家に帰りたい狩りゲー転移

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6章

(14)嘘

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 エラムラの里から明かりが消え、外壁にぽつぽつと歩哨のカンテラが揺らぐ真夜中。

 レブナは外壁の上で、じっと警備が途切れる隙を伺っていた。彼女の腕の中にはミカルラの記憶本があり、月明かりを受けて淡く反射している。レブナはそれを慎重にローブで覆い隠し、物陰から一歩踏み出した。

 彼女の向かう先は薄明の塔とは真逆。ロッシュがいる、エラムラギルドである。

 逢魔落としの階段の上からだと、シュイナが眠る二階の部屋がよく見える。クライヴによって割られた窓は布で応急処置が施され、地面に散らばっていた破片も綺麗に片づけられている。ギルド周辺には衛兵が巡回しており、物々しい雰囲気を醸し出していた。

「あと少し……」

 巡回のタイミングに合わせ、逢魔落としの階段を一気に下へ飛び降りるべく足を撓める。

「――!」

 目の前にナイフが突き立ち、レブナはその場でたたらを踏んだ。

 飛んできた方向を見上げれば、すぐ側の建物屋上に男がいた。月明かりが逆光となり、男の容貌は黒く染まっている。人目を忍ぶために羽織った外套と相まって、まるで死神のようだった。

 男は片足を曲げるようにして跪き、じっとこちらを見下ろしている。レブナは被っていたフードを持ち上げながら不敵に笑った。
 
「あたしたち、同盟相手じゃなかったっけ? ミヴァリアの守護狩人さん」

 対する男――クライヴもまた、立ち上がりながら歪に口角を吊り上げる。
 
「……あの男は他人を信用しすぎるきらいがあるからな」

 巡回する守護狩人たちはまだこちらの異変に気がついていない。レブナは内心で舌打ちをしながら黙り込んだ。そんなレブナの思考を読み取ったかのように、クライヴは鞘から二本目のナイフを引き抜いた。
 
「答えろ。なぜハウラではなく、ロッシュの元へ向かおうとした?」

「……そっちこそ、なんでオレを追いかけるんだ?」

 がらりと口調が代わり、レブナの口元に獰猛な笑みが浮かぶ。血を吸ったように赤かったレブナの瞳は、いつの間にか禍々しい紫色の光を湛えていた。瞬間、余裕を振りまいていたクライヴの表情に初めて緊張が走る。

「誰だ、貴様……!」
「にししっ」

 レブナに化けた何者かは、ローブの隙間からするりと細い腕を出した。手には何も握られていない。華奢な指先は中指と人差し指を揃えると、コンコンと狐の口をかたどった。
 
「お前が本物なら知ってるはずだし。バルド村狩人のハンドサイン。『狐が紛れ込んでいる』!」
「なっ……!」

 バサッ! と偽物の本ごとローブを脱ぎ捨てる。そこにはレブナよりも幼い、褐色肌の少女が仁王立ちしていた。
二つのお団子に結われた桃色の髪が柔らかく月光を反射し、毛先に纏わりついていたレブナの銀髪が空中に掻き消える。

「その能力は、あのお方と同じ!? いや、これは――ガッ!」

 動揺したクライヴの後頭部から鈍い音が発される。屋上から落下し、全身を強かに打ちつけた彼は、霞む視界の向こうで二人の人影を見る。
 
「『幻惑』は流石にズルだったか?」
「何、天狗の鼻をへし折るなら遠慮は不要だ」

 にっかりと笑う大柄な男と、口元をマフラーで隠した影のような男。クライヴに化けた男でさえ知っている、たった三人でドラゴン狩り最前線を支え切ったというバルド村三竦みだ。

 クライヴの顔を模した男は、地面に這いつくばりながら虚勢を張った。

「は、ははは! こんなことをして、エラムラと戦争になってもいいのか!? 自分の村も守れなかった残党共め!」
「馬鹿言え。エラムラはお前らの幼稚な悪戯に気づかないほど馬鹿じゃねぇよ」
 
 ハインキーは屋上から飛び降り、重々しく着地した。その隣に音もなくゼンが降り、腕に絡みついた鎖鎌がじゃらりと禍々しい音を立てる。男は絶体絶命のあまり、喉を擦るような悲鳴をあげた。しかしなんの成果もなく落ち逃げれば、この身がどのような最期を迎えるか男は骨の髄まで理解していた。

 せめて本だけでも、と急いで投げ捨てられたローブと本を振り返る。だが、ローブの傍には四角く加工されただけの木片が転がっているだけだった。

 幻だったのだ。先ほど見たレブナもミカルラの本も。ハインキーとゼンの姿も幻によって隠されていた。最初から奴らの掌の上だった。

 あってはならない失敗に、男は半狂乱になりながら立ち上がろうともがいた。

「ほ、本物の本はどこにいった!」
「とっくの昔にハウラ様んところだよ。バァーカ」

 ガラの悪い女性の声が背後に降ってきたかと思えば、男は思い切り顔面を蹴られ、そのまま昏倒した。

「ふん、弱っちいねぇ」

 奇襲をしかけたミッサは、つまらなそうに男の頭をつま先で小突いた。それから無遠慮に男の衣服をはぎ取り始める。すると、胸ポケットから木製の鈴が転がり出てきた。ご丁寧にも、その表面にはリデルゴア国王の紋章が刻まれている。

 ミッサは眉間の皺を深めると、鈴を口元に近づけて腹の底から怒鳴りつけた。
 
「ったくおい、ちゃあんと今のも聞こえてるんだろ!? とっとと表に出てきな、ロッシュ!」



 ・・・―――・・・


 
「……まさかあちらから誘ってくれるとは。光栄ですね」

 ミッサの怒号は、鈴を通してギルド長室にまで届けられていた。鈴が鈍く震えるほどの爆音にロッシュは冷笑を浮かべる。

 ギルド長室のテーブルには、傭兵名簿が収まったファイルが山のように積み上がり、その隣には薄明の塔の設計図も置かれていた。そして、安楽椅子に足を組みながら寄りかかるロッシュの膝上には、白紙となった予言書が広げられていた。

 救済者トトの死。
 オラガイア墜落による大地抹消の失敗。

 ベアルドルフが画策した通り、運命は混沌と化し、予言書は本来の力を失ってしまった。

 しかし、『因果の揺り返し』が消えたわけではない。

 予言書は不可視の運命を可視化したもの。運命は無軌道で理不尽な運河である。その流れを変えようものなら、大きな代償を支払わねばならない。そして大抵は、流れを変えきれず、運河の氾濫を引き起こす。

 氾濫を止めるには今、このタイミングしかありえない。より良い世界を導くために、必要最低限の犠牲を生まねばならない。それが人々を導く者の役目である。

「貴方がたが運命に抗わなければこのようなことをせずとも良かったのですが、残念です」

 ロッシュは予言書を閉じると、引き出しの中へ乱雑に押し込んで立ち上がった。予言書の背表紙と鎮痛薬の瓶がぶつかり合う音がして、不快さのあまり舌打ちが漏れる。感情を押し殺すべく溜息を吐いたが、手の震えは止められない。

 何度か胸に手を当てて深呼吸を繰り返し、ロッシュはゆっくりと顔を上げる。そして、かつかつと革靴を鳴らしながら、ギルド長室の長椅子に寝かされた金髪の女性へと歩み寄った。

 ロッシュが気まぐれに拾い、守護狩人として育て上げた双子の片割れ、シュイナ。己の不運を嘆くように固く瞑られたシュイナの両目は、未だ目覚める気配がない。彼女はきっと、世界の滅びを知覚することもなく生涯を終えるだろう。

「たまには余興に付き合ってあげましょうか。ねぇ、眠り姫」

 シュイナの額にかかった前髪を横へ流し、ロッシュは目尻を和らげる。その手つきは紳士的であったが、彼の手には全く体温が通っていなかった。
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