号泣しながら君を追放する!

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 ルナを追放した翌日。

 ルシフェンたちはギルドの受付にて、依頼申請の手続きをするルナを見つけた。この辺りでは珍しい黒髪と驚くほどのベビーフェイスは、絶対にルナしかあり得ない。

 ギルドに入ろうとしていた三人は慌てて外に出て、自分たちの姿が別人に見えるよう隠蔽魔法をかけた。

 凡庸な見た目になった三人は平静を装いながらギルドに入り、丸テーブルが並んだ待合席へ移動した。
 
「ルナ……思ったより元気そうだな」
「ええ。あ! 待ってルシフェン! あの子、目が腫れてるわ……」
「……ごめぇん、ルナぁ……」
「後悔するなら最初からやらなきゃいいのに」

 ごもっともなタナトの発言にぐずぐずと泣き出すルシフェン。ノルンは丸まってしまったルシフェンの肩を抱き寄せながら、受付嬢の帰りを待つルナの横顔を見つめた。

 化粧で誤魔化しているが、一晩中泣いたのだろう。初めて会った時もルナは情緒が不安定だった。いきなり血だるまで見知らぬ街のど真ん中に放り出されたのだから無理もない。

 ルナを保護した後、ノルンはつきっきりで彼女を看病し続けた。そうしなければ今にも孤独で死んでしまいそうだったから。

「また、夜泣きが再発しないといいのだけれど……」

 悪夢にうなされて、枕がすっかり変色してしまうほどルナは泣いていた。二ヶ月も一緒にいれば次第に消えていったが、もし一人の時に再発したら、泣き過ぎて死んでしまうんじゃないだろうか。

 不安な面持ちでノルンが見守っていると、ルナの背後に屈強な男二人組が近づいてきた。

 男二人組は、どこにでもいる冒険者の格好をしていた。だが、あえて足音を立てるような歩き方と、いかにも怪しげな目つきが、これでもかとルナに悪意を放っていた。

「敵……!」
「待てタナト。杖を出すな、俺たちだってバレるから!」

 ルシフェンは殺気立つタナトを押さえ、静かに状況を見守った。

 男二人組はルシフェンたちに気づくことなく、左右からルナを挟むようにして受付のテーブルを陣取った。

「よぉ、Sランクパーティの遺構士サマが、たった一人で何やってんだぁ?」
「……依頼を、受けにきただけですけど」
「おいおい、まさか一人で受ける気じゃねぇだろうなぁ? 受付のお姉さんに何時間待たされてんだよ。ギルドに迷惑だろうが」
「め、迷惑? どういう意味ですか? 私はなにも……」
「ダンジョンマップを作るしか能がねぇ遺構士が、一人でこなせる依頼なんてあるわけねぇだろ? てめぇがギルドに来るだけで迷惑だっつってんの」

 とんでもない言いがかりに、ギルド内の冒険者が騒然とした。

 ルナは仮にもSランクの冒険者だ。しかも、後方支援に特化した遺構士にあるまじき戦闘スキルも持っている。その実力は、下手をすればBランクの戦闘職を完封できるほど。ルシフェンがたった一日でルナを追放しても問題ないと判断したのも、実力を隠してもなおルナは強いと知っていたからだ。

 思うに、あの男二人組はである。あの風体からして、パワーだけでBランクまで上り詰めてしまったビギナーだろう。彼らはギルドのど真ん中で「俺たちは情報収集もできない冒険者だ」と自己紹介しているのだ。

 そんな醜態をさらしている自覚がないようで、男二人はルナが怯えているのを良いことに調子に乗り始めた。

「受付のリーナさんも可哀想だぜ。こんなやつのために依頼票を探し回ってんだろぉ? おかげでいつまで経っても、俺らの順番が回ってこねぇんだよ。なぁ、おい、分かってんのか?」
「そーそー。俺たちはお前と違って暇じゃねぇんだよ。さっさと依頼キャンセルしろ」
「い、いきなりキャンセルなんて、困ります。それに、私の依頼はすでに決まっていて、あとは発注の印鑑をもらうだけです。依頼を受けたいなら、別の受付に……」
「そういう話じゃねぇんだよ!」

 男は受付のテーブルを勢い良く叩き、ルナを威圧するように見下ろした。

「はっきり言ってやろうか? 目障りなんだよ、雑用係が!」

 ルナは大声にびくりと飛び跳ねると、上着の裾を強く握りしめながら、深くうつむいてしまった。

 静まり返ったギルドの中で、ほたり、とルナの涙が床に落ちる。

「おいおい泣いちまったよぉ」
「うわー俺がワルモノみたいじゃねぇの。悪かったってぇ、お前のためを思って、ちょっと注意しただけなんだよ? な?」

 にやにやと顔を覗き込まれ、ルナは思い切り男から顔を背けた。だがもう一人の男がルナの顎に手を添え、強引に上向かせる。

「一人ぼっちで寂しかったんだろぉ? 可哀想に。泣かせた詫びに、俺らのパーティに誘ってやるよ。元Sランクパーティーの女ってだけでも箔が付くしなぁ!」
「そうそう。別の方でも頼りにさせてもらおうかぁ? どうせ毎晩リーダーの相手してたんだろ? ぎゃはははは!」

 涙を滲ませたルナの瞳が、ギルドの照明を弱々しく反射する。胸糞悪い光景に、タナトは舌打ちをしながら腰を上げた。

「もういい」
「待てタナト。殺すのはだめだ」
「殺さない。ウチもルナを勧誘するだけだから」
「嘘つけ! あと今は勧誘する流れじゃないだろ!?」
「嘘じゃない、本気。あんな男どもにルナを渡すぐらいなら、ウチが貰い受ける……!」
「なんの話だ!? お、おお女の子同士ってことか!? わ、悪くはないが、それなら俺だって、俺だってなぁ!」

 タナトとルシフェンが押し問答をしているうちに、突然、待合室の席に屯していた冒険者たちがゾロゾロと立ち上がった。
 
「さっきから黙って見てりゃァ……みんなのルナちゃんに手を出すんじゃねぇ!」
「行けー! スヴァロウさんに続けぇーっ!」
 
 他の冒険者があっという間に男二人組に殺到し、ルナだけがぽつんと置いて行かれる。

 呆然とするルナの目の前では、タコ殴りにされて泣き叫ぶ男二人がいた。

「うわああああ! なんだお前ら! やめろおおおお!」
「うぎゃあ! 俺の一張羅がボロボロにいいい!」

 約三分後、男二人組は追剥に遭ったような姿で、容赦なくギルドの外へ追い出された。まるでゴミ捨て場に放り込まれるような扱いだった。

 タコ殴りのインパクトは凄まじかったが、男二人が負った被害はせいぜい下着まで服を破かれた程度だ。傷も少なく、お金も無事。ただし、早く着替えを用意しなければ、公然わいせつ罪で憲兵隊に引っ立てられるだろう。荒くれ者が集まるギルドではよくあることだ。

 ふと、ノルンがあることに気がついた。

「……あれぇ? ここはルナが実力を示して、お馬鹿さんたちを黙らせる場面じゃないの?」

 ルシフェンはハッと息を飲み、頭を抱えながら絶叫した。
 
「ルナの活躍の場を潰すなよぉ! ナイスなんだけどさぁ!」
「リーダー、自己中。あとうっさい」
「タナトが俺に冷たい……」

 しょんぼりと肩を落とすルシフェンを、タナトは鼻でせせら笑った。ルナ救出の機会を奪われた分、タナトはルシフェンをいじめ抜くことにしたらしい。

 ノルンはあらあらと困ったように笑ったが、タナトを叱ることはしなかった。ノルンもルシフェンの我儘にイラついていたのだ。それどころか、ルナが泣いても全く介入しようとしなかったルシフェンに軽く幻滅すらした。なので後で絶対泣かせると心の中でノルンは決意した。

 男二人組の件がひと段落したところで、勇猛果敢に戦った冒険者たちは、泣いているルナをおろおろと慰め始めた。

「災難だったな、ルナちゃん。本当に一人で依頼を受けて平気なのかい?」
「は、はい。いつもより低めのBランクをリーナさんに選んでもらったので……」
「リーナさんが選んだならなら間違いねぇな! でも、不安だったらいつでも頼ってくれよ。お前さんたちのパーティに俺たちは何度も救われたからな!」
「そんな……ルシフェンたちはともかく、私は何もしていませんよ。足手纏いだったから、私……わたし……パーティから追い出されて……」

 せっかく止まっていたルナの涙腺が再び決壊してしまい、つられて涙ぐんだ女性冒険者が、優しく彼女を抱き寄せた。

 そして、そのどさくさに紛れてルナの手を握る男がいた。ガタイがよく精悍な顔立ちで、ひっそりと受付嬢から熱い視線を受けている男である。

 その男を見た瞬間、タナトの目が爛々と輝き出す。

「不埒な……その腕切り落とす……!」
「こら、タナトちゃん! 治癒士がそんなこと言っちゃだめ!」
「そうだぞタナト! あと! あの男は俺の飲み仲間のスヴァロウで、ルナとも友達だから! あれはちょっとしたスキンシップだから!」
「ルナの……トモダチ……でも男……くっ、どうすればいいの!」

 操られた味方のような台詞を吐きながらタナトは葛藤する。

 一方のスヴァロウは、ルナの目を真っすぐと見つめながら誠実に言葉を紡いでいた。

「ルシフェンのことだ。きっとお前さんを追放したのには訳があるんだよ。そう悲観しなくていい。お前たち、ずっと仲が良かったじゃないか」
「でも、そんな都合のいいこと……」

 ルナの自信のなさそうな反応に、ノルンはやっぱり、と頬に手を当てて嘆息した。ルシフェンが思っている以上に、ルナはいきなり追放されたのがかなりショックだったようだ。

「ねぇルシフェン。今からでも本当のことを話しましょう。これ以上あの子を傷つけたくないわ」
「……いや、ここで名乗るのも逆効果じゃないか? それに中途半端はいけない。このままルナを見守るぞ」
「確かに私もルナちゃんの成長を見守ってあげたいけれど……」

 ノルンが言い淀むと、タナトがキッとルシフェンを睨みつけた。

「中途半端なのはリーダーでしょ。さっき素直にルナを助けておけば、全部丸く収まったのに!」
「うぅ、し、しかしだなぁ……」

 左右からパーティメンバーにせっつかれ、優柔不断なルシフェンの天秤がより大きくぐらつく。

 ルシフェンはまだ、ルナが自分たちのパーティーに戻るべきか悩んでいた。

 なぜなら、最初は誰だってつまずくものだ。ルナはまだ一人の行動に慣れていないだけ。それに慣れてしまえば、きっと誰よりも高く飛べるはず。そんな考えを、ルシフェンはどうしても捨てることができなかった。まるで暴落した株が、再び上昇すると信じているように。

 ぎゅうっと目をつぶりながら、ルシフェンはなおも悩む。

 すると、スヴァロウの方から何か思い出したような声が上がった。

「あっ! そういや昨日の酒場で、近いうちに危険なS級ダンジョンに潜るってルシフェンが言ってたぞ! もしかしたらお前さんをヤバい戦いに巻き込みたくなかったんじゃねぇのか!?」

 その瞬間、暗く濁っていたルナの瞳にぱあっと光が差した。周囲にいた冒険者たちもお通夜の雰囲気から一点、試合観戦のごとくワアッと歓声を上げた。

「ルナちゃん。今からなら間に合うよ!」
「そうさ! みんなでルシフェンたちを追いかけよう! そんで直接思いをぶつければいい! パーティに戻りたいって!」
「勇気がないなら俺たちが代わりに聞いてやる! さぁ野郎ども準備しろぉ!」
「「「おおおー!」」」

 空気がビリビリと震える鬨の声に、ルシフェンは感動した。その直後にアッと血の気を引かせて、ノルンと顔を見合わせる。
 
「待てよこれ……」
「私たち、ダンジョンの中にいないとやばいんじゃ……」

 勝手にパニックに陥っていく二人に、タナトはいやいやと制止する。

「大丈夫だよ。リーダー、ノルン。あいつらの勘違いに付き合わなくったって、ここでネタバラシすればいいじゃ──」
「いやだめだ! 中途半端は良くない! ルナの涙を無駄にしないためにも!」
「いやだから! それをしたら、またルナを泣かせることになるかも──」
「ノルン、タナト! 今から攻略するぞ。S級ダンジョンを!」
「待ってリーダー! ウチの話を──うにゃああああ!」

 ノルンとルシフェンに首根っこを掴まれ、タナトはなすすべもなくギルドの外へ連れ出されてしまった。

 Sランク冒険者たちはそのまま、風のように街中を疾駆し、数時間かかるダンジョンまでの道のりを数十分で走破してしまった。
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