零下3℃のコイ

4

思い出

「…なんで、そんなこと」

「ん？絶対別の誰かのこと考えてただろうなーと思って」

「……」

「お待たせしました～。アイスコーヒーとカカオクリームココアです」

「あ、ありがとうございます」

苦そうな真っ黒のコーヒーと、美味しそうなクリームが乗ったココアが来たけど、落ち着かない。
もしかして光ちゃんは…僕が雪菜を好きじゃないこと気づいてる？

「飲まないの？」

「…飲むよ」

「なぁ零、お前って昔から寂しがり屋のくせに、よく耐えるために大丈夫って強がってたよな」

「何、その話……」

「いや何となく思い出してさ。昔から辛いことも1人で耐えようとして、心閉ざしてる感じがしたなーって」

そりゃそうだよ。耐えるしかなかった。

誰もいない家で1人で過ごすのも、ご飯を毎日1人で食べるのも、光ちゃんを好きになってしまったことも。
辛いってことも分からないくらいに、何も感じないようにすればいいって思ってた。

また期待して辛い思いをするくらいだったら、人とも外面だけ作って接すればいいと思った。

でも……

「確かにそうだけど、光ちゃんがいてくれたから…一緒にいる時は寂しくなかったし、」

「あはは、そうだな。ほんとよく一緒に遊んだよな」

「…うん。光ちゃんといると、楽しくて、胸が苦しくて」

ココアを一口飲んだら、クリームも一緒に入ってきてすごく甘かった。
カカオだからか、甘いのに苦い。

「零…？」

「でも、僕光ちゃんがいてくれてよかったよ。もちろん雪菜も大事な幼なじみだけど…ごめん」

「ごめんって…何が？」

「嘘ついてた、本当は雪菜のこと好きじゃない。だけどずっと付き合ってた」

「……」

「ずっと嘘ついてて、ごめん」

なんでだろう。あんなに話せなかったことなのに…これを話したら僕の気持ちもバレるって思ってこの何年も、抑えてきたのに。

今、自然と言えるって気がした。

「お前らが、ずっと俺に何も話さなかったのそう言うことか」

「……っ」

「はぁー…、相談してくれてもよかったのに」

「え……」

「何年の付き合いだよ。どんな悩みも話してほしかったぞ。お前ら思春期だし、あんまり首突っ込んだら鬱陶しいかなと思って深く聞かなかったけど」

「光ちゃん……」

「でも事情があるから、そうするしかなかったんだろ？きっと。零は軽い気持ちで誰かと付き合ったりしないと思うし」


もっと怒るかもしれないと思ったのに……何でそんなに優しいの、この人は……。

「うん。ごめん、今まで黙ってて……僕、雪菜と別れたいと思ってる」

「……そっか。いいんだよ謝らなくて。お前らが決めることなんだから」

「うん……」

「俺は、何があっても零と雪菜、どっちもの味方だから。だから余計な心配するなよ」


ああ、頭を撫でてくる手つきが温かい。
そうだ。光ちゃんはこういう人だ……。

だから、ずっと憧れてたし好きだったんだ。

「…ありがとう」

「俺出会った頃からずっと、零のそばにいなきゃって、俺が守るんだって思ってたよ。でも……もう俺がいなくても大丈夫だな？」

「え……」

「もう大丈夫そうだと思ったよ、きっと想ってる人もいるだろうし」

想ってる…。

「さっきその人のこと考えてたんだろ？バレバレ」

「でも…」

「雪菜のことは気にするな。お前が本当に一緒にいたいと思える人と一緒にいろ。だからって俺達の関係が終わる訳じゃないし、これからも大事な幼なじみなのは変わんないから」

あ、じわじわ何かが込み上げてくる…。胸の鉛が少し取れていくような…。

軽くなるような感覚。

「…ありがとう」

「でも、なんか嬉しいよ。零が一緒にいたいと思える人に出会えたなんて」

「…僕は、勘違いしてるだけじゃないのかな」

「何が？その人への気持ちが？」

「うん…」

「ったく、さっきあんな顔して何言ってんだよ。正直になれよ！」

正直に…。

認めてもいい…？この気持ち。
縋ってるだけじゃないの…？

「…うん、光ちゃん」

「ん？なに？」

「僕…小さい頃からずっと光ちゃんのこと、憧れてたし…大事な存在で…」

「うん」

「好きだった…」

「零…」


言った、言えた…。

あんなに不安で嫌われたらどうしようって思ってた。
ずっと怖かった。

けど…言える勇気を持てたのはきっと

風音くんがいるって思えたから。


「零泣くなよ、ばか」

「…っだって」

「…ごめんな。気付いてやれなくて」

「ううん…、」

「はぁ…ほんと不器用だな、お前も。俺はお前のこと引いたり嫌いになったりしないからな」

「光ちゃん…」

「ありがとな、気持ち伝えてくれて。俺は零には幸せになってほしいよ」

息が吸える、真っ直ぐ光ちゃんの顔が見れた。
全部全部…終わらせることが出来たから。

この長かった気持ちを思い出にできたんだ。

「もう耐えて我慢しなくていいよ、零」

「ありがとう…」

もう認めてもいいのかな。風音くん。