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一章〈practice〉~積み重なれば報われるハズ~
一 拓視点
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学校から良い眺めだと評判の屋上。見晴らし良し、風通しも良し。時間帯によっては人通りも少ない。あの宴会騒ぎの日から有馬が気に入ったらしく、人通りの少ない時間帯をリサーチして俺をよく誘ってくる。俺はコイツと二人きりになるのを避けるのに何度も断っていたが、日に日にしつこく誘ってくるものだからとうとう折れたのだった。
「ほらチョコ見て、並んだ桜が一望出来るよ!」
「ああ」
「やっぱり桜は綺麗だな~。もう大分散ってきちゃったけど、ああやって花びらが落ちて、緑と混じってる桜も風流ってやつだよな」
肩より少し高めのフェンスに腕を掛けて、その腕に顎を乗せて桜を見渡している。屋上でサボってしまったあの日に散々見たというのによく飽きないもんだ。
俺も数歩離れたところで桜を眺めてる。言われてみれば確かに桜ももう終わりだ。地面には花びらが桃色の絨毯のように散らばっている。
「あの下で寝転がってみたらさぞ気持ちいいんだろうな。花びらの舞が見られてきっと綺麗だよ」
「そういうもんか」
「満開の時なんかにお花見しながら弁当でも食べたかったね」
「桜って下にいると毛虫落ちてこねぇ? そこで弁当食うのはなんか……」
「チョコ、そんなのはナンセンスだよ! そういうことは気にせず、桜の下で食べて歌って踊って楽しむのがいいんじゃないか」
「はあ」
有馬のこういうところは良いところだと思う。感性が豊かというか、人間味があるというか、自分には無いものを持ってる。そういうところが人と接するのに必要なのかもしれない。ちょっとだけ羨ましいとも思うが、自分にはそんなものを楽しむ余裕が無い。だから一生無縁だと思ってる。
「チョコ」
「なんだ、うわっ」
一瞬気を抜いていて、気づいたらもうすぐ隣にやってきている。
「な、なんだよ」
「待って」
「っ!」
距離を取ろうとしたら袖のシワを掴まれ引っ張られる。
「あの、ごめん」
「ああ?」
「……この前の、ケーキの時……。ちょっと調子に乗ったから」
「ああそうだな。思っきし調子乗ってたな」
「ごめん!」
謝ると同時にぐっと強くシワを握って頭を下げてきた。このままずっとそうしていたら袖に変な跡が出来そうだ。
「……まあ、謝ったし……許してやる」
顔を上げた有馬の顔はそれはもうキラキラしたものだった。満面で嬉しさを表現している。
「チョコ……! ああっ、この喜びを全身で伝えたい、今すぐこの腕に抱きしめたい」
「駄目だからな。つか早く離せ」
「わ……わかっているさ」
「どうだか」
やっと袖から離れて、すかさず袖を引っ張り伸ばしてシワを取る。気を抜くといつも間合いにいる。あわよくば触れようとしてくるのだから信用もへったくれもない。
「あのさ、ものは相談なんだけどいいかな」
「相談?」
「ええと……相談というか提案なんだけど」
俺は眉をひそめて有馬を睨みつけた。
有馬が真剣な顔をしたかと思えば突然ニヤニヤしだしたり、とにかく気味が悪い。
「気色悪い」
「酷い、ひどいわチョコ! こんなにも貴方のことを考えているのにっ」
「その芝居もおかしいだろ。なんで女口調だよ」
「いや~ちょっと場を和ませようと思ってだね」
裏声を出して意外とマッチしていたのが面白い。しかしそんなことはどうでもいい。
「で?」
「あー……もうあまり時間も無いし、ささって言ってしまうけれど」
確かにそうだ。昼休みの終わるギリギリの時間で、さっきまで数人屋上にいたがもういなくなっている。何を言ってくるのか全くわからないが、この流れだとまたおかしなことを言ってくるような気がしかしない。
「チョコの為だよ。決して俺の為じゃないからな。チョコの為だから。大事なことだから二回言ったよ。チョコの為だから」
「あーはいはい、なんだよ。そこまで念押さなくてもいいっての」
これはいよいよ怪しい。そして有馬が言ったことは。
「触れる練習をしたらどうかな」
「触れる練習……」
予想を裏切らないヤツだ。
「今後の為にだよ。チョコがいつ他の人に触られて可愛い声を出してしまうか不安で不安で」
「あああっそういうことはお前が不安に思うことじゃねぇ」
「不安だよ。だって俺の恋人だし」
「!」
いきなりそういうこと言ってくんなし。……恋人?
「それに俺にも限界がある! チョコに触りたいのに触れないなんて据え膳もいいとこだよ! 俺はもっとチョコとよろしくしたい!」
「そっちが本音だろ」
「どっちも本音だ!」
堂々と胸を張って言うことがこれか。こんなことがコイツらしいと思えてしまうのはどうなんだろうか。
昼休みの時間ももう少ない。ここは促して早く終わらせるべきだ。
「練習って何するんだよ」
「まずはチョコが俺に触れてみて」
「お、おう」
自分から人に触れる。そんなことをしたいと考えたことはなかった。小さい頃、親にもあまり甘えた記憶がない。
触れた記憶……コイツを腹パンしたのが最近だな
「殴ってもいいか」
「えっ殴られるようなことしたかな!? まさかこの前のことを根に持っていて殴り足りなくて俺をサンドバッグにしたいとそういうことなのか!?」
「ちげぇし」
よくそんな舌が回るな……
「殴った時は特に何も感じなかったんだよ」
「そ、そう。でも今は優しく触って欲しいかな……」
さすがの有馬も苦笑いしている。
とっとと終わらせてしまおう。そう思うが、ただ単に触れるだけの行為に勇気が必要だ。
大丈夫だ、ちょっと触るだけ……ちょっとだけ
「っておおおいっ!」
「ほら、チョコどうぞ」
まごついていると有馬が早く触れと言わんばかりにづかづかと近寄ってくる。なんて強引なヤツだ。
「よ、寄ってくんじゃねぇ!」
そう言って俺は手を伸ばしていた。そして俺の手は有馬の胸に押し当てられた。
…………あれ?
「…………触れる」
「やったじゃないかチョコ!」
「あ、ああ……そう、だな」
なんだ、自分から触れるのは大丈夫になったのか……
正直かなり驚いている。幼い頃は自ら触れるだけでも過敏になっていたのに。
「っ……」
お、意外と触ってられるな
「チョコ……」
「あ?」
「~~~~っ、チョコのえっち!」
「はあ?」
これもいい機会だと思って押し当てた有馬の身体をペタペタとところどころ触ってただけだ。
よくわからないが有馬は手をクロスさせて胸を隠しながら慌てて走って屋上から出ていった。
「なんだっつーの。ったく……まあでも意外と触れることはわかったな」
自分の身体の進歩に安堵しながらそう呟いていたら予鈴が鳴り、俺も慌てて屋上から教室へ疾走した。
✿✿✿✿✿
数日間かけてリサーチした結果から、時間だけではなく曜日も特定したらしい。人の少ない時間と曜日、それに合わせて俺と有馬はまた屋上に来ては少ない時間で触られる練習をしている。
「……っ」
「どうかな」
「くっ……ちょっと、まて……っ」
俺から触れることは出来る。それはわかった。やはり問題は触れられることだ。どうにか触れられることに慣れないといけない。だから今は有馬に少しずつ触れてもらい、触れても大丈夫な箇所、どの程度なら触れてもいいのか試してもらっている。シャツ越しの腕、体幹だけでもぞくぞくとしてくる。
「少しだけ」
それなのに有馬は捲った袖から露出する肌に直接触れてきた。するすると這わせてくる手の感触に、それだけなのに俺の身体は過敏に反応する。
「ふぁっ……ん……っ……」
「ごめん、触り過ぎたかな」
触れていた手を離して両手を挙げ、不安げな顔で俺を見てくる。
俺はと言うと、これだけのことでもう身体が火照ってしまっている。触られた腕を抑えてじわじわと高まる熱を我慢する。
「はぁ……今日はこのくらいにしておこうか」
「!」
まだ始めて二分くらいしか経っていない。しかし有馬は薄っすらと笑いを浮かべてあっさりと身を引いていく。
その溜息は何だ。もしかして……呆れた? 予想以上の体質で嫌になったのか……?
「ちょっと辛そうだし、また今度試してみよう。少しずつ慣らしていこう。ね?」
やや早口でそう言うだけ言って屋上から出ていこうとしている。
俺は離れていく有馬の背中を見ていたら居た堪れない気持ちでいっぱいになる。その気持ちを乗せた拳を握り締め、痛くないであろう力でパンチしてやった。
「うっ、え? チョコ?」
「まだ行くな」
後ろから有馬のズボンのベルトを掴んで引き留めた。こんな自分の体質の為にこんなことに付き合ってもらって、触れられる方は全然進歩が無くて、不甲斐なくて悔しかった。有馬の言う通り少しずつ慣らしていけば、もしかしたら良くなるかもしれない。けれどそれはいつになるのか焦れったくて、有馬をいつまで付き合わせるのか不安になる。
「俺だって、俺だって好きでこんな身体になったんじゃねぇ。本当はもっと……もっと、色々してみてぇのに……」
触ること。触られること。この動作を我慢することで様々なことを諦めてきた。それが今は触ることが出来る。触られることもいつか。
「いつかはわかんねぇけど、ちゃんと、慣れるように……なりたい。だから、呆れるかもしれねぇ、嫌になるかもしれねぇケド、悪いが……これからも頼む」
言いたいことは言えた。ベルトから手を離して俺も教室に向かおうと歩き出す。が、有馬が振り向いて進む道を塞がれた。
「有……んんっ」
近寄ってくる有馬に反射的に仰け反って、背中に回された手にビクリと震える。仰け反った状態で支えられ、有馬の顔が近づいてきて、そっとキスが下りてきた。そして引き寄せられてそのまま抱きしめられる。
「ダメだよチョコ……こんなの俺が我慢できない」
「あり、ま……いきなし、なんっ、だよ……」
「ごめん。でもこればっかりはチョコが悪いよ。そんな可愛すぎること言うから」
「かわっ、は、はあ?」
コイツの言う可愛いがよくわからない。どこをどう見て何を聞いて可愛いと言うのか。気になることは抱きしめられて太腿に押し当てられているナニかだ。
「……お前、もしかして」
察してジト目をしながら有馬の顔を見つめてると、有馬は動揺してその上照れた様子で紅潮してる。
「チョコが可愛い声を出すからだよ! だからちょっと落ち着かせようと思って今日はもうお開きにしようとしてたのに、あんな可愛いことまで言ってくるんだからもうコレは自然な現象だよ!」
「はあ。俺はお前の言う可愛いとかってよくわかんねぇが、まあその……呆れてる……とかってわけじゃねぇんだな?」
「そんなわけあるか! 何に呆れるって言うんだい? こんなチョコの可愛い喘ぎに取り乱した姿を見られる絶好のチャンスを逃すわけないじゃないか!」
「……お前って本当に正直だな」
つまりはアレか。変な気を起こしたから急にやめるって言い出したってことだよな。それならやめるが正解だよな。俺の身が危ない。有馬の行動は正しかった。……あれ? 引き留める必要無かったってことか?
「ああでも、チョコがこんなに積極的に俺ともっと色んなことをしたいと思ってくれているなんて俺はとても嬉しいよ」
んん?
「俺はそんなこと言ってねぇ」
「ええっ? もっと色々したいから慣れたいって……」
「そうは言ったがお前とだなんて言ってねぇよ」
「嘘だろ!? あの流れは俺を求めてのことだよね!? じゃあチョコは身体に触れる手伝いは他の誰でもいいってことなのか!?」
「それは違う」
誰でもいいわけがない。こんな恥ずかしいことを頼めるのは理解があるからだ。
「都合よく利用できるから?」
「その言い方はムカつく。そうじゃなくて、他の全然知らねぇ他人よりもまだマシだからで」
「チョコ。俺は悲しいよ」
ズキンと心が傷む発言だ。確かに悪いことを言っている。その自覚がある。だが他になんて言えばいいのかわからない。
「そこは素直に恋人だからって言ってくれていいんだよ」
「へ?」
また恋人って……この前もそう言ってたが、俺たちはそういう関係じゃねぇ。なるなんて言ってねぇし断ったよな。でもキスしたし……キスしたら恋人ってことになるのか?
「……恋人じゃねぇだろ」
「えっ?」
今度は有馬が驚いた顔をしている。
またお互いに勘違いしているような気がする。
「恋人じゃない? そんなまさか! 俺たちは付き合っているんじゃないのかい!? あんなに何度もキスしたじゃないか!」
心無しか有馬の声音が強く、怒りが混じっているような気がする。
「何度もって数回しか……」
「けどしたことには変わり無いよな? チョコは恋人じゃないヤツとでもキスするのか?」
「あ゛ぁ? そういうんじゃねぇよ」
「つまりは誰とでもキスするのかってことだよ」
「だからそういうんじゃねぇってのッ!」
感情が抑えきれずに怒鳴り散らした。
有馬も俺も黙ってその場で立ち尽くし嫌な重い空気になっている。
ベラベラ喋って勝手に何を言ってんだ。誰とでもキスする? ふざけるな。触られるのでさえ気持ち悪いのに、ましてやキスとかするわけないだろうが
キーンコーンカーンコーン
予鈴が鳴った。二人共黙っているせいかその音が今はやたら大きく感じる。鳴り終えた途端に有馬が先に動き出した。
「本当に俺はただの都合のいい男だったってことだね」
去り際にそう言って屋上から出ていった。
その背中を睨みつけて見送った俺だが、頭の中は呆然としていて何が何だかよくわからなくなっていた。
「ほらチョコ見て、並んだ桜が一望出来るよ!」
「ああ」
「やっぱり桜は綺麗だな~。もう大分散ってきちゃったけど、ああやって花びらが落ちて、緑と混じってる桜も風流ってやつだよな」
肩より少し高めのフェンスに腕を掛けて、その腕に顎を乗せて桜を見渡している。屋上でサボってしまったあの日に散々見たというのによく飽きないもんだ。
俺も数歩離れたところで桜を眺めてる。言われてみれば確かに桜ももう終わりだ。地面には花びらが桃色の絨毯のように散らばっている。
「あの下で寝転がってみたらさぞ気持ちいいんだろうな。花びらの舞が見られてきっと綺麗だよ」
「そういうもんか」
「満開の時なんかにお花見しながら弁当でも食べたかったね」
「桜って下にいると毛虫落ちてこねぇ? そこで弁当食うのはなんか……」
「チョコ、そんなのはナンセンスだよ! そういうことは気にせず、桜の下で食べて歌って踊って楽しむのがいいんじゃないか」
「はあ」
有馬のこういうところは良いところだと思う。感性が豊かというか、人間味があるというか、自分には無いものを持ってる。そういうところが人と接するのに必要なのかもしれない。ちょっとだけ羨ましいとも思うが、自分にはそんなものを楽しむ余裕が無い。だから一生無縁だと思ってる。
「チョコ」
「なんだ、うわっ」
一瞬気を抜いていて、気づいたらもうすぐ隣にやってきている。
「な、なんだよ」
「待って」
「っ!」
距離を取ろうとしたら袖のシワを掴まれ引っ張られる。
「あの、ごめん」
「ああ?」
「……この前の、ケーキの時……。ちょっと調子に乗ったから」
「ああそうだな。思っきし調子乗ってたな」
「ごめん!」
謝ると同時にぐっと強くシワを握って頭を下げてきた。このままずっとそうしていたら袖に変な跡が出来そうだ。
「……まあ、謝ったし……許してやる」
顔を上げた有馬の顔はそれはもうキラキラしたものだった。満面で嬉しさを表現している。
「チョコ……! ああっ、この喜びを全身で伝えたい、今すぐこの腕に抱きしめたい」
「駄目だからな。つか早く離せ」
「わ……わかっているさ」
「どうだか」
やっと袖から離れて、すかさず袖を引っ張り伸ばしてシワを取る。気を抜くといつも間合いにいる。あわよくば触れようとしてくるのだから信用もへったくれもない。
「あのさ、ものは相談なんだけどいいかな」
「相談?」
「ええと……相談というか提案なんだけど」
俺は眉をひそめて有馬を睨みつけた。
有馬が真剣な顔をしたかと思えば突然ニヤニヤしだしたり、とにかく気味が悪い。
「気色悪い」
「酷い、ひどいわチョコ! こんなにも貴方のことを考えているのにっ」
「その芝居もおかしいだろ。なんで女口調だよ」
「いや~ちょっと場を和ませようと思ってだね」
裏声を出して意外とマッチしていたのが面白い。しかしそんなことはどうでもいい。
「で?」
「あー……もうあまり時間も無いし、ささって言ってしまうけれど」
確かにそうだ。昼休みの終わるギリギリの時間で、さっきまで数人屋上にいたがもういなくなっている。何を言ってくるのか全くわからないが、この流れだとまたおかしなことを言ってくるような気がしかしない。
「チョコの為だよ。決して俺の為じゃないからな。チョコの為だから。大事なことだから二回言ったよ。チョコの為だから」
「あーはいはい、なんだよ。そこまで念押さなくてもいいっての」
これはいよいよ怪しい。そして有馬が言ったことは。
「触れる練習をしたらどうかな」
「触れる練習……」
予想を裏切らないヤツだ。
「今後の為にだよ。チョコがいつ他の人に触られて可愛い声を出してしまうか不安で不安で」
「あああっそういうことはお前が不安に思うことじゃねぇ」
「不安だよ。だって俺の恋人だし」
「!」
いきなりそういうこと言ってくんなし。……恋人?
「それに俺にも限界がある! チョコに触りたいのに触れないなんて据え膳もいいとこだよ! 俺はもっとチョコとよろしくしたい!」
「そっちが本音だろ」
「どっちも本音だ!」
堂々と胸を張って言うことがこれか。こんなことがコイツらしいと思えてしまうのはどうなんだろうか。
昼休みの時間ももう少ない。ここは促して早く終わらせるべきだ。
「練習って何するんだよ」
「まずはチョコが俺に触れてみて」
「お、おう」
自分から人に触れる。そんなことをしたいと考えたことはなかった。小さい頃、親にもあまり甘えた記憶がない。
触れた記憶……コイツを腹パンしたのが最近だな
「殴ってもいいか」
「えっ殴られるようなことしたかな!? まさかこの前のことを根に持っていて殴り足りなくて俺をサンドバッグにしたいとそういうことなのか!?」
「ちげぇし」
よくそんな舌が回るな……
「殴った時は特に何も感じなかったんだよ」
「そ、そう。でも今は優しく触って欲しいかな……」
さすがの有馬も苦笑いしている。
とっとと終わらせてしまおう。そう思うが、ただ単に触れるだけの行為に勇気が必要だ。
大丈夫だ、ちょっと触るだけ……ちょっとだけ
「っておおおいっ!」
「ほら、チョコどうぞ」
まごついていると有馬が早く触れと言わんばかりにづかづかと近寄ってくる。なんて強引なヤツだ。
「よ、寄ってくんじゃねぇ!」
そう言って俺は手を伸ばしていた。そして俺の手は有馬の胸に押し当てられた。
…………あれ?
「…………触れる」
「やったじゃないかチョコ!」
「あ、ああ……そう、だな」
なんだ、自分から触れるのは大丈夫になったのか……
正直かなり驚いている。幼い頃は自ら触れるだけでも過敏になっていたのに。
「っ……」
お、意外と触ってられるな
「チョコ……」
「あ?」
「~~~~っ、チョコのえっち!」
「はあ?」
これもいい機会だと思って押し当てた有馬の身体をペタペタとところどころ触ってただけだ。
よくわからないが有馬は手をクロスさせて胸を隠しながら慌てて走って屋上から出ていった。
「なんだっつーの。ったく……まあでも意外と触れることはわかったな」
自分の身体の進歩に安堵しながらそう呟いていたら予鈴が鳴り、俺も慌てて屋上から教室へ疾走した。
✿✿✿✿✿
数日間かけてリサーチした結果から、時間だけではなく曜日も特定したらしい。人の少ない時間と曜日、それに合わせて俺と有馬はまた屋上に来ては少ない時間で触られる練習をしている。
「……っ」
「どうかな」
「くっ……ちょっと、まて……っ」
俺から触れることは出来る。それはわかった。やはり問題は触れられることだ。どうにか触れられることに慣れないといけない。だから今は有馬に少しずつ触れてもらい、触れても大丈夫な箇所、どの程度なら触れてもいいのか試してもらっている。シャツ越しの腕、体幹だけでもぞくぞくとしてくる。
「少しだけ」
それなのに有馬は捲った袖から露出する肌に直接触れてきた。するすると這わせてくる手の感触に、それだけなのに俺の身体は過敏に反応する。
「ふぁっ……ん……っ……」
「ごめん、触り過ぎたかな」
触れていた手を離して両手を挙げ、不安げな顔で俺を見てくる。
俺はと言うと、これだけのことでもう身体が火照ってしまっている。触られた腕を抑えてじわじわと高まる熱を我慢する。
「はぁ……今日はこのくらいにしておこうか」
「!」
まだ始めて二分くらいしか経っていない。しかし有馬は薄っすらと笑いを浮かべてあっさりと身を引いていく。
その溜息は何だ。もしかして……呆れた? 予想以上の体質で嫌になったのか……?
「ちょっと辛そうだし、また今度試してみよう。少しずつ慣らしていこう。ね?」
やや早口でそう言うだけ言って屋上から出ていこうとしている。
俺は離れていく有馬の背中を見ていたら居た堪れない気持ちでいっぱいになる。その気持ちを乗せた拳を握り締め、痛くないであろう力でパンチしてやった。
「うっ、え? チョコ?」
「まだ行くな」
後ろから有馬のズボンのベルトを掴んで引き留めた。こんな自分の体質の為にこんなことに付き合ってもらって、触れられる方は全然進歩が無くて、不甲斐なくて悔しかった。有馬の言う通り少しずつ慣らしていけば、もしかしたら良くなるかもしれない。けれどそれはいつになるのか焦れったくて、有馬をいつまで付き合わせるのか不安になる。
「俺だって、俺だって好きでこんな身体になったんじゃねぇ。本当はもっと……もっと、色々してみてぇのに……」
触ること。触られること。この動作を我慢することで様々なことを諦めてきた。それが今は触ることが出来る。触られることもいつか。
「いつかはわかんねぇけど、ちゃんと、慣れるように……なりたい。だから、呆れるかもしれねぇ、嫌になるかもしれねぇケド、悪いが……これからも頼む」
言いたいことは言えた。ベルトから手を離して俺も教室に向かおうと歩き出す。が、有馬が振り向いて進む道を塞がれた。
「有……んんっ」
近寄ってくる有馬に反射的に仰け反って、背中に回された手にビクリと震える。仰け反った状態で支えられ、有馬の顔が近づいてきて、そっとキスが下りてきた。そして引き寄せられてそのまま抱きしめられる。
「ダメだよチョコ……こんなの俺が我慢できない」
「あり、ま……いきなし、なんっ、だよ……」
「ごめん。でもこればっかりはチョコが悪いよ。そんな可愛すぎること言うから」
「かわっ、は、はあ?」
コイツの言う可愛いがよくわからない。どこをどう見て何を聞いて可愛いと言うのか。気になることは抱きしめられて太腿に押し当てられているナニかだ。
「……お前、もしかして」
察してジト目をしながら有馬の顔を見つめてると、有馬は動揺してその上照れた様子で紅潮してる。
「チョコが可愛い声を出すからだよ! だからちょっと落ち着かせようと思って今日はもうお開きにしようとしてたのに、あんな可愛いことまで言ってくるんだからもうコレは自然な現象だよ!」
「はあ。俺はお前の言う可愛いとかってよくわかんねぇが、まあその……呆れてる……とかってわけじゃねぇんだな?」
「そんなわけあるか! 何に呆れるって言うんだい? こんなチョコの可愛い喘ぎに取り乱した姿を見られる絶好のチャンスを逃すわけないじゃないか!」
「……お前って本当に正直だな」
つまりはアレか。変な気を起こしたから急にやめるって言い出したってことだよな。それならやめるが正解だよな。俺の身が危ない。有馬の行動は正しかった。……あれ? 引き留める必要無かったってことか?
「ああでも、チョコがこんなに積極的に俺ともっと色んなことをしたいと思ってくれているなんて俺はとても嬉しいよ」
んん?
「俺はそんなこと言ってねぇ」
「ええっ? もっと色々したいから慣れたいって……」
「そうは言ったがお前とだなんて言ってねぇよ」
「嘘だろ!? あの流れは俺を求めてのことだよね!? じゃあチョコは身体に触れる手伝いは他の誰でもいいってことなのか!?」
「それは違う」
誰でもいいわけがない。こんな恥ずかしいことを頼めるのは理解があるからだ。
「都合よく利用できるから?」
「その言い方はムカつく。そうじゃなくて、他の全然知らねぇ他人よりもまだマシだからで」
「チョコ。俺は悲しいよ」
ズキンと心が傷む発言だ。確かに悪いことを言っている。その自覚がある。だが他になんて言えばいいのかわからない。
「そこは素直に恋人だからって言ってくれていいんだよ」
「へ?」
また恋人って……この前もそう言ってたが、俺たちはそういう関係じゃねぇ。なるなんて言ってねぇし断ったよな。でもキスしたし……キスしたら恋人ってことになるのか?
「……恋人じゃねぇだろ」
「えっ?」
今度は有馬が驚いた顔をしている。
またお互いに勘違いしているような気がする。
「恋人じゃない? そんなまさか! 俺たちは付き合っているんじゃないのかい!? あんなに何度もキスしたじゃないか!」
心無しか有馬の声音が強く、怒りが混じっているような気がする。
「何度もって数回しか……」
「けどしたことには変わり無いよな? チョコは恋人じゃないヤツとでもキスするのか?」
「あ゛ぁ? そういうんじゃねぇよ」
「つまりは誰とでもキスするのかってことだよ」
「だからそういうんじゃねぇってのッ!」
感情が抑えきれずに怒鳴り散らした。
有馬も俺も黙ってその場で立ち尽くし嫌な重い空気になっている。
ベラベラ喋って勝手に何を言ってんだ。誰とでもキスする? ふざけるな。触られるのでさえ気持ち悪いのに、ましてやキスとかするわけないだろうが
キーンコーンカーンコーン
予鈴が鳴った。二人共黙っているせいかその音が今はやたら大きく感じる。鳴り終えた途端に有馬が先に動き出した。
「本当に俺はただの都合のいい男だったってことだね」
去り際にそう言って屋上から出ていった。
その背中を睨みつけて見送った俺だが、頭の中は呆然としていて何が何だかよくわからなくなっていた。
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