91 / 100
GカクテルⅢ⑤
しおりを挟むたった一人の同僚なのだし、それでなくても喧嘩などしたくはない。
争いごとは大の苦手だ。感情が乱れるし、心の痛みを感じてしまう。桐野さんは頑固だから、謝ることに抵抗があるだろう。だから、私の方から言った方がいい。
「あのう、昨日はいろいろと出しゃばって、本当にすいませんでした」
桐野さんは少し驚いた表情をした。
そんな顔をされたら言いにくい。思い切って、さっさと言ってしまおう。
「お店でいつも一緒なので、つい調子に乗ってしまいました。桐野さんのプライベートに、土足でズカズカ上がりこむなんて」ペコリと頭を下げた。「とても反省しています。これからは気をつけますので、どうか許してくださいっ」
早口だったけど、顔から火を噴き出しそうだったけど、しっかり言い切った。
「ミノリさん、そんなことをしてはダメです。早く頭を上げてください」
なぜか、桐野さんは慌てていた。
「許してもらえますか?」
「許すも許さないもないです。僕は少しも、不快な想いをしていませんから」
えっ、そうなの?
「とにかく、そんな風に謝るのは二度とやめてください。ミノリさんは僕の上司で、お店の経営者なんですよ。簡単に頭を下げちゃダメです」
「でも、私が悪いと本当に思ったから。どう考えても、悪いのは私です。経営者だから謝らなくていいなんて、そんなの間違っていると思います」
「いえ、そういうことじゃなくて……」桐野さんは首を横に振った。「ミノリさんには、はっきり言わないとダメですね。一度しか言いませんから、よく聞いてください。昨日の件、悪いのは僕です。だから、謝るのは僕の方です」
これには、私の方がキョトンとした。
「昨日の僕はまるで子供でした。ミノリさんがおっしゃったことは図星です。家族は僕の恥部なんですよ。触れてほしくないために、あなたにひどい言い方をしてしまいました」
桐野さんは本当に恥ずかしいのか、顔が真っ赤になっていた。
「すいません。申し訳ありませんでした」と、頭を下げた。
今度は私が慌てた。
「桐野さんこそ、やめてください。私も図々しかったし、何ていうか、お互い様ですから」
言ってしまってから赤面してしまう。〈お互い様〉って、我ながら何て場違いな言葉。
私たちは顔を見合わせて吹きだした。笑いながら、私の心は熱くなっていた。初めて桐野さんと心が触れ合ったような気がしたから。
ああ、コミュニケーションって、本当に大切だ。
0
『銀座のカクテルは秘め恋の味』の御閲覧をありがとうございました。いかがだったでしょうか。もし、お気に召したのなら、「お気に入り」登録をお願いいたします。どうぞ、お気軽に楽しんでください。
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説



淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる