僕の名前を

Gemini

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第一章 ブラウンヘアの男

第七話

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 父親と継母が新婚旅行へ出発する日。

「ふたりとも留守をお願いします。長政、巴くんとケンカなんてしないでね? 仲良くよ?」

 まるで幼稚園児に言うようなセリフだ。

「巴に任せればいいよ、適当にやれるだろ」
「大丈夫ですよふたりとも。俺達だって子供じゃないんですから」

 長政は僕の肩に手を回して爽やかに二人を送り出す。僕は冷ややかにそれを見届けた。

 一週間、長政とふたりになる。

「この手、どけろよ」
「はいはい」

 やれやれと長政はリビングのソファに座った。

「はぁ~、親が居ないって、なんでこんなに気持ちがいいんだろね」
「え?」
「この開放感」
「お前もそんなこと思うんだな」
「マザコンだと思った?」
「そういうわけじゃ……」

 長政も窮屈に感じてたんだ。

「おにーちゃんとようやく二人きりになれたしね」
「え?」
「一週間、なにしようか」

 いま、なんて言った?

「さ、飯食おうぜ、何食べたい?」
「じゃぁ、出かけるか」
「え、作ればいいじゃん」
「は? 食べに行けばいいだろ」

 長政はキッチンへ行くと冷蔵庫を開けチェックしはじめる。

「ママってば自分は旅行だからって食材なんも買ってねーし。あとでスーパー行くか」
「……なに作んの?」
「ん? 適当に」
「適当に……」
「ふふ、待ってて」

 冷凍庫から凍った肉とご飯を取り出しレンジで解凍させ、その間に使いかけのキャベツを切っていく。その手際の良さに驚いた。解凍した肉は醤油とか調味料で味付けして片栗粉をまぶしている。
 フライパンでその肉を炒めると一旦取り出し、そのままキャベツを炒める。そしてさっきの肉を戻し入れてなにかまた調味料を入れていた。

「おまたせ」

 出てきたのは肉野菜炒めとご飯。

「こんなんだけど、口に合うかな」
「……いただきます」

 いつもは隣にいる長政が向かいに座ってて気恥ずかしい。
 パクリと口に入れる。

「え、うまい、ちょーうまいんだけど」
「やった」

 長政が眉を下げて満面の笑みをした。

 こんな優しく笑うんだ。

「うんうん、久しぶりに作ったけどうまい、自画自賛」
「料理、うまいんだな」
「親父は病気で死んだんだけどその後はずっとママは忙しくて俺が家事やるようになったんだ、まぁそれはお互いそうだよね」

 長政が僕の様子を伺いながらしゃべるのがわかる。

「僕は料理は一切できない。いつも弁当とか」
「俺んちは貧乏だったからさ。でも男の暮らしなんてそうかもしれないね」

 長政は思い出したように話し始める。

「たしか小学一年の時だったと思う。出会った男の子がいたんだけどさ、その子は母親が居ない子だったんだ。俺も父親が居ないし同じ境遇の、仲間みたいな、たぶん悲しみを分かち合える人が出来たって思ったんだろうな。でも実際その子のほうが辛いのかもって思うようになって……」

 長政は悲しげにテーブルを見つめている。

「片親って括りで学校の先生とか行政はその子と俺を同じに見るけど、実際は違うところがたくさんあって。参観日に母親が来ないことや、遠足に引率で来ないこと。クリスマス会でもひとり。そういう行事ってだいたい母親がやるじゃん」

 聞いていて自分の小学生の頃を思い出していた。周りのクラスメイトは母親が来ていて、母親の居ない僕に担任が何かと気を遣ってくれていた。

「父親は母親の役目を果たすことが難しいんだなって。ほら、父親って学校行事に元々参加しないじゃん、だから居なくても案外気づかれないし、いじめられたりもしないんだよね」

「その子、いじめられてたのか?」
「うん、そうだったと思う」

 僕も小学校の頃、母親が居ないことを揶揄われたりしたっけ。でも居ないのが現実だし、父親もほとんど家にいない。
 当たり前のものがないことの正体不明な恐怖が嫌だった。


「母子家庭はだいたい貧乏だけど、でもそんなの笑ってれば気にならなくなるし」
「それはお前くらいだよ」
「えへ、そうかな。貧乏があるから、今こうして裕福な生活させてもらえてるって思う」

 なんちゃってねと笑った。

 僕は、そのヘラヘラと笑って誤魔化しているような男に聞いてみたくなった。いじわるだと思う。


「幸せか?」
「え……?」
「いま、この生活」
「おにーちゃんはどうなの」

 おにーちゃんと呼ばれるとイラッとする。
 はぐらかされてしまった。







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