18禁ヘテロ恋愛短編集「色逢い色華」-4

結局は俗物( ◠‿◠ )

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季節もの

【1話完結】正月モノ「已己巳己メビウス」 三人称視点/姻戚義弟×寡婦←妖艶美青年

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 人混みに揉まれ、流されそうになったところで伸びてきた手に抱き寄せられる。神社の境内けいだいにいた。
「大丈夫かい?」
 色素の薄い瞳に上から覗き込まれ、霞寿已かすみは一瞬、心臓を跳ねさせた。彼は友人の、二色にしき霧月巳むつみ。瞳同様に色素の薄い長い髪を括り、背丈こそあるが線は細く、穏和な雰囲気のために、見るからに男性とは分かるものの、中性的な印象を与えた。いくらか神経質げな眉と、霜柱の降りたような睫毛。目元には薄情そうに目蓋が折り重なり冷淡な感じがある。一口に言って儚げな美青年であった。
「少し休もうか。混んでいるし……」
 霞寿已は頷いた。参拝を諦め、神社を出る。霞寿已は道の端に寄り、近くの駄菓子屋に入っていく霧月巳を待った。彼はすぐに熱い缶の飲み物と、ぬいぐるみを抱いて戻ってくる。
「店主からいただいたんだ。ボクの家にあっても仕方がないし、多分、外から君が見えていたんだね。だからもらってくれないかな。それに、参拝こそできなかったけれど、今年はボクと一緒に出掛けたってことを君に思い出してもらいたいから……」
 霞寿已は熱い缶よりもはやく、ぬいぐるみを受け取った。
「ありがとうございます。大切にします……」
 干支を模したぬいぐるみで、小型犬ほどの大きさがあった。毛並みが柔らかい。霞寿已は頬を擦り寄せる。
「よかった」
 目元を眇め、霧月巳は微笑を浮かべる。


――……どうせ、そういうやり取りでもあったのだろう。

 日場狩ひばかり乙己いつみはダイニングテーブルセットから物思いに耽っていた。義理の姉である波布はぶ霞寿已かすみが抱いているのは、陰茎を模したぬいぐるみではなかろうか。
 丸みを持ちながら三角形にも似た形の頭部に、棒状の胴体。鮮やかな緑色が入っている。さながら、カビの生えた男根である。子孫繁栄を願ったぬいぐるみなのであろうか。
 乙己は睨むように霞寿已を眺めていた。初詣から帰ってきた彼女はソファーに座り、ぬいぐるみを抱いて、テレビを観ていた。このぬいぐるみというのは"ムツミさん"からもらった品らしい。二色にしき霧月巳むつみというろくでなしだ。彼は社交的な人物であった。それだけでなく、誰もがすれ違いざまに振り返るような、長身痩躯ちょうしんそうく、色素の薄い、儚げな美青年である。霞寿已の話を聞く限り、艶福家えんぷくかであり、同時に漁色家ぎょしょくかでもあるらしい。そして乙己もその姿を見たとき、納得した。乙己の兄の友人の一人だった。
 霞寿已は一昨年、夫を喪った。それが乙己の兄・波布はぶ巴己ともき、旧姓日場狩巴己だ。幾つも年の離れた乙己からみても、義姉はまだ若い。女盛りである。控えめなために派手さはなく、目立たないが、慎ましく、美しく、可憐だった。夫を喪った翳りが、尚のこと義姉に色を添える。実兄を喪ったというのに、乙己も彼女の帯びはじめた艶気にてられていた。
 義弟の熱視線に気が付いたのか、霞寿已はテレビから目を離す。乙己のほうを向いて、穏やかな表情を見せた。乙己は慌てて目を逸らす。
「あのね、」  
 彼女は卑猥な形のぬいぐるみを抱き直し、口を開いた。と、同時にテーブルの上のスマートフォンが振動する。画面に明かりが点いた。着信だ。
「ごめんなさい」
 季節は冬。しかし義姉の声は、猛暑日にグラスのなかの麦茶に浮かぶ氷のようだった。
 乙己は着信相手を見ようとした。けれども見えなかった。義姉は彼を一瞥し、通話に応じる。
「はい………、はい。分かりました。それじゃあ、夜の7時に……」  
 義姉が壁の時計を見遣る。卑猥なぬいぐるみを抱いたまま。他の男からもらった男根型のぬいぐるみの上で、左手の薬指が輝いている。
 乙己は腹が立った。義姉は早くに夫を喪い、また新たな人生を踏み出そうとしている。そしてその相手と通話しているに違いない。兄が、彼女にとっての夫が生きていた頃から、霧月巳は彼女に懸想していた。情欲を含んだ眼差しをくれていた。乙己にはそれが分かっていた。何故ならば、同じ穴の狢だからである。大差ない欲望を、一人の女に向けているからである。
 もし霧月巳のような美男子に言い寄られたら。果たして義姉は断われるのであろうか。見た目こそ腺病質な男だが、かよわいがゆえの生あるいは性への執着のために、意外な精力を持っていそうなものだった。そして彼女もそれを汲み取り、貞潔の桎梏しつこくを失った今、その身を委ねてしまうかもしれない。
 隙のある義姉である。彼女のどこか憂いを秘めた横面を眺め、乙己は身体を火照らせた。霧月巳に肉体を赦したがゆえの罪悪感による表情なのかもしれない。それにしても陰茎を模したぬいぐるみを白昼堂々と贈り、また慈しむのはどういう了見なのであろうか。
 乙己の脳裏には、1組の裸体の男女が横臥していた。2人は身体を重ね合わせ、上に乗っていた背の高い男が、杭を打つように小さな腰を跳ねさせる。霧月巳は脚が長く、尻が小さかった。乙己が幼かった頃、目線の高さより少し上に霧月巳の臀部があったのを思い出す。そのような腰に、さらに小さくありながら、旬の桃のように瑞々しくまどかな尻を打たれて義姉が喘ぐ。声の再現は容易であった。何度も作り上げていたし、実際、今現在、義姉の肉声を傍で聞いている。
 彼女は亡夫の弟が淫らな妄想をしているなどとは知らず、嬌声のような咳払いをしている。特別美人というわけでもなかったし、若いといっても三十路である。しかし可憐な姿が、乙己のみならず、関わりのある男たちを翻弄する。彼女にはその認識がないのだろう。彼女は義弟が夜毎よごと欲情に藻掻き苦しんでいることなど知りもしない。男に身を許しておきながら、まるで無垢。
 乙己は下腹部と頭に血が集まっていくのを感じた。
 脳裏では長身痩躯の躯体に体当りされ、たわわな肌を揺らしておきながら、日が明るいうちは生娘のような可憐さである。
「……はい………」
 義姉が通話を切る。そしてテーブルの上に置かれた菓子の茶請け皿から飴を取ると、包装を千切った。赤い小粒の砂糖の塊を口に放って、ふたたび乙己を見る。
「"ムツミちゃん"が来るそうよ」
 彼女はばつが悪そうだった。先程も会い、夜にもまた会う。何故一度別れたのか? 乙己には分かっていた。自身、つまり正月にやってきた義弟を慮ったのだ。すでに義姉の心は二色霧月巳の傍にあり、しかし建前上、義弟のことも構わなければならなかった。
 義姉が義姉でなくなるのは時間の問題だ。義姉が義姉でなくなる、義姉が亡兄を切り捨てる。忘れ去る。乙己はそのこと自体には、幾許いくばくかの感慨しか抱かなかった。義姉が他の男のものになる。悩みはここにある。
「では、その時間までに僕は帰ります」
 彼女はショックを受けたようだった。乙己もその反応に狼狽える。
「乙己ちゃんも、特に予定がないのなら、一緒にいたら?」
「積もり積もった話もあるでしょうし、お酒の席なら、僕がいては何かと気を遣うじゃないですか」  
 酒の席になる。分かっているからこそ、気を利かせるべきだ。義姉の傍にいるべきなのである。あの男は色の白さや痩身のために虚弱体質のように見えて蟒蛇うわばみであった。そして兄や本人の話からして精力的であった。乙己もまたその信憑性を外見や雰囲気による意外性のなかに見出していた。
「でも、せっかく来てくれたんだし……寒いから、クラムチャウダーでも作ろうと思っていて……夕食、食べていかない?」 
「朝も一緒だったんでしょう? 僕のために一度解散したんじゃないですか? なのにまた僕が居ちゃ、悪いです」
「朝……? ああ、それはわたしの大学時代のお友達の睦美むつみサンで……」
「え?」
 義姉は目を逸らした。喋り方も呟くようだった。
「あ、ごめんなさい。前に呼んだことがあったから乙己ちゃんも覚えているのかと思っていたの。今日初詣に行って、このコをくれたのは大学時代で、この前海外から帰ってきた睦美サン。これから来るのは、巴己ともきさんのお友達の霧月巳ちゃん……」
 義姉が陰茎を模したぬいぐるみを掴む。彼女の口の中で飴が鳴る。ほのかに甘酸っぱい香りがした。梅の飴だ。
「霧月巳ちゃんも、多分、乙己ちゃんに会いたいと思うし……」
「僕に、ですか。何故。僕とあの人にそこまで接点はありませんよ」
「親友の弟だから……きっと顔をみたいんじゃないかって……もし、特に予定もないんだったら、どうかな?」
 その音吐は媚びへつらうような色を帯びている。義姉は目を合わせようとしない。不安定な雰囲気が、放っておけなかった。こうして男の庇護欲を煽り、掻き乱すのだ。
 乙己は無防備な義姉を舐めねぶって眺め回す。
「 2人きりで兄を偲ぶのもいいんじゃないですか? 僕が居るのはやっぱり野暮ですよ。あの人とほとんど関わりないですから」
「でも2人きりは……やっぱり……巴己さんに悪いじゃない?」
 義実家、つまり乙己にとっての実家に、このことを報告されるのではないかと、彼女は警戒しているに違いない。いくら天真爛漫であろうと、既婚者としての危機感は持ち合わせているようだ。義弟を証人として利用したい。その魂胆が透けて見えている。乙己は分かっていながら、昏い喜びを覚えていた。年が離れ、世間的にも人格的にも幼かく無力だと見做されるのが常だった。しかし利用価値をやっと見出されたのだ。そして証人としてでも、傍にいることを求められている。確かでない愚かな優越感と、ばかげた嗜虐心を擽られる。
「僕は義姉さんを信じているのですがね」
 義姉を信じたところで、二色霧月巳がどう出るかは分からない。乙己の脳裏にも、ソファーで離れて座っていた霧月巳が突然彼女の隣に移り、毒牙を剥く光景が閃いた。ソファーに押し倒された義姉は、細身といえども男の力に抗えず、その身を貫かれてしまうのだ。そして彼女の夫も座ったソファーを軋ませ、艶福家かつ漁色家の巧みな腰遣いに大敗を喫するのだ。淫らな疼きは発作のように現れ、二度とあの男に逆らえなくなるのだ。
 義姉の夫は死んだ! 義姉には、他の男と付き合う自由がある。明日、明後日には他人になるかもしれない女なのだ。
「母も父も、義姉さんのことは信用しています。それに、兄の友人のことも。だからお酒のあるところで2人きりになったからって、ヘンナコトを考えたりなんかしません。充実した時間をお過ごしください」
 義姉は食い下がるのか、それとも引き下がるのか。乙己は笑いを堪えることができなかった。 
「じゃあ、断るわ。乙己ちゃんがせっかく来てくれたんだもの」
 為倒ためごかしだ。この卑怯さが、女の弱さが、そして小賢こざかしさが、乙己には健気で、背筋を痺れさせる。いくつも年上の寡婦が、子供扱いしていた義弟を頼るほかなくなっている。
 かわいい。
「僕が来て、嬉しいですか」
「もちろん。どうして?」  
 ブラウンのまゆずみの入った眉や、マスカラで固められた睫毛の素振りを見るに、そこに計算はないようだった。 義姉は素直なのだ。しかし背伸びをして隠し事をする。乙己の周りにいる同年代の異性よりも少女で、生娘で、可憐だ。
 彼は胸を内側から擽られている心地になる。
「よかった。僕は義姉さんが好きなので」
 乙己が立ち上がる。義弟の意図を知る由もなく、義姉はそこに佇む。
「わたしも乙己ちゃんのこと、大好きよ」
 意味合いが違う。だが乙己のほうで、その意味を隠したのだ。意思疎通としては義姉の解釈で間違いはない。
「じゃあ僕たち、両想いですね」
 本心を隠されてしまった義姉は、何の疑いもなく、それを肯定する。
「よかった、義姉さんと両想いで。他の男からもらったチンポのぬいぐるみなんて抱いてるから、浮気でもしてるんじゃないか、欲求不満なんじゃないかと思いましたよ。でもそれも誤解でしたね」
 乙己は艶福家ではなかった。冴えない兄の欠点をすべてを修正して生まれたような、美貌の持主であった。しかし無機質であった。生々しさが足らなかった。寒気がするような端正な顔立ちに自覚があったのか否かは定かでないが、しかし与える印象についてはよく心得ていた。彼は笑みを絶やさないことにした。けれども美味そうな果実を相手に、繕うことを忘れてしまった。否、美味そうな果実がさらに色付き熟れる様を見たいがために、繕うことをやめたのかもしれない。
「………乙己ちゃん?」
 やっと義姉は疑念をその目にかぎろわせた。もこついた靴下を包むスリッパが後退る。
「なんですか?」
 乙己はテーブルの上の茶請け皿から飴を取る。包装を剥いて、口に放る。甘酸っぱい梅の味が広がる。耳と頬を繋ぐ輪郭が線を強くしていく。彼は目を細めた。義姉のノースポールのような顔に恐怖の色を走らせた。
「う、ううん。な……なんでもない。乙己ちゃん、何か飲む?」
 逃げようとする義姉の腕を掴んだ。花を毟ったのかと思うほど華奢だった。
「あ……」
「僕たち、両想いですもんね?」
 乙己は彼女の唇を吸った。
「んっ! んっ」
 義姉の手が乙己の肩を突っ撥ねる。
「ご、ごめんね。気が利かなくって……レモンティーにする? ミルクティーも……」
 彼女はこの口付けをなかったことにした。或いは、事故ということにした。
「義姉さん」
 乙己は義姉の腕を放さない。後頭部を捉え、自身の唇が潰れるほど押し付けた。髪の柔らかさと艷やかに、彼の目元が眇められる。栄養状態の頗る好い家猫のような毛並みだった。彼の指は櫛と化す。見た目では大した感動のない毛艶であったというのに、実際に触れてみると、梳かずにはいられない。
 髪を揉みながら、乙己は義姉の唇を貪った。溶けつつある甘酸っぱい塊を捩じ込む。
「あ………っ、ん」
 梅になったつもりの砂糖の塊が、義姉の歯によって鳴らされる。まるで木琴だった。
 乙己は梅が嫌いだった。しかし義姉の口腔のなかで飴玉を転がす。舌下に落ちた珠を蹴る。行場を失った義姉の舌がしかかるのをいいことに、彼は渦を巻いた。
「ん………ふ、ぅ……」
 甘酸っぱい味が互いの口水で薄まる。逃げる義姉に擦り寄り、舌の厚みや質感を探る。入り込む空気が、粘こく紡がれた糸を冷やし、絡みつく感触を強くした。
 義姉の手は乙己を押し返そうとするが、彼女の舌を包むたびに力が弱くなっていた。やがて、華奢な体躯は滑り落ちていく。乙己の腕も、腰へと降りた。
「は………ぁ………」
 粘性を帯びた水を口の端から溢れさせ、彼女は酸素を求めた。虚ろな目は涙ぐみ、誰に凭れかかっているのかも忘れてしまっているようだった。
 乙己は彼女を胸板に迎え、髪を撫で続けた。
「飴、返してください」
 彼はまだ尋常の状態として復帰していない義姉を啜りにかかる。しかし細い腕が割り入った。
「ん……ゃ…………ダメよ、こんなこと………」
 猫の喉の音で掻き消されてしまいそうなほど小さい声であった。
「僕たちは両想いなのに?」
「そういう意味じゃ………なくって……」
「僕はそういうつもりで義姉さんを見てきたんですがね」
 義姉が目を見開く。水膜が輝く。詫びの言葉でも返ってくるのだろう。乙己には分かっていた。好い返事ができないことに対してか、義弟の思慕に気付かずにいたことに対してか、それは彼にも分からなかったが、詫びの言葉を口にするのは、平生へいぜいのやりとりから難なく想像できた。可憐で、幸せに満ちているように見えるのは、飽くまでも見せかけに過ぎない。義姉は卑屈だ。自惚れは常に冗談のなかにあり、気が小さいくせ道化師を演じようとする。頭ごなしに謝っておけば赦されると思っている。そうしなければ赦されないとも思っている。
 乙己は彼女の口に指を入れた。甘酸っぱい味の溶けた人水を、リップカラーの塗られて照る唇に塗りつける。パールの光沢を帯びた微かに燻んだピンク色が剥げていく。
「乙己ちゃん……」
「あの男が来ても、あんたに出る幕はないって教えてあげないといけませんね?」
 まだ混乱している義姉の下唇を吸う。朱色に色付く。
「ふ、ぇ………」
「かわいいですよ、義姉さん」
 小さくなった飴玉は彼女の舌に隠れていた。乙己は舌先で球遊びに夢中になった。
「も……ぅ…………あっ……!」
 義姉の身体から力が抜ける。しがみつかれる。爪の刺さる浅い痛みと、彼女の重みがあった。乙己は息を詰まらせる。抱え上げるのは容易かった。ソファーの座面へ押し倒す。そしてその上に覆い被さる。
「い、嫌……ッ!」
「義姉さん……!」
 乙己はプレゼントボックスの包装紙を破り散らかす子畜生のごとく、オレンジともピンクともいえないシャギーニットを剥いた。ベルベットのロングワンピースのウエストゴムに挟まれたスリーマーを捲り上げる。淡いブルーのブラジャーが現れ、そこにブラジャーがあることは重々承知していたし、むしろ、まさに、期待のものがあったはずだというのに、乙己は顔面を勢いよく殴られたような心地になった。その大きさは大玉のメロンだというのに、肌は白桃のようで、瑞々しく甘い蜜柑の房よろしく寄せ合わさり、撓み、張っている。華奢な腰、ほっそりした脚からは想像できない大きな胸。大きな実を結ぶ木は、頑丈であるべきだ。しかし義姉はそうではない。狭い肩と括れた腰、小さな尻と長く細い脚で豊満な胸を支えている。彼の下半身には急加速で血が集まっていいく。
「綺麗だ、義姉さん……」
 餅のような肌を吸った。甘い匂いが、まだ鼻の奥に残っている梅の匂いに混ざる。
「だめ………、乙己ちゃん、だめ……、今ならまだ………」
「今ならまだ、なんですか。無かったことになんてできませんよ」
 餅を吸う。酸欠か、将又はたまた、恍惚か。乙己は陶然として瞳を震わせる。
 義姉の白くなめらかな肌には赤い花が咲く。
「わたしたち、こんなことしちゃ……、」
「あの男となら2人きりになるのを警戒するくせに、僕と2人きりになるのには無防備なんですね。僕だって男なんですよ。義姉さんとヤるのを想像して、毎晩チンポを扱いているマヌケなオスなんです」
「いや……!」
 義姉は顔を背けた。
「義姉さん、好きですよ。初めて見たときから、兄が妬ましかった……」
「乙己ちゃん、すごくかっこいいから……すごくかっこいいから、モテるでしょう? イケメンさんだから、……わたしじゃなくて、も、っ!」
 乙己は義姉の唇を吸う。彼は周りに評価されるほど艶福家ではない。漁色家でもない。ゆえに謙遜だと捉えられ、嫌味な奴だと嫌味を返される。陰気で内気、静けさを好み、一人が好きな乙己には、艶福など必要のないものであった。一人の女に狙いを定め、それが自発的なもので、自己の制御ではどうにもならないと悟ったとき、尚のこと必要のないものになった。
「モテないんですよ、まったく。でも、モテないから身近な義姉さんに想いを寄せているわけじゃありません。義姉さんが他のどんな女より綺麗だから、諦めがつかないんです」
 乙己が生まれたことで、冴えない顔付きと親戚たちからは評される場面の多くなった兄のほうが艶福に恵まれていた。八重歯で色黒、赤茶けたの癖毛であったが、それがまた明るい性格と相俟って愛嬌豊かに見せた。
「巴己さんに悪いと、思わないの……?」
「思いましたよ。でも兄は、死にましたね。義姉さんを遺して、死んでしまいましたね。死者に対して悪いもクソもあるもんですか。兄に悪いと思うより先に、こんな綺麗で無防備な人を遺して、死んだ兄が悪いと僕は思ってしまいます」
 乙己は淡いブルーのブラジャーを捲り上げた。現れた小さな蕾に目眩を起こす。不粋な吐息で吹き飛んでしまいそうだった。
「もう、よして……っ!」
 隠そうとする義姉の手を掴み、手首を撫で上げ、指を絡める。細い指だった。関節がぶつかる。狭い空間を押し入って、小さな掌を握る。淫欲と慕情があざなわれていく。
「いや………っ! いや……!」
「義姉さん……どうしてそんなにかわいいんですか。かわいい……捻り潰してしまいそうなほど、かわいいです……」
「よして………っ、! 乙己ちゃん。いい子だから……!」
「僕は決していい子なんじゃありませんよ。いい子に映っていたなら、義姉さん、貴方のためです。貴方にとっての"いい男"になりたかったからです。本当の"俺"は、義姉さんの声でチンポを勃たせ、義姉さんのあられもない姿を思い描いてチンポを擦るしか能のないオナ猿です」
 乙己は粘着質な光を眼に貼り付け、義姉の乳房を眺めた。まだ手を繋いでいたい。同時に、義姉の柔らかな脂肪にはち切れそうなほど脈動する陽根を挟んでしまいたい欲求も湧き上がる。
「乙己ちゃん……赦して………」
「義姉さん……赦されたいのは俺のほうです。嫌われるのは分かっているんですから、もう後には引けない。貴方を抱きます。兄には到底、至らないでしょうが……」
「大丈夫よ、乙己ちゃん………乙己ちゃんを嫌ったりなんか、しないから」
 残酷な女である。宗教画に描かれるべきではなかろうか。義姉を困らせている。それは分かっている。だがこの機を逃せば、彼女の肉体を感じることすらも、もう無くなるのだろう。
「嘘です。こんなことをする奴を、簡単に赦せはしませんよ。しかも貴方の夫を兄に持ちながら」
「乙己ちゃんは巴己さんの大事な弟だから、嫌えるはずない」
 乙己は聞こえよがしに溜息を吐く。
「この期に及んでまだ俺をいい子だと思い込んでいるんですね。俺は義姉さんを強姦することしか考えていないんですよ。今までも、いつ義姉さんを強姦してイかせるかしか考えていませんでした。今夜も兄さんのお友達に会うんでしょう? 俺は義姉さんがその男にどう強姦されるのか考えて、チンポ勃たせてるんです」
「なッ……」
 乙己は義姉の手を振り払うと、彼女の胸を揉んだ。自他の肉体の境界が消え失せそうだ。細かな肌理きめの間に義姉の細かな肌理が入り込むようだ。濡れてはいないというのに、表面張力が働いているというのか。
「やめて………乙己ちゃん…………やめ、」
 義姉が歔欷きょきする。惻隠の情を催したとき、インターホンが鳴った。ドアが開閉しきらず、何度か揺さぶられ、やがて鍵の開く音があった。この家の主はすでに没し、もう一人の主は今、乙己の下に組み敷かれている。他にこの家の鍵を持った人物がいるというのか。
 足音が玄関ホールに上がる。近付いてくる。
 乙己は耳をそばだてていた。その下で義姉は萎れている。
 リビングに入ってきたのは背の高い、痩せ型の男だった。霜が降りたような睫毛と玲瓏れいろうな瞳。色素の薄い髪は、初夏の小麦畑が風に踊るかのようだった。桜色の薄い唇は、いつ見ても緩やかな弧を描く。親友の妻が、その親友の弟に組み敷かれている様を目の当たりにしても、例外ではないようだ。
「何をしているんだい?」
 二色にしき霧月巳むつみは徐ろにソファーに歩み寄った。乙己は義姉を見下ろす。何故、この男が家の鍵を持っているのか。しかし義姉は顔を覆って泣いている。霧月巳が来たことすら認識していないのではあるまいか。
「何故、この家の鍵を持っているんです」
 義姉に代わり、乙己が訊ねた。
「巴己くんから預かっているから」
「義姉さんもそれは知っているんですか」
 義姉は答えられそうな状態になかった。已むなく霧月巳に訊ねる。
「巴己が話しているなら。けれど話していないのなら、知らないんじゃないかな」  
 義姉の嗚咽がリビングに染み渡る。乙己と視線をち合わせていた霧月巳が、義姉のほうへ目を遣った。
「それで、君は霞寿已かすみさんに何をしているの?」
「俺は義姉さんが好きなんです」 
「そう。それなら否定しないよ。霞寿已さんは素敵な人だからね。お兄さんが亡くなったんだから、君はお義姉さんを守らなきゃいけない。それなのにどうして、お義姉さんは泣いているのかな」
 義姉は涙を拭うと、ブラジャーを直し、雑に服を下ろす。
「乙己ちゃんは悪くなくて――」
 霜柱めいた睫毛の下から放たれる視線が、彼女を冷ややかに捉える。
「君に悪いところがあったようにも思えないけれど」
「まるで一部始終を見ていたかのように語るんですね」
「見ていたよ。この家に監視カメラを置いているもの」
 悪怯れた様子もない。平然としていた。あたかも尋常の、それが普通の、世間一般的なことかのような物言いであった。
 義姉はショックを受けているようだった。乙己も眉間に皺を寄せる。
「何故。いつから……」
「何故、か。訊いたからには、その答えを受け入れる覚悟があるということだね。訊かれたからには、ボクも答えるよ。この家、ボクが借金を肩代わりしたんだ。担保は霞寿已さん」
 乙己は身震いした。義姉は石のようになっていた。
「秘密にしておきたかったんだけれど、この際ボクも言ってしまおう。ボクも霞寿已さんのことが好きだよ。霞寿已さんは行くところがないと聞いていたから、この家を手放せないだろう? 半ば脅迫じみているし、弱みにつけ込む真似はしたくなかった。だから言うつもりもなかったし、君を貰いに行くようなことはしなかった。一度は巴己の案に乗ってしまったけれど、君はモノじゃないからね。意思のある一人の女性だ。でも、義理の弟とはいえ、他の男に手を出されるのは我慢ならない」
「……し、知りませんでした。そんなこと……」
 霞寿已は動揺していた。
「だろうね」
 霧月巳は目蓋についた色濃い霜柱を伏せる。そして項垂れてしまった。
「ボクは巴己に恩がある。借金を肩代わりしたくらいじゃ、返せないほどのね。陰気で嫌味で嫌われ者だったボクを、人間にしてくれたのは巴己なんだ。今の成功があるのも、遡れば巴己のおかげだと思う。だから巴己の大切にしていた乙己くんを邪険にしたいとはまったく思わない。君は顔立ちも性格も声すらも巴己と似ていないけれど、それでも大切にしていた弟だからね。ボクは君とも仲良くやっていきたい」
 俯き、生え際を見せていた霧月巳は徐々に顔を上げる。乙己は固唾を呑んで、その面構えが真正面を向くのを待っていた。
「……だから"2人"で幸せになろう。だって、乙己くん。君のご両親は、君の兄の妻が、つまり君のご両親にとっては、自分の長男の妻が、次男の君と一緒になることを認めてくれるだろうか」
「な、何を、言って………」
 乙己より先に反応したのは霞寿已であった。
「巴己に愛されたボクと彼が、巴己の愛した君を愛するという話をしていたんだ」  
 霧月巳が小首を捻る。色素の薄い髪が靡く。
「けれど、赦せないな。ボクもいつまでも良い人ぶっていられるわけではないようだ。お金に物を言わせる気なんてなくて、本当はゆっくり距離を詰めたかったけれど……」
 亡兄の親友の表情が凍てつく。だがそれが彼の自然であるような気がした。乙己はこの男の嘘臭い微笑が嫌いだった。薄ら寒く、痛々しかった。子役が大人や視聴者に媚びて、頬肉と口角を吊り上げ、身振り手振りを大仰にして表現する気持ち悪さに似ている。
「巴己から、霞寿已さんのことだけでなく、乙己くんのことも任せているんだよ、ボクは。そんなのはイケナイな」
 霧月巳はサイドチェストの上に置かれた大型のテディベアに手を伸ばす。首に巻かれたリボンのタレを引く。金糸の映えた黒色のベロア生地がほどけ、紐になる。
「お仕置きが必要だな。それがボクの教育方針だから。経済的なことも、社会的なことも、すべて……任されているんだよ。君のことだけじゃない。君のご両親のことも。引き受けさせてもらったんだ。巴己はボクの恩人だからね。ボクの一生を賭けたってまだ足りないよ。巴己がボクを、"社会適合者ニンゲン"にしてくれたんだから……」 














 乙己は呆然としていた。否、呆然としているようで、彼の眸子ぼうししかと理性の輝きを以って、その光景を眺めていた。
 彼は後ろ手に縛られ、床に尻を置いていた。暴れるほど腕の薄皮は削られ、肌に食い込む。紐の扱いからして只者ではなかった。遊び慣れていた。奇妙で危うい趣向にも長けている
「ここが、君のお兄さんが出入りしていたところだよ。 頬がけるほど、病みつきになってしまったところだ」
 霧月巳はソファーに座り、赤裸の霞寿已を膝の上に乗せていた。両脚を広げ、秘花を乙己に曝す。
「あ……っ」
 霞寿已の顔が一際赤らむ。なめらかな肌に艶が増す。
 乙己は無修正の卑猥な動画や画像でしか見たことのない、複雑な構造をした肉穂花序にくすいかじょを凝らす。グロテスクであり、おぞましい。怪我をして引き千切れた断面図のようだ。それが当然のもののように、可憐な義姉の脚の間に慎ましく控えている。動画や画像の、肉体を曝すことを厭わない気味の悪い女たちとほぼ変わらないものを備えている。義姉のほうが瑞々しく、張りがあるという程度のことだ。亡兄は動画に映る醜く肥えた男たちと同じように、この恐ろしい形をした肉襞に喜び勇んだといいのか。
「女性は楽器だよ、乙己。しっかり温めて、力加減は慎重に。ボクたちは演奏者なのだから」
 積雪に埋めておいたかのような白く長く、神経質げに節榑ふしくれだった指が、腫れた肉穂に触れた。
「あ……あぁん」
 霞寿已は涙ぐんだ目を丸くして、口を塞ぐ。
「聞かせてあげなきゃいけないよ、霞寿已さん。男は女性の甘美の声に何より弱い。女性もまた、より強いオスを求めて、声を高らかにしてきたのだから。綺麗だよ、霞寿已さん」
 霧月巳は霞寿已の耳に唇を当てる。
「乙己。ここを捏ねて、まずは女性のこの窪みを濡らしてあげるんだ。ボクは他にやることがあるからね。乙己、霞寿已さんのココを舐めてあげなさい」
 霧月巳が立ち上がる。霞寿已も立たされる。乙己は義姉の三角州に生い茂る黒絹から目が離せなかった。
「見ないで……っ、見ないで、乙己ちゃん……」 
 乙己は目を逸らせなかった。後ろ手に縛られた腕に、ベロア生地の紐が食い込む。
 霧月巳は前屈みになる霞寿已の裸体を引き寄せると、彼女の左右の胸を覆った。揉みしだく。長い指の狭間から餅が溢れそうである。短く切り揃えられた爪はよく磨かれている。
「乙己ちゃん………乙己ちゃん……!」
 背後から胸を揉み回されるたび、霞寿已は義弟を呼ぶ。しかし当の乙己は、亡兄の親友に好き放題に|弄》まさぐ》られる義姉を眺めているのみであった。
 色白くともしっかりとした長い指が、霞寿已の膨らみの先に実った小さな飴玉を摘んだ。
「あ……あぁ……」
「乙己。霞寿已さんを気持ち良くしてあげなきゃ。君の他に誰が、霞寿已さんを気持ち良くしてあげるの?」
 白い指がさらに白くなる。爪が逆立つ。
「ああん………ゃあんっ」
 霞寿已が胸を突き出し、背筋を反らす。乙己は、彼女のその様を蝶の羽化のように思った。
「乙己」
 乙己はやっと、動き出す。前屈みになった義姉のひさしの下に潜った。甘い香りに誘われ、彼は季節外れの虫になった。
「乙己ちゃ……ああ………あっ!」
 花圃かほに鼻先を突き入れる。そこに義姉の本体があるかのように、求めていた匂いが籠もっていた。脳が痺れる。下腹部に生え出ているものが破裂しそうだった。暴れる。番いにするべき牝が眼前にいる。すぐさま交尾し、種を付け、孕ませるべきだ。同時に気の済むまで抱き寄せ、肌を擦り合わせ、傍に置いておきたい。暴れど暴れどベロア生地のリボンは緩みもしなければ千切れもしない。ただ乙己の肌を苛む。
「乙己ちゃん……」
「ここだよ。舐めてあげて」
 霧月巳の指が女の果殻を割り開く。乙己の眼交いに、中紅梅の迷宮が現れる。濃厚な義姉の香りに意識が薄らぐ。すでに乙己の自我は血とともに下腹部へ流れ去り、劣情の棒切れと化していた。
 鐘のように尖る肉粒へ舌先を伸ばす。
「乙己ちゃん……だめ………っ!」
「いい子だ、乙己。たくさん舐めてあげるといい」
 義姉が身動ぐ。乙己は構わず、溝に沿って舌を這わせた。恋い焦がれ、毎晩のように想像しては、情報の足りなさに悶え、自涜に耽ってごまかしていた。今、過去の自身が報われようとしている。これが女の味なのか。しかし参考にはならなかった。懸想と欲情の狭間で煩慮していた相手の味でしかないのだ。
 乙己は夢中で義姉の濡れた肌を舐め回した。舌先が痛むのも厭わない。義姉の味。義姉の匂い。義姉の舌触り。思量は要らなかった。
「も………だめ………もう、だめ………、」
 義姉の腰が揺れる。乙己の顔面に義姉の陰阜いんぷが迫る。彼は乳を飲むように飴肉を吸った。
「ああんッ、だめ………、イくっ………っ」
 淫らな動画で聞いた台詞を、肉声で耳にしてしまった。乙己は呼吸を荒げる。手に強靭なベロア生地が食い込む。股ぐらで布を押し上げる肉体の一部を扱きたくなった。腹の奥で煮え滾っているものを放出したくなった。熱い排泄欲が渦巻く。
「イくっ……あんっ!」
 二度、三度と義姉の陰阜が乙己の顔面を打つ。
「乙己。よかったね。君の奉仕で、霞寿已さんが気持ち良くなってくれたよ」 
 乙己は霧月巳を見上げた。彼はまだ胸の実りを器用に捏ねている。
「あ………だめ………っ、おっぱい、だめ………苦しい、から………」
 義姉は悩ましく眉を寄せ、胸に絡む白い腕を剥がそうとしていた。ヘビやミミズよろしく身をのたうたせても、霧月巳は細腕に捕らえた女体を離さない。
「苦しいね」 
 短く切り揃えられ、丸く磨かれた爪が蠢く。
「は、あァん……おっぱいくにくにしちゃ………また、ぁあっ!」  
 霞寿已は背筋を反らして痙攣する。乙己は彼女の桃身が跳ねるのを眺めていた。耐えていたのだ。見上げていることしかできなかった。土瀝青どれきせいを注ぎ込まれたのかと思うほど、下腹部が重く、張り詰めていた。内側から皮膚が避けそうであった。
「巴己の開発がすごかったのかな。それとも霞寿已さんの感度がいいの?」
 霧月巳の薄い唇から、濃桜色の舌が覗く。霞寿已の首を這う。
 乙己は白痴然として硬直していたが、深まる義姉の匂いに吸い寄せられる。ふたたび、糸屑を嗅ぐ。
「いい子だね、乙己。もっと舐めさせやすくしてあげる」
 霧月巳は義姉をソファーへ押しやり、彼女の上体だけ背凭れにつかせた。まだ立っている彼女の片脚を持ち上げる。乙己の視界には、充血した花弁が広がる。多肉植物を彷彿とせるが、艷やかな表面は濡れて光り、呼吸している。
「あああ! 恥ずかしい!」
「綺麗だよ。乙己も、そう思うだろう? 君のお兄さんが大切に大切に可愛がってきたところだから、乙己、君もしっかり舐めておあげなさい」
 白い肌に、このような紅梅色が潜んでいたなら透けてしまうはずだ。しかし義姉は何も知らぬ顔で屈託なく、明朗闊達に過ごしていた。
 乙己は光りの湧き出る秘泉を啜った。脳髄が甘く痺れる。義姉の味である。義姉の汁である。義姉の舌触りのまろやかさに呻かざるを得ない。
「汚いから……っ! 乙己ちゃん………! ゃあんっ」
 水飴の氾濫する花隧道を彼は掘った。舌を厚く締め、尖らせた舌先で隘路を穿つ。
「あ、あ……だ、めぇ……!」
 乙己は亡兄の親友がいることも忘れていた。世界に義姉とただ2人でいる心地であった。
 犇めく濡肉が、彼の舌を拒む。しかし突き入れる。兄が何度も入り込み、兄に散々擦り上げられたらしい柔らかくもきつい質感を覚える。そして兄を引き絞り、絶頂に至らしめた弾力を探る。自身の制御で都合良く加わる力とは違う。他者都合の収縮。締め上げられ、義姉の粘水が滲み出る。
「ん………っ義姉さん…………っ」
 布のなかで緩やかな破裂が起こる。脈動するたび快感が溢れ出た。身体の芯から脈を打っている。尻で床を擦り、虚空を突き上げる。
「霞寿已さんがえっちだから、乙己がどこも触られてないのにオーガズムしてしまったよ」
 射精している。しかし物足りない。自涜がしたかった。けれども手は封じられている。水漏れを起こした蛇口よろしく、興奮した肉棒は精を滴らせるのみだった。とても、そこに生命の神秘があるとは思えない拙劣ぶりである。
「ふ………ぅ、見な…………でっ………」
 霞寿已の片脚を上げさせていた白い手が伸び、乙己と霞寿已双方の液で潤みきった肉洞に指を挿し込んだ。
「あ………あっ!」
「きついね。でも熱くて、とても柔らかいよ。ここで、巴己をたくさん、抱いたんだ?」
 霞寿已の中に入った中指と薬指が、間に磁石の同極でも貼り付けたかのように空間を作る。乙己の瞳には、鴇色の襞が映った。妄想のなかで、彼を受け入れ、窄まり、扱く襞が真珠の光沢を以って彼を誘っている。
 乙己は首を伸ばし、尻で跳ねた。義姉の股底に隠されている桃ピューレを啜りたい。だが届かなかった。
「あ、あ、あ、………っ」
「よく濡れているね。けれど久し振りだろうから、よく慣らしておかないと」
「赦してください………それだけは………それだけは………」
 霞寿已は一度は頭をもたげて首を振る。だが、聞き入れられないことを悟ったのか、項垂れてしまった。しかしまだ首を振っている。
「君は今日、ボクに抱かれるんだ」
「せめて、乙己ちゃんは………」
「乙己の前でなきゃ、意味がない。もうそろそろいいね。霞寿已、君はボクのモノになるんだ。そして乙己もね。巴己がそう決めたのさ」
 霧月巳の手が動く。卵液を掻き回す音がした。乙己は義姉のいじらしい色をした粘膜が白い指を咀嚼する微細な所作を凝視していた。
「あっ、あっ、あっ、そこ、……っ」
 霞寿已が口元に手を添える。しかし上擦った声が弱まることはない。乙己の身体に火の粉となって降りかかる。
「霞寿已はココが弱いね」
「また………また、イく………」
「そんなペースで大丈夫なの。けれど、いいよ。乙己に、おまんこで気持ち良くなるところを見てもらいなさい。巴己にたくさん突いてもらったおまんこで、イってしまうところ………」
 片脚を奪われ、1本で立つ膝が戦慄いている。日に当たらないために茘枝レイシのような腿の内側が小さく引き攣る。
 霞寿已は睫毛を伏せ、濡れた下唇を食んだ。
「あ、イく……っ!」
 腰を前後に突き出す様が、乙己にもよく見えた。下腹がうねり、2尾のワカサギのような指を貪り食っていた。
「イくぅ………」
 乙己は滑稽な反射を眺めていた。口を閉じるのも忘れていた。生ける美酒佳肴びしゅかこうを目前に垂涎すいぜんしていた。若く壮健な肉体は、まだ機会を期待して、白濁に汚れながらふたたび膨張する。破裂も恐れていないようだった。どこか肉体の持主も予期しないところへ勝手に飛び立ってしまいそうなほど、いきりたっている。
「中でもイけるなんて、いい子だね」
 霞寿已は霧月巳に身体を預け、息を切らす。さながら、さざなみに横たわるヴィーナスである。乙己は昔に本で見た絵画を思い出した。
「お舐め、乙己。お義姉さんの天然水だから」
 乙己は2尾の細長いワカサギごと水飴を舐めた。義姉の味がする。引き抜かれていく。惜しくなった。噛みつく。
「痛いよ、乙己」
 霧月巳は女体を片腕に抱きながら、自身の服を脱いでいった。裸体が現れる。肌は日に焼けたことがないのかと思うほどの白さで、胴は長方形に近かった。下肢には――下肢には、稲光のような大きな傷跡が脇腹から腿の半ばほどに走っている。オナモミの果実に似た形のケロイドに巻き込まれ、毛もない。切腹の跡かのような線もある。
「気になるかい?」
 乙己の視線に気付いたのであろう。霧月巳は嘘寒い微笑を携え、首を傾げる。霞寿已が振り返った。
「霞寿已は見ないで。ボクの身体は汚いから」
 霧月巳の眼差しが乙己に降りる。
「高校生の頃に車の事故に遭ってしまってね。歩けなくなるかもしれないと、落ち込んで、腐っていたボクのお尻を引っ叩いてくれたのが巴己だよ。君のお兄さんがいなかったらボクは……今頃、ただ人を羨み、妬み、そねむだけのつまらない人間になっていたかもしれないな。今では……君のお義姉さんを抱くこともできる」
 腺病質で、女性と見紛うことはないがどこか中性的な外貌の、色の白い痩躯に、皮を毟り剥がされ裏返され、蒸し焼きにされたような龍頭がそそり勃っている。惨死した龍の首から下がる宝珠は、眼、耳、鼻腔、手脚のように健全で多数派ならば、双つあるべきはずである。ところがまるでそれが当然であるかのように、双つあることは弱者の証だとばかりに、堂々と、傲然と、厳しく、荘重に構えている。
「な、何……何……?」
 霞寿已は辺りを見回す。二人が一体何の話をしているのか困惑しているようだった。
「霞寿已を愛する資格を得られて、嬉しいということさ。そして君の今は亡き夫への感謝……」
 氷柱だとしても疑いはない霧月巳の指が、彼自身の蒸し殺された龍の死骸を握る。溶けてしまう! しかし溶けることはなかった。
「霞寿已。じゃあ、入るね。巴己。霞寿已さんをいただくよ」
 霧月巳は斬首刑に処された龍の頭を、亡友の妻の片脚を抱えると、淫冠に当てた。一息吐く。聞かされた側のほうが溜息を吐きたくなるような、艷冶えんやな挙措であった。それから腰を突き上げた。
「ああああっん!」
 霞寿已はソファーに爪を立てた。爪先を丸め、フローリングを掴む。背筋を撓らせ、人魚の真似事をしている。
「あ……っ、熱いね。それにきつい。よく慣らしてあるはずだし、毎日巴己の変わり身を挿れているみたいだから、切れてしまうことはないと思うけれど……」
 霧月巳は平生へいぜいのとおりを装おうとしているようだが、その音吐には余裕がなかった。
「あ……、あ! 抜いてください! そんな………っ、巴己さんッ! そんな……っ!」
「巴己じゃなくて済まないね」
 上体だけでも逃げようとする霞寿已を捕まえ、霧月巳は彼女を穿つ。
「あ! ゃんっ!」
 彼女の身体に電流が通っていた。
「乙己。君のお兄さんがよく出入りしたところを見なさい」
 小さな鳥に無理矢理餌付けをしているかのようだった。花は棍棒に叩き躙られていた。頬張ることを強要された牝袋は今にも裂けそうなほど膨らんでいる。
 乙己は真上にある男女の結合部を凝らした。抜き差しされるたび、色白の男から生えているとは思えない赤黒い体表に浮き上がった血管が、ぬめりを帯びる。
「あっ、あっ、あっ………! そんな………そんな………っ」
「乙己、これが君のお兄さんとお義姉さんが毎晩のようにしていたことだよ。君のお兄さんが痩せてしまったのは夏バテでも病気でもない。君のお義姉さんのカラダがとても甘美だったからだ。そしてお義姉さんが毎日綺麗でいるのも、君のお兄さんがとても精力的で、強靭なバネを持っていたからなんだよ。こうして、たくさん突いてあげるんだ。お腹側を。クリトリスの裏側を、たくさんね」
 霧月巳は腰を速めた。彼の楔が伸縮しているように乙己には見えた。けれども実際は違うのだろう。実際は義姉の蜜肉の中を出入りをしているのだ。肌のぶつかる音は、まるで最奥を叩いて発するものなのかと錯覚する。
「あ、あ、あ、あ、っ、! そこだめっ、そこだめですから、そこばっか、やぁ!」
 朱門を撞く破城槌はじょうついにクリーム状の白濁が絡む。霧月巳の精液であろうか。しかし彼はまだ射精には至っていなかった。
「ん、あっ、あっ、あっ、そこ突いちゃ……ああっん!」
 霞寿已は霧月巳の腕を剥がそうとしていた。だが叶わない。彼女は逃げようとしていたのではあるまいか。ところが目的は途中で変わっていた。今や亡夫の親友の手を握っているのだった。
「乙己に中イきするところを見せてあげなさい。お兄さんが君とどういうセックスをしていたのか、彼には知る権利がある。そんなものは、本当はないけれど、ね」
 彼は亡友の艶めかしい妻の耳を舐めた。彼女の胸の実りが天を衝く。
「だめ………、巴己さん………ごめんなさい、ごめんなさい………また、イく………」 
「イくといいよ。思いきり……巴己も赦してくれるどころか、君のカラダがえっちでいることを喜んでくれるよ」
 乙己は、義姉と亡兄の親友の架け橋から長い糸が垂れていくのを傍観していた。二人が揺れるたびに透明な糸も揺れる。この淫らな水飴は義姉の紅色の嘴から漏れ出ている。火先のごとく浮き出た血管に掻き出されているようだ。
「イく………もう、イく………赦してください………」
「まだ頑張るの?」
「巴己さん………巴己さん………っ、巴己さん………っ」
「乙己も君がイくところ、観たいって。かわいくイくところ、見せてあげたら」
 霞寿已は首を振った。
「じゃあ、仕方がないね」 
 霧月巳は霞寿已の片脚を放した。そして彼女を背後から確と抱き竦めると、ソファーへ腰を下ろす。男体を隔て共に座らされた霞寿已は自らの体重で熱串を受け入れなければならなかった。
「ああっ、あああっ、ふか………いっ、深いっ、ああっ!」
 霞寿已は仰け反り、胸を突き出し、頭の重さを支える余力はもうないらしかった。首は据わらず、喉笛を曝す。
「乙己。よくごらん」
 太い幹が、義姉の泉を埋め立てていく。乙己は暴れた。ベロア生地は鎖だったのであろうか。未だに男一人の力に千切れも弛みもしない。手淫の欲求は果されない。血が下腹部で渦を巻く。義姉のために作られた熱情が排泄を目指しているというのに、叶えるすべがない。義姉の姿が見えず、声も聞こえなかったはずの夜よりも、布に監禁された稚根は苦しんでいる。
「見な………で、見ない……、でっ、乙己ちゃん………乙己ちゃん! イくとこ、見ちゃ嫌……っ、ぃや……っ、あっ、イくっ、イくぅっ!」
 上下運動が始まるやいなや、彼女は音を上げた。ソファーの座面で爪先立ちになっていた彼女は膝を震わせ、腿を閉じようとしながら痙攣していた。
「じゃあ、そろそろボクもイこうかな。霞寿已も、合流しよっか?」
 霞寿已のオーガズムの余韻が引いて来た頃を見計らい、霧月巳は抽送を再開する。少しずつ、彼は自身のグロテスクな龍の焼死体で媚肉を削っていくようだ。
「だめ、だめ………今、だめ………っ!」
「ゆっくりだから安心して。ゆっくり……ゆっくり………ボクのが、霞寿已の中を撫でていくのが分かる?」
「赦して………、また、イくっ……!」
 霞寿已の肩が大きく跳ねる。霧月巳の眉間に皺が寄る。
「そんなたくさんイってもらうと、男冥利に尽きるな」
 ソファーが一度激しく軋んだ。その他の家具も揺れる。
「イく! ああっ、イきますっ、!」  
 霞寿已の腰は前後に揺れた。豊満な胸が円を描く。自ら、夫ではない男の昂りを貪っている。
「締まるね。ボクも出すよ。乙己、お義姉さんにボクの子種が出されるところ、見ていて」
 急な活塞かっそくがあった。乙己は息を荒げる義姉の顔から、牝牡の結合部へ視線を落とす。
 霧月巳が妖艶な空気を持って唸った。霞寿已の腹の中に、夫ではない男の精が送られる。乙己は太い肉管が巨大な芋虫よろしく収斂するのを観察していた。横に伸縮しているのである。どれほどの精が義姉に送られているのか。男は大仰なポンプをその薄い腹に孕んでいるらしい。
「あ……ああ、あああ……、」
 義姉は天井を剥いていた。膝は振動し、爪先はソファーの座面を引っ掻いている。開いた口には滝ができている。
 霧月巳は霜柱をつけた睫毛を伏せ緩やかなピストン運動を続けていた。最後の一滴まで、今は亡き親友の愛妻に注ぐつもりらしいのだ。
 上昇と下降の輪廻のなかにいた霞寿已は解放され、全裸のままソファーに横たえられた。
「おいで、乙己」
 乙己は傀儡くぐつであった。目の前で想い人を犯された負犬であった。雑魚であった。霧月巳の前に立つと、身体を反転させられる。手錠と遜色ないベロア生地のリボンはいとも容易く取り去られる。
「乙己。ボクには子種がないんだよ。ボクには子を遺すことができない。事故に遭った日から、ボクは種無しで、他の同胞きょうだいたちのことなんか、ボクは同胞だなんて思ってない。乙己。ボクは君がいてくれて嬉しいんだ。霞寿已さんと、巴己の血を引いた子なら、どんな子だってボクの子も同然だよ。お願い、乙己。ボクに巴己と霞寿已さんの血を引く子供を抱かせてほしい。ボクが育てる。費用は出す。霞寿已さんも、巴己の子を欲しがっていただろう。巴己も子供を欲しがっていた。乙己、頼むよ」 
 乙己は、ソファーの座面に落ちる液体を辿った。米の腐った研ぎ汁のようだった。義姉の脚の間から垂れ落ちている。練乳をかけたイチジクがそこにある。
「好きな女の子を目の前で寝取られたほうが、男の子は妊娠させ易くなるらしいからね。すまないね。今度は君が、お義姉さんを抱いてあげてほしい」
 霧月巳の言葉が終わる前から、乙己はソファーに横たわる義姉に近付いていた。まさに淡い空と紺碧の海の二分割された画面に大きく横たわるヴィーナスの絵画であった。何故、その絵のとおりに天使は祝福に来ないのか。
 霞寿已はやおら身体を起こすと、義弟の姿を見つけてしまった。脂ぎった眼光は、彼の美貌を台無しにする。
「だめよ、乙己ちゃん………だめ。考え直して……?」
 乙己は今までに何度も考え直していた。兄の妻で淫猥な妄想をし、手淫に耽ること。兄の妻を口説き、抱き寄せてしまいたい衝動に駆られること。考え直し、反芻し、割り切った。すでに終えた段階だ。今さら顧みることではない。
「義姉さんを、抱きたい。義姉さんとセックスしたかった。ずっと前から、義姉さんとセックスしたくて堪らなかった」
 この義姉から、女性との交際を勧められたことがある。彼女は過去を振り返り、浮かれた口振りだったが、乙己は気乗りしなかった。交際についてやぶさかでないのは、特定の誰かではない、有象無象との交際を勧める彼女本人とだけであった。
「乙己ちゃん……」
「義姉さんのこと想像して、惨めなチンポ扱いてた」
「よして……」
 義姉が首を振る。長い髪がせせらぐ。
「義姉さんの裸、綺麗だ……」
「い、言わないで……っ!」
「義姉さん、もうチンポが苦しいんだ」
「こんなこと、おかしいから………乙己ちゃんは、わたしの義弟おとうとで……」
 霞寿已は下肢を引き摺り、義弟と距離を作ろうとしていた。
「義姉さんがほしい」
 乙己は掌に収まってしまうほど小さな肩を鷲掴む。
「いや!」
 彼女は怯えているようだった。しかし拒絶はしっかりしている。
 片想いしてきた女であった。兄に代わり、その隣に立ちたかった相手だ。頼られ、守り、幸せにしたいと、漠然と思っていた。具体性のない夢を描いていた。叶えられるか、叶えられないかは分からない。けれども叶える気があるのならば、彼女の拒否を聞き容れるべきである。それが夢に見ていた関係である。最大限に、恥ずかしげもなく望んだことだ。
 乙己は、劣情に勝てなかった。
「だめ……! 乙己ちゃんっ! よして……!」 
 乙己は義姉の裸体に乗り上げた。片手で女体を押さえ込み、片手で裸になる。
「嫌………っ、赦して、赦して………ああ、助けて、巴己さん………」
 霞寿已は愚かな女だ。弟の乙己のほうが縹緻きりょうは良く、背も高く、学歴から見込める将来も兄より有望であった。陽気で、人付き合いの多く、家を空けることも多い兄より、読書や映画観賞、多肉植物の世話――趣味の合う弟に惹かれるのが合理的である。
「巴己は死んだよ」
 霧月巳はたばこを咥えた。
「禁煙ですよ、ここは……」
 生きた桃を剥きながら、乙己は呟いた。口と口以外の持主がまったく別の魂を持っているかのような有様であった。
「ああ、そうなの。悪いね」
 兄の友人はまだ火も点けていない火遊び棒をし折る。何の屈託もない。
「赦してください………赦して………」
 身を捩り、逃げたがる義姉を対面させ、ソファーの座面に縫い留める。
「義姉さんを強姦したくて仕方がなかった俺の想いが、兄を死に至らしめたのかもしれませんね」
 弱気と水気に満ちた義姉の目に、炎が揺らめいた。乙己の視界が揺れた。乾いた音がたつ。頬に微熱が駆ける。
 乙己は据わった眼で義姉を見澄ます。義弟の頬を打ち鳴らした彼女の手は震えている。寒いのであろうか。室内であるが、正月だ。暖房を焚けども、裸である。
「ごめ………っ、」
 乙己は鱗を浮かせるほど乾いた義姉の唇に噛みついた。
「んっ………! んゃ………!」
 首を曲げ、顔を背け、鼻先を反らし、肘を突っ撥ねる義姉が、健康な男体に力で勝てるはずもなかった。彼女の頭は後屈し、負けを認める。だが許されはしなかった。乙己は固く閉ざされた膝の門を力任せに開いた。暴虐の徒は白濁の細流さいりゅうさかのぼった。
「ふ………ぅうううっ!」
 身体に熱芯を貫かれる悲鳴は義弟の口腔に消えた。
 乙己は義姉の舌を咀嚼していたが、渇望していた熱さと湿潤に餓鬼が包まれた途端、口を離した。岩礁に留まる人魚よろしく、腰を沈め、上体を反らす。眼球の裏側まで熱く濡れた。視界が滲む。義姉に抱き締められ、撫でられている。縋られ、追い求められている。狭い空間に押し入った膨張は、弾力を持った細かな襞のひとつひとつに揉み拉かれているのだった。掘削するような挿入が、いつの間にか刃も硬度もないものに粉砕されかかっている。とても壊れそうにはなかった。むしろ侵入者のほうが硬さを増していた。
「は………ぁ、ぁ………義姉さん…………気持ちい、いよ………」
 腰を動かすのが怖くなった。終わってしまうのだ。腰を後ろに引いても、前に進めても、肉体と理性は強烈な刺激と満たされた要求に耐えられず、精を漏らすのだ。兄が歓を尽くした箇所に射精してしまう。兄だけが入ることを赦された花園に、精の雨を降らしてしまう。雨で済むのであろうか。濁流の予感があった。
「あ………ああ………」
 義姉のまなじりから煌めきが粒の形を成して滑り落ちていく。
「義姉さん……っ!」
 乙己は義姉の両手を握った。締め上げていた。彼女の手指は扼殺された死骸のようであった。
「義姉さん……出る、」  
 動きもせず、義姉の内部変化のみで乙己は放精した。尻を窄め、腰を押し付ける。脈動のたび、殴打と同等の快楽が神経を叩く。視界が黒ずみ、目眩がした。寒気もする。喉は干乾びた。鮭のように、あとは死ぬだけというのか。義姉の裸体が棺になるというのか。
 女体に倒れ込む。
「乙己。しっかりしなきゃいけないよ。これからは誰がお義姉さんを守るんだい? もちろんボクも協力はするけれど……」
 圧し折れたたばこを指で弾きながら霧月巳が口を挟む。
「は…………っ、ん………義姉さん………」
 乙己は身体を起こした。腕立て伏せでもはじめるかのような体勢で、腰を引く。
「ふああっ……!」
 義姉の嬌声を聞きたくなる。彼女に嬌声を出させたい。想い人を自身の力でオーガズムに至らせてみたい。
 乙己の意識が研がれていく。
「義姉さん……」
 番いにする予定の女の背中に腕を回した。ソファーの座面を引っ掻いて、汗に冷えた肌を抱く。柔らかく薄い肉を纏いながら、骨張ってもいる。華奢な女だ。天敵の存在する種族でも、戦争のある地帯でも、特別な犯罪を起こしたり、犯罪組織から狙われているのでもないというのに、乙己は彼女を守りたくなった。抽象的な衝動で、胡乱な意思である。
「放して……」
 しかし義姉の言葉には一切耳を傾けなかった。美しく鳴る鈴を打つ。
「あ! ……ぁ」
 乙己が腰を引いたとき、蜜壺は彼を奥へと引き絞る。下唇を噛んで耐える。吐精している場合ではなかった。義姉の肉体に喜びの花を咲かせねばならないのだ。
 彼は律動を作って腰を振る。重くなった双珠が義姉の星孔を打ちのめす。この義姉弟が交尾している光景を知らない者には拍手と聞き紛いそうな音がリビングにこだまする。
「あっ………ふぅぅっ………あっ、あっ、」
 体当たりされるたび、霞寿已は呻く。乙己は義姉の胸に押し入るかのように体重を預ける。
「義姉さん………好き」
 好きな女に硬く勃ち上がった陰茎を刺している。腰を振りたくり、抜き差ししている。クラッシュゼリーの詰められた隘路に、男根を扱かれている。
 ピストン運動が速くなる。腰は可用性を越えているように思われた。しかし乙己の意思ではない。肉体に支配されていた。
「義姉さん……っ」
 義姉の逃げ出すわずかな隙もすべて塞ぐ。彼女の背中に痣ができるほど抱き締め、離れることができるのは活塞の一瞬である。
「あっ、あっ………っ、あ……!」
 霞寿已の声に艶気が混じる。次の射精で、骨は折れ、血は涸れ果て、筋肉は損傷し、肌は襤褸雑巾と化すかもしれなかった。しかし乙己は放精のことしか考えられなかった。乙己は虫や魚になった。番いを孕ませるか、死か。懸想に懸想を重ねた相手の体奥に、精を注ぐことができる。牡の喜びである。そして本懐を遂げたなら死ぬのが幸福なのだ。あとは朽ちるだけなのである。それ以上の喜びなど、今生では巡り会えないのだから。
 しかし乙己は死ぬ気などなかった。骨が火花を散らすほど腰を打ち付ける。
「あっん……ああ………巴己さん……っ!」  
「上手だよ、乙己」 
「ふ………ぅっ、」
 角度を探るのをやめ、義姉の淫声と大きな蠕動ぜんどうの返ってきた箇所を搗く。
「あっ、あっ、だめ、………っ、イっちゃう……!」
 霞寿已の腕が乙己の首に回る。後頭部で衣擦れがあった。霧月巳が彼女の両手を縛ったのだった。乙己は義姉の肉体のペンダントを嵌めたのだ。離れることはない。義姉はもう逃げられない。亡夫の弟にしかかられ、屈伏するほかないのだ。
「あん、あんっ、あんっ、あぁあっ」
 耳に直接、絶頂間近の淫声が掠れる。産毛が逆立つ。煮え湯が全身を駆け抜ける。
「あァ! もう、イく、イく、イくのっ…………あ……っ」 
「義姉さん……! 出すよ――っ、」
「イくぅぅぅ――っ!」 
 座面を踵で蹴っていた番いの脚が乙己の尻に巻き付いた。腰を持ち上げ、彼女は散々この禽獣の行いを拒絶しておきながら、自ら抱接を深めた。
 乙己の射精が始まる。下肢を絡めたことで義姉の子壺は、牡の奔流を真正面から受け止めなければならなくなった。
「あ、ああああんっ」
 淫らな悲鳴を聞きながら、乙己は目を眇めた。劣情の澎湃ほうはいは次から次へと義姉に向かって排されていく。陰部が焼き切れそうな恐怖の裏側に脳みそを按摩されているような快感がある。
「ご苦労」
 霧月巳が言った。嘲笑めいていながら、どこか冷めきった響きも併せ持っていた。
 乙己は義姉の腕の狭間から兄の親友を振り返る。彼は霧月巳の姿を確かめて顧眄こべんしたのではない。声のした方へ目的の人物がいることを確信していた。そこに居ることを信じる必要もなかったし、疑う余地もなかった。しかし霧月巳の姿はない。裸のまま寛いでいたはずだ。
 首を正面に戻す。義姉の腕でできた輪から頭を抜く。荒々しい呼吸を整える義姉。やつれたベロア生地のリボン。倒壊したビルを彷彿させる女の膝。座面を這う白いヘビ。
 ゴムチューブと見紛う。だがそれは動いていた。長細い生き物はぬよ~んと人造皮革のソファーを這う。女の作る隧道へ入っていく。白濁とした雪崩の起こる深淵を目指し、くねり、くねる。
 義姉の中に入っていく。斑模様が失敗作めいた尾も、消えていく。




「ヘビの夢は、人に言わない方がいいそうだよ。幸運の訪れを、みすみす逃してしまうらしいからね」
 ダイニングテーブルを挟んだ対面に、兄の友人が座っている。酒缶を片手に、蠱惑的だった。 
 彼の前に小皿が差し出された。差し出したのは義姉だ。乙己は2人を見比べた。
「あなたったら、物知りね」
 お盆を抱く義姉は楽しそうであった。乙己はまた、兄の友人に向き直る。
「君ももう座っていたほうがいい、お腹の子に響いてしまってはことだから。片付けはボクがするよ。乙己、君ももう寝なさい。あとはボクに全部任せなさい」
 乙己は兄の友人の笑みから目が離せなくなった。
「乙己ちゃん。お義兄さんもそう言っているし、甘えたら。おやすみなさい」
 顎が、勝手に動く。歯を噛み締めた。だが無駄であった。
「ありがとう、兄さん」


【完】
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