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第三十話
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毛布にくるまれた老人は、瞳を開けていた。
深い皺が刻まれた顔に、思慮深い金色の瞳がある。
白髪と白髭を長く伸ばしているところが、『長老』らしい長老に見えた。
「よくぞ、参られました。…オード殿。」
「お久しぶりです。長老殿。」
目が細められると、皺の中に目が埋まってしまうほど深い皺だ。
『長老』となるものだけがその皺まみれの姿となることができる。病や力を使い果たす以外に、死がない妖精達には当然、老いることもないのだが、例外として長老だけは老いることができるのだ。 そして、彼らだけが『老衰』を迎えることができる。
その条件は、過去に妖精王として勤め上げたことがあるかどうか。
つまり彼は、前代の妖精王だった妖精なのだ。
「この老いぼれを助けにこられたとか。…この子が、探してきた妖精術士があなただとは思いもよりませんでしたよ。」
ちらりとセロに向ける長老の表情は、穏やかなものだった。そこには確かな愛情が見える。
「今、王都では大変な事態になっているそうですからね。妖精術士は、全員多忙で、ここに来ることができる術士など、追放処分を受けた俺くらいのものです。」
「…申し訳ありませんね。」
「いえ。」
長老が、自分の傍にあった椅子を示すと、オードは素直にそこに座った。その傍に、セロが立つ。
「セロ。性別が変わったようですね。」
「はい。びっくりしました。でも、よくあることなんでしょう?」
女性になった身体を、少し眺めてからセロが尋ねると、長老は一瞬オードのほうをちらりと見てから、うなずいた。
「…よくあることではないですが、…稀にある現象ですね。」
「…まぁ、そのことはおいておきまして。セロ。」
「はい。」
言葉を選ぶような口調で言った長老に、少し違和感があったものの、呼びかけてきたオードに返事をすると、オードの手が、セロの腕をつかんだ。
「えっ!?」
「力を貸してほしい。妖精の力を借りなければ、長老の病を治せないから。」
「え?でも、私で丈夫ですか?」
「勿論。君は『混血児』であっても上級妖精。術のコントロールは俺がするんだから。」
促すように手を揺らすオードの手に、セロは触れた。大きく、包み込んでくるその手は、セロの手より少し冷たかった。
「俺に、力を貸そうと、思ってくれるだけでいい。後は俺に任せて。」
「はっはい。」
「君は、長老の病気を治したいはずだ。その願いだけで十分。…しっかり、願ってくれ。」
穏やかな目の奥で、頼りになる強い光がある。
「…はい。」
緑色の美しい瞳が、セロをまっすぐに見つめていた。この瞳以上に信じられるものなど存在しないだろう。それほどまでに、強い力を感じる瞳だった。
迷いは、存在しない。
なぜなら、彼はセロが選んだ妖精術士。
誰が保障するでもない。
彼の力は、この草原にいるどの妖精より、セロが一番知っているつもりだ。
何か、不思議なものが自分の中で広がってくるのがわかる。
それは、どんどんオードと繋がっている唯一の部分である左手へと集まっていく。
その力は、左手に完全に集まると、すさまじい光を放ってオードの中へ吸い込まれていった。
「!?」
その全てを受けたオードだが、驚くセロとは違い、平然と口中でなにやら呟き続けている。そして、セロとは繋がっていない左手の人差し指と中指だけを立て、その二本の指を長老の額に乗せた。
次の瞬間、室内が白くなった。
何も見えなくなるほどの激しい光が室内を満たした。
思わず目を瞑ったセロは、あの時のことを思い出した。
あの、禍々しい黒い塊が近づいてきたときのことを。
あの時もとても目を開けてはいられなかった。
スリナの命をかけた輝かしい光が世界を満たしていたのだから…。
今、あの時と同じ、力強い、だが、どこか優しい光を感じる。
深い皺が刻まれた顔に、思慮深い金色の瞳がある。
白髪と白髭を長く伸ばしているところが、『長老』らしい長老に見えた。
「よくぞ、参られました。…オード殿。」
「お久しぶりです。長老殿。」
目が細められると、皺の中に目が埋まってしまうほど深い皺だ。
『長老』となるものだけがその皺まみれの姿となることができる。病や力を使い果たす以外に、死がない妖精達には当然、老いることもないのだが、例外として長老だけは老いることができるのだ。 そして、彼らだけが『老衰』を迎えることができる。
その条件は、過去に妖精王として勤め上げたことがあるかどうか。
つまり彼は、前代の妖精王だった妖精なのだ。
「この老いぼれを助けにこられたとか。…この子が、探してきた妖精術士があなただとは思いもよりませんでしたよ。」
ちらりとセロに向ける長老の表情は、穏やかなものだった。そこには確かな愛情が見える。
「今、王都では大変な事態になっているそうですからね。妖精術士は、全員多忙で、ここに来ることができる術士など、追放処分を受けた俺くらいのものです。」
「…申し訳ありませんね。」
「いえ。」
長老が、自分の傍にあった椅子を示すと、オードは素直にそこに座った。その傍に、セロが立つ。
「セロ。性別が変わったようですね。」
「はい。びっくりしました。でも、よくあることなんでしょう?」
女性になった身体を、少し眺めてからセロが尋ねると、長老は一瞬オードのほうをちらりと見てから、うなずいた。
「…よくあることではないですが、…稀にある現象ですね。」
「…まぁ、そのことはおいておきまして。セロ。」
「はい。」
言葉を選ぶような口調で言った長老に、少し違和感があったものの、呼びかけてきたオードに返事をすると、オードの手が、セロの腕をつかんだ。
「えっ!?」
「力を貸してほしい。妖精の力を借りなければ、長老の病を治せないから。」
「え?でも、私で丈夫ですか?」
「勿論。君は『混血児』であっても上級妖精。術のコントロールは俺がするんだから。」
促すように手を揺らすオードの手に、セロは触れた。大きく、包み込んでくるその手は、セロの手より少し冷たかった。
「俺に、力を貸そうと、思ってくれるだけでいい。後は俺に任せて。」
「はっはい。」
「君は、長老の病気を治したいはずだ。その願いだけで十分。…しっかり、願ってくれ。」
穏やかな目の奥で、頼りになる強い光がある。
「…はい。」
緑色の美しい瞳が、セロをまっすぐに見つめていた。この瞳以上に信じられるものなど存在しないだろう。それほどまでに、強い力を感じる瞳だった。
迷いは、存在しない。
なぜなら、彼はセロが選んだ妖精術士。
誰が保障するでもない。
彼の力は、この草原にいるどの妖精より、セロが一番知っているつもりだ。
何か、不思議なものが自分の中で広がってくるのがわかる。
それは、どんどんオードと繋がっている唯一の部分である左手へと集まっていく。
その力は、左手に完全に集まると、すさまじい光を放ってオードの中へ吸い込まれていった。
「!?」
その全てを受けたオードだが、驚くセロとは違い、平然と口中でなにやら呟き続けている。そして、セロとは繋がっていない左手の人差し指と中指だけを立て、その二本の指を長老の額に乗せた。
次の瞬間、室内が白くなった。
何も見えなくなるほどの激しい光が室内を満たした。
思わず目を瞑ったセロは、あの時のことを思い出した。
あの、禍々しい黒い塊が近づいてきたときのことを。
あの時もとても目を開けてはいられなかった。
スリナの命をかけた輝かしい光が世界を満たしていたのだから…。
今、あの時と同じ、力強い、だが、どこか優しい光を感じる。
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