎い連中たちを殺すと決めたのは自分ではないか。
 例え、勇者たちに多少の同情の余地があったとしても関係ない。
 自分達が殺すと決めた仇は勇者全てで、それを命じたであろう女神も含まれるようになった。変わったことはそれだけなのだから。

「ゴートンさん、悲しまないでください。……ゴートンさんは、ちゃんと止めようとしました。能力を使ったら死ぬからやめようって。……お二人が本当にゴートンさんに危害を加えないとわかったら、解放するつもりだったんでしょう?」

 ゴートンの背中をそっとさすりながら、ジルは優しい声を出す。
 無論、それはゴートンの事情であってジルの事情ではない。ジルとしてみれば、二人は二人とも絶対に反省などしないし、あのまま水牢で餓死するか、能力で自爆するかのどちらかだろうと睨んでいたが。あくまで自分は、心優しい彼の恋人を演じなければいけない――少なくとも、今は。

「そして、ゴートンさんが自ら引き金を引いたわけではありません。お二人が亡くなったのはゴートンさんのせいではないのです」
「でも、でも……!能力対策だからって、危険な牢屋に入れることを決めたのは俺で……!」
「お二人の能力を封しなければ、殺されていたのはゴートンさんです。お二人は、ゴートンさんを殺すために屋敷に戻ってきたことを忘れてはいけません。正面の入り口から入れば、ちゃんとお話しをするつもりだったじゃありませんか」
「ジニー……」

 ジルの言葉に、ゴートンは泣き濡れた顔を上げる。

「理屈では、わかってんだ。でも、俺は……俺にとってはやっぱり、二人は仲間だったんだよ」

 彼はぐすぐすと鼻を鳴らす。

「俺達はみんな、バラバラな方向ばっかり見ててよ。ああ、ゾウマの言う通り、本当に一致団結できたことなんかきっと一度もなかったんだろうなって思う。自分のことしか考えてねえ、世界のことも仲間のことも本気で考えない奴ばっかりの集団だったさ。本当は、勇者なんて名ばかりの素人軍団だ。でもな。でも……それでも俺、一人で異世界転生してたら、きっと今此処にいねえんだ」
「ゴートンさん……」
「仲間がいたから、怖くなかったことがたくさんあったんだ。あいつらが仲間だと思ってなくても、俺にとってはやっぱり仲間だったんだよ。右も左もわからねえ異世界でも、あいつらとは……令和の日本っていう、故郷の常識で話ができた。そこだけは、間違いなく同じ価値観を持てた。それだけで安心してたのは、間違いねえことなんだ……」

 なんでこんなことになっちまったんだ、と嘆く男。ジルは何も言えない。こうなるように仕向けたのは自分だという自覚があるからだ。
 仲間意識もない、常識もない、自分勝手で非情なばかりの集団。二年前の襲撃から、ジルはずっと彼らのことをそう考えて来た。それは間違いないだろう。少なくとも、サリーは最後まで己の非を認めるということをしなかった。自分勝手な理屈を喚き散らして、元仲間の話にもまったく耳を貸そうとしなかったのは確かだ。
 しかし、少なくとも。ただの色情魔だと思っていたこの男には、多少以上の仲間意識というものがあったのだ。ろくでもない扱いを受けていても、仲間を死に追いやってしまったことに申し訳なさと罪悪感を感じて涙を流すくらいの心は持ち合わせていたのである。

――……俺は。

 その男を、自分は騙している。彼が今までスキルを使って多くの女性達を蹂躙してきたことに関しては同情の余地もないし、勇者として罪もない父を殺した一人であるのも事実だけれど。それでも少しだけ思ってしまう。

――俺は、本当にこれで良かったのか。

 引き返す方法などない。退路は全て自ら断ち切ってきた。わかっていても、なお。

「……だったら」

 気づけば、その言葉は自然と出てきていた。

「最後の……ノエルさんを説得してください。もう一度、貴方の仲間となって貰えるように」

 本当はノエルも離反して、ゴートンの手で粛清させることこそ自分達にとって都合の良いことであるはずなのに。



 ***



 どこからかともなく、凄まじい絶叫が聞こえてきた。痛い痛いと喚く声がサリーの声だと気が付いて。ノエルは思わずその場に蹲る。彼女とゾウマ、そしてノエルは別々の穴に落とされた。恐らく、それぞれの能力に対応したトラップが仕掛けられていることだろう。
 サリーやゾウマの力は非常に強力だが、彼女たちの力を封じる方法ならばノエルも何種類か思いつく。完全にメタを張られて対策されたら、いくら彼女たちだけでも対応しきれまい。本来ならば助けに行かなければいけないとわかっているのに、ノエルはその場から動けずにいた。
 物理的に不可能に近かったから、とも言う。
 ノエルが入れられたのは一般的な鉄格子の檻だったが、それが自分だけマシな待遇をされたからとは思わない。単純に、あとの二人と違って攻撃的なスキルを持ち合わせていないから、特別な対策を取る必要が何もなかったのだろう。事実、ノエルは小ぶりのナイフと銃を持ち合わせているものの、こんなものだけで檻を破ることなどできるはずもなく――魔法もほとんど使えないと来ている。
 このまま閉じ込めておくだけで、あっさりと餓死してしまえるだろう。ゴートンがその気ならば、それで自分の未来は決定してしまう。

「はは、は……」

 自分達が間違っているかもしれない。罪もない人間を殺したかもしれない。そして、何か事情があるかもしれない仲間をあっさりと裏切者として処分しようとしていたかもしれない。――そんなんだから、罰を受けたんだろうな、とぼんやりと思った。口から漏れるのは乾いた笑い声ばかりだ。あまりにも情けなくて笑うしかない。
 前世で、自分は勇気を出そうと決めたのではなかったか。強い人間になろうと思って、覚悟を決めたはずではなかったか。

「口ばっかりだな、僕は……」

 それなのに結局、この世界では人の言いなりになって勇者を気取って暴れただけ。人のパシリになって、真実を考えようともしなかっただけ。
 何一つ変わっちゃいない。
 自分は前世の、弱虫のいじめられっ子のままではないか。事実、今まさに苦しんでいるかもしれない仲間を助けるために何かできることはないのか、ということさえ今は考える気になれないのである。
 死にたくないのに、生き延びる気力さえ沸かない。きっと自分みたいな人間こそ、本当の意味で生きている価値のない存在なのではないか。天井近くにスピーカーとカメラがついているので、そのうちゴートンから通信が入るかもしれないが――今更、彼と何を話せばいいのかもわからないのである。
 正面から入ってくれれば話し合いの意思ありとみなす、と。そう言った彼の言葉を蹴り飛ばして、殺すつもりで裏口から入ろうとした自分に、一体彼がどうして情けをかけてくれるのか。

「もう終わりだ、何もかも……」
「無様ですね、勇者」
「!」

 突然、どこかで聞いた覚えがある声がする。ノエルがはっとして顔を上げると、鉄格子の向こうに一人の女性が立っているのが見えた。ひょっとしたら足音が聞こえていたかもしれないが、無気力になっていたせいで聞き逃したのだろう。
 白衣を着た、眼鏡をかけた女性。否、まだ少女の年齢かもしれない。彼女の顔には見覚えがあった。ノエルは目を見開く。

「……ルカ?」

 あの居酒屋で出会った女性が、冷たい目で自分を睨みつけていたのだから。
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