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Kapitel 02

神代の邪竜 04

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 突然、木々の蔭から黒い塊が飛び出してきた。
 ガキャンッ! ――黒い塊は白い尾を引いて高速で縁花ユェンファにぶち当たった。
 縁花は誰よりも素早くそれに気づいて身構えており、霜髪の怪物の跳び蹴りを腕でガードした。

「グッ……!」

「無傷⁉」

 耀龍ヤオロンは驚いて声を上げた。
 あの大きさの光球の直撃を受けて四肢が付いているどころか、大した損傷もなく動き回るなど想定外だ。致命傷にはならなくとも、しばらくは満足に動けないと思っていたのに。
 霜髪の怪物は跳び蹴りで縁花を後退させたあと、アキラのほうへ目線を向けた。
 アキラを背後に守るヴィントの視界で、霜髪の怪物の姿がフッと掻き消えた。
 次の瞬間、眼前に出現し、黒曜石の爪が高速で襲いかかってきた。
 ヴィントは刀身を構えて間一髪それを受け止めた。無理をして腕力で拮抗することなく、押し切ろうとしてくるパワーを利用してアキラを抱えて後方へ跳んだ。
 霜髪の怪物はヴィントを追おうとしたが、半歩進んで足を停めた。自分の進行方向に障害物、牆壁が在ることに気づいたからだ。
 フッ。――霜髪の怪物が手を翳した途端、牆壁は音もなく立ち消えた。

「ッはあぁあ~?」

 牆壁を創出した張本人である耀龍は、その光景を見て眉をひん曲げた。

「《黒轄カイル》も牆壁もどうやってあんな短時間で破ったのかと思ったけど、何アレ!」

 麗祥リーシアンは眉間の皺を深くして霜髪の怪物を睨んだ。

「接触したプログラムを高速で解析、無効化……しているのか。現代プログラム技術にそのようなモジュールはない。そもそもプログラムを起動した形跡もない。独力の基礎的な演算処理だけであれを為しているとしか考えられない」

「そんなの反則じゃん~~ッ」

 麗祥は淡々と解説したが、胸中は穏やかではなかった。霜髪の怪物が事もなげにやってのけたのは、プログラムの扱いに特別秀でている彼らにも容易に真似ができないもの。並外れた所業、まさに神業と言ってもよい。
 それ故に、耀龍と麗祥は覚悟を決めた。あの怪物と対峙するのなら生半可な手段では通用しないと。

縁花ユェンファが言ったとおり、本当にオレたちが手加減する余裕なんてないワケだ。本気で行こう。リー

「ああ。そのようだな」

 ――《黒轄カイル

 耀龍は黒いコの字型の物体を複数個創出した。
 それらは霜髪の怪物の両足をその場に縫い止めた。ひとつなら一瞬で解除できても、数が増えればその分幾許か時間を稼げるはずだ。

 ――《灼矢襲ローエンプファイル

 ボッ、ボボボッ! ――麗祥の前にいくつかの火球が浮かんだ。
 火球が回転しながら霜髪の怪物に向かって飛んだ。直撃し、その全身を呑みこむほどの火柱が上がった。

縁花ユェンファ!」と耀龍が呼びかけた。

 ――《機銃掃射ベストライヒェン

 縁花の両腕に光の飛礫が蜷局を巻いた。腕を標的のほうへ突き出すと、無数の弾丸となって発射された。
 ズドドドドドドドドドッ!
 標的だけでなく周囲の樹木もバチバチと激しく燃え上がった。大きく立ち上る火炎と黒煙。アキラの目には充分に壮絶な光景だった。

「ティエン!」

「アキラ殿。近づかれてはいけませんッ」

「だってティエンがッ……ティエン!」

 霜髪の怪物へ駆け寄ろうとしたアキラを、ヴィントが腕を捕まえて引き留めた。
 アキラ以外の誰も、霜髪の怪物を案じなどしなかった。巨大なネェベルが依然としてそこに存在しているから、無事であることが嫌でも分かる。故に、険しい表情で火柱に注意を払い続けた。
 じきに火柱と黒煙が晴れて人型の輪郭が現れた。それは何も欠けることなく完璧に人型だった。霜髪の怪物は、皮膚や髪の一本も焦がすことなくそこに立っていた。
 ヴヴンッ。――霜髪の怪物の前に牆壁特有のノイズが走った。
 耀龍はそれを見てブスッとした。

「言葉も分からないのに〝壁〟を張れるとかズルくない?」

「あれは牆壁プログラムと呼べる代物ではない。先ほどの無効化といい、本能的な自衛だ」

 プログラムを無効化されるのであれば、直接攻撃するしかない。そう考えたルフトは、先ほど縁花から授けられた刀剣を抜いて霜髪の怪物に斬りかかった。
 霜髪の怪物は構えるどころか身動きひとつしなかった。単純な斬撃など持ち前の堅固な鱗には通用しないと高を括っているのかもしれない。しかし、ルフトがいま握っているものは、自前の得物よりも格段に上等。縁花が主人から賜った業物だ。
 ヒュンッ、ヒュオッ。――視界の端を小石のようなものが飛んだ。
 ルフトは咄嗟にそれを刀剣で叩き落とした。仕留め損ねたひとつが頬を掠めた。ピシュッ、と皮膚が裂けた。

「姉様!」とヴィントは片翼を大きく拡げた。
 ズドドドッ! ――霜髪の怪物に向かって羽根を弾丸のように撃ち出した。
 霜髪の怪物の表面から黒い鱗が剥がれ落ち、意志を持ったが如く飛翔して鋼鉄の硬度を持つ羽根をことごとく撃ち落とした。
 無数の黒い鱗が、霜髪の怪物の周囲をヒュンッヒュンッヒュンッと縦横無尽に舞う。大きさは小石程度だが、触れれば肉を抉られる。その身を掠め、羽根を撃ち落とされたルフトとヴィントは〝飛鱗〟の威力を思い知った。
 ふたりは口惜しそうに歯軋りをした。

「羽根をすべて落とされたッ」

「これでは迂闊に近づけん!」

 ドンッ! ――霜髪の怪物は地面を踏み割ってヴィントに向かって急発進した。
 ガチィンッ! ――縁花がヴィントとの前に現れ、霜髪の怪物と両腕で組み合った。
 縁花と霜髪の怪物は、互いに両手を握り潰さんほど力を込めてギチギチギチと膂力でもって鬩ぎ合った。
 霜髪の怪物は鋭利な爪を有する。その点に於いて縁花よりも有利だった。ブチッ、ブチブチッ、と黒い爪が縁花の手の甲にめりこんだ。
 ブシュウッ! ――傷口から鮮血が噴いた。
 それでも縁花は一歩も退かなかった。力を緩めることも一切なかった。

 ――《煥弾ゲラーデクーゲル

 ズダァンッ! ――霜髪の怪物の蟀谷こめかみにネェベルの弾丸が直撃した。
 刹那、霜髪の怪物の気が逸れた。
 縁花はその隙を突き、両手を握り合ったまま霜髪の怪物の身体を持ち上げた。力任せに投げ飛ばした。
 霜髪の怪物を撃ち抜いた弾丸は、耀龍によって発射されたものだった。耀龍は、ふうっ、と息を吐いた。

「今くらいの貫通力ならあの〝壁〟を破れる」

「あの牆壁の耐久性を計算に組みこんで出力レベルを維持する必要があるな。出力値と演算式を私にも共有しろ。攻性プログラムの出力レベルを再計算する」

 麗祥は耀龍に手を差し出した。耀龍は麗祥の手の平に自分の手を翳した。彼らにとって情報の受け渡しはこれで充分だった。

「……再計算した。物量で押し切るには必要なネェベル量が大きすぎる。私の攻性プログラムだけでは無理だな」

「起動予約装置は?」

「私は休暇中だぞ。任務外でそのようなものは装備できない」

リーは真面目すぎるって~」

「おそらくあの〝飛ぶ鱗〟は近づくものを自動迎撃する。我々の身体能力では接近戦も得策ではないな。どうする?」

「オレたちにとってイイ情報って無いの?」

「あの牆壁を破るに必要な貫通力の最小値を大まかに測定できた」

 耀龍は苦笑を浮かべた。麗祥は大真面目だが、それが現状を打開する策とは思えなかった。

「一時撤退……してもいい?」

「《邪視ブゼルブリク》をあのままにしてか」

「できるワケないよねえ」

 ピカッ。――霜髪の怪物の方角が、突如として白く光った。

「はッ?」と耀龍は思わず声を漏らした。
 目線を移動するより先に膨大なネェベルの質量を感知した。それが何であるか瞬時に理解して額からブワッと汗が噴き出した。すぐに視界が真っ白になった。霜髪の怪物が放った白光がこちらに直進してきた。
 耀龍や麗祥、アキラたち全員が白光に呑みこまれた。
 ドドドドォオーーンッ!
 霜髪の怪物が放った白光――途轍もない質量のエネルギー体は、古城の外壁に大穴を穿った。

 じきに白光が掻き消え、耀龍やアキラたちの姿が現れた。
 耀龍の牆壁は霜髪の怪物が生み出した膨大な質量のエネルギーに押し流されず耐久し果せた。
 しかしながら、耀龍も麗祥も顔面蒼白だった。

「《徹砲ゲシュツ》並みの威力……ッ」

「プログラムを使用せずこれほどの威力とは! 《邪視ブゼルブリク》は無尽蔵のネェベルを有するというのは事実らしいな。息を吐くようにネェベルを放出してこれか……!」

 ヴンッ、ヴヴヴヴンッ。――霜髪の怪物の周囲に巨大な白い発光体がいくつも浮かんだ。
 耀龍と麗祥は絶句した。
 その所業は、プログラムに習熟するふたりの目にも手品のように映った。習熟するからこそ驚愕だった。ネェベルの消費量も起動タイムラグも、ふたりの常識の範疇外だ。
 霜髪の怪物が生み出した発光体は、ひとつずつが人も物も消し飛ばす威力を有することは明白。彼奴はまさに呼吸するように容易に、手品のように摩訶不思議に、この世の如何なるものをも一瞬で灰燼と化すことができるのだ。

「こっちの攻性プログラムは無効化されるのに向こうはあんなの撃ち放題なんてホンット反則だよ」

 耀龍は正直に本音を吐露した。
 縁花は素早くアキラの許へ走りこみ、有無を言わさずアキラを抱えて空へと飛び上がった。

「散開!」

 一同はとにもかくにも縁花の言葉に反応した。ルフトは一気に上空へと飛び上がり、ヴィントはその場から飛び退いた。耀龍と麗祥も各々、宙へと舞い上がった。
 ドォンッ! ドォンッ! ズドンッ、ズドォンッ!
 一同がその場を離れた次の瞬間、複数の光の柱が虚空を穿った。
 空中にも地表にも回避したのは良策だった。平面的移動ばかりではなく立体的移動が加わることにより、回避できる範囲は広がり、狙いは絞りにくくなる。
 正確には、霜髪の怪物は狙うことすらしていない。やたらめったら撃ちまくっただけ。無尽蔵のネェベル、プログラム不要の事象再現、弾切れのない大砲のようなものだ。その標的は凶兆を引かないように願うフォーチューンクッキーのようなものだ。

 パンッ。――麗祥が身体の正面で手を打った。

ロン。援護を」と麗祥。
 耀龍は麗祥の横顔を見た。或る種の覚悟を決めた精悍な顔付きだった。
 幼い頃から何をするにも比較され、何をするにも似た者同士の同い年の兄。兄弟のなかでも最も近しい存在だと思っていたが、彼はこのような表情もするのだな、とこのような情況下で暢気なことを考えてしまった。

リー

 耀龍は麗祥へ手を差し出した。麗祥は耀龍に応じて手の平を出し、ふたりしてパンッと互いの手を打った。
 近しい存在とはいえ、別の個人である以上、完全に一致することはない。共通するものを持っている。似ているところもある。それなのに、それ故に、気に食わないことは多かった。反発し合ったこともあった。しかし、何かを試そうというのなら無条件に力を貸してやる。
 ――まるで双子のように近しい同い年の兄弟。掛け替えのない同胞はらから

 シュインッ。――麗祥は霜髪の怪物に向かって上空から滑空した。
 無数の〝飛鱗〟が襲いかかった。麗祥は《装甲》を身に纏い、それを弾いた。しかし〝飛鱗〟の硬度にはムラがある。大半のものは防げたが、殊更硬度を持つものは《装甲》を破って容赦なく身を裂いた。
 麗祥は傷を厭わず霜髪の怪物に接近した。真っ赤な血潮を花吹雪のように散らしながら、艶やかな漆黒の長髪を靡かせて滑空する様は、痛々しさよりも、優雅で美麗でさえあった。
 突如、麗祥の背中に大輪の花が咲いた。

 ――《六瓣六花ヴァーベンシュトルクトゥーア

 幻想的に青く仄かに光る花々。それは耀龍が咲かせたものだった。耀龍が考え得る最高の耐久性を誇る複雑な牆壁構造。
 麗祥にはたった今、それが必要だった。

 ――《万針鳳華ツェーンタウゼントナデル

 麗祥を中心として全方位に先端を向けた無数の〝針〟が形作られた。これが麗祥が持てる最上の攻撃力の攻性プログラム。

(この貫通力なら此奴の〝壁〟も突破できるはず!)

 ズドドドドドドッ!
 麗祥の後方へ撃ち出されたものは、耀龍が創出した堅固な牆壁に衝突して阻まれた。《万針鳳華》は全方位無差別攻撃。自らの攻撃から味方を守るために《六瓣六花》が必要だった。
 鋭利な〝針〟が霜髪の怪物の肉体に突き刺さった。
 麗祥は内心ほくそ笑むと同時に安堵した。予測どおりの結果となった。計算が間違っていなかった証左だ。致命傷には至らなかったがダメージを与えられた。計算を重ね、予測可能であるならば、打開策を講じられるはずだ。

(次だ。次の手を……!)

 ブシュウッ! ――麗祥の腹部から血が噴き出した。
 麗祥は自分の身に何が起きたのか、瞬時に理解できなかった。霜髪の怪物が持つ黒曜石の爪によって抉られたのだと認識したのは、一拍遅れてからだった。
 裂けた腹部を手で押さえながら地面に両膝を突いた。手の平が熱い。力を込めて押さえても、熱いものがどぷどぷと溢れ出た。
 麗祥は顔を引き上げ、両目を見開いて霜髪の怪物を凝視した。この瞬間が怪物となってしまった兄に最も接近したときだった。
 霜髪の下の人相を覗き見た。紫水晶アメティーストのような眼光。禍々しく気味が悪く、見慣れない。正視するだけで寒気がする。
 しかしながら、面差しはやはり敬愛して已まない兄に似ていた。

天哥々ティエンガコ――……)

 激痛とともに沸いてくる情愛。邪悪なものに喰らい尽くされてしまったかと案じたが、わずかばかり兄の痕跡があることに安堵した。この情況で安堵するなど暢気かつ愚昧。ふとしたときに幼い頃に立ち戻り、いつまでも兄の背中を探してしまう。
 ――これだから私は戦士になれない。
 ドスゥッ! ――霜髪の怪物は自分に痛みを与えた生き物を蹴り飛ばした。
 麗祥は数メートル吹っ飛び、ごろごろごろと地面に転がった。
 カッ。――空が白く光った。
 地上にいたアキラは、ルフトとヴィントとともに目映い空を見上げた。手で庇を作って目を凝らした。光のなかにふたつの人影が見えた。

「ロンとユェンさん……?」

 耀龍は空中に停止した状態で麗祥をチラリと見た。麗祥は蹌踉めきながらも体勢を立て直していた。

「《徹砲ゲシュツ》のモジュールを貸してくれてありがとう、リー

 耀龍は霜髪の怪物を眼下に見据えた。
 霜髪の怪物が麗祥を蹴り飛ばしたのは都合がよかった。標的から離脱し、今から実行することに巻きこまずに済む。

「そっちが撃ち放題なら、こっちだって縁花ユェンファがいるんだよ」

 ――局所貫徹型《徹砲ゲシュツ

 耀龍が指差すと、頭上に収斂していた光線が標的に向かって放たれた。
 超高速の直進は不可避の一閃。標的は白光に呑みこまれた。
 チュドォオオオーーンッ‼
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