18 / 33
第2章
sideレナルド 2
しおりを挟む✳︎ ✳︎ ✳︎
リサが初めて神殿で祈りをささげたあの日、かわいらしい箱が彼女の左肩の上に浮かんだ。
封印の箱は、聖女に関する絵画では、必ず描かれる物体だ。
初代聖女の肖像画を除き、全ての聖女の左肩の上で回っている。
「――――なんだこれ。想像とは違うが」
『え? なんか文句あるの? 僕より先に守護騎士が正式な契約を結んでいるとか、前代未聞なんだけど』
「――――それよりどうして、シスト様は、聖女様の御名を呼ぶことができるのですか?」
珍しく、彼女のそばを離れて、俺についてきた封印の箱。何を企んでいるのだろうか。
『シストでいい。……そうだね、そう願うなら、君も守護騎士なんてやめて、僕みたいな存在になればいい』
シストがポロリとこぼしたその言葉。それだけは、いつもの軽い口調ではなかった。
後から考えれば、意味が深い言葉だったのかもしれない。
中継ぎという周囲の評価。それなのに、魔獣の数は日々増えていく。
まるで、伝記や神話に描かれる、魔人が現れる予兆のように。
だが、その事に気が付いているのは、ごく一部の人間だけだ。
「レナルド、久しぶりね?」
「これは、ピラー伯爵令嬢。お久しぶりです」
「――――その名は、魔術師になるときに捨てたわ。ミルと呼んで」
「――――ミル殿、此度はどのようなご用向きですか?」
ミル・ピラーは、当代随一の魔術師だ。
本人も、伯爵家令嬢を言う地位を捨ててまで、魔術師の道を選んだ。
だが、いつ見ても整えられた姿は、完璧で、隙がない。
不老に関する研究が専門であり、その力により、国王陛下ですら彼女に強く出ることができない。
誰もが彼女の不老と美に関する力を欲しているのだ。
その彼女が、聖女に会いに来た。俺は警戒を強める。
「――――聖女様が、パーティーを募集していると聞いたから」
「……それに、なぜミル殿が参加されるのですか?」
「あの、象牙色の肌、この世界には珍しい黒い色合い。磨けば光るのに、放っておかれるブラックダイアモンドの原石に興味があるから……かな?」
王宮では、中継ぎ聖女だと、下に見られているリサの元には、不思議なことに、王国最高峰の実力者が集まっていく。個性が強く、誰もがその協力を得たいと願っても、思うようにはできなかった彼らは、あっという間にリサに傾倒していった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
そんなある日、聖女に出撃命令が下った。
「レナルド様は、侯爵家のお方なのですよね?」
「その通りですね」
「――――私なんかに、ついてくる必要ないのでは?」
俺のことを気遣ったであろう、その言葉に、思いのほか傷ついた自分に驚く。
「聖女様の守護騎士が、おそばを離れるはずもないでしょう」
それでも、リサのそばにいたいと、その感情を押し殺して笑う。
それに、あの時みたいに、不安で瞳を揺らす彼女を、隣ですべてから守りたかった。
「どうして守護騎士になったんですか。断ることができたって、皆さん言っていましたよ」
「――――その顔」
「え?」
「この世界に呼ばれた時にも、不安そうなその表情をしていましたよね。……聖女様が戦いの場に立つ必要はありません。そのための守護騎士です。どうか、代わりに戦うように命じてください」
そう、人のことなんて言えない。
自分が一番、リサに執着している。
多分聖女ではない、リサという個人に。
その名を呼べないことが、日に日に苦しくなっていく。
リサが、聖女としての使命を、全うしようと、危険を顧みず飛び込んでしまうほどに。
「私も戦います」
少しだけ驚いた、戦いのない世界から来たというリサのその言葉。
それでも、リサなら、そう答えるのだろうと、あきらめ交じりに納得したのも、事実だった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
そして、2年の月日が過ぎる。
危険な場所に、すぐに飛び込んでしまうリサ。
そんな彼女に、愛しさが募るばかりの日々。
リサを守りたくて、聖女としての使命から解放すれば、その名を呼んで手に入れることができるのではないかと、黒い欲望が、ふと泥の底から泡のように浮かんでくる。
俺は、聖女がその力を失う方法を、ひそかに調べ始めた。
それと同時に、そうなったときに彼女を守り、俺の手の中に閉じ込めるための準備も……。
聖女様と守護騎士。
お互いの関係が、そういう名称なのだと信じて疑わないリサ。
俺の心を知ることもなく、屈託ない笑顔でリサは笑いかけてくる。
この関係を崩したくないと思うのも、本音で。
幸せそうに笑う彼女を、守り続けたいのも心からの願いで。
それでも、ただ名前が呼びたかった。
そして、危うい均衡は、あの日完全に崩れ去ってしまった。
「これは……」
流行り病という情報は、間違いだったということに気が付く。
どうして、その情報を鵜吞みにしたのだろうか。
事前に情報を集め、リサを守るために、万全を期していたはずなのに、魔が入ってしまったかのように、今回に限っては、流行り病という情報しか得られなかった。
「あの、いつだったか、骸骨を操っていた死霊術師のいた場所に、似てませんか……」
「……聖女様が、そう仰るのであれば、その通りなのでしょう」
薄緑色の光、呪いに関連する、闇の魔術に特徴的な不気味な色合いだ。
いつも気丈にふるまうリサが、涙でその瞳を潤ませて、俺に縋り付いてきた死霊術師との戦い。
俺にできたのは、彼女の視界を塞いで、戦うことくらいしかなかった。
「……一旦引き返しましょう」
それが、この村にいる人間すべてを見殺しにする提案だと、理解していた。
リサがその提案に同意するなんて、決してないと理解していてもそういわずにはいられなかった。
リサの手を引き寄せる。
「レナルド様。王都に戻ったら、被害が拡大してしまいます。聖女の魔法を使えば、一人ずつだけど、浄化できるはず。……私は残ります」
「っ……原因がわからない、危険です。それに、イヤな予感がします。王都に戻りましょう」
「――――レナルド様。このまま戻っても、往復4日はかかります」
「お気持ちは、変わらないのですか?」
「……ここで、助けることができた誰かを見捨ててしまったら、本当に私がこの世界に来た意味が、なくなってしまうから」
そういわれてしまえば、異議を唱えることなんてもう出来ない。
守護騎士としての立場とか、それ以前に、そんな風に誰かのために戦う彼女。
その役割がなくなってしまったら、リサが壊れてしまうことを恐れたからだ。
「聖女様……。では、約束してください。もし、大きな危険が訪れたら、逃げると」
「そうね。もちろん、逃げるわ」
「――――何があっても、お守りします」
シストをちらりと見ながら、リサの髪をそっと撫でた。
封印の箱であるシストは、おそらく何かを知っているのだろう。
守護騎士をやめて、シストのような存在になればいい。その言葉が、急に蘇る。
一体それは、どういう意味だったのだろうか。
13
お気に入りに追加
1,720
あなたにおすすめの小説
竜人王の伴侶
朧霧
恋愛
竜の血を継ぐ国王の物語
国王アルフレッドが伴侶に出会い主人公男性目線で話が進みます
作者独自の世界観ですのでご都合主義です
過去に作成したものを誤字などをチェックして投稿いたしますので不定期更新となります(誤字、脱字はできるだけ注意いたしますがご容赦ください)
40話前後で完結予定です
拙い文章ですが、お好みでしたらよろしければご覧ください
4/4にて完結しました
ご覧いただきありがとうございました
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
辺境伯聖女は城から追い出される~もう王子もこの国もどうでもいいわ~
サイコちゃん
恋愛
聖女エイリスは結界しか張れないため、辺境伯として国境沿いの城に住んでいた。しかし突如王子がやってきて、ある少女と勝負をしろという。その少女はエイリスとは違い、聖女の資質全てを備えていた。もし負けたら聖女の立場と爵位を剥奪すると言うが……あることが切欠で全力を発揮できるようになっていたエイリスはわざと負けることする。そして国は真の聖女を失う――
全ルートで破滅予定の侯爵令嬢ですが、王子を好きになってもいいですか?
紅茶ガイデン
恋愛
「ライラ=コンスティ。貴様は許されざる大罪を犯した。聖女候補及び私の婚約者候補から除名され、重刑が下されるだろう」
……カッコイイ。
画面の中で冷ややかに断罪している第一王子、ルーク=ヴァレンタインに見惚れる石上佳奈。
彼女は乙女ゲーム『ガイディングガーディアン』のメインヒーローにリア恋している、ちょっと残念なアラサー会社員だ。
仕事の帰り道で不慮の事故に巻き込まれ、気が付けば乙女ゲームの悪役令嬢ライラとして生きていた。
十二歳のある朝、佳奈の記憶を取り戻したライラは自分の運命を思い出す。ヒロインが全てのどのエンディングを迎えても、必ずライラは悲惨な末路を辿るということを。
当然破滅の道の回避をしたいけれど、それにはルークの抱える秘密も関わってきてライラは頭を悩ませる。
十五歳を迎え、ゲームの舞台であるミリシア学園に通うことになったライラは、まずは自分の体制を整えることを目標にする。
そして二年目に転入してくるヒロインの登場におびえつつ、やがて起きるであろう全ての問題を解決するために、一つの決断を下すことになる。
※小説家になろう様にも掲載しています。
聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!?
元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。
赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。
死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります
みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」
私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。
聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?
私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。
だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。
こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。
私は誰にも愛されていないのだから。
なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。
灰色の魔女の死という、極上の舞台をー
王太子殿下が私を諦めない
風見ゆうみ
恋愛
公爵令嬢であるミア様の侍女である私、ルルア・ウィンスレットは伯爵家の次女として生まれた。父は姉だけをバカみたいに可愛がるし、姉は姉で私に婚約者が決まったと思ったら、婚約者に近付き、私から奪う事を繰り返していた。
今年でもう21歳。こうなったら、一生、ミア様の侍女として生きる、と決めたのに、幼なじみであり俺様系の王太子殿下、アーク・ミドラッドから結婚を申し込まれる。
きっぱりとお断りしたのに、アーク殿下はなぜか諦めてくれない。
どうせ、姉にとられるのだから、最初から姉に渡そうとしても、なぜか、アーク殿下は私以外に興味を示さない? 逆に自分に興味を示さない彼に姉が恋におちてしまい…。
※史実とは関係ない、異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる