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彼はとても面倒見の良い男だった。一夜の関係で終わらせるのは勿体なくて、ダメ元で連絡先を尋ねると、少し躊躇いながらも教えてくれた。
オレも彼も東京で職に就いていると知り、運命のようなものを感じられずにはいられない。
オレが会いたいと連絡すると、彼なりに予定を調整してくれたし、家に行きたいとせがむと、渋々ではあったけれど、無下に断ることもしなかった。
彼は押しに弱いのかもしれない。だから、調子に乗って、彼の部屋に転がり込んで、いつの間にか居座るようになってしまった。
彼はオレを追い出すようなこともなく、オレの好きなようさせてくれる。少しセックスは物足りないような気もしたが、彼にはそんなものを凌駕する美しい手が存在して、オレはその手さえあれば満たされた。
「ハンくん」
彼の左手に名前をつけた。性的に興奮する対象から、安らぎを感じる対象に変化する。彼の左手を握っているだけで、心が穏やかになれる気がした。
彼は呆れたように、けれど一重の涼しい目元を緩めて、オレの戯言にいつも付き合ってくれる。だから、眠る前には必ずハンくんを思うままに愛撫する。
「僕とハンくん、どっちの方が好きなんだよ」
「ハンくんかな?」
呆れたように、軽く額を小突かれる。瞳の奥に、少しだけ憂いを帯びた色を感じて、なんとなく意地悪を言ってみたくなったのだ。自分の手に嫉妬するなんて可愛いな、なんてイイ歳をした男に思うのは可笑しいだろうか。
「あはは、冗談だよ」
少し取り繕って、お前の手だから好きなんだよ、と言葉を重ねた。なんだか疑ったような眼差しを向けられて、少し焦る。
「じゃあ、オレとあいつ、どっちの方が好き?」
オレの余計な一言に、彼が軽く目を見開いた。言ってしまってから、ひどく後悔する。
「なんてね。これも冗談」
慌ててなかったことにする。彼に、あいつの面影を感じてしまうことがある。
たぶん育った環境が似ているからだろう。彼の好きなゲームだとか、昔好きだったアニメだとか、好きな駄菓子の話だとか、そういう話題に、どうしてもあいつの存在を意識してしまう。
彼は幼少の思い出話を語るときに、懐かしそうに、愛しそうに「幼馴染」を口にする。その度に、胸の奥がもやもやしてしまう。彼の口から語られるあいつは、俺の知っているあいつとは別人だったから。
何に対する焦燥なのかはわからない。彼に美化されている、あいつに対する妬みなのか。あいつに大切に扱われてきた、彼に対する嫉みなのか。「幼馴染」という未知なる崇高な関係に対する羨望なのか。
あいつは、オレの尻を掘って悦んでいたサディストの変態だとぶちまけてしまいたくなる。けれど、そんなことをしたら、そんな男に尻尾を振っていたマゾヒストな自分の変態性をも露呈することになる。それだけは、彼に知られるわけにはいかないのだから。
彼が真っ直ぐな瞳で、オレの瞳の奥を覗き込んでくる。頬に手を添えられ、唇が重なる。ただただ優しくて甘ったるいキスに、あいつの存在は、かき消されていく。
「お前のこと好きだよ。手フェチの変態でも」
「一言余計だ」
そういえば、ちゃんと彼に好きだと言われたことはなかった。なんだか、こそばゆくて、にやける口元を隠すように俯いた。
それからのオレたちの関係は穏やかで満ち足りたものだった。彼の家に転がり込んでから、もう二年も経とうとしている。
いつものように、目覚まし時計のアラームが鳴り響いて、手探りで時計を叩いて止めた。寝惚けた頭で、髪をかきあげる。不意に、左手に違和感を覚えて、ぼんやりと手をかざして眺めた。薬指に見慣れない指輪が嵌められいて、どきりとした。
「なんだ、これ?」
「イヤだったら、外してもいいから」
朝食の用意をしている彼は、そわそわと落ち着かない様子で、首元を掻いている。彼の左手にも同じシルバーの指輪が光るのが見えて、カァと顔が熱くなる。
「あの、これ、外さないから」
彼は安堵したように微笑んだ。無意識に指輪を触りながら、彼に愛されている自分を実感する。
オレが彼のモノである証明。
彼がオレのモノである証明。
シルバーのリングに込められた独占欲が愛しくて、胸が一杯になる。そっと指輪に唇を寄せて、オレは彼と幸せになろうと心に誓った。
オレも彼も東京で職に就いていると知り、運命のようなものを感じられずにはいられない。
オレが会いたいと連絡すると、彼なりに予定を調整してくれたし、家に行きたいとせがむと、渋々ではあったけれど、無下に断ることもしなかった。
彼は押しに弱いのかもしれない。だから、調子に乗って、彼の部屋に転がり込んで、いつの間にか居座るようになってしまった。
彼はオレを追い出すようなこともなく、オレの好きなようさせてくれる。少しセックスは物足りないような気もしたが、彼にはそんなものを凌駕する美しい手が存在して、オレはその手さえあれば満たされた。
「ハンくん」
彼の左手に名前をつけた。性的に興奮する対象から、安らぎを感じる対象に変化する。彼の左手を握っているだけで、心が穏やかになれる気がした。
彼は呆れたように、けれど一重の涼しい目元を緩めて、オレの戯言にいつも付き合ってくれる。だから、眠る前には必ずハンくんを思うままに愛撫する。
「僕とハンくん、どっちの方が好きなんだよ」
「ハンくんかな?」
呆れたように、軽く額を小突かれる。瞳の奥に、少しだけ憂いを帯びた色を感じて、なんとなく意地悪を言ってみたくなったのだ。自分の手に嫉妬するなんて可愛いな、なんてイイ歳をした男に思うのは可笑しいだろうか。
「あはは、冗談だよ」
少し取り繕って、お前の手だから好きなんだよ、と言葉を重ねた。なんだか疑ったような眼差しを向けられて、少し焦る。
「じゃあ、オレとあいつ、どっちの方が好き?」
オレの余計な一言に、彼が軽く目を見開いた。言ってしまってから、ひどく後悔する。
「なんてね。これも冗談」
慌ててなかったことにする。彼に、あいつの面影を感じてしまうことがある。
たぶん育った環境が似ているからだろう。彼の好きなゲームだとか、昔好きだったアニメだとか、好きな駄菓子の話だとか、そういう話題に、どうしてもあいつの存在を意識してしまう。
彼は幼少の思い出話を語るときに、懐かしそうに、愛しそうに「幼馴染」を口にする。その度に、胸の奥がもやもやしてしまう。彼の口から語られるあいつは、俺の知っているあいつとは別人だったから。
何に対する焦燥なのかはわからない。彼に美化されている、あいつに対する妬みなのか。あいつに大切に扱われてきた、彼に対する嫉みなのか。「幼馴染」という未知なる崇高な関係に対する羨望なのか。
あいつは、オレの尻を掘って悦んでいたサディストの変態だとぶちまけてしまいたくなる。けれど、そんなことをしたら、そんな男に尻尾を振っていたマゾヒストな自分の変態性をも露呈することになる。それだけは、彼に知られるわけにはいかないのだから。
彼が真っ直ぐな瞳で、オレの瞳の奥を覗き込んでくる。頬に手を添えられ、唇が重なる。ただただ優しくて甘ったるいキスに、あいつの存在は、かき消されていく。
「お前のこと好きだよ。手フェチの変態でも」
「一言余計だ」
そういえば、ちゃんと彼に好きだと言われたことはなかった。なんだか、こそばゆくて、にやける口元を隠すように俯いた。
それからのオレたちの関係は穏やかで満ち足りたものだった。彼の家に転がり込んでから、もう二年も経とうとしている。
いつものように、目覚まし時計のアラームが鳴り響いて、手探りで時計を叩いて止めた。寝惚けた頭で、髪をかきあげる。不意に、左手に違和感を覚えて、ぼんやりと手をかざして眺めた。薬指に見慣れない指輪が嵌められいて、どきりとした。
「なんだ、これ?」
「イヤだったら、外してもいいから」
朝食の用意をしている彼は、そわそわと落ち着かない様子で、首元を掻いている。彼の左手にも同じシルバーの指輪が光るのが見えて、カァと顔が熱くなる。
「あの、これ、外さないから」
彼は安堵したように微笑んだ。無意識に指輪を触りながら、彼に愛されている自分を実感する。
オレが彼のモノである証明。
彼がオレのモノである証明。
シルバーのリングに込められた独占欲が愛しくて、胸が一杯になる。そっと指輪に唇を寄せて、オレは彼と幸せになろうと心に誓った。
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