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第2話
晨星はほろほろと落ち落ちて 第三幕
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「そろそろ到着するんよ」
馬車を走らせて4日目の朝。
快調に馬車を走らせていたおかげで、ようやく目的地が間際に近づいたと御者のエル。
「……もうじき、私の故郷が」
そんな言葉を述べながら、緊張の面持ちでいるポムカ。
しかし、それも無理からぬこと。
今向かっているその場所は自身にトラウマを植え付け、あまつさえその原因を作った何かが存在するかも知れない場所なのだから、もしもトラウマが再燃してしまったらと考え落ち着いていられないのは当然だろう。
あるいは久々の帰郷にどこか感じることがあるのか……おそらくはその両方と思われる感情で今のポムカの心はざわめき立ってた。
「でも、本当にそれでうまくいくのかな?」
そんなポムカを他所に、ナーセルはポムカを心配するように言葉を述べるがルーザー。
「別に今回でどうにかなるとは思ってねぇよ。ただ、そのトラウマが過去に関係してんなら、一度過去を見に行っといた方がいいと思っただけでな。それでうまくいきゃ御の字。ダメなら久々の故郷帰りってことにすりゃいいしな」
話を聞く限り、ポムカは故郷に帰ったことがなかったんだろうとも。
「なるほど。それでポムっちの故郷に、って……」
「ああ」
「意外と考えてるのね。脳筋の癖に……」
「意外とは心外な。脳筋は否定しないが」
なにせ勇者と呼ばれていた時代も言われていたしな、とはルーザーの心の声。
「いや、否定しなさいよ……」
ついいつもの調子でルーザーを弄ってみせたポムカだったが、そのいつもの振る舞いがありがたいとその表情はどこか安らぎを見せている。
「……でも、びっくりなんよ。まさか、ポムちゃんの外出許可が下りるやなんて」
「そういえば~、そうですよね~。あんなことしちゃったポムちゃんを~、すんなり出してもらえるなんて~」
「思わなかった、ね」
「だね~」
実はルーザーの言葉に賛同したナーセルたちではあったが、ポムカは一応謹慎中の身とあって、外出許可は下りないと半ば諦めてもいたのだが、いざ話をしてみるとアッサリ許可が下りたということで、皆その意外さに改めて驚いているという訳だ。
「本当あの後、何か特別なことはなかったの?」
あの後とは、ポムカに彼女のトラウマについて尋ねていた時のこと。
話を聞き終えルーザーが故郷帰りの提案をしていると、ちょうどというタイミングで彼らのもとに大樹海での件を聞こうとルーザーが目を覚ましたと聞いたクゴットたちがやってきていたのだった。
これはその時のルーザーのやりとり。
「……だ~か~ら~。結局、その男のことは知らねぇっての」
謹慎室の上にある学長室。
豪華さを感じさせながらも決して派手には見せない色調の家具が設えられた一室にて、クゴットたち数名の教師に囲まれながら、ルーザーは森での事件への自身の関与を否定していた。
何故、否定していたかと言われれば、それは以前にも語った通り自身が元勇者であるとバレないためにできる限り目立ちたくはないと思っているからだ。
下手に目立つことで自分の名前や顔が世間に広まり、自身の過去を知っている人間に気付かれると厄介なことになると感じているからだ。
「嘘吐け。お前が倒れていたそばに、男の物と思われるマントが見つかってるんだ。無関係な訳あるか」
実はあの後、すぐに気を失ってしまったルーザーには証拠隠滅のチャンスはなく(強いて言えば受け取ったペンダントを懐に隠す程度)、まだ森に誰か残っていないかと教師たちが探し回ったことで見つかったのがルーザーだったが、その傍らにはまさしく男が着用していたと思しきマントが残ってしまっていたのだった。
「し、知らねぇって。風で飛んできたんじゃねぇのか?」
「たまたま、お前の所に飛んできただと?」
明後日の方向を見つめながら素知らぬ顔を決め込むルーザー。
正直、この言い訳は苦しいと言わざるを得ないのだが……実は教師たちは教師たちでこれ以上ルーザーを追い詰められない理由があった。
それは……本当にマントしか見つかっていなかったことだ。
男の死体が風化したのはルーザーの知る所だが、教師たちの知らないこと。
そのため何故マントしか残っていないのかの見当が付かず、本当に風で飛んできた可能性が拭えなかったのだ。
ルーザーが死体を埋めたにしては何故マントを残したのか?
埋葬するというのなら普通は衣服ごとするはず――といった具合で。
そのため、いまいち要領を得ないルーザーの発言も、こうして教師たちは困惑することしかできないでいた。
「……あのなぁ。別に俺たちはお前を責めようとか、そういうつもりはなくてだな。結局今回の件は何だったのかを知りたいだけで……」
「だ~か~ら~。それは俺だって知らんっての。結局、俺もよくわかんなかったし」
それは確かにそうだろう。
事件の首謀者アルクウの目的、それは聞き及んではいる。
しかし、そんな彼に力を与えたというトゥスリフという人物、その目論見。
そして何より、真技改装という謎の力。
それがルーザーにもわからないし、できることなら目立ちたくはないと、ルーザーはこんな態度だったのである。
……おそらく、教師たちが聞きたいのはそういうことではないのであろうが。
「お前なぁ……」
「……まぁまぁ。そのくらいで良いでしょう」
こうして、話が一歩も進まない中、この会話に割って入ってきたのは老齢の女性だった。
「どうやら彼は知らないようですし、これ以上の話は必要ないでしょう」
「マフリィ殿……しかしですね」
彼女の言葉にやはり納得がいかないといった顔のクゴット。
ただ、どこかその態度は強いものではなく遠慮したものであり、彼女の顔色を窺うように言葉を告げている。
「ルーザー君、でしたかな?」
「ああ」
「本当にあなたは何も知らないのですね?」
「そうだな。少なくとも俺はあいつ……黒幕のことは何も知らねぇよ」
実際にルーザーが知っていることといえば、貴族を恨んでいるということと、立派な主を持っていたということぐらい。
後は約束のことだが、これは事件には関係ないので、やはり知っていることは少ないと言える。
……何度も言うが、きっと教師たちはそういう意図で聞いた訳では無いのだろうが。
「そうですか。……では、彼は何も知らない。そして、黒幕はどなたかが倒された、ということで。話はお開きといたしましょう。これ以上、彼に聞いても何もわかることは無さそうですしね」
言うなれば何もわかっていないに等しい話合い。
完全に知りたいことを知れない結末ではあったのだが……。
「……承知しました」
あなたがそう仰るのならといった具合のクゴット、及び教師陣。
しかも、あのデクマでさえ仕方ないといったようにこの決着を受け入れたのであった。
しかし、それもそのはず。
なにせマフリィはこの魔術学校の学長である以上に、クゴットたちがこの魔術学校の生徒だった時から学長を務めている相手であり、彼女は全てを見通すと謳われるほどの大魔術師とも名高いために、彼女の言葉ならと彼らは彼女の言葉を受け入れていたのであった。
……ちなみに、彼女は300年以上ここの学長を務めていると噂だが、それについてはまた今度言及するとしよう。
「では、皆さんは怪我の回復にお努めを。どのみち新入生の子たちへの授業はしばらくは休みにせざるを得ませんので」
今回の事件にて多くの死傷者が出たのは以前話した通りだが、その治療や今回の件で魔術学校を辞めてしまった生徒も多く、そのため傷だけではなく心のケアも必要だと、しばらくの間は新入生のみ休暇が言い渡されていたりする。
そのため、教師たちも怪我の治療に専念できる訳だ。
こうして、話し合いが終わったと部屋から出ていこうとした教師たちだったが、「……あぁ、そうそう」とルーザーが口にしたことで再び歩みを止めていた。
「何か?」
「ついでと言っちゃなんだが……ポムカの故郷に行きたくてな。あいつを謹慎室から出してくんね?」
「あいつを外に出すだと?!」
ルーザーの発言に眉根を吊り上げるデクマ。
「流石にそれは聞けない話だ。彼女から聞いただろう? お前がいなくなった後の彼女の振る舞いを」
クゴットの言葉、それはルーザーもエルや本人からしっかりと聞かされた話。
燃え上がる猪を見て過去のトラウマを思い出し、暴走してしまったことで森だけでなくクゴットやデクマにも大火傷させてしまったということ。
実際、今ここにいるデクマは右腕と右足をギプスで固定されており、1人で歩けないと車いすでの移動を余儀なくされているし、クゴットもまた顔の左側を包帯で覆っており、痛々しいまでの火傷の痕が刻まれたのだと理解ができた。
「またいつ暴れるかどうかもわからない者を外に出すなど……」
「そうだ! あいつのせいでオレはこんな怪我を負わされて……」
「それは、お前が弱いからそうなってんだろう?」
「なにっ!? ……つっ!!」
ルーザーの言葉に立ち上がろうとしたデクマだったが、すぐさま右半身の痛みに襲われ車いすに座ってしまう。
「デクマ、大人しくしてろ」
「だがこいつが!!」
同僚の教師に諭されるも、納得できないとデクマ。
「俺だったらもっとちゃんと抑えられてたっての」
「貴様……」
「そもそも、黒幕相手に手も足も出なかったような奴と俺を一緒にすんなよな」
「確か、お前もその黒幕に負けたという話だったが?」
「……え? ……あ、あぁ……そういやそうだったかもな~」
正確には知らないの一点張りではあったが、結末も知らないとなればそれは負けたも等しいのは当然のことだ。
「貴様はさっきから何を言ってんだ!?」
すっとぼけるルーザーに、怒り心頭といった具合のデクマ。
……当然っちゃ当然だが。
その様相は一触即発と言わんばかりに空気を悪くしているのだが、何故か学長はそのやりとりを見てクスクスと笑っており……。
「……いいでしょう。彼女の解放を認めます」
と、ポムカの謹慎を解くとまで決めてしまう。
「なっ!?」
「よ、よろしいのですか!? マフリィ殿」
「ええ。……ですが、一つ条件があります」
「条件?」
「必ずあなたが彼女のそばにいること。もし、また被害が出ようものなら責任はルーザー君、あなたが取る事。それを承諾するというのなら……」
「ああ、勿論それでいいぜ」
「学長殿!」
「クゴット君。あなたの気持ちもわかります。……ですが、彼なら問題ありません。それは私が保証いたしましょう」
胸に手を当て何故かルーザーを信頼する旨を述べたマフリィ。
「何故、そこまでこいつのことを……」
「さて。どうしてでしょうね?」
マフリィのその温容な笑みにルーザーは首を傾げるも、ジッと彼女を見つめていたクゴットは「……わかりました」と諦めるように受け入れるのであった。
「おい、いいのか! クゴット!」
「マフリィ殿がそう言うのだ。我々には理解し得ない何かがこいつにはあるのだろうさ」
「それはそうかも知れんが……」
クゴットの言葉にいまいち受け入れがたいとデクマ。
しかし、それでもどちらかと言えば脳筋派のデクマでさえ、その言葉に一定の理解を示しているのはやはりマフリィという人間がなせるところなのだろう。
「い、いや~? そんなもんねぇと思うけどな~?」
一方で、元王国を救った勇者はこのように宣っていたが、マフリィとは違って誰一人この言葉を信じる者はいなかった。
「ふふっ。では、これで話はお開きです。皆さん、しばらくは英気を養ってくださいね。特にクゴット君とデクマ君は」
「はい……」
「……承知しました」
「……ってなことがあって、婆さんが許可してくれたんだよ」
「婆さんって、学長のことよね? そんな人を婆さん呼ばわりって……」
相手が誰であれいつもと同じ調子で接するルーザーに呆れるポムカを他所に、「でも~、不思議な話ですよね~?」とフニン。
これにはルーザーも同意せざるを得ないのだが、彼の場合は面倒なことにならなくてラッキーぐらいにしか思っていないので、特に深刻に考えてはいなかったりする。
「もしかし、て、学長と、知り合い、だったり?」
「いや? そんなことはねぇはずなんだけどな~?」
……などと言ってはいるが、これは本人が忘れているだけで実はそんなことあったりするのだが、それが判明するのはもっと後なのでここでは割愛します。
「……でも、ルザっち。本当に黒幕やっつけてないの?」
「それは~、気になります~」
「あ、当たり前だろ? 教師の奴らが勝てなかった相手に俺が勝てる訳……「嘘ね」「嘘やね」なっ!?」
適当に流そうとしていたルーザーに、よく知っていると自負している2人が間髪入れずに否定する。
「ルーザー君が負けるなんてことあり得んのよ。実際、牛頭の人の攻撃食らいやっても倒れてなーやったし」
「いや、あれはたまたまっていうか……そう! あのダメージのせいであの後、気を失って……」
「嘘言いなさい。大怪我しても寝たらすぐ治るとか言って、本当にすぐ治す癖に。そもそも、人狩りだのなんだのと1人でやり合ってるってのに、よくもまぁそんなこといけしゃあしゃあと」
「ぐっ……」
確かに、今までの振る舞いを見れば何か隠していることは明白だった。
そしてそれは、いつも共に魔獣狩りに出かけ、そばでルーザーの強さを見続けていた2人だからこそ、確信めいた実感があった。
「……まぁ? どうせ自分が倒したなんて言ったら、周りが騒いで色々面倒とかって理由で、自分じゃないってことにしてんじゃないの?」
「がっ!?」
これは正解。
騒ぎになって自分の正体がバレたらマズイと思っているからだ。
「いやいや。ルーザー君のことやし、大したことやない言うて、周りが騒がしくなるんを面倒がってるだけなんよ」
「ぐぃっ?!」
これもちょっとは正解。
実際あの後、助けられた子たちから既にお礼を言われているが本人はお礼を言われるようなことではないと思っており、人が集まらないよう避けている節はあるからだ。
「それはありそうね。……どうせこの後も、なんだかんだ言って首突っ込む癖に、その度に自分じゃないって言い張るつもりなのかしらね? あなたってば」
「ぐふっ!?」
これはこの男の本質。
勇者は見返りを求めないと言われているように、この男は助けられる相手はつい誰であれ助けてしまうのだから。
こうして、もはや何も言えなくなったとルーザーにナーセル。
「……ルザっち、もう諦めて吐いちゃいなよ?」
「そうですね~」
「もう誰も、君の言葉、信じてな、い」
「ぐぐぐぐっ?!」
ナーセルの言葉を後押しするようにフニンやルーレも言葉を述べつつ、ジトッとした目でルーザーを見つめ始めたポムカたち。
そうして、何を言おうか、でも何も言えないといった相貌をしばらくの間、続けていたルーザーだったが……
「そ、それはお前らの感想だろう?」
どう考えても何かを誤魔化そうという気満々の言葉を述べるのであった。
「「「「「……ハァ~」」」」」
馬車を走らせて4日目の朝。
快調に馬車を走らせていたおかげで、ようやく目的地が間際に近づいたと御者のエル。
「……もうじき、私の故郷が」
そんな言葉を述べながら、緊張の面持ちでいるポムカ。
しかし、それも無理からぬこと。
今向かっているその場所は自身にトラウマを植え付け、あまつさえその原因を作った何かが存在するかも知れない場所なのだから、もしもトラウマが再燃してしまったらと考え落ち着いていられないのは当然だろう。
あるいは久々の帰郷にどこか感じることがあるのか……おそらくはその両方と思われる感情で今のポムカの心はざわめき立ってた。
「でも、本当にそれでうまくいくのかな?」
そんなポムカを他所に、ナーセルはポムカを心配するように言葉を述べるがルーザー。
「別に今回でどうにかなるとは思ってねぇよ。ただ、そのトラウマが過去に関係してんなら、一度過去を見に行っといた方がいいと思っただけでな。それでうまくいきゃ御の字。ダメなら久々の故郷帰りってことにすりゃいいしな」
話を聞く限り、ポムカは故郷に帰ったことがなかったんだろうとも。
「なるほど。それでポムっちの故郷に、って……」
「ああ」
「意外と考えてるのね。脳筋の癖に……」
「意外とは心外な。脳筋は否定しないが」
なにせ勇者と呼ばれていた時代も言われていたしな、とはルーザーの心の声。
「いや、否定しなさいよ……」
ついいつもの調子でルーザーを弄ってみせたポムカだったが、そのいつもの振る舞いがありがたいとその表情はどこか安らぎを見せている。
「……でも、びっくりなんよ。まさか、ポムちゃんの外出許可が下りるやなんて」
「そういえば~、そうですよね~。あんなことしちゃったポムちゃんを~、すんなり出してもらえるなんて~」
「思わなかった、ね」
「だね~」
実はルーザーの言葉に賛同したナーセルたちではあったが、ポムカは一応謹慎中の身とあって、外出許可は下りないと半ば諦めてもいたのだが、いざ話をしてみるとアッサリ許可が下りたということで、皆その意外さに改めて驚いているという訳だ。
「本当あの後、何か特別なことはなかったの?」
あの後とは、ポムカに彼女のトラウマについて尋ねていた時のこと。
話を聞き終えルーザーが故郷帰りの提案をしていると、ちょうどというタイミングで彼らのもとに大樹海での件を聞こうとルーザーが目を覚ましたと聞いたクゴットたちがやってきていたのだった。
これはその時のルーザーのやりとり。
「……だ~か~ら~。結局、その男のことは知らねぇっての」
謹慎室の上にある学長室。
豪華さを感じさせながらも決して派手には見せない色調の家具が設えられた一室にて、クゴットたち数名の教師に囲まれながら、ルーザーは森での事件への自身の関与を否定していた。
何故、否定していたかと言われれば、それは以前にも語った通り自身が元勇者であるとバレないためにできる限り目立ちたくはないと思っているからだ。
下手に目立つことで自分の名前や顔が世間に広まり、自身の過去を知っている人間に気付かれると厄介なことになると感じているからだ。
「嘘吐け。お前が倒れていたそばに、男の物と思われるマントが見つかってるんだ。無関係な訳あるか」
実はあの後、すぐに気を失ってしまったルーザーには証拠隠滅のチャンスはなく(強いて言えば受け取ったペンダントを懐に隠す程度)、まだ森に誰か残っていないかと教師たちが探し回ったことで見つかったのがルーザーだったが、その傍らにはまさしく男が着用していたと思しきマントが残ってしまっていたのだった。
「し、知らねぇって。風で飛んできたんじゃねぇのか?」
「たまたま、お前の所に飛んできただと?」
明後日の方向を見つめながら素知らぬ顔を決め込むルーザー。
正直、この言い訳は苦しいと言わざるを得ないのだが……実は教師たちは教師たちでこれ以上ルーザーを追い詰められない理由があった。
それは……本当にマントしか見つかっていなかったことだ。
男の死体が風化したのはルーザーの知る所だが、教師たちの知らないこと。
そのため何故マントしか残っていないのかの見当が付かず、本当に風で飛んできた可能性が拭えなかったのだ。
ルーザーが死体を埋めたにしては何故マントを残したのか?
埋葬するというのなら普通は衣服ごとするはず――といった具合で。
そのため、いまいち要領を得ないルーザーの発言も、こうして教師たちは困惑することしかできないでいた。
「……あのなぁ。別に俺たちはお前を責めようとか、そういうつもりはなくてだな。結局今回の件は何だったのかを知りたいだけで……」
「だ~か~ら~。それは俺だって知らんっての。結局、俺もよくわかんなかったし」
それは確かにそうだろう。
事件の首謀者アルクウの目的、それは聞き及んではいる。
しかし、そんな彼に力を与えたというトゥスリフという人物、その目論見。
そして何より、真技改装という謎の力。
それがルーザーにもわからないし、できることなら目立ちたくはないと、ルーザーはこんな態度だったのである。
……おそらく、教師たちが聞きたいのはそういうことではないのであろうが。
「お前なぁ……」
「……まぁまぁ。そのくらいで良いでしょう」
こうして、話が一歩も進まない中、この会話に割って入ってきたのは老齢の女性だった。
「どうやら彼は知らないようですし、これ以上の話は必要ないでしょう」
「マフリィ殿……しかしですね」
彼女の言葉にやはり納得がいかないといった顔のクゴット。
ただ、どこかその態度は強いものではなく遠慮したものであり、彼女の顔色を窺うように言葉を告げている。
「ルーザー君、でしたかな?」
「ああ」
「本当にあなたは何も知らないのですね?」
「そうだな。少なくとも俺はあいつ……黒幕のことは何も知らねぇよ」
実際にルーザーが知っていることといえば、貴族を恨んでいるということと、立派な主を持っていたということぐらい。
後は約束のことだが、これは事件には関係ないので、やはり知っていることは少ないと言える。
……何度も言うが、きっと教師たちはそういう意図で聞いた訳では無いのだろうが。
「そうですか。……では、彼は何も知らない。そして、黒幕はどなたかが倒された、ということで。話はお開きといたしましょう。これ以上、彼に聞いても何もわかることは無さそうですしね」
言うなれば何もわかっていないに等しい話合い。
完全に知りたいことを知れない結末ではあったのだが……。
「……承知しました」
あなたがそう仰るのならといった具合のクゴット、及び教師陣。
しかも、あのデクマでさえ仕方ないといったようにこの決着を受け入れたのであった。
しかし、それもそのはず。
なにせマフリィはこの魔術学校の学長である以上に、クゴットたちがこの魔術学校の生徒だった時から学長を務めている相手であり、彼女は全てを見通すと謳われるほどの大魔術師とも名高いために、彼女の言葉ならと彼らは彼女の言葉を受け入れていたのであった。
……ちなみに、彼女は300年以上ここの学長を務めていると噂だが、それについてはまた今度言及するとしよう。
「では、皆さんは怪我の回復にお努めを。どのみち新入生の子たちへの授業はしばらくは休みにせざるを得ませんので」
今回の事件にて多くの死傷者が出たのは以前話した通りだが、その治療や今回の件で魔術学校を辞めてしまった生徒も多く、そのため傷だけではなく心のケアも必要だと、しばらくの間は新入生のみ休暇が言い渡されていたりする。
そのため、教師たちも怪我の治療に専念できる訳だ。
こうして、話し合いが終わったと部屋から出ていこうとした教師たちだったが、「……あぁ、そうそう」とルーザーが口にしたことで再び歩みを止めていた。
「何か?」
「ついでと言っちゃなんだが……ポムカの故郷に行きたくてな。あいつを謹慎室から出してくんね?」
「あいつを外に出すだと?!」
ルーザーの発言に眉根を吊り上げるデクマ。
「流石にそれは聞けない話だ。彼女から聞いただろう? お前がいなくなった後の彼女の振る舞いを」
クゴットの言葉、それはルーザーもエルや本人からしっかりと聞かされた話。
燃え上がる猪を見て過去のトラウマを思い出し、暴走してしまったことで森だけでなくクゴットやデクマにも大火傷させてしまったということ。
実際、今ここにいるデクマは右腕と右足をギプスで固定されており、1人で歩けないと車いすでの移動を余儀なくされているし、クゴットもまた顔の左側を包帯で覆っており、痛々しいまでの火傷の痕が刻まれたのだと理解ができた。
「またいつ暴れるかどうかもわからない者を外に出すなど……」
「そうだ! あいつのせいでオレはこんな怪我を負わされて……」
「それは、お前が弱いからそうなってんだろう?」
「なにっ!? ……つっ!!」
ルーザーの言葉に立ち上がろうとしたデクマだったが、すぐさま右半身の痛みに襲われ車いすに座ってしまう。
「デクマ、大人しくしてろ」
「だがこいつが!!」
同僚の教師に諭されるも、納得できないとデクマ。
「俺だったらもっとちゃんと抑えられてたっての」
「貴様……」
「そもそも、黒幕相手に手も足も出なかったような奴と俺を一緒にすんなよな」
「確か、お前もその黒幕に負けたという話だったが?」
「……え? ……あ、あぁ……そういやそうだったかもな~」
正確には知らないの一点張りではあったが、結末も知らないとなればそれは負けたも等しいのは当然のことだ。
「貴様はさっきから何を言ってんだ!?」
すっとぼけるルーザーに、怒り心頭といった具合のデクマ。
……当然っちゃ当然だが。
その様相は一触即発と言わんばかりに空気を悪くしているのだが、何故か学長はそのやりとりを見てクスクスと笑っており……。
「……いいでしょう。彼女の解放を認めます」
と、ポムカの謹慎を解くとまで決めてしまう。
「なっ!?」
「よ、よろしいのですか!? マフリィ殿」
「ええ。……ですが、一つ条件があります」
「条件?」
「必ずあなたが彼女のそばにいること。もし、また被害が出ようものなら責任はルーザー君、あなたが取る事。それを承諾するというのなら……」
「ああ、勿論それでいいぜ」
「学長殿!」
「クゴット君。あなたの気持ちもわかります。……ですが、彼なら問題ありません。それは私が保証いたしましょう」
胸に手を当て何故かルーザーを信頼する旨を述べたマフリィ。
「何故、そこまでこいつのことを……」
「さて。どうしてでしょうね?」
マフリィのその温容な笑みにルーザーは首を傾げるも、ジッと彼女を見つめていたクゴットは「……わかりました」と諦めるように受け入れるのであった。
「おい、いいのか! クゴット!」
「マフリィ殿がそう言うのだ。我々には理解し得ない何かがこいつにはあるのだろうさ」
「それはそうかも知れんが……」
クゴットの言葉にいまいち受け入れがたいとデクマ。
しかし、それでもどちらかと言えば脳筋派のデクマでさえ、その言葉に一定の理解を示しているのはやはりマフリィという人間がなせるところなのだろう。
「い、いや~? そんなもんねぇと思うけどな~?」
一方で、元王国を救った勇者はこのように宣っていたが、マフリィとは違って誰一人この言葉を信じる者はいなかった。
「ふふっ。では、これで話はお開きです。皆さん、しばらくは英気を養ってくださいね。特にクゴット君とデクマ君は」
「はい……」
「……承知しました」
「……ってなことがあって、婆さんが許可してくれたんだよ」
「婆さんって、学長のことよね? そんな人を婆さん呼ばわりって……」
相手が誰であれいつもと同じ調子で接するルーザーに呆れるポムカを他所に、「でも~、不思議な話ですよね~?」とフニン。
これにはルーザーも同意せざるを得ないのだが、彼の場合は面倒なことにならなくてラッキーぐらいにしか思っていないので、特に深刻に考えてはいなかったりする。
「もしかし、て、学長と、知り合い、だったり?」
「いや? そんなことはねぇはずなんだけどな~?」
……などと言ってはいるが、これは本人が忘れているだけで実はそんなことあったりするのだが、それが判明するのはもっと後なのでここでは割愛します。
「……でも、ルザっち。本当に黒幕やっつけてないの?」
「それは~、気になります~」
「あ、当たり前だろ? 教師の奴らが勝てなかった相手に俺が勝てる訳……「嘘ね」「嘘やね」なっ!?」
適当に流そうとしていたルーザーに、よく知っていると自負している2人が間髪入れずに否定する。
「ルーザー君が負けるなんてことあり得んのよ。実際、牛頭の人の攻撃食らいやっても倒れてなーやったし」
「いや、あれはたまたまっていうか……そう! あのダメージのせいであの後、気を失って……」
「嘘言いなさい。大怪我しても寝たらすぐ治るとか言って、本当にすぐ治す癖に。そもそも、人狩りだのなんだのと1人でやり合ってるってのに、よくもまぁそんなこといけしゃあしゃあと」
「ぐっ……」
確かに、今までの振る舞いを見れば何か隠していることは明白だった。
そしてそれは、いつも共に魔獣狩りに出かけ、そばでルーザーの強さを見続けていた2人だからこそ、確信めいた実感があった。
「……まぁ? どうせ自分が倒したなんて言ったら、周りが騒いで色々面倒とかって理由で、自分じゃないってことにしてんじゃないの?」
「がっ!?」
これは正解。
騒ぎになって自分の正体がバレたらマズイと思っているからだ。
「いやいや。ルーザー君のことやし、大したことやない言うて、周りが騒がしくなるんを面倒がってるだけなんよ」
「ぐぃっ?!」
これもちょっとは正解。
実際あの後、助けられた子たちから既にお礼を言われているが本人はお礼を言われるようなことではないと思っており、人が集まらないよう避けている節はあるからだ。
「それはありそうね。……どうせこの後も、なんだかんだ言って首突っ込む癖に、その度に自分じゃないって言い張るつもりなのかしらね? あなたってば」
「ぐふっ!?」
これはこの男の本質。
勇者は見返りを求めないと言われているように、この男は助けられる相手はつい誰であれ助けてしまうのだから。
こうして、もはや何も言えなくなったとルーザーにナーセル。
「……ルザっち、もう諦めて吐いちゃいなよ?」
「そうですね~」
「もう誰も、君の言葉、信じてな、い」
「ぐぐぐぐっ?!」
ナーセルの言葉を後押しするようにフニンやルーレも言葉を述べつつ、ジトッとした目でルーザーを見つめ始めたポムカたち。
そうして、何を言おうか、でも何も言えないといった相貌をしばらくの間、続けていたルーザーだったが……
「そ、それはお前らの感想だろう?」
どう考えても何かを誤魔化そうという気満々の言葉を述べるのであった。
「「「「「……ハァ~」」」」」
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