僕の名前を

Gemini

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第一章 ブラウンヘアの男

第三話

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 ついに四人の生活が始まった。

 と言っても父親はすでに出勤していた。来週からは新婚旅行でイタリアに行くと言っていた。そのあとはサウジアラビアに出張だと言っていた気がする。要は当分は帰国しない。実質三人の暮らし。今後も出張の頻度が変わりでもしない限り三人暮らしになるんだろう。
 不在がちな父親となぜ再婚したのか謎だ、金目当てか?しかしもしそうなら経営者とかもっと向いてる人がいるだろう。もしかして妊娠してるのか?……想像しそうになり吐き気がして考えるのを止めた。

 洗面台の鏡で制服のネクタイをチェックして、ため息をひとつつき、まるで試合に臨む柔道選手にでもなった気分で頬を軽く叩く。



「巴くんおはよう、朝ごはん出来ているわよ」

 ダイニングテーブルには朝食が並んでいた。卵焼きにウインナー、煮物などが小鉢に盛られている。継母の手には椀がありこれは味噌汁もあるんだなと察する。

 初日からこれか。
 引っ越しの翌日からこれを拵えるだなんて、妻とは、母親とはそういうものなのか。


 僕は思わず胃のあたりを擦った。

「おにーちゃん、どしたの?」

 後頭部に声がかけられる。自分より少し背が高くて見下されているようで振り向きたくない。

「長政、ちゃんと制服着なさいよ」

 横目に見るとワイシャツのボタンは3つくらい開いているし、ブレザーの胸ポケットにネクタイが詰っ込んである。そんなところに収納するのか斬新だなと感心してしまうのだが、ひとまずこの朝食からどう逃げるかを先に考えなくてはならない。

「すいません、いつも朝食食べないんです」
「あら……そう、じゃぁこれ、お弁当作ったの」

 テーブルにふたつ弁当が並んでいた。

「手作り弁当なんて、はずいよな」

 長政は当たり前のように座ると卵焼きを頬張りながら笑った。男子高校生の同調なのか嫌味なのか、カラリと笑う表情からは読み取れない。

「あ、そっか、ごめんね。気が付かなくて。そうしたら何か買って……」
「いや、大丈夫です。行ってきます」

 継母がお財布を出そうとして僕は弁当を奪うように持ち去った。リュックのなかに無理やり突込みながら駅まで歩く。

「最低だな……僕は」

 温かいごはん、

 どんなにそれに憧れたか知れない。

 有り難い、そう思えばいいのに、

 作って欲しかったくせに。





「……待てよーーっ待てってば」

 後ろから追い掛けてくる声がする。

「巴!」

 最後に名前で呼ばれ足が止まる。

「…ってぇ、いきなり止まるなよ。俺、初登校なんだからよ、置いてくなってば」

少しだけ振り向くと背中にぶつかってきた長政が息を弾ませている。

 長政は僕と同じ高校に編入した。自分で言うのもなんだが都立の大学進学率トップを誇る高校だ、そこに編入するだなんて、継母はあんな言い方していたが地頭が良くなきゃ通らない。

「ガキみたいなこと言うな」
「優しくないねぇ、おにーちゃん」
「……行くぞ」

 性格なのか、髪の色のせいなのか。
 悪いフリをしているのか?

 満員電車で、頭ひとつ大きな長政はほかの乗客からチラチラと目がハート気味に見られている。端から見たら「カッコイイ」とか思う、んだろうな、うん、それは否定しない。
 しかし、満員電車で大きな体はとても邪魔だ。僕でさえ178はある。のに、長政はもっと大きい。というかガタイがいい。中側に立っていたはずがどんどん混んできてついにドアと長政に挟まれてしまった。

「おまえ、身長いくつあんの? 父親似?」

 長政は一瞬言葉に詰まり同時に目が曇る。

「…あぁ、えっと188かな。俺の父親がドイツ系なんだ」
「へぇ…」

 一瞬泣くと思った。

 迂闊だった。僕だって産んだ母親のことを聞かれれば不快感しかないはずなのに。傷つけた、かな。

「聞いたくせにリアクションがないね」
「……別に」

 カーブで電車がぐらりとドアのほうに揺れる。長政がドアに手をついたのはちょうど僕の顔の横だ。

「巴、横向いてっとキツイ」

 え、だって、そうしたら後ろ向くか向かい合うしか。チラリと見上げるとキツそうな長政。少し考えて少しずつ回って後ろを向いた。少し空間が出来て呼吸がしやすくなる。
 するとお尻に硬いものがあたる。

「…おい、わざとだろ」
「くくっ」

 喉の奥で笑ったのがくっついている背中から響いた。

「俺、デカイからさ」
「なっ」

 ここは満員電車、ぐっと堪えて僕は駅まで待った。





 高校の最寄り駅の改札を出たところでリュックでデカイ背中を殴ると大袈裟に頭を抱えてしゃがむ長政。

「…ってえ! ひどくない?」
「ひどいのはお前だ」

 仁王立ちしてブラウンヘアを見下ろす。

「おにーちゃん」
「そう呼ぶな、バカ」

 そこにひとり同じ制服の男が爽やかに登場した。

「よぅ、巴、朝からどうしたの? ってか誰?」

 同級生のカケルだった。

「知らない」
「でもうちの制服着てない?」
「おにーちゃん……ひどい」

 しゃがんでショボンとしている長政の前に同じようにカケルも座る。

「お兄ちゃんに怒られたの?」

 カケルは面白がって調子を合わせニコニコと笑いながら長政に構う。

「俺なんもしてない、なのにおにーちゃんが怒ってる」
「デタラメ言うな、黙って学校いけ! そんで職員室行け」
「なんかよく分かんないけど、行くね」

 僕は長政を置いていった。





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