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GカクテルⅢ⑤
しおりを挟むたった一人の同僚なのだし、それでなくても喧嘩などしたくはない。
争いごとは大の苦手だ。感情が乱れるし、心の痛みを感じてしまう。桐野さんは頑固だから、謝ることに抵抗があるだろう。だから、私の方から言った方がいい。
「あのう、昨日はいろいろと出しゃばって、本当にすいませんでした」
桐野さんは少し驚いた表情をした。
そんな顔をされたら言いにくい。思い切って、さっさと言ってしまおう。
「お店でいつも一緒なので、つい調子に乗ってしまいました。桐野さんのプライベートに、土足でズカズカ上がりこむなんて」ペコリと頭を下げた。「とても反省しています。これからは気をつけますので、どうか許してくださいっ」
早口だったけど、顔から火を噴き出しそうだったけど、しっかり言い切った。
「ミノリさん、そんなことをしてはダメです。早く頭を上げてください」
なぜか、桐野さんは慌てていた。
「許してもらえますか?」
「許すも許さないもないです。僕は少しも、不快な想いをしていませんから」
えっ、そうなの?
「とにかく、そんな風に謝るのは二度とやめてください。ミノリさんは僕の上司で、お店の経営者なんですよ。簡単に頭を下げちゃダメです」
「でも、私が悪いと本当に思ったから。どう考えても、悪いのは私です。経営者だから謝らなくていいなんて、そんなの間違っていると思います」
「いえ、そういうことじゃなくて……」桐野さんは首を横に振った。「ミノリさんには、はっきり言わないとダメですね。一度しか言いませんから、よく聞いてください。昨日の件、悪いのは僕です。だから、謝るのは僕の方です」
これには、私の方がキョトンとした。
「昨日の僕はまるで子供でした。ミノリさんがおっしゃったことは図星です。家族は僕の恥部なんですよ。触れてほしくないために、あなたにひどい言い方をしてしまいました」
桐野さんは本当に恥ずかしいのか、顔が真っ赤になっていた。
「すいません。申し訳ありませんでした」と、頭を下げた。
今度は私が慌てた。
「桐野さんこそ、やめてください。私も図々しかったし、何ていうか、お互い様ですから」
言ってしまってから赤面してしまう。〈お互い様〉って、我ながら何て場違いな言葉。
私たちは顔を見合わせて吹きだした。笑いながら、私の心は熱くなっていた。初めて桐野さんと心が触れ合ったような気がしたから。
ああ、コミュニケーションって、本当に大切だ。
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