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第4章 婚約の行方

32.朦朧とした意識の中で

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ー何かしら、ここ?

 私は目覚めると深い闇の中にいた。声を出そうとしても声は出せず、助けを求められない。

ーどこなの?私は公爵邸に帰ってきてそれで

 頭の中で先程までの出来事を整理しようとするが「本当にそうだっけ」と自分の中でふと考えが巡る。何かが可怪しい。

 私は頭の中が追いつかないまま自分を呼ぶ声に振り返った。

「あなた誰なの」

 私を呼んだ主は黒くて煙の塊のようだ。実態を持たずに揺らめいていて見ているだけでも恐ろしい。

「…アリス・アンリゼットを亡き者に」

 その物体がそう言いきると私は咄嗟に走り出した。逃げても逃げても私の後を追ってくる。走り疲れて息を切らしていると、また違う影が私を追ってきた。

ー助けて

 私は祈るようにこの繰り返される世界の終わりを願っていた。

ーーー

「何故こんなことに…」
「申し訳ございません。旦那様」

 横たわるアリスの顔を見ると苦しそうな表情を浮かべていた。アリスが倒れてから数日が経とうとしていた。

 あの時、ノーマンの悲鳴を聞きつけアリスの元へ向かうとそこには既に意識のない彼女が倒れていた。倒れた彼女の側に不気味な薄ら笑いを浮かべた女が呆然と立っていた。

 女を捕らえ、クロードを筆頭とした側近たちが女に尋問するも口にするのはただ一つだけだった。

「アリス・アンリゼットを亡き者に」

 女はそれしか喋らず、今も牢で不気味な薄ら笑いを浮かべている。あの女がアリスの元に現れたことを誰一人として気付かず、公爵邸の結界をも破ったことから敵は相当な魔力量の持ち主だ。本当の敵はあの女を操り公爵邸に向かわせた人物なのだろうか。それにしても疑問がつきない。とにかく主犯として浮かび上がるのは彼等だ。

ークリス第一王子とアリア・アンリゼット

 彼等はアリスが婚約破棄をしたというのに必要以上にアリスの動向を追っている。特に妹のアリア・アンリゼットはある種アリスへの劣等感と憎悪にも似た感情を持っておりアリスの命を執拗に狙っている。

 先日の馬車の一件もアリアの差し金だろうと睨んでいたところだった。しかし、相手は仮にも次期王妃候補で現在の聖女だ。下手に動けばいくらヴェンガルデン公爵家といえども危機的状況になる。そうなればアリスへの後ろ盾が出来ない為、動くことは出来ないと泳がせているところだった。しかし、それが仇となった。 

 アリスは恐らく闇魔法で操られた女に強い呪詛をかけられた。ノースジブル領の医者や魔力研究者などあらゆる人物に診察させたが、どの者も「闇魔法の呪詛は強力でどんな魔力を持った人物でも打ち払うのは難しい」と口にするだけだった。殆どの法を試したが終いには「最悪の場合も有り得る」と言い残して去っていく者達ばかりだった。

 幸いなことにアリスの潜在的な魔力で現在は呪詛の影響を抑えているようだが、それも尽きれば生力を奪われる。生力が尽きればアリスは命が尽きてしまう。そうなる前に何か手段を打たなくてはならない。

ーもっと早くに止めることが出来れば

 思えばいつも後悔ばかりしている。『あの時』もそうだった。いつもそう思うのは何かが起こった後なのだ。何が公爵だ。何が領主だ。結局、少女一人を守れないのならどんな地位も意味がない。

「旦那様」

 心配そうにノーマンがこちらを見ていた。俺は意識をそちらに向けるとノーマンを見た。

「ノーマン、お前が気にすることではない。魔力を持たない者があのような異形のものに気付けるはずではない…それにあの時は俺も直前まで側にいたのだから」

 改めて口にすると直前まで彼女の隣にいたのに守ることの出来なかった自分に腹が立った。俺は眠っているアリスの顔を再び見た。

ー自分に腹が立っても仕方がない。今はアリスの意識を戻さなくては

 そう自分を奮い立たせると「また様子を見に来る」と言い残し、部屋を後にしようとしたその時だった。

「あの!公爵様!」

 俺に声をかけてきたのはアリスの侍女長だった。

「突然のお声がけ申し訳ございません。しかし、何か力になれればと思い、呼び止めました」
「確か、君は」
「申し遅れました。アリス様の侍女長を務めております。エマと申します。」
「…エマか、それで何の用だ?」
「はい、お嬢様を襲ったあの女。捕らえられた際に一目見ただけなのですが、どこかで見たことがあるのです」
「本当か!」
「ええ。ですから…私をその者に会わせて欲しいのです。もしかしたら情報を提供出来るかもしれません!」
「…確かにそれは有り難いが、相手は危険な人物だ。それでも会ってくれるか?」
「…私はお嬢様が幸せであることを願っています。お嬢様がこんな形で苦しむことのほうが辛いのです。…何か力になれるのであれば自分の身は例えどうなっても構いません!」

 エマの真剣な瞳に俺は頷くと彼女と共に『あの女』の元へと向かった。

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