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GカクテルⅡ⑤
しおりを挟む私は言いたいことの半分も言えなかった。桐野さんはカウンターに中に入り、グラスを磨いている。二人とも無言の時間が過ぎていく。店内に響くのは、グラスを磨く音だけ。私はいたたまれなくなって、ふらりと外に出た。
悔しかった。桐野さんではなく、自分自身に対して、悔しくて仕方なかった。
どこかに甘えがあったのかもしれない。私は経営者だし、雇い主でもある。桐野さんは紳士だし、女性の意見を尊重してくれるはず。そんな思惑がなかった、とは言い切れない。
ビルの階段にハンカチを敷いて、腰を下ろした。
ふと、父が来店した日のことを思い出す。あの夜は、終電に遅れてしまったので、父と一緒にタクシーで帰ることにしたのだ。
後部座席で心地好く揺られていると、父が何気なく言った。
「桐野さんはイメージとは全然ちがったな。もっとフレンドリーな感じを想像していたんだ」
「桐野さんは気さくだよ。何でも気軽に相談できるし、私をサポートしてくれる」
「だろうな。面倒見はいいと思う。ただ、職人肌というか、芸術家気質というか、これ以上は踏み込まないでほしい、という壁みたいなものを感じる。基本的に真面目だし、誠実なのは間違いない。本人にしかわからない強いこだわり、厳密な戒めみたいなものを感じる。ただ、それは周囲にはわかりづらい。彼は不器用そうに見えるし、誤解されやすいだろうな」
「そうかなぁ、私は壁なんか感じないよ」さりげなく、反論した。
でも、本当は嘘だった。一緒に働いているのだから、百も承知だ。
「男親としては気になるんだが、ミノリはああいうタイプがいいのか?」
私は意識的に、眼をパチクリさせた。
「男性のタイプってこと? やだもう、父さん、酔ってる。あくまで同僚だし、そんな眼で見ることはできないよ」
嘘を重ねたけど、父にはバレバレだったかも。
「ああいうタイプを付き合うと、よほど惚れこんでいないと苦労するぞ。親父に振り回されたお袋と同じだ。ある種のカリスマ性といえるだろうが、彼には周囲の価値観を捻じ曲げる影響力がある。他人の意見には耳を貸さないし、おまけに、一切価値を認めない。たぶん、つらい想いをすることになるぞ」
「だから、そういうんじゃないから」
笑いとばして、父の忠告をスルーした。でも、本当はわかっていた。ただ、桐野さんのそういう部分は、見ない振りをしてきただけだ。
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