純情 パッションフルーツ

坂本 光陽

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【深水エリ著『フレッシュフルーツの夜』から一部抜粋】

 人は矛盾している。とりわけ、心は裏腹だ。
 きっと、矛盾こそが人間の本質なのだろう。

 好きな人から告白されてうれしいはずなのに、私は逆の反応をとってしまう。
 わざとそっけなくしたり、デートに誘われても断ったり、まさに心が裏腹だ。
 この性癖のせいで、私はこれまでに、どれだけの恋を棒に振ってきたことか。
 おかげで、私はバージンである。それどころか、キス一つしたこともないぞ。

 こうなりゃ、ヤケだ。
 相手は誰だって構わない。
 私を心から愛してくれて、優しく扱ってくれるなら……、あと、私より10センチ以上背が高くて、服装のセンスがよくて、できるだけイケメンで、……(以下、十行を割愛)。

 バスタオルを身体に巻いただけの姿で、数時間前に初めて会った男の前に立つ。
「エリちゃん、可愛いよ」男は笑顔で、私の髪に触れる。
 内心、自信たっぷりな態度が鼻をつく。でも、憎まれ口を叩くのはやめておく。
 今日の私は、普段の私ではない。今日はできるだけ淑女しゅくじょを演じるつもりだから。

「約束よ。乱暴なのは嫌。優しくしてね」

 私はベッドに横たわり目をつぶる。それだけで、男の顔が思い出せなくなる。
 身体に巻いたバスタオルをはぎとられて、私のすべてが男の目にさらされた。
 私との約束など、あっけなく破棄された。
 男はケダモノになった。

                 *

 それ以上、読んでいられなかった。
 フィクションであると思いたいけど、実体験に基づいているのは間違いないと思う。まさか、こんな形でエリさんの初体験を垣間見るとは思いもしなかった。そもそも、50作品を超えるエリさんの著作に、赤裸々せきららなベッドシーンはほとんど出てこない。その意味では貴重な作品かもしれないけど、息子としては心穏やかではいられない。

 ちなみに、斜め読みをした感じだと、エリさんはセックスにショックを受けていた。男から乱暴に扱われ、身体の内と外の痛みに涙を流し、心の底から後悔したのだ。しかも、男には女性を思いやる神経が皆無なので、とことん絶望したらしい。

「男は女と別の生物なんだ」

 その一文は、エリさんの心の叫びのように思えた。
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