号泣しながら君を追放する!

roos

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 ダンジョンとは、勇者が魔王を倒すより前から存在していた、過去の遺物だ。

 ダンジョンの内部は数千年前の古代遺跡で構成されており、古代の高度な技術によって作られた不思議なアイテムが出土する。無限の容量を持つマジックアイテムがその最たる例だ。

 遺構士という職業も、かつてはダンジョンの遺跡を調査するために作られたものだ。ルナたち遺構士がダンジョンの地図を作り、罠を解除するのもその調査の名残りである。

 ダンジョンの最奥からは、常に大量の魔力が放出され、そこからモンスターが生まれてくる。それだけならまだしも、ダンジョンをそのまま放置すると、内部で増殖したモンスターたちがバッタの如く地上に溢れ出し、近隣の街を破壊し、喰らい尽くしてしまうのだ。

 よって冒険者たちは、命をかけてダンジョンの最奥を目指す。自分の街を守るため。古代技術のロマンを追い求めて。あるいは、世界に名を馳せる栄光を求めて。

「うおおおおおおおお!」
 
 ゲボでも吐きそうな勢いで、ルシフェンはダンジョンモンスターをバッタバッタと斬りまくる。

 ある程度の道を切り開いた後は、ノルンの爆裂魔法で後続の軍勢を一掃する。

 それを繰り返しながら、ルシフェンたちは恐るべき速度でS級ダンジョンの奥深くまで潜っていった。

 普段ならこのような無茶な攻略なんてしない。だが、タナトがルシフェンに攻撃力上昇魔法と防御魔法を投げてくれるおかげで、いつもよりも無茶が効いた。

 ちょっと辛い。いやかなり辛い。ルナの複製スキルに頼り切っていたせいで、ルシフェンたちの身体は鈍ってしまったらしい。明日はきっと久しぶりの筋肉痛だ。

 疲労を感じるたびに、ルシフェンはルナのスキルの偉大さを噛みしめていた。

 あんなに強いスキルを持つルナをパーティから解放できてよかった。こんなハリボテパーティで才能を潰すよりずっといい。ルナはもっと自由であるべきだ。
 
 そのためにも、嘘を貫き通す!

「おおおお……らああああああ!」

 ルシフェンは身の丈に迫るバトルアックスを横一文にぶん回し、モンスターの群れごと胴体を分断した。

 積み上がった骸の先には、S級ダンジョンの最奥を示す巨大な扉が鎮座していた。

 いよいよダンジョンボスだ。

 ボスさえ倒してしまえば、このダンジョンからの魔力放出が抑えられ、モンスターが外に溢れて街を滅ぼすことはなくなる。初クリアの栄誉を手に入れた冒険者は、近隣の街から報奨金が渡され、その名を世に轟かせることになるだろう。

 しかしボスの強さは並大抵ではない。あの扉の先に待ち受けるのは、死か、勝利か。

 ルシフェンは扉の継ぎ目に手を添え、ぐっと腰を低くした。しばらく両手で扉に触れると、人間の生命反応を感知した扉が自動で開き始める。

 扉の向こうは、深淵のように黒一色だった。音もなく、ただ廃墟特有のカビ臭い香りが鼻を掠める。

 荒く息を整えながら、ルシフェンは一歩奥へと足を踏み入れる。

 すると、闇の奥で何かが動いた。

 もう一歩、二歩と進み出る。

  突然、四方の壁から青い火の玉が吹き上がった。人間の頭サイズの火の玉はブーメランのように弧を描き、闇に溶け込んでいた天井のシャンデリアの上で激しく弾け飛んだ。

 ゆらり、とシャンデリアの青い光に照らされたのは、廃墟と化した豪邸のダンスホールだった。

 その中心には、巨大な角を生やした骸骨が、黒い襞襟はたえりをはためかせながらルシフェンたちを睥睨していた。

 アンデッド系モンスターの最上位、キングリッチ。魔法防御、魔法攻撃に特化した分、物理攻撃に弱い。しかし接近して剣を当てるのは至難だ。

 S級ダンジョンのボスは、本来なら二十人前後の冒険者で立ち向かわねばならないほどの強大さだ。四人で挑むのはどう考えても無謀である。

 だが──。
 
「はああああああああ!」
 
 ノルンが鋭い裂帛をあげ、初手で最大出力の獄炎魔法を叩き込む。

 キングリッチがノルンのあまりの迫力に怯んだ瞬間、ルシフェンは獄炎魔法を追いかけるように特攻した。

 キングリッチの体長はおよそ五メートル。魔法の杖も比例して長く、そのリーチを掻い潜って仕留めるには、初見で最大火力をぶち当てるしかない。

「うおおおおおおお!」

 ノルンの獄炎魔法がキングリッチの防御魔法に着弾した瞬間、ルシフェンは炎を飛び越えながら肉薄する。

 キングリッチは慌てて杖を振りかぶり、コンマ数秒でルシフェンの心臓に狙いを定めた。禍々しい光が杖の先端に収束し、目にも止まらぬ速度で闇のビームを解き放つ。

 空中にいるルシフェンは、バトルアックスで重心を揺らし、無理やり急所から攻撃を外した。闇のビームはルシフェンの右わき腹に直撃し、その衝撃で吹き飛ばされそうになった。だが、タナトの防御魔法と治癒魔法で歯を食いしばって耐え抜く。

 キングリッチが最強たる所以は、放つ魔法全てに死の呪いが付与されている点にある。魔法が肉を抉った瞬間、その部位から呪いが全身に広がり、心臓に到達した直後に即死する。

 今回も例外ではなく、ルシフェンの傷口から死の呪いが侵食を開始した。

 放置すれば死ぬ。

 だが、残り五秒でキングリッチを殺せば解呪できるので問題ない。

「うおおおああああああッ!!」

 激痛を吹き飛ばすようにルシフェンが怒号を上げると、キングリッチの眼窩から動揺の気配がした。死の呪いに屈しないルシフェンにドン引きしているのか。それとも、目の前のモンスターよりもっと別のことに怯えている三人の形相に驚愕しているのか。

「待っていろおおお! ルナアアアアア! 俺たちは、絶対! 勝ってみせるうう!!!」

 キングリッチが見せた一瞬の隙。
 スキルを発動すると同時に、ルシフェンのバトルアックスが赤い閃光を解き放つ。

 ――亜空断絶。

 空間ごと切り裂く、防御不可能の斬撃だ。ルシフェンが持つ前衛スキルの中でも最高火力の技が、轟音を上げてダンスホールを吹き散らした。

 バトルアックスの刃がキングリッチの巨木のような太い首に食い込む。一瞬の抵抗の後、骨の首が軽々と斬り飛ばされた。

 ごろん、と頭蓋が床の上を転がり、残された胴体が膝からうつ伏せに倒れていく。

 数秒後、キングリッチは黒い塵となって消滅した。

「や、やったぞ……」

 ルシフェンは呆然と呟いた後、三人同時に大きく息を吸い込み、各々の武器を高々と天へ掲げた。

「「「わああああああああ!」」」

 パーティ全員の魂の咆哮が、残響を引きながらダンジョンの天井へ吸い込まれる。

 歴史的快挙だ。初見のS級ダンジョンを、たった一日でクリアしてしまったのだ。過去のS級ダンジョン最速クリアタイムが二か月と十日間だったのだから、これがどれほどの偉業か語るまでもない。

 ひとしきり騒ぎ終えた後、ルシフェンたちは燃え尽きたように大の字で寝転がった。

 もう思い残すことはない。これで胸を張ってルナを独り立ちさせることができる。ルナがいなくとも、Sランクパーティとして成果を上げたのだから、彼女が心配することはもう何もない。

「やったぞ。ルナ……」

 満足そうに笑っていた矢先、ノルンが急に黙り込んで、深刻な声色を発した。

「……待ってルシフェン。私たち、勝っちゃだめじゃないかしら?」
「…………え?」
「ここは私たちでピンチを演出して、ルナに助けてもらった方が良かったのではないかしら」
「ウチも思った。やっぱここは『ルナを追放するんじゃなかったー』って、ウチらが後悔する姿を見せつけて、ルナにスカッとしてもらうところじゃん。でしょ?」
「あいつは俺たちが後悔する姿を見てスカッとしない!」

 ルシフェンはくわっと目を見開きながら飛び起きたが、先に起き上がっていたタナトに軽い平手打ちをされた。

「ルナを追放したリーダーが、分かったような口聞かないで」
「ご、ごめぇん……」
「こら、タナトちゃん。もっと強く叩いてあげなさい!」
「ノルン!? 俺はサンドバックじゃないぞ!?」

 突然の裏切りにルシフェンが叫ぶと、許可があったからと言わんばかりにタナトからもう一発平手打ちされた。ルシフェンは乙女のように頬を押さえながら咽び泣いた。

「それでルシフェン。どうしましょう。私たちクリアしちゃったけれど……」
「どうってそりゃ、逃げるしか……」

 話している途中で、がやがやと大勢の気配がボス部屋に近づいてきた。

「や、やばい! もう来やがったぞ!?」
「そりゃモンスター皆殺しにしたからね。来る方はスムーズだよ」

 タナトの冷静なツッコミと同時に、ボス部屋の扉が開かれ、スヴァロウ率いる冒険者たちがなだれ込んでくる。

 冒険者たちは冷や汗を掻きながら部屋をじっくりと見渡した後、床に座り込んだルシフェンたちを発見して目を見開いた。
 
「すげぇ。誰もクリアできなかったダンジョンを、たった三人で……」

 消えたダンジョンボスと、残されたルシフェンたち。

 この状態はどう見ても「ルナがいなくともクリアできる」という証明にしかならない。

 そして、一縷の望みをかけてルシフェンたちを追いかけてきたルナは、ばっちりとその光景を目に収めてしまった。

「「「あっ」」」

 ルシフェンたちはルナと目が合うや、間抜けな声を漏らしてよろよろと立ち上がった。

「る、ルナ……これはその……だな……」
「ルナちゃん。た、たまたま、本当にたまたまなのよ?」
「そうなのルナ。これにはちゃんと訳があるの……」
 
 三人が声をかけると、ルナは一度顔を伏せ──美しい泣き笑いを見せた。

「リーダー……いえ、ルシフェンさん。お二人も……いままで、お世話になりました……!」
「待って、ルナちゃん!」

 ノルンが引き止めようと駆け出すが、ルナは深く頭を下げた後、勢いよくそこから逃げ去ってしまった。

 それでも諦めずにノルンは追いかけようとするが、魔力を全て使い切った身体はすでに限界を迎えており、途中で転んでしまった。
 
 顔から勢いよく地面に衝突したノルンに、冒険者の先頭にいたスヴァロウが慌てて駆け寄った。

「ノルンちゃん、大丈夫かい!?」
「だ、だいじょうぶよ……うぅ、ルナ、ごめんねぇ……」

 ノルンはそのまま泣いてしまい、タナトも杖を握りしめながら子供のように号泣してしまった。

 ルシフェンはタナトを慰めながら、悔しそうに拳を握りしめる。

「おいルシフェン。何か事情があるみたいだな」
「スヴァロウ、実は……」

 かくかくしかじか、とルキフェンが事情を話した瞬間、冒険者たちの態度が豹変した。
 
「バカじゃねーの……いや、バカじゃねーの!?」
「早くあいつを追いかけてこい!」
「ルカちゃんを泣かせやがってこの馬鹿リーダーが!」
「ほら、エクストラポーションだ! これで魔力も疲労も全部回復するよ! あとできっちり返してもらうからね!」
「ふえぇ、皆ごめぇん……」

 ルシフェンはヨボヨボと泣きながら人数分のエクストラポーションを受け取り、三人でぐびっと一気飲みした。七色に輝く液体は食欲を減衰させるほど不気味だったが、口の中に広がった風味は安物ポーションより遥かに美味しかった。ではどんな味に似ているかと聞かれると、脳裏に今まで味わった数々の甘味が過ぎってしまい、とても言葉で言い表せない。強いていうならミックスジュースだろうか。

 口の中から味が消えると、臍の中心から身体の末端にかけて、じんわりと熱が広がっていった。今ならキングリッチともう一度戦えそうな気がする。

 ふうっと息を吐きながら、ルシフェンはぐるりと肩をほぐす。

「けど、ルナの足じゃもうダンジョンの外に出てしまっただろうな。今から探すのは骨が折れる……」
「ふふふふふ……」

 唐突に、全身から魔力のオーラを放ちながらタナトが低く笑い出した。

「リーダー。ウチの魔法ならルナを追いかけられる。あとはウチに任せて」
「え? でも追跡魔法ってアサシン系の職業じゃないと使えないんじゃ?」
「見てて……治癒士式、追跡魔法!」

 タナトは両手を前に突き出し、くるくると杖を高速で回しながら魔方陣を描き出した。魔法に精通しているノルンでさえ見たことのない陣だったらしく、わなわなと震えながら彼女は後ずさった。

「た、タナトちゃん? いつのまにそんなスキルを?」
「これで四六時中、ルナの居場所を把握してた。だから絶対見失わない。ウチに任せればオールおっけい」
「え、ちょっと、ねえ、不安しかないわ。四六時中ってなに? 三ヶ月ぐらい前に私、ルナからストーカー被害の相談を受けたことがあったのだけれど、まさか、犯人ってタナトちゃ──」
「早く行くよ、二人とも。待っててねルナ。私が絶対死なせないから。来世までずっと一緒だよ!」
「うわこわいこわいこわいこわい!」
 
 ルシフェンは涙目になりながらタナトから距離を取るが、拘束魔法で即座に捕らえられ、馬に引きずられるようにして攫われていった。

「ああああぁぁぁぁぁ!」

 ルシフェンの絶叫が遠のいていったあと、取り残されたスヴァロウたち冒険者は心底呆れ返った。
 
「ったく、遠回りな奴らだなぁ」
「あいつらと友達のスヴァロウさんもどうかと思うっすねぇ……」

 冒険者たちは顔を見合わせた後、誰からともなく帰宅準備を始めた。

 一応、ルシフェンの友人であるスヴァロウは、放置されたままのボス部屋の宝箱を開けて、貴重な財宝を取り出しておいた。ダンジョンをクリアした証拠をむざむざ置いていくなんて、全く、冒険者の風上にも置けない。

 いや、とスヴァロウは思い直す。

 ルシフェンたちにとって、冒険者の栄誉よりももっと大事なものがあった。そんなに大事なものなら、最初からずっと一緒にいればいいものを。

「さぁて、あいつらが帰ってきたら報奨金で盛大に奢ってもらおうかね」

 スヴァロウは持ってきていた長い布でお宝を丁寧に包むと、他の冒険者に続いてゆったり帰路についた。
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