君を待つひと

橘しづき

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1.すれ違う二人

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「あ、え、ええと、いらっしゃいませ。お冷のおかわりはいかがですか?」

 慌ててそう言ってみるも、男の前にある水はまだいっぱい入っていた。自分の機転の利かなさに呆れていると、男が口を開いた。

「あの……」

「はい?」

「女性を見ませんでしたか。ユイカという子なんです。僕と同じ年で、黒いロングヘアです。目元にホクロがあって、背は160くらいの……」

 ボソボソと言う彼に、ワタルはやっぱり誰かを待っているのか、と思った。なかなか会えなくて悲しんでいるのかな。

 いや、だとすれば、なぜこんな端っこにいるのだ? 人を探しているのなら、それこそ窓際に行くべき。こんなところにいたのでは、もし外にユイカという子が通っても気付けないだろう。

「さあ? 僕は見たことありませんけど……」

「そうですか……」

「もし見たら、探してる人がいたよって伝えますよ! お名前を……」

「結構です!」

 突然大きな声で言われ、停止した。食事してる人が手を止めてこちらをみるほどの声。男性はハッとし、すぐに声をしずめた。

「す、すみません……でも、大丈夫です。僕のことは特に何も言わないでください」

「え? でもユイカさんを探してるんじゃないんですか」

「来ているのかな、と疑問だっただけです。もし来ていたとしたら、僕に会う資格はないので……会いたいですけど」

 そうボソボソと言われ、それ以上何も言えなくなる。客の事情に首を突っ込むべきじゃないと、自分が自分を制したからだ。

 しかし会いたいのに会うのを避けてるなんて、つらいだろうに。一体何があったんだ?

 何か声をかけようとしたとき、ちょうど料理が運ばれてきてしまった。美味しそうなパスタだった。さすがにこれ以上話を続けるわけにはいかない、と思ったワタルはその場を離れる。近くの席で食事を終えた客がいたので、その片付けに入った。

 トレイに空の皿を乗せていきながら、やっぱり気になって振り返る。男は、いい匂いのするパスタを頬張ることなく、フォークすら持たずに、ただじっとその料理を眺めていた。





 結局、あの客は半分ほどパスタを残して店を出た。最後まで表情が晴れることはなく、むしろあんなに辛そうにうちの料理を食う人は初めて見た、という顔だった。

 不思議に思ったが、ユイカという女性のことが絡んでいるのは間違いないと思っていた。会いたいけど、会っちゃいけない人、ってどういうことだろう。

 ワタルは働きながら、頭の片隅にずっとそれが残っていた。ここのレストランは味も一流、場所もいい。みんな幸せそうにして帰っていくのに、あの男だけは違ったのが辛かった。

 それでも何ができるわけもなく、ひたすら料理を運ぶだけの時間を過ごしていた。

 客がどんどん増えてくる時間帯になっていた。目まぐるしく注文が来て走り回る。調理をしているミチオも、人手が足りないと嘆きながらフライパンを振っている。ワタルは同僚たちと必死にホールを行ったり来たりしていた。

 そんなときだ、一人の女性が来客したのは。

 ほぼ満席状態のレストランに高い鈴の音が響く。ワタルが振り返ると、若い女が立っていた。

「いらっしゃいませ! ええと、今はカウンターの席しか空いてないのですが、よろしいですか?」

 ワタルは座席表を見ながら尋ねる。ちらりと前を向いてみると、可愛らしい女性が微笑んで頷いた。

「大丈夫です」

「ではこちらへどうぞ!」

 二人でホールを横切っていく。ふと振り返ると、女性はチラチラと周りの客たちを観察しているようだ。誰かを探しているのかな、とぼんやり思う。だが深くは考えず、彼は席に案内した。

「どうぞこちらへ」

「ありがとう」

「メニューです」

「おすすめはなんですか?」

「そうですね、お酒ならワインも美味しいですよ! お食事ならハンバーグは人気です。デザートのケーキもご好評頂いてますし」

「ふふ、おすすめいっぱいなんですね」

「ええ、味は一流ですよ!」

 全く調理はしないワタルだが、胸を張って言い切った。自分は運ぶだけの仕事なのだが。

 そんな彼を小さく笑いながら、女性はあるメニューを指差した。

「このパスタをください」

「はい、かしこまり」

 そう言いかけてハッとする。勢いよく女性の方を見た。

 黒いロングヘア。身長は160ぐらい。右の目の下にホクロが一つある。

 彼女が指差したパスタは、少し前やってきたあの男性と同じパスタだったのだ。そこで思い出した、ユイカという女性の特徴。目の前の人は完全に当てはまっていた。


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