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第三章 柴イヌ、出世する

第四十八話 出世しました!

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「控え、控えおろうっ。Sランク冒険者様のお通りである! おい、そこの警備員っ、道をあけよ、無礼であるぞよ!」

「ちょっとリリアン、やりすぎよ! これじゃあコテツさんの評判がかえって悪くなっちゃうでしょっ!」

「どこがやりすぎだ、モニカはもう忘れたのか? 我々がこのギルド本部からうけた屈辱をっ! こんなやつらは踏みつけてやればいいんだ!」

「はぁ、それにしてもそんな笠に着る様な真似はみっともないわよ……」

 おネエさま捕縛作戦を成功させてギルド本部に戻ったオレは、何だか急にみんながフレンドリーになっていて驚きました。
 それがちょうど三日前の話です。パフさんが教えてくれたところによると、オレは良いイヌだと認められたからだそうです。

 なので良いイヌのお友だちのリリアンさんとモニカさんも、良い人だと認めてもらえたのでした。
 ただご主人様はまだ悪い人のままだそうで、しかもオレはもうご主人様の飼いイヌではないと決めつけられたのにはイラッとしましたね。

 けどまあ誰が何と言おうがどうでもいいのです。オレがご主人様の飼いイヌであることは間違いないのですから。

「それにしてもコテツ殿は流石ですな! 満場一致でSランク昇格、しかもBランクから一気の昇格は冒険者ギルド始まって以来の快挙ですよ! レーガン殿の強い推しがあったとは言え、ギルド本部のお偉方を黙らせての出世はお見事でした!」

 そうでした、オレはなぜだかSランカーに出世してしまったんです。
 でもこれでリリアンさんと一緒に特別依頼を受けられるので、オレはとっても嬉しいです!

「けどリリアン、喜んでばかりじゃいられないわよ? レーガン様が無理を通してコテツさんをSランクにしたのも、この先にある難しい依頼の数々にコテツさんを利用したいからなんだから」

「なアに、コテツ殿だったらどんな依頼でも余裕でやってのけるさ! あ、でもコテツ殿、その際にはこのAランカーのリリアンめのこともお忘れなく! 必ずやお役に立ちますのでっ」

「もちろんですよリリアンさん。よろしくお願いしますっ!」

 リリアンさんは冒険者に戻れ、モニカさんも支部長様に戻れました。これで二人の困り事はなくなったそうです。
 頑張っておネエさまを捕まえに行って良かったです。オレもホッとしました。

「そういえばモニカ。お前は支部長に戻れただけでなく、なんだか恩赦とか貰ってAランク冒険者の身分が復活したそうじゃないか。これで堂々とまた一緒に冒険できるな!」

「そうなのよ。でもなんかあの吹雪の中の遭難を経験した今では、もうド田舎のタリガの町の支部長なんかやりたくないのよね……。二足の草鞋を履くのも大変だし」

「じゃあ冒険者一本でいくのか?」

「悩みどころよねえ。コテツさんの妻としての二足の草鞋なら喜んで履きますけどっ! うふん」

「なんでいきなりそんな話になるんだよっ! お前がコテツさんの妻とかあり得ないだろがッ!」

「あら? 人妻のリリアンよりはあり得る話ですけど? オホホ」

「くっ、コイツぶった斬りたいッ!」

 やっぱり落ち着きますねえ、いつも通りの明るい二人と一緒にいるのは。オレはこの二人といるのが大好きです。

 ところでオレたちはもうこんなところに用はないので早く帰りたいのですが、なかなか帰してもらえないのです。
 というのも、おネエさまの取り調べというのにオレも参加しなければならないらしくて……。面倒なのでイヤだと断ったのですが、パフさんにまでお願いされてしまっては仕方ありません。

 大事なお友だちからお願いされたら、断るわけにはいきませんからね!
 なので、今もその取り調べをしている部屋へと向かっているところなのでした。

 おや? 部屋の前にパフさんがいますね。オレを待っていてくれたのでしょうか?

「あっ、コテッちん! もう遅いよお、待ちくたびれちゃったよお」

 笑顔で手を振るパフさんにオレは返事をしようとしたのですが、それより早くにモニカさんが返事をしました。
 ちょっぴり不機嫌そうなのはオレの気のせいでしょうか?

「遅い事は無いはずですわ。私たちは時間通りに参りましまので」

「えっと、モニカさんだっけ? そうかもだけど、あたいはコテッちんと早く会いたかったの。ただそれだけの話だよん」

「そうだったんですか。オレもパフさんと早く会いたかったですよ!」

「コテッちん! だよねーっ!」

 パフさんは嬉しそうにしてオレの腕に自分の腕を巻きつけてきました。仲良しのお友だちのする愛情表現ですね!

 だけど。一緒にいるモニカさんとリリアンさんからは、何とも言えない不穏な匂いがしてきたのですが……
 うーん、オレの気のせいでしょうか?

「お、おいモニカ……。このやけにコテツ殿と親しげで可憐な美少女は誰だ!? とってもジェラシーを感じるのだが……」

「ボルトミ捕縛作戦にコテツさんと共に参加していたSランカーのパフさんですわ……。正直言って強敵ですわよ」

「き、強敵……!」

「ねねっコテッちん、部屋に入いろ? もうみんな部屋の中で待ってるよお」

「そうですね! ではリリアンさんとモニカさん、行ってきます」

 オレはパフさんと一緒に部屋のドアを開けようとしました。するとリリアンさんに呼び止められたのです。

「お、お待ち下さいコテツ殿っ! そちらの女性とは一体どの様なご関係で!?」

「パフさんですか? パフさんはオレのお友だちです」

「お友だちと言いますと。そ、それはまさかクンカクンカなさったお友だちとか!?」

「はい! クンカクンカしました!」

「げえっ!!」

「は、恥ずかしいよおコテッちん!」

 なにを驚いているのでしょうかリリアンさんは。それにとても動揺した匂いをさせています。

「だ、だから言ったでしょリリアン。おの娘は強敵だって……」

「う、うむ……。確かにそのようだなモニカ。ってことは! ま、まさかコテツ殿。ぺ、ペロペロもっ!?」

「はい、お友だちなので当然です!」

「げげえっ!!」

「だ、駄目だよお、コテッちん! そんなこと他人に話すことじゃないよお」

「ちょっ、ちょっとお待ちなさいパフさん! 他人とは聞き捨てなりませんわね。私たちは貴女より先にコテツさんとはクンカクンカした仲ですの。しかも恋人関係でもありますわ!」

「そ、そうだぞっ、モニカの言う通りだ! しかも私たちだってペロペロする仲なんだからなっ!」

「えっ!? なにそれ? どういう事なのコテッちん!?」

 今度はパフさんが動揺した匂いをさせていますね。一体これは何事なのでしょうか?

「リリアンさんとモニカさんとはお友だちなので、お友だちのパフさんと同じように仲良しなんですよ!」

「で、でもモニカさんが恋人関係だって言ってるよお?」

「恋人が何なのかよくわかりませんが、リリアンさんとモニカさんが恋人ならパフさんも恋人です!」

「あ、あたい……。よく分かんないよお」

 むう。オレにもこの場に満たされている不穏で動揺した匂いの意味がわかりません。

 と、その時。部屋のドアが開いて中からバウワーさんが顔を半分出しました。

「おいレーガン、これが噂に聞く修羅場ってやつか? 俺は初めて見るぜ」

「あー、まあ、そうだねえ……」

「だからパフにはあれほど注意するようにと言ったのですっ。この女たらしはまったく手に負えませんわッ! だいたい何で私が傍観している側なのか……」

「ごっつぁんです!」

 レーガンさんとミネルバさん、それにごっつぁんですさんまでドアの隙間からオレたちを覗いていますね。

「あー、コテツ君。とりあえずボルトミの取り調べを始めたいのだが、いいかね?」

「はい、もちろんです!」

「ではリリアン、私たちもお邪魔にならないように帰りましょうか」

「えっモニカ、このまま帰っていいのか? パフ殿とはきっちり話をつけておくべきじゃないのか?」

「それはまた後日に。それでよろしいですわよねパフさん?」

「う、うん。あたいはそれでいいよお」

 リリアンさんとモニカさん、それにパフさんの三人が、一斉にオレを見ています。なんだかとても恐いんですけど……
 これも気のせいでしょうか? いやっ、絶対に気のせいじゃありませんねッ!

 しかもパフさんが涙目になってかなりションポリしています。
 なぜだかわかりませんが心が痛みますね。それに心配です。

「パフさん、元気ありませんがどうしたのですか?」

「全部コテッちんのせいじゃんっ! コテッちんなんかキライッ!」

 がーん。わけがわからないままパフさんに嫌われてしまいましたっ!
 嫌われる心当たりがないんですけど……

 その後、オレとパフさんはションポリしたままおネエさまの取り調べに参加したのです。オレとしてはそんなことよりパフさんのご機嫌をとりたいのですが。
 やけに元気なおネエさまが何となくムカつきますね!

「もうっ、ホンとしつこいわ~ぁ。何度訊かれても同じ答えしかないわよぉ! アタシだっていつの間にかドッグランとかいう組織の一員になってて、ビックリしたくらいなんだからぁ。だから今でも全然ドッグランについては分からないのよぉ」

「じゃあお前の元いた組織ヒゲオトメは、なんでドッグランに吸収されたんだ?」

「さぁ? アタシはホムンクルスの研究に忙しかったからぁ、ママがドッグランに恭順した理由を知らないのよぉ。あ、ママって言うのはヒゲオトメの首領のことよぉ。って、レーガンちゃんならそれくらい知ってるわよねぇ、ウフフ」

「うむ、今はドッグランの幹部だという情報が入っているよ」

「それなのよぉ。なんかぁドン・キモオタにべったりらしいのよねぇ。アタシもママもレーガンちゃんみたいな渋い中年男が好みなんだけどぉ、キモオタってデブのブサメンじゃない? 色恋でママがドン・キモオタに落とされたとは思えないしぃ、不思議よねぇ」

「しかしお前はコテツ君に見せられたドン・キモオタの似顔絵をみて、知らないと答えたそうだな? それは何故だね」

「あらやだ、ボスのことを嗅ぎ回っている人に、知ってるなんて言うはずないじゃない! あっ、コテツちゃんは人間じゃなくて犬だそうだけど! だから嗅ぎ回っていたのかしら? アハハ、ウケるぅ」

「まあ、筋は通っているね……」

 なにがおかしくておネエさまは笑っているのでしょうか?
 なんかイヌが馬鹿にされているような気がしてイラッとしますね!

「とは言ってもぉアタシ、ドン・キモオタに会った事なんて一度しかないのよぉ。研究予算の増額をお願いした時なんだけどぉ、なんか悪の最強軍団を作るって言ったら予算が大幅削減されたのぉ! あり得なくない? だからダメ元で人類の発展のための研究だって嘘の説得したんだけどぉ、それなら予算を増額してくれるって言うのよぉ。あの首領、アタマおかしいと思わない?」

 えっ!? おネエさまはご主人様に会ったことがあるのですかっ?
 じゃあ今どこにいるのかもご存知なのでしょうか!?

「おネエさまッ! ご主人様がいまどこにいるのか知っているのですかっ!? 知っているなら教えてくださいッ!」

 オレはいままでで一番速く動いたんだと思います。
 この場の誰もがオレが動いたことにさえ気づかないまま、おネエさまの肩を揺するオレを見て呆気にとられていたのですから。
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