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久しぶりの銀座③

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 というわけで、逆ナンは失敗。というか、次回に延期。

 私は複雑な気持ちで、夕暮れの銀座通りに出る。ちなみに、銀座通りというのは通称で、正式名は中央通りという。

 さて、美味しいものでも食べて、気分を変えようか。右に行けば、資生堂パーラーのミートクロケット。左に行けば、銀座木村家の小海老のカツレツサンド。少し迷ったけれど、今日は木村家さんにしよう。

 銀座4丁目の交差点まで歩き、銀座木村家に入る。一階がベーカリーで、二階にカフェがある。階段を上がると、運よく窓際の席が空いていた。黄昏時の街並みを見下ろしながら、一口サイズのサンドイッチをパクリと頬張る。

 ボリュームたっぷり、プリップリの海老がうれしい。この美味しさは全然変わらない。顔が自然とほころんでくる。俄然がぜん食欲がわいてきて、名物の あんぱんもいただく。お祖父ちゃんもこの上品な甘さが大好きだった。

 美味しいもののおかげで、頭の中が活性化してくる。あちこちに散らばっていたファクターが集合して、にわかに化学反応を引き起こす。私の思考はピョンとジャンプする。

 もちろん、桐野黎児さんについてだ。あの美形バーテンダーに私が魅かれたのは、彼の中に祖父・雪村隆一郎りゅういちろうを見出したからではなかったか。二人はタイプも性格も笑顔も違うけれど、ひとつだけ共通点があった。

 自分の力を信じ切っているところだ。とにかく、ぶれない。ひたすら、わが道を突き進む。周りから何を言われても気にしない。ややもすると、耳を貸さないこともある。頑固者がんこものという見方もできるけど、私は実力に裏打ちされた自信があるからと思いたい。

 カフェの窓から、4丁目交差点が見下ろせる。おびただしい数の人たちが行き交っている。この中で、組織や集団に頼ることなく、自分の力だけを頼りに生きている人が、どれだけいるだろう。

 おそらく、一握りに違いない。ほとんどの人は宮仕みやづかえをして、人並みの幸せを享受きょうじゅしようと悪戦苦闘をしているはずだ。

 お祖父ちゃんや桐野さんのような人は違う。安定した暮らしに背を向けて、たった一人で歩き続ける。頼りになるのは自分のスキルだけ。生活の保障はない。常に不安定だろう。でも、リスクを怖れない。人生の綱渡りを楽しんでいるようにさえ思える。

 凡人中の凡人である私から見れば、あまりにもまぶしすぎる生き方だ。うらやましくて、溜め息が出てしまう。

 ただ、小娘の私にもできることはある。桐野さんの輝く場を提供して、彼をサポートすることなら、存分に力を発揮できると思う。

 私の眼に狂いはないはずだ。西麻布のパーティ会場で桐野さんと初めて会った時、この人しかいないと思った。私のパートナーは、彼以外にいないと確信した。

 断っておくけど、付き合いたいとか、そういった浮ついた話ではない。私には野心がある。そのために、この一年間、コツコツと準備を進めてきたのだ。

 私は桐野さんを落とす。絶対に逃がさない。
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