上 下
8 / 28

僕のことを嫌いになったのだろうか

しおりを挟む
「なんだ、サザエル。いたのか。言ってくれればよかったのに…。すまない、何も用意せず。」

玄関で項垂れているサザエルを見つけて、アヴニールは驚いた。


「…マナは。」


「マナの呼吸は落ち着いたよ。お父様とお母さまがついてるから大丈夫だ。」


「そうですか、よかった。」


傍らでおろおろしている侍従を見るに、声をかけても、彼はここでいいと、ただひたすらここにいたのだろう。


「もう遅いから、泊っていくといいよ。お家には連絡しておくから。さあ、上がって。男同士?っていうのもなんか変だけど、話をしたいこともあるから、つきあってよ。今日は、俺もこの家で泊まりなんだ。」



「……はい。ありがとうございます。」




通された応接間でじっと待っていると、アヴニールがワゴンに料理と酒を持ってやってきた。

「時間もだいぶ過ぎちゃったからね。夕飯用に作ってたもので、適当にサンドイッチにしちゃったよ。」

葉野菜とローストビーフ、魚のポワレがそれぞれ挟まったサンドイッチがきれいに盛り付けられている。

「夜遅いからみんなを働かせるわけにもいかないからさ、サンドするだけなら俺でもできるし。お父様とお母さまにも差し入れしてきたんだ。みんな、夕餉をいただいていないからね。」


マナには、君の果物を差し入れしたよ、と付け加える。



「マナは……突然、僕に姿を見せなくなったんです。距離を取られているというか。…僕のこと、嫌いになったんでしょうか。」

「んー。」ローストビーフと一緒に挟んだマッシュポテトが指について、舐めるようにする動作が何気なく色気があるのは、この人も嫁に行った男だからなのだろうか。

普段は清廉な空気を醸し出している彼は、社交界では鈴蘭の君と呼ばれる華でもある。

うっかりして忘れていたが、身内だとしても人妻と夜更けに二人っきりになるのは、よろしくなかったのではないかとひやひやする。

「君はねえ、良くも悪くも『いい子』だからねえ。自分で気づいていないでしょ、自分がモテてるって。」


「え?」


「君自体には問題ないと思うんだよ。君のことは信頼してるし。だけど、マナは耳が聞こえない分、やっぱり得られる情報って少ないんだと思うんだよ。マナ自身も『聞く』努力はしてるけど、伝える方もうんと努力しないとね。勘違いしてすれ違いすることも、どうしても多いと思うんだよね。」


「……どういうことでしょうか。」


「君ってさ、誰にでも優しいからさ。勘違いする女の子も多いんじゃないかってこと。それで、逆にマナも勘違いしちゃうんじゃないかってことだよ。」


「…………僕が、マナを追い詰めてしまったんですね。」


「勘違いなんてできないくらい、愛情でふさいじゃってよ。俺たち、二人の結婚式楽しみにしてるんだから。……でも、どうしたもんかなぁ。君とのことが今ストレスになってるんだとしたら。今日のアレ、ストレスでも起きるんだ。嘘も方便、こっちでまずはうまくやるかなぁ。まあ、嘘にはならないけど。」


「今日みたいなことって、結構あるんですか?」


「割とあるよ。急に寒くなった時とか…。」


「お願いします。マナの病気と、対処法を教えてください。マナを守れない…!」


「当然だよ。君には夫になる前に厳しく伝授するつもりだったんだ。」


緊張をほぐすように、アヴニールはやわらかく笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された婚活オメガの憂鬱な日々

月歌(ツキウタ)
BL
運命の番と巡り合う確率はとても低い。なのに、俺の婚約者のアルファが運命の番と巡り合ってしまった。運命の番が出逢った場合、二人が結ばれる措置として婚約破棄や離婚することが認められている。これは国の法律で、婚約破棄または離婚された人物には一生一人で生きていけるだけの年金が支給される。ただし、運命の番となった二人に関わることは一生禁じられ、破れば投獄されることも。 俺は年金をもらい実家暮らししている。だが、一人で暮らすのは辛いので婚活を始めることにした。

[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません

月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない? ☆表紙絵 AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。

【完結】私の可愛いヘタレ魔王さま

鏑木 うりこ
BL
「私が、墨炎の魔王 レディアルである。有象無象の矮小なる者よ、疾く消え去るがよい。」  3時のおやつの前に現れた勇者に、私達の魔王さまは言った。生まれたての子鹿のように足をプルプルさせながら。 ♡ ネット小説ほぼ初投稿です。ものすごくお手柔らかにお願いします。折れやすいもので_:(´ཀ`」 ∠):

【R18/短編】2度目の人生はニートになった悪役だけど、賢王に全力で養われてる

ナイトウ
BL
有能わんこ系王様攻め、死に戻り私様ツンデレ悪役従兄弟受け 乳首責め、前立腺責め、結腸責め、好きって絶対言わせるマン

主人公にはなりません

negi
BL
俺は異世界転生したらしい。 しかも転生先は俺が生前プレイしていた18禁BLゲームの主人公。 主人公なんて嫌だ!ゲームの通りにならないようにするためにはどうしたらいい? 攻略対象者と出会わないようにしたいけど本当に会わずに済むものなのか? 本編完結しました。お気に入りもありがとうございます! おまけ更新しました。攻め視点の後日談になりました。 初心者、初投稿です。読んだことあるような内容かもしれませんが、あたたかい目でみてもらえると嬉しいです。少しでも楽しんでもらえたらもっと嬉しいです。

好きな人の婚約者を探しています

迷路を跳ぶ狐
BL
一族から捨てられた、常にネガティブな俺は、狼の王子に拾われた時から、王子に恋をしていた。絶対に叶うはずないし、手を出すつもりもない。完全に諦めていたのに……。口下手乱暴王子×超マイナス思考吸血鬼 *全12話+後日談1話

ボクハ、イラナイコ?

しゅ
BL
日本ではない、どこかの世界。 とある1人の少年のお話。 最初、胸くそ展開ございます。モブレなどはございません。苦手な方はご注意ください。 ハッピーエンド。完結保証。 まずは前書きをご覧下さい。 どうぞ、よろしくお願いします。

最高の魔術師は平凡な容姿で騎士を志す 【BL】

高牧 まき
BL
ジェフリー・レブルはオメガにして最高の魔法使い。次期王妃とうわされている魔法宮長官だ。 しかしある日のこと、辞表を残してジェフリー・レブルは忽然と姿を消した。 そして同じころ、ジェフ・アドルという名の青年(姿を変えたジェフリー)が、騎士見習いとして騎士団の任命書を受け取った。 そんなジェフリーの騎士団員独身寮の同室は、よりにもよってアルファの同期、リチャード・ブレスコットだった。

処理中です...