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上司のような夫と契約妻 3
しおりを挟む――そして馬車に乗り込んだアリアーナは、再び衝撃を受ける。
あまりにルドルフが素敵だったため思わず見惚れてしまい、すぐに気がつくことが出来なかったが、二人の衣装は……。
(お揃い!? 私たち今日も完全にお揃いだわ!?)
淡い水色の軽やかなワンピース姿のアリアーナと、淡い水色の小物があしらわれた淡いグレーの衣装を身につけたルドルフ。誰がどう見ても二人の衣装はお揃いだ。
けれどそのことに気がついて動揺しているのはアリアーナだけらしい。
ルドルフはいつもの調子に戻ってしまい、無表情のまま窓の外に視線を向けている。
(気がつかなかったことにした方が良いみたい……)
少しだけ気まずい狭い空間。仕事を通じてほんの少しだけ近づいたと思った距離は、再び離れてしまったようだ。
アリアーナもルドルフと同じ方向を眺めてみることにした。
いつも義母と義妹に仕事を押しつけられて、まともな服を与えられなかったアリアーナは王都のメインストリートに来たことがほとんどない。
しかし道行く人たちは、誰も彼もが楽ししそうだ。
アリアーナまで楽しい気分になってきたころ、馬車は目的の場所に着き停車した。
先に降りたルドルフが、当然のようにアリアーナに手を差し伸べてくる。
服装のせいだろうか。それとも仕事中ではないから前髪を下ろしているからなのか、その表情はいつもよりも少し柔らかく見える。
「ありがとうございます」
「ああ」
ルドルフにエスコートされて入った店は、ピンクや淡い水色などのパステルカラーであふれていた。
オーナーらしい男性が現れて案内された場所は、リボンやレースであふれ、美しい花が飾られた可愛らしい個室だった。
(確かにこの店にルドルフ様一人で入るのは厳しいかもしれない。いいえ、間違いなく厳しいわね!)
ルドルフがこの可愛らしすぎる部屋で一人ケーキを食べている姿を想像したアリアーナは思わず口元を緩める。
「楽しそうだな」
「え? そ、そうですね! とても可愛いお店なので嬉しくなってしまって!!」
「……そうか、それは連れてきた甲斐があった」
「……!?」
ルドルフが微笑んだ気がして、アリアーナは動きを止める。
(そういう女性を誤解させるような言動、やめた方が良いと思います!)
仕事の視察のために来ただけなのだと言い聞かせなければ、アリアーナの頬は林檎のように染まってしまったに違いない。
慌ててアリアーナはメニューに視線を落とした。
「……えっと、新作を試食するのですよね?」
「そうだな。食べたい物はあったか?」
「どれもとても美味しそうです」
「そうか。全部頼んであるから好きな物を食べると良い」
「え……?」
ルドルフがその言葉を呟くやいなや、次々と焼き菓子がワゴンに乗せられて運び込まれてきた。
林檎の形をした真っ赤なケーキ、クリームで作られた薔薇で飾られたピンク色の焼き菓子、職人の技術がうかがわれるような細工がされた美しいチョコレート。
白い小さなクッキーからは、甘い薔薇の香りが漂ってくる。
紅茶に添えられた角砂糖一つですら、可愛らしくスミレの花がアイシングで描かれていた。
「なんて素晴らしいの……! でも、こんなにたくさん食べきれませんよ?」
「新作の試食が目的なのだから、全部一口ずつ食べれば良いじゃないか」
このあともどんどん目の前に並べられる焼き菓子。アリアーナの目が釘付けになっているのをルドルフは楽しそうに見つめている。
結局アリアーナは、次々と試食をすることになるのだった。
「……美味しいです!」
アリアーナの緑色の瞳がキラキラと輝いた。
「とくにこの黄色い小花のような焼き菓子! 口に入れた瞬間蜜がこぼれるみたいで不思議な食感です」
「そうか」
食べられないと思いながらも、どれもとても美味しくつい食べ過ぎてしまう。
そんなアリアーナの姿を見つめながら、ルドルフはやはり嬉しそうだ。
「ルドルフ様は食べないのですか?」
「いや……。俺は」
「とっても美味しいですよ?」
「そうか……。それなら一口だけ」
アリアーナの食べかけの先ほどの焼き菓子を口にしたルドルフ。
(え……ちょっとまって、どうして私の食べかけを!? 間接キスになってしまうじゃない!)
驚いて目を見開き、頬を染めたアリアーナをルドルフはじっと見つめる。
長い指先がゆっくりと近づいてきて、アリアーナの頬に触れる。
「あ、あの……!?」
「クリームがついていたぞ?」
案外ルドルフは面倒見が良いのかもしれない。
触れられた部分は熱を帯びて、きっと今アリアーナの頬は真っ赤に染まっていることだろう。
そっと頬を押し隠し、アリアーナは「ありがとうございます……」とようやく返事を返したのだった。
***
並んで菓子店から帰ってきた二人を使用人たちは喜びの表情で出迎えた。
(やっぱり盛大に勘違いされている……)
もちろんお揃いの服で菓子店に行った二人は、周囲からは仲良くデートしてきたように見えるかもしれない。
だが実際は、ルドルフが融資している店の新作焼き菓子を試食しただけなのだ。
「いかがでしたか? 奥様」
「とても可愛らしいお店で人気が出そう。もちろん焼き菓子はどれもとても美味しかったわ。これはみんなで食べてね?」
差し出したのは、アリアーナが気に入った黄色い小花の不思議な食感の焼き菓子だ。
これを見る度に間接キスを思い出して頬を染めそうだから他のお菓子にしようとしたのに、ルドルフが気に入ってしまったらしく『これを土産にしよう』と言い出したのだ。
「ありがとうございます」
ベルマンが柔和な笑顔で声を掛けてきたの慌てて笑顔を向ける。
お菓子はたくさんある。使用人全員に行き渡るに違いない。
「ところで旦那様、カルロス様がいらしています」
「カルロスが……」
ルドルフは先ほどまでが嘘のように無表情に戻ってしまった。
そして、アリアーナと向き合ってそっと小さな小袋をその手に握らせた。
「今日は付き合ってもらって助かった」
「いいえ。とても楽しかったです……。ところでこれは?」
「君の分の菓子だ。とても気に入っていたようだから」
少しだけルドルフが微笑んだ気がした。アリアーナはそっと小袋を開いてのぞき込んだ。
袋の中には、小さな黄色い小花の焼き菓子が入っていた。
「……っ、ありがとうございます」
(ルドルフ様は気にしていないのよね。でも、私はこれを見る度に、思い出してしまいそう……)
「あとでまた、焼き菓子の感想を聞かせてくれ」
「えっ」
「……ん。どうした?」
「い、いいえ! 焼き菓子の感想ですよね! かしこまりました」
それだけ言うと、忙しなくルドルフは執務室へと向かってしまう。
そのままアリアーナは自室に戻り、ソファーに座り少々行儀悪く背にもたれかかった。
「今日はなんだか疲れたわ……」
そっと触れた頬。ルドルフの指先が触れた部分は、いつまでも熱を持ったままで、アリアーナを困惑させるのだった。
***
その頃、ルドルフはフィンガー商会で彼の片腕を務めるカルロスと執務机を挟んで向き合っていた。
「それで、フェルト侯爵の弱みは掴めたか?」
「領地にある魔鉱石の鉱山を開発したいようですが、技術者が足りないようです。王家から必ず開発を成功させるように指示され、焦っているように見受けられました」
「なるほど……。そのほかの情報は」
「……アリアーナ様の義妹、フィア・メイディン伯爵令嬢の婚約者バラード・レイドル子爵令息が経営する商会が提携に名乗りを上げているようです」
無表情だったルドルフの口元が軽く歪んだ。
カツカツと指先で机の上を数回叩き、何やらペンで紙に数字を書き入れる。
「早急に技術者と資金提供を申し出るように。必要があれば魔道具も貸し出そう。……失敗は許さない」
「了解しました。それにしてもこの金額に加えて最高の技術者なんて、ずいぶんと破格の申し出ですね? アリアーナ様が絡んでいるからですか?」
「――レイドル子爵令息は徹底的に潰すつもりだと以前も言ったはず。……ところでリリアーヌ・フェルト侯爵家令嬢についてはどうだ?」
「悪女という噂は、彼女を妬んだ一部の貴族令嬢たちが流したのでしょう。彼女が社交界の中心にいるのは間違いないですが、付き合う人物は選んでいるようです」
「そうか……」
「報告は以上になります。そうそう、アリアーナ様と外出されたようで……。あの店に多額の融資をした甲斐がありましたね」
「――余計なことを言うな。ああ、それから一か月後に当商会の出版部門主催で盛大なパーティーを開催する。著名人や権力者を集めろ。もちろん、リリアーヌ・フェルト侯爵令嬢は必ず招待するように」
「かしこまりました」
「さて、パーティーまで日時が少ない。早速今から計画を練るぞ」
「ひえぇ……」
この夜、ルドルフの執務室の明かりはいつまでも消えることがなかった。
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