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結婚式の二次会は、カジュアルなバーを貸し切った会場だった。店内に入ってから気づいたが、彼の大学時代の友人たちとは、ほとんど接点を持っておらず、気軽な話し相手などいなかった。
カウンターに目をやると、高級そうな洒落たスーツ姿の男が、辛気臭そうに一人で呑んでいる。いい手をしてそうだな、と思ったのが第一印象だった。
「隣り、いいですか?」
ロックグラスを片手に、隣の席に腰を掛けた。男はとても面倒臭そうに、こちらに視線を寄越した。
育ちが良さそうに見えるのは、スリーピースのスーツだからだろうか。ナチュラルな黒髪のショートヘアは清潔感があり、涼しい一重の目元と、薄い唇が綺麗に整っている。それに、どこか艶っぽい。少し酔っているのか、目元が桜色になっている。
なんだか失恋でもしたかのような雰囲気を纏っているものだから、ひょっとすると新婦の元カレだろうか、なんて邪推してしまう。
「披露宴も出席されたんですか? 新郎新婦とはどういう?」
「新郎の幼馴染ですよ」
予想の斜め上の回答で、呆気にとられる。
そういえば、彼の顔には見覚えがあった。彼の中学生の頃の写真に一緒に写り込んでいた愛らしい少年は、成長するとこんなにいい男になるのか。それに、同じ年齢だということにも気がついて、妙に親近感が沸いてしまう。
「オレはあいつとは大学からのダチなんだ」
男は俺の話には興味無さそうに、グラスに口をつけている。無防備な左手が気になり、盗み見る。
ハッとした。
彼の手よりも綺麗な手がこの世に存在するのか。神様に思わず感謝したくなるぐらい、理想的な手だった。大きくて、しなかやで、綺麗に放射状に走る筋と、官能的なまでに艶やかな関節の凹凸に、思わず目を奪われる。うっとりと見つめるオレの視線に気づいて、男はこちらに視線を寄越した。
彼もこちら側の人間なのだと気がつけば、胸がきゅっと締め付けられる。タチなのかネコなのか、どっちともなのか。けれど、そんなポジショニングなんて些細なこと。
欲望を抑えることができずに、気づけば、彼の左手に、自分の右手を重ねていた。
「手、綺麗だね」
オレの言葉に反応して、男は含んだように薄く笑うと、オレの手の指に指を絡ませてくる。
一夜限りでも構わない。彼の指を口に含んで、甲を頬に擦り寄せて、思う存分に愛撫したい。
パーティーも終盤を迎えている。ひっそりと二人で店を抜け出そうとするも、背後から視線を感じて、顔だけ振り返った。白いタキシードに身を包んだ男が眉を寄せて、こちらを睨んでいる。
この最高に素晴らしい手の持ち主に、オレがちょっかいをかけるのが気に食わないんだろう。けれど、オレは、もう彼の聞き分けの良い飼い犬ではない。彼の言葉を使わせてもらうなら、飼い主に捨てられた惨めな野良犬だろうか。
オレは優越感に浸りながら、彼にバイバイと軽く手を振った。世界で一番幸せなはずの男は、ほんの小さく舌打ちをした。
カウンターに目をやると、高級そうな洒落たスーツ姿の男が、辛気臭そうに一人で呑んでいる。いい手をしてそうだな、と思ったのが第一印象だった。
「隣り、いいですか?」
ロックグラスを片手に、隣の席に腰を掛けた。男はとても面倒臭そうに、こちらに視線を寄越した。
育ちが良さそうに見えるのは、スリーピースのスーツだからだろうか。ナチュラルな黒髪のショートヘアは清潔感があり、涼しい一重の目元と、薄い唇が綺麗に整っている。それに、どこか艶っぽい。少し酔っているのか、目元が桜色になっている。
なんだか失恋でもしたかのような雰囲気を纏っているものだから、ひょっとすると新婦の元カレだろうか、なんて邪推してしまう。
「披露宴も出席されたんですか? 新郎新婦とはどういう?」
「新郎の幼馴染ですよ」
予想の斜め上の回答で、呆気にとられる。
そういえば、彼の顔には見覚えがあった。彼の中学生の頃の写真に一緒に写り込んでいた愛らしい少年は、成長するとこんなにいい男になるのか。それに、同じ年齢だということにも気がついて、妙に親近感が沸いてしまう。
「オレはあいつとは大学からのダチなんだ」
男は俺の話には興味無さそうに、グラスに口をつけている。無防備な左手が気になり、盗み見る。
ハッとした。
彼の手よりも綺麗な手がこの世に存在するのか。神様に思わず感謝したくなるぐらい、理想的な手だった。大きくて、しなかやで、綺麗に放射状に走る筋と、官能的なまでに艶やかな関節の凹凸に、思わず目を奪われる。うっとりと見つめるオレの視線に気づいて、男はこちらに視線を寄越した。
彼もこちら側の人間なのだと気がつけば、胸がきゅっと締め付けられる。タチなのかネコなのか、どっちともなのか。けれど、そんなポジショニングなんて些細なこと。
欲望を抑えることができずに、気づけば、彼の左手に、自分の右手を重ねていた。
「手、綺麗だね」
オレの言葉に反応して、男は含んだように薄く笑うと、オレの手の指に指を絡ませてくる。
一夜限りでも構わない。彼の指を口に含んで、甲を頬に擦り寄せて、思う存分に愛撫したい。
パーティーも終盤を迎えている。ひっそりと二人で店を抜け出そうとするも、背後から視線を感じて、顔だけ振り返った。白いタキシードに身を包んだ男が眉を寄せて、こちらを睨んでいる。
この最高に素晴らしい手の持ち主に、オレがちょっかいをかけるのが気に食わないんだろう。けれど、オレは、もう彼の聞き分けの良い飼い犬ではない。彼の言葉を使わせてもらうなら、飼い主に捨てられた惨めな野良犬だろうか。
オレは優越感に浸りながら、彼にバイバイと軽く手を振った。世界で一番幸せなはずの男は、ほんの小さく舌打ちをした。
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