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A:美女の再会②
しおりを挟む「てめぇ、将来どうするんだ。啓杏大の卒業生に、ろくな就職口はねぇぞ。手に職をつける専門学校の方がまだましってなもんだ」
「そうですね。未来真っ暗ですね。どうするかなぁ」
狗藤はヘラヘラしながら、右から左へと聞き流していた。就職や卒業の前に、進級の心配の方が先だ。必須科目の単位だけは落とさないようにしないと、余分な学費を払う羽目になる。
「狗藤よ、今のままじゃ、てめぇ、就職浪人だぞ。ちったぁ、社会の役に立ってみろよ。俺はな、てめぇのために、心を鬼にして言ってんだ! 早く一人前にしてやりてぇんだよ! わかるよな、俺様の気持ちっ!」
黒之原は大口を開けて、下品に笑いながら、
「思いやりのある先輩がいて、オマエって幸せ者だなぁっ!」
グローブのような手で、バシバシと頭をはたかれる。手加減なしなので、ひどく痛い。狗藤は苦笑しながら、「早く帰りたい」と心の中で呟いた。
その時、どこからか声が聞こえた。
「だったら、さっさと帰れ」
不思議なことに、頭の中にダイレクトに響いてきたのだ。黒之原の声ではない。若い女性の声だった。なぜか、聞き覚えのある涼やかな声音。狗藤は周りを見渡してみたが、声の主は見当たらない。店員も客も全員男性なのだから当然だ。
黒之原の独演会は続いている。バシバシ背中を叩かれたり、唾を浴びせられたりしながら、狗藤は心を他のことに向けていた。はっきり言って、現実逃避である。
この焼き鳥は旨いな。シシャモの香ばしさも、玉子焼きの控え目な甘さも最高。なのに、この激安ぶりは奇跡だな、といった具合だ。
「何を考えとんねん。おまえはアホか」
また、頭の中で声が聞こえた。心底呆れたような声だった。断じて空耳ではない。その証拠に後ろを振り向くと、今度は声の主がいた。
圧倒的な美女だった。切れ長の眼が印象的なエキゾチックな美貌。ミニドレスの広い襟ぐりからのぞく、水蜜桃のようなバスト。セクシーなカーブを描くしなやかな肢体なのに、凛とした佇まい。
強烈な眼ヂカラが、狗藤の全身を射ぬいた。視線を下げると、膝上20センチのミニスカートからスラリと伸びた美脚。視線を上げると、腕組みのせいで強調された豊かなバストが目に入る。
狗藤は無意識に、初対面の時と同じリアクションをしていた。贔屓目なしに、そこらのアイドルより、はるかに美人だ。全身から神々しいオーラを立ち上らせている。
「いやらしい眼でジロジロ見るんやない。このドアホがっ」
頭の中で罵倒された。そんなバカな、と狗藤は思う。これはまさか、テレパシーというやつか? いや、それよりも、今のこの状況の方が問題だ。男ばかりのむさくるしい店内で、ミニドレスの美女は明らかに場違いである。なのに、誰一人、気にする様子はない。
まさか、自分にしか見えないのか? 目の前の美女は、幻覚なのか? 何なんだ、これは。よくわからないが、わからないなら、とりあえず、気にしないでおこう。
狗藤は美女に背を向けて、残っていた玉子焼きを口いっぱいに頬張った。うん、やっぱり最高にうまい。
「この野郎、シカトすんなっ」
美女は眼をむいて激昂した。
「このドアホが! 死んでまえっ、××××野郎っ!」
セクシーな唇から飛び出すには、あまりにもミスマッチな言葉と口調だった。
やべ、怒らせた。狗藤が振り向くと、美女は腰を落として、スラリとした右脚を後ろに引いたところだった。渾身の蹴りを入れるつもりだ。もちろん痛いだろうけど、相手は正真正銘の美女である。これはある意味、ラッキーなのかも。
そんな不埒な想いを打ち砕くように、真っ白な脚が鋭い角度で一閃した。
狗藤は思わず、眼をつぶる。しかし、数秒たっても身体のどこにも衝撃はない。狗藤が感じたのは、髪の毛をなぶっていった一陣の風だけだ。
おそるおそる眼を開けると、美女の姿は消えていた。柑橘系を思わせるフルーティな残り香だけが漂っている。
あれ、俺、酔ったのかな。狗藤の視界が、ぐにゃりと歪んだ。ナマ中からチューハイに切り替えたあたりから、頭の具合がおかしくなっていた。どうやら調子にのって、飲みすぎたようだ。店員さんに頼んで水をもらおう。
しかし、そこで、狗藤の意識は途切れてしまった。
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