家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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3章

(5)後悔

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「三つに別れよう。俺は西側から北に回る」

 アンリは俺の返事を聞くより早く、小走りで西門の方へと行ってしまった。

「ちょ……」
「じゃあこっち探してくるねー!」

 レブナまでさっさと南側に行ってしまい、ぽつねんと俺だけが取り残されてしまった。そのまま突っ立っていても埒が開かないので俺は渋々東門へ振り返り、広大なエラムラの景色に少々ゲンナリした。

「いや……エトロなら病み上がりでも一人で大丈夫そうな気がするんだけどなぁ」

 エトロはまだ採集狩人だから守護狩人に勝てない可能性もあるが、ベアルドルフにあれほどの手傷を与えたなら、大丈夫だと言う気がしてならない。そも下位ドラゴンの頭部を蹴り砕ける女子なら、不埒な輩に囲まれたところでどうとでもなりそうだ。

「……うん。ゆっくり探すか」

 決してサボりではない。昨日から一睡もしていない人間が、元気に広々とした里の中を走り回れるわけがないのだ。これが自分のペースというものである。

 言い訳をしながら一歩踏み出したところで、
 
「リョーホさん」

 今日はやけに声をかけられる気がする。
 
 特に何も考えずに振り返ると、黒いフードを目深に被った女性が、テントの陰からひょっこり顔を出していた。

 一瞬見えた赤い瞳と白髪、そして高級感を隠しきれないローブで確信した。ベッドからいなくなっていたはずのハウラである。

「巫女様? なんでこんなところに?」
「ひ、一目でわたしだと、よく分かりましたね……?」
「バレバレですけど」

 目で見えるままを伝えたら、ハウラは顔を真っ赤にして頬を膨らませた。本人は完璧に変装できた気でいたらしい。

 俺は危機感の薄いハウラに内心で呆れながら、人目を忍ぶように彼女のいる建物の陰に入った。

「それで、なんで巫女様がここに? シュイナさんと一緒じゃないんですか?」
「シュイナは今離れたところで護衛をしています。それよりリョーホさんに……エトロのことで、話したいことがあるんです」
「エトロの? もしかしてどこにいるか知ってるんですか?」
「ええ。元々あなたをエトロのところへ案内するために探していましたから」

 ハウラはそこで一旦言葉を区切ると、きょろきょろと周りを見渡した。

「まずは場所を移しましょう。こちらへ」

 ハウラはキリッとしながら、テントの陰から別の建物の裏へと走り出した。隠れているつもりなのだろうが、真っ昼間に真っ黒なローブを着ているせいで逆に目立っていた。幼稚園児レベルの隠密行動でよくここまで来れたな、と俺は感心しながら、全力疾走するハウラの後をゆっくりと追いかけた。

 長い階段を駆け上がり、途中で息切れしたハウラを励ましながら進むこと数分。里の中層にある小さな公園で、ハウラはふらふらと足を止めた。

「ぜぇ、ぜぇ……こ、ここです……」
「死にそうだけど大丈夫ですか?」
「このぐらい、なんてこと、ありません」

 乾いた咳をしながら言われても説得力皆無である。

 しかし、格上の相手の背中を摩ってやるわけにもいかず、俺は手持ち無沙汰になりながら公園を見渡した。砂場とブランコ、滑り台しかないうら淋しい場所だ。周囲の建物は廃墟と化しており、地面にも煉瓦が散らばっているため、子供が遊べるようになるのは当分先になりそうだ。

 静まり返った公園の中で二人きりというのは少々気まずい。シュイナがどこかで俺たちの様子を見守っていると思うと、首筋のあたりがソワソワした。

「あの、エトロは?」
「もうそろそろ来るはずです」

 一瞬沈黙が降りた後、ハウラは汗で赤らんだ頬を撫でながら俺に向き直った。

「道案内は終わりましたので、わたしはこれで……」
「……その前に少し聞いていいですか?」

 立ち去ろうとするハウラを引き止めると、彼女は全く警戒心もなく振り返った。俺は目を離せば拉致されそうなハウラに余計な心配をしながら、ずっと疑問だったことを口にした。
 
「個人的な興味なんですけど、貴方とエトロの関係って?」

 崩壊した薄明の塔でエトロの痕跡を見かけた時から違和感があったのだ。なぜ、薄明の塔に普通の人間は立ち入れないはずなのに、エトロはベアルドルフの襲撃時にあの場にいたのか。なぜ、ハウラはエトロの名をを親し気に呼ぶのか。

 ハウラは何度か瞬きをした後、目尻を緩ませながら照れくさそうに言った。

「エトロは昔からの、大事な友人です。わたしが巫女になれたのもエトロのお陰ですから」
「じゃあ、もしかしてエトロが昨日会いに行くって言ってた友達は、巫女様だったのか!?」

 エトロの友人のことは、勝手にエラムラの女の子狩人だと思っていたため衝撃だ。普通に暮らしていたら絶対にくっつかないような人間関係なので、二人の出会いに好奇心が擽られてしまう。

 かといって、迂闊な発言をして不敬罪になりたくはない。無礼な発言をしないよう理性で歯止めをかけておく。

 しかし、ハウラはこちらの気も知らないで平然と言った。

「あなたもエトロのご友人なのでしょう? わたしのことはハウラと呼んでください」
「……なら、俺のこともリョーホって呼んでください」

 合法的に名前呼びの許可が降りたので、多少の無礼もきっとセーフだ。だがいきなり呼び捨てにする勇気はなく、俺は戸惑いがちに口を開いた。

「ハウラ、さん? はエトロと十年ぐらいの付き合いなんですよね。昔のエトロってどんな感じだったんです?」
「そうですね……あの時のエトロは、無口で、あまり笑わない子でした。でも正義感に溢れていて、とてもカッコよかったんですよ。レオハニー様の元に弟子入りしてからはますます強くなって、少し疎遠になってしまいましたが、時々手紙を送ってくれるんです」

 俺はうんうんと相槌を打った後、最後に付け足された一言に目を見開いた。

「あのエトロが手紙を!?」
「ふふふ。意外ですよね。あの子、他の同い年の子より早く読み書きも早く覚えたんですよ。調理も手芸も花道も、家庭的なことはなんでもできるのに、エトロは狩の方が楽しいみたいで、滅多に披露してくれないんです。ちょっともったいないですよね」
「はは、そういうところはエトロらしいな」

 調理に関して言えば、一度だけ俺も体験した。下位ドラゴンの討伐の後、エトロが現地調達した調味料で料理を作ってくれたことがあったのだ。あの時に食べたドラゴンの肉は全く生臭くなく、バルド村の食堂に匹敵するほど美味しかった。

 ただハウラの言う通り、エトロは調理より稽古の時の方が明らかに楽しそうだった。そのせいでエトロの脳筋イメージが先行していたと言える。

「リョーホさん、良ければあなたからもエトロの話を聞きたいです」

 ちょうど思い出していた頃にハウラにせがまれて、俺は嬉々として知っている限りのことを話し始めた。訓練では容赦がないことや、ドラゴンと戦ってる時はすぐに助けてくれることなど、ほとんど戦闘に関することばかりだったが、ハウラはフードの下で始終楽しそうに聞いていた。

 ハウラは今まで、外の話を聞く機会が少なかったのかもしれない。そう思うとつい言葉が詰まりそうになるが、ハウラの笑顔を見ていると暗い気持ちも晴れていった。

 一通り話し込んだところで、ふっと会話が途切れた。そこでハウラは可愛らしく眉を持ち上げると、少し申し訳なさそうに俺の顔を覗き込んできた。

「そういえば、まだお礼を言っていませんでしたね。ニヴィから助けてくださってありがとうございます。リョーホさん」
「いえ。間に合ってよかったです。走り回った後に聞くのもおかしいですけど、怪我はもう大丈夫なんですか?」
「ええ。あなたのおかげです」

 弾むような声色でハウラは微笑んだ後、そっとエラムラの景色を見下ろした。高台にある公園からは、広場やギルド周辺の街並みが一望できる。今は休憩時間らしく、広場の中で大勢の人間が集まって気晴らしの催し物をしているのが見えた。
 
「あなたがいなければ、エラムラはどうなっていたことか……ごめんなさい。戦いに巻き込んでしまって」
「ハウラさんが謝ることじゃないでしょう。攻めてきたベアルドルフが悪いんです」

 たとえロッシュによって仕組まれた戦争だとしても、武器を取る道を選んだのはベアルドルフだ。ハウラには何の責任もない。

 そう思って俺は言ったのだが、ハウラは急に痛みを堪えるような表情になり、俺から目を逸らした。

「……あなたには、やはり話しておかなければいけませんね」
「ハウラさん?」

 急に沈んでしまったハウラを躊躇いがちに覗き込む。桜色の唇は硬く引き結ばれて、胸元で重ねられた両手も白くなるほど握りしめられていた。

「わたしは……あなたに黙っていたことがあるんです。本当は話さない方が、丸く収まるのかもしれません。でも、エトロの友人である、あなたに嘘をついたままでは、もっと不誠実な気がして……」

 だんだんと尻すぼみになり、やがてハウラは黙り込んでしまった。

 そんなことを言われても、俺としては騙されていた自覚がないため怒りも湧かない。聞かない方が幸せだというなら、このまま話を流してしまった方が利口であろう。

 だが、俺は無知で他人任せな己の無能さを、つい最近思い知ったばかりだ。聞かないという選択肢はない。

 俺は目を閉じて深呼吸した後、勢いに任せてハウラに双眸を向けた。
 
「聞きます。聞かせてください」

 ハウラは眉を歪めながら微笑むと、密やかな声でゆっくりと告げた。

「……わたしは、ベアルドルフを誘き出すためにあなたを利用したんです」

 ……語られた内容を理解するのに、十秒以上の時間を要した。
 
「……ははは、いや、だって、待ってくれ。なんで俺?」

 辛うじて言えたのは、そんな情けない台詞だけだった。まるで、俺こそが戦争の主軸にあるような口ぶりだが、ありえないだろう。

 だってロッシュが言っていたじゃないか。昨日の戦争は予言書を元にトトが引き起こしたものだと。そこに俺が入り込む余地なんてない。

 冗談みたいな話に俺は薄ら笑いを浮かべたが、ハウラの表情は真剣なままだった。

「本当なんです。ベアルドルフはあなたを殺しに……いえ、正確には、わたしとリョーホさんを会わせないために、絶対にあの場に現れなければいけなかったんです」
「待て待て。ベアルドルフはエラムラを征服しに来たんじゃないのか? それに、俺を殺しに来るったって、それこそベアルドルフが俺のことを事前に知っていないとおかしいじゃないか! 言っておくが、俺はベアルドルフと面識なんてないからな!」

 マッチングアプリでもあるまいに、会ったこともない他人同士が都合よく会えるものか。

「いいえ。知っていたから、彼はわたしとあなたを殺しに来たんですよ」
「……まさかとは思うが、ベアルドルフも予言書の内容を知ってるのか?」

 当たってほしくない予想だが、ハウラはぎこちなく俺の言葉に頷いた。

「その通りです。ロッシュから予言書のことは聞いていたみたいですね」

 ハウラは俺に背を向けると、公園の傾いた滑り台に手を乗せた。それから、視線を彷徨わせながら語り始める。

「ベアルドルフは機械仕掛けの世界を封じるべく、歴代の鍵者を全て殺してきました。それは今世の鍵者である貴方も例外ではない。わたしたちはそれを利用して、ベアルドルフをこの里に来るように仕向けたのです」
「でも、俺がダウバリフと会ったのは偶然だったぞ? それも予言で分かったのか?」
「予言はそこまで具体的に書かれていません。ですが遅かれ早かれ、ダウバリフは貴方の存在に気付いていましたよ」
「な、なんで?」
「ベアルドルフの家系には、魂が見える特殊な力が備わっているんです。特に、歴代の鍵者は皆透明な魂を持っていたと聞きます。普通の人の魂は色が濃く透けていないので、鍵者のものは一目見れば分かるはずです」

 魂が見える人間の話は、ゲーム内でも登場していた。かくいう俺のキャラクターも修行の成果でその能力を手に入れていたので、実際の魂の見え方も知っている。だから、ハウラの話には全く矛盾がなかった。

 つまり、こうだ。ハウラは行方知れずのベアルドルフを引き摺り出すために、予言の内容通りに巫女と鍵者を引き合わせようとした。そして実際に俺をエラムラに誘導したのは、彼女の友人であるエトロだった。

 つまり、エトロはエラムラが戦争になると分かっていて、俺をこの地へ連れてきたのだ。

「……俺の、せいか……?」

 俺がエラムラに来なければ、戦争は起きなかった。だが、ベアルドルフに復讐を遂げるにはこうするしかなかったのだろう。ロッシュの言う通り避けられない戦いだった。仕方なかったのだ。

 理性では納得できても、感情が全く追いついてこない。

 里の中に転がっていた死体や、野戦病院で見かけた負傷者たちの姿が、俺の瞼の裏で連写フィルムのように映り込む。凄惨な光景を思い出すたびに俺の動悸が激しくなっていき、ついには我慢できず、その場にしゃがみ込んでしまった。

 俺には、レオハニーの庇護下にいるから、何があっても殺されないだろうという慢心があった。なのにレオハニーの弟子であるエトロに、間接的にだが、殺されそうになった、のかもしれない。

 普通は、仲間を危険な場所に連れて行くなら説明するはず。途中で別行動を取るなんて、持っての他だ。特にエトロは俺の弱さを嫌というほど知っているのに、俺を放置した。

 俺は気づかないところでエトロの恨みを買ってしまったのだろうか。

 やっと仲間と認められたと喜んでいた俺は、ただの独りよがりだったのか。

「リョーホさん……」
 
 か細い声に名を呼ばれ、俺は身を強張らせながら顔を上げた。その時のハウラの顔を見て、俺は自分の情けない姿に辛うじて羞恥心を感じた。

「すみません。自分で聞くって言ったくせに、かっこ悪いですよね」
「いえ。でも……」
「そんな顔しなくても、俺は二人を恨んでませんって」
「……本心ですか?」

 清らかで真っ直ぐな瞳が俺を射抜く。太陽を直視してしまったような眩しさに襲われ、俺は咄嗟にハウラから顔を逸らした。
 
 ハウラは良くも悪くも嘘が付けない性分なのだろう。彼女の純粋無垢な心に触れるたび、俺の胸の内から刺々しい感情が染み出してくる。

 本音を言えば、人間不信と自分の無力さに打ちひしがれるあまり、いますぐこの場から消え去ってしまいたい気分だ。

 愛想を振り撒く余裕もない。今はハウラの心配さえ煩わしい。初めて八つ当たりで人を殴りたいと思うほど、今の俺は荒れていた。

 俺は冷たい空気を肺に送り込んで、ざらついた喉を事務的に動かした。

「エトロには悪いけど、ちょっと一人にしてほしい。それと、代わりにエトロに伝言を頼んでもいいですか。アンリたちが探してるから、早くテントに戻っておけよって」
「会わないのですか?」
「本当にごめん。疲れたんだ」

 俺は憔悴しながら立ち上がるとハウラに背を向けた。

「じゃあ、エトロによろしく……」
「伝言の必要はないぞ」

 聞きたくなかった声が、公園の入り口から飛んできた。俺は愕然としながら顔を上げ、目の前に立ちはだかる水色の髪を凝視するしかなかった。
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