【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら

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第2章

sideレナルド 3

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 そんなことを熟考する間も無く、足を踏み入れた途端、景色が歪んで周囲は廃墟になる。
 とっさに、魔法障壁を張ったリサ。
 彼女を逃がさなくては、そう思った時、彼女の唇が次の魔法を紡ごうとした。
 リサの唇を塞ぐ、そのせいで転移石に伸ばした手は、間に合うことなくリサに阻まれて空を切る。

 どうして、守護騎士を先に逃がそうなんて、するんですか。
 あなたをそばで、守るはずの守護騎士を。

 けれど、その言葉を伝えることすらできない。
 今だけが、彼女を逃がすことができる、最後のチャンスだったらしい。

「…………レナルド様」
「…………先ほどは、逃げて下さいと願いましたが、これは、戦う以外の選択肢は無さそうですね」

 絶望に支配されそうだ。相手は確実に俺より強い。ヤギのようなツノ、鳥のみたいな手、人とは違うそれの名前は魔人。

 迷うこともなく斬り込む。
 だが、剣は宙を斬り、リサの苦痛に呻く声が聞こえる。
 全身の血が、一気に引いて寒気すら覚える。

 耳の横で、抗う余地のない囁き声が聞こえる。

『ねえ、レナルド。聖女を助けたい?』

 ――――当たり前だ。

『僕みたいな存在に成り果てても?』

 何を失っても。リサを救えなければ、意味がない。だから、答えは、『それでも』だ。
 次の瞬間、リサを包もうとしていた、淡い緑の光が流れ込んでくる。

『そう。それなら、何が起ころうと、彼女を守り抜いてね?』
「当然だ」
『じゃ、契約成立ということで』

 ――――何が起ころうと守るから、そんな顔しないで欲しい。

「大丈夫ですから」

 ――――リサには、いつだって、幸せそうに笑っていてほしい。

「――――聖女を守るための、守護騎士の魔法か……。それにしても、予想外だ。魔力がすでに底をつきそうだ……。恐ろしいほど強いのだな。剣聖を越えているのか?」

 守護騎士の魔法などではない。
 多分これは、根本的に違う。
 力が湧いてくるのが分かる。でも、それと同時に、もう聖女の守護騎士ではいられないのだと理解させられる。

「――――大丈夫ですから」
「思ったよりも、抵抗が激しかったな。そもそも、聖女にかけるための呪いに、ただの騎士がここまで抵抗するとは予想外だ。やはり聖女と対をなす存在だけあるな」
「早く、封印の箱を稼働してください」

 ――――今までで一番、心にくるな。本当に、そんな顔しないで欲しい。

 悲壮なリサの表情。少しだけ、ほんの少しだけ後悔の二文字が浮かぶ。

『そう、君の役目を、果たして。僕はそれに答えるだけだから。理沙』

 赤いリボンがほどけて、ヤギみたいなツノと鳥みたいな手を持つ魔人の腕に絡みつく。攻撃とも言えないそれは、魔人相手には、あまりにお粗末だ。

 手を抜いているのかと、シストを睨みつける。

『僕にも限度があるんだよ。今、君に力の大半を分け与えてしまったんだから』

 本当に、シストは、信用ならない。
 俺を守護騎士でなくした上に、リサにまで何をしようというんだ。

「――――100年なんて、魔人にとっては、ほんのひと時だ。それでも、力の回復には、少し足りない。まあ、聖女を手にかけることはできなかったが、半分は目的が達成できたようだ。良しとするか」

 そのまま、魔人は、赤いリボンを引きちぎって姿を消す。

 体の中の魔力が、全て作り変えられていく悍ましい感覚に、膝をつく。
 何とか、魔人を撤退させても、呪いが全身を蝕むまで、少しの猶予しかないようだった。
 そんな俺に駆け寄ってくるリサに笑いかける。

「……ご無事ですか。聖女様」
「レナルド様……。はい、無事ですよ」
「――――すぐに、王都に戻って、魔術師と剣聖に連絡を」
「その前にすることがあります」
「聖女様……。時間がないから」

 リサが、膝をついたまま、涙にぬれた目をこちらに向けた。
 その瞳が、俺の心の奥底まで覗き込むように、真剣な光を宿す。

「――――え?」
「ごめんなさい」

 それは、もし叶うならと、願ってやまなかった口づけで。
 でも、きっとそんな風に、泣きながら、選択の余地がない中で、絶対にして欲しくはなかった。

 愛しい人からの、甘いその口づけを、それでも喜んでしまっている自分に、心が、守護騎士の名とともに、バラバラになっていくようだ。

 中心に描かれているのは、聖女を表す暁に光る一番星。
 上には太陽、下には月が描かれて、周囲を取り囲む円は、世界を表す。
 まるで、リサのように可愛らしい魔法陣。

「レナルドさま……」
「やめてくれ! このままでは、リサまで」

 不思議なことに、リサの名を呼ぶことができる。
 だが、そんなこと、リサを守ることができなければ、意味がない。
 
『そ、理沙。このままじゃ、二人とも助からない。それは僕も困るんだけど。聖女がこの世界からいなくなるのだとしても、理沙は守護騎士を助けたい?』

 ――――だめだ。シストは信用できない。

 俺に持ち掛けた契約を、リサにも持ち掛ける封印の箱。その狙いが何なのか、わからない。
 それなのに、呪いのせいなのか、シストとの契約のせいなのか、それ以上言葉を発することもかなわない。

 リサは、契約を受け入れてしまった。
 リサを包んでいつも守っていた、桃色の光が失われていく。
 あんなに、リサが聖女の鎖から、逃れられる方法を探していたのに、それがこんなものだなんて。

『……いいよ? それなら助けてあげる。その代わり、このあと、すご~く大変だと思うけど、がんばってくれるよね? 聖女の名の代わりに、君の名前を返そう。がんばってね? 理沙』

 その瞬間、プツリと音を立てて、聖女と守護騎士をつないでいた誓いの魔力のつながりが途切れた。
 その代わりとでもいうように、赤いリボンが俺とリサの小指をつなぐ。
 まるで、運命からは、もう逃れられないのだとでもいうように。

『理沙は、眠ってしまったね? さあ、レナルド。守護騎士でなくなっても、僕の大事な聖女。大事な理沙を守ってね?』
「――――目的はなんでしょうか」
『理沙は、彼女によく似ている。永い時間たったけれど、僕の願い、望み、その両方は、レナルドと変わらない。だって、レナルドは僕によく似ているから』

 守護騎士でなくなってしまった俺は、聖女でなくなった彼女を守り抜く。
 それは、とても自由で、それなのに、押し込んでいた気持ちの蓋が開いてしまえば、愛と名のつくだろうそれは、とても、暗くてドロドロとした感情だった。

 それでも、リサに笑ってほしい俺は、もう一度だけその思いに、無理やり蓋をした。
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