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GカクテルⅢ④
しおりを挟むお店に着くと、すでに桐野さんが来ていた。
「あれ、今日は早いですね」私は明るく元気な声を心がけた。
「ええ、仕込みの準備がありまして」
「あっ、【Gカクテル】ですね。今朝、父が“桐野さんによろしく”って、とても楽しみにしているみたいですよ。あの、もちろん、私もです」
桐野さんは口元を少しだけ歪めた。いつもの笑みである。自信があるのだろう。御期待に添えると思いますよ、と言われた気がした。
「そうだ。よかったら、これ、一緒に食べませんか?」私は水色のパッケージを掲げた。「お昼には少し早いですが、まだアツアツですよ」
桐野さんは少し考えてから、
「チョウシ屋さんですね。遠慮なく、いただきます」
私たちは向かい合って、窓際のテーブル席に腰を下ろした。パッケージの中味を皿にあける。飲み物はアップルジュースにした。
まだあたたかいコロッケサンドを頬張る。うーん、おいしい。ほどよい甘みと素朴な食感。おいしいものはそれだけで、人を幸せにする。好きな人と一緒なら尚更だ。自然に笑顔が浮かべば、言葉は要らない。
昨日、私たちはちょっとやりあった。私は桐野さんのプライベートに、ズカズカと踏み込みすぎたのかもしれない。その点は謙虚に反省する。
でも、桐野さんだって、私の提案を無下に跳ね除けた。聞く耳なんかない、部外者は黙っていてくれ、といった対応だった。その点は反省してほしい。
私たちは無言で、コロッケサンドを食べ続ける。心地よい沈黙。桐乃さんの表情を見ていると、彼は彼なりに反省したのかもしれない。
これって、喧嘩の後の自然発生的な揺り戻しなのかも。なら、このままでいい。話の接ぎ穂をさがす必要はない。この雰囲気をこわしたくないので、厄介な問題には触れなかった。
その代わり、桐野さんの話しやすい話題だ。
「桐野さん、【Gカクテル】には特別な材料や道具を使うんですか?」
「ええ、使いますね。その件で、ミノリさんにお願いがあります」
「はい、何でしょうか」
「あくまでイレギュラーなのですが、今回は作るところを見せたくないんです」
「えっ、どうしてですか?」
「【Gカクテル】は特殊なんですよ。材料を見てしまえば、すぐ想像がついて、誰にでも正体がわかってしまう。それでは興ざめというものでしょう。タネを明かしながら、手品を見せるようなものです」
「確かに、そうですね」
「ですから、作る時には、ミノリさんとお父さんに後ろを向いていただきたいのです」
「ええ、わかりました」
「もう一つの【Gカクテル】は、作る過程が逆にパフォーマンスになっています。こちらは、ぜひ見ていただきたい、と思います」
「【Gカクテル】は2パターンあるんですね。わかりました。今おっしゃった件は問題ありません。ただ、終わった後で構いませんから、レシピは教えてくださいね」
桐野さんは頷いた。
コロッケサンド効果のせいか、少し柔らかくなったようだ。桐野さんの〈壁〉の話。私はアップルジュースを一口飲み、ホッと小さく息をつく。気のせいだろうけど、店内の空気がゆったり感じられる。
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