上 下
19 / 33
第2章

sideレナルド 3

しおりを挟む

 そんなことを熟考する間も無く、足を踏み入れた途端、景色が歪んで周囲は廃墟になる。
 とっさに、魔法障壁を張ったリサ。
 彼女を逃がさなくては、そう思った時、彼女の唇が次の魔法を紡ごうとした。
 リサの唇を塞ぐ、そのせいで転移石に伸ばした手は、間に合うことなくリサに阻まれて空を切る。

 どうして、守護騎士を先に逃がそうなんて、するんですか。
 あなたをそばで、守るはずの守護騎士を。

 けれど、その言葉を伝えることすらできない。
 今だけが、彼女を逃がすことができる、最後のチャンスだったらしい。

「…………レナルド様」
「…………先ほどは、逃げて下さいと願いましたが、これは、戦う以外の選択肢は無さそうですね」

 絶望に支配されそうだ。相手は確実に俺より強い。ヤギのようなツノ、鳥のみたいな手、人とは違うそれの名前は魔人。

 迷うこともなく斬り込む。
 だが、剣は宙を斬り、リサの苦痛に呻く声が聞こえる。
 全身の血が、一気に引いて寒気すら覚える。

 耳の横で、抗う余地のない囁き声が聞こえる。

『ねえ、レナルド。聖女を助けたい?』

 ――――当たり前だ。

『僕みたいな存在に成り果てても?』

 何を失っても。リサを救えなければ、意味がない。だから、答えは、『それでも』だ。
 次の瞬間、リサを包もうとしていた、淡い緑の光が流れ込んでくる。

『そう。それなら、何が起ころうと、彼女を守り抜いてね?』
「当然だ」
『じゃ、契約成立ということで』

 ――――何が起ころうと守るから、そんな顔しないで欲しい。

「大丈夫ですから」

 ――――リサには、いつだって、幸せそうに笑っていてほしい。

「――――聖女を守るための、守護騎士の魔法か……。それにしても、予想外だ。魔力がすでに底をつきそうだ……。恐ろしいほど強いのだな。剣聖を越えているのか?」

 守護騎士の魔法などではない。
 多分これは、根本的に違う。
 力が湧いてくるのが分かる。でも、それと同時に、もう聖女の守護騎士ではいられないのだと理解させられる。

「――――大丈夫ですから」
「思ったよりも、抵抗が激しかったな。そもそも、聖女にかけるための呪いに、ただの騎士がここまで抵抗するとは予想外だ。やはり聖女と対をなす存在だけあるな」
「早く、封印の箱を稼働してください」

 ――――今までで一番、心にくるな。本当に、そんな顔しないで欲しい。

 悲壮なリサの表情。少しだけ、ほんの少しだけ後悔の二文字が浮かぶ。

『そう、君の役目を、果たして。僕はそれに答えるだけだから。理沙』

 赤いリボンがほどけて、ヤギみたいなツノと鳥みたいな手を持つ魔人の腕に絡みつく。攻撃とも言えないそれは、魔人相手には、あまりにお粗末だ。

 手を抜いているのかと、シストを睨みつける。

『僕にも限度があるんだよ。今、君に力の大半を分け与えてしまったんだから』

 本当に、シストは、信用ならない。
 俺を守護騎士でなくした上に、リサにまで何をしようというんだ。

「――――100年なんて、魔人にとっては、ほんのひと時だ。それでも、力の回復には、少し足りない。まあ、聖女を手にかけることはできなかったが、半分は目的が達成できたようだ。良しとするか」

 そのまま、魔人は、赤いリボンを引きちぎって姿を消す。

 体の中の魔力が、全て作り変えられていく悍ましい感覚に、膝をつく。
 何とか、魔人を撤退させても、呪いが全身を蝕むまで、少しの猶予しかないようだった。
 そんな俺に駆け寄ってくるリサに笑いかける。

「……ご無事ですか。聖女様」
「レナルド様……。はい、無事ですよ」
「――――すぐに、王都に戻って、魔術師と剣聖に連絡を」
「その前にすることがあります」
「聖女様……。時間がないから」

 リサが、膝をついたまま、涙にぬれた目をこちらに向けた。
 その瞳が、俺の心の奥底まで覗き込むように、真剣な光を宿す。

「――――え?」
「ごめんなさい」

 それは、もし叶うならと、願ってやまなかった口づけで。
 でも、きっとそんな風に、泣きながら、選択の余地がない中で、絶対にして欲しくはなかった。

 愛しい人からの、甘いその口づけを、それでも喜んでしまっている自分に、心が、守護騎士の名とともに、バラバラになっていくようだ。

 中心に描かれているのは、聖女を表す暁に光る一番星。
 上には太陽、下には月が描かれて、周囲を取り囲む円は、世界を表す。
 まるで、リサのように可愛らしい魔法陣。

「レナルドさま……」
「やめてくれ! このままでは、リサまで」

 不思議なことに、リサの名を呼ぶことができる。
 だが、そんなこと、リサを守ることができなければ、意味がない。
 
『そ、理沙。このままじゃ、二人とも助からない。それは僕も困るんだけど。聖女がこの世界からいなくなるのだとしても、理沙は守護騎士を助けたい?』

 ――――だめだ。シストは信用できない。

 俺に持ち掛けた契約を、リサにも持ち掛ける封印の箱。その狙いが何なのか、わからない。
 それなのに、呪いのせいなのか、シストとの契約のせいなのか、それ以上言葉を発することもかなわない。

 リサは、契約を受け入れてしまった。
 リサを包んでいつも守っていた、桃色の光が失われていく。
 あんなに、リサが聖女の鎖から、逃れられる方法を探していたのに、それがこんなものだなんて。

『……いいよ? それなら助けてあげる。その代わり、このあと、すご~く大変だと思うけど、がんばってくれるよね? 聖女の名の代わりに、君の名前を返そう。がんばってね? 理沙』

 その瞬間、プツリと音を立てて、聖女と守護騎士をつないでいた誓いの魔力のつながりが途切れた。
 その代わりとでもいうように、赤いリボンが俺とリサの小指をつなぐ。
 まるで、運命からは、もう逃れられないのだとでもいうように。

『理沙は、眠ってしまったね? さあ、レナルド。守護騎士でなくなっても、僕の大事な聖女。大事な理沙を守ってね?』
「――――目的はなんでしょうか」
『理沙は、彼女によく似ている。永い時間たったけれど、僕の願い、望み、その両方は、レナルドと変わらない。だって、レナルドは僕によく似ているから』

 守護騎士でなくなってしまった俺は、聖女でなくなった彼女を守り抜く。
 それは、とても自由で、それなのに、押し込んでいた気持ちの蓋が開いてしまえば、愛と名のつくだろうそれは、とても、暗くてドロドロとした感情だった。

 それでも、リサに笑ってほしい俺は、もう一度だけその思いに、無理やり蓋をした。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

拝啓~私に婚約破棄を宣告した公爵様へ~

岡暁舟
恋愛
公爵様に宣言された婚約破棄……。あなたは正気ですか?そうですか。ならば、私も全力で行きましょう。全力で!!!

わたしを嫌う妹の企みで追放されそうになりました。だけど、保護してくれた公爵様から溺愛されて、すごく幸せです。

バナナマヨネーズ
恋愛
山田華火は、妹と共に異世界に召喚されたが、妹の浅はかな企みの所為で追放されそうになる。 そんな華火を救ったのは、若くしてシグルド公爵となったウェインだった。 ウェインに保護された華火だったが、この世界の言葉を一切理解できないでいた。 言葉が分からない華火と、華火に一目で心を奪われたウェインのじりじりするほどゆっくりと進む関係性に、二人の周囲の人間はやきもきするばかり。 この物語は、理不尽に異世界に召喚された少女とその少女を保護した青年の呆れるくらいゆっくりと進む恋の物語である。 3/4 タイトルを変更しました。 旧タイトル「どうして異世界に召喚されたのかがわかりません。だけど、わたしを保護してくれたイケメンが超過保護っぽいことはわかります。」 3/10 翻訳版を公開しました。本編では異世界語で進んでいた会話を日本語表記にしています。なお、翻訳箇所がない話数には、タイトルに 〃 をつけてますので、本編既読の場合は飛ばしてもらって大丈夫です ※小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。

三葉 空
恋愛
 ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……

【完結】経費削減でリストラされた社畜聖女は、隣国でスローライフを送る〜隣国で祈ったら国王に溺愛され幸せを掴んだ上に国自体が明るくなりました〜

よどら文鳥
恋愛
「聖女イデアよ、もう祈らなくとも良くなった」  ブラークメリル王国の新米国王ロブリーは、節約と経費削減に力を入れる国王である。  どこの国でも、聖女が作る結界の加護によって危険なモンスターから国を守ってきた。  国として大事な機能も経費削減のために不要だと決断したのである。  そのとばっちりを受けたのが聖女イデア。  国のために、毎日限界まで聖なる力を放出してきた。  本来は何人もの聖女がひとつの国の結界を作るのに、たった一人で国全体を守っていたほどだ。  しかも、食事だけで生きていくのが精一杯なくらい少ない給料で。  だがその生活もロブリーの政策のためにリストラされ、社畜生活は解放される。  と、思っていたら、今度はイデア自身が他国から高値で取引されていたことを知り、渋々その国へ御者アメリと共に移動する。  目的のホワイトラブリー王国へ到着し、クラフト国王に聖女だと話すが、意図が通じず戸惑いを隠せないイデアとアメリ。  しかし、実はそもそもの取引が……。  幸いにも、ホワイトラブリー王国での生活が認められ、イデアはこの国で聖なる力を発揮していく。  今までの過労が嘘だったかのように、楽しく無理なく力を発揮できていて仕事に誇りを持ち始めるイデア。  しかも、周りにも聖なる力の影響は凄まじかったようで、ホワイトラブリー王国は激的な変化が起こる。  一方、聖女のいなくなったブラークメリル王国では、結界もなくなった上、無茶苦茶な経費削減政策が次々と起こって……? ※政策などに関してはご都合主義な部分があります。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

処理中です...