銀座のカクテルは秘め恋の味

坂本 光陽

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久しぶりの銀座②

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 よし、いくぞ。気合を入れて、「えいっ」とドアを開ける。目の前には、落ち着いた大人の空間が広がっていた。全体的にブラウンをメインにした柔らかな色使い。

【オリンポス】はダイニング・バーだ。銀座ではまだ新しいバーだけど、20代、30代の若い客層をとらえて、流行はやっているらしい。つい、カウンター席に腰を下ろして、くつろぎたくなってしまう。

 だけど、その前に私には、なすべきことがある。

「すいません、まだ開店前なのですが」きれいな脚をした美人が笑顔で声をかけてきた。

「いえ、お客ではないんです。私、雪村ミノリと申します」ペコリと頭を下げる。「あわただしい時に来てしまいまして、本当にすいません。あの、こちらの桐野黎児さんをたずねてまいりました。今、おられますか?」

 とたんに、美人の笑顔が凍りついた。
「どのような御用件でしょうか」

 ええっと、それは、ちょっと言いにくい。言いよどんでいると、美人がぴしゃりと言った。
「申し訳ありません。桐野は辞めました」

 えっ、そんなはずはない。確か今月いっぱいは、ここでシェーカーを振っているはず。
「今日、開店前の時間に、お会いする約束になっているんですが……」

 返ってきたのは、あてつけがましい溜め息。
「どうぞ、お引き取りを」有無うむを言わせぬ冷たい声音こわねだった。

「店長、僕の客人きゃくじんです。勝手なことを言わないでください」

 カウンターの奥から、制服を身に着けた桐野さんが現れた。かっこいいルックスなのに、強烈な眼ヂカラが印象的。日焼けした肌に、真っ白なシャツがよく似合っている。

 と、それはさておき、私は大変まずい時にきたらしい。

「あら、いたの。でも、嘘じゃないでしょ。あなたは店を辞める気なんだから」
「落ち着いて話を聞いてください。ヒステリーをおこされては、話し合いにならない」

 ああ、桐野さん、そんな言い方をしちゃダメですよ。

「誰がヒステリーよっ。この恩知らずっ。行き場を失っていたあなたに手を差し伸べたのは、この私よ」

 ほら、地雷を踏んじゃった。美人だけに、より一層怖い。
 だけど、桐野さんは動じない。

「僕は約束を果たしたつもりです。そちらの御要望どおりに勤め上げました。貸し借りなしというのが、僕の認識ですが」

 桐野さんと美人店長さんは、私そっちのけで言い争っている。互いに一歩も譲らない。美男と美女の丁々発止ちょうちょうはっしだ。思わず後ずさってしまうほど迫力がある。

 ハッと気づいた。二人の言い争いの原因って、ひょっとして私? そうだ、私のせいかもしれない。
 桐野さんが言い争いを一時中断して、私のそばにやってきた。

「すいません、みっともないところをお見せして」
「いえ、こちらこそ……。もしかすると、私のせいでしょうか?」

「いえ、雪村さんとのことは検討段階ですし、これは僕自身の問題です。昔から敵が多くて、いつも風当たりが強いんですよ」

 はぁ、そんなこと、自慢げに言わないで下さい。

「店長には時機を見て話すつもりでしたが、最悪のタイミングでバレてしまいました」
「どうします。立て込んでいるようですし、私、出直しましょうか?」
「申し訳ありません。仕切り直しということで、明日、僕の方から御連絡しますから」

 桐野さんは唇の端をキュッと上げた。これが、彼の笑顔である。私のお祖父ちゃんのように、顔中でにっこりとは笑わない。
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