君を待つひと

橘しづき

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1.すれ違う二人

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 今はそれなりに空いている客席を見渡し、その奥に見える広場まで視線を伸ばした。

 一番目立つ噴水周りに、今日も多くの人が誰かを待っている。探すようにキョロキョロしてる者、どっしり構えて今を楽しんでいる者、それぞれだ。

(好きなんだけどなあ、人と人が再会するシーン)

 そして、窓際の席をちらりと見る。今は誰も座っていないそこは、イワタさん夫妻がよく座っていた場所だった。

 コーヒーにケーキ、それを静かに口にする二人。決して会話が多いようには見えなかったが、目には見えない信頼と心地よさを感じていた。あの常連が来なくなったことは、ワタルは少し残念だった。

 きっともう会うことはない。最後に挨拶ぐらいできればよかったのだけれど。

 でも、イワタさんたちはちゃんと会えて、それで楽しい時間を過ごしたんだもんな。悲しいことじゃない。

 そう思いながら、彼はピッチャーを持って水を配りに歩き出した。





 その日、客が比較的少ない時のことだ。ワタルは休憩を終えて出勤してきたところだった。ちょうど上がる同僚と軽い会話を交わす。

「お、ワタル今からか」

「そうだよ、上がりか?」

「うんそう。あ、そうだ! なんかちょっと行動が怪しい客がいたんだよ」

「怪しい客?」

 同僚が声を顰める。首を傾げたワタルに、ヒソヒソと小声で告げた。

「今もまだ座ってるよ、一番端の壁側。空いてるっていうのに窓側じゃなくて壁の方でさ。入ってくる時も、やけにキョロキョロして背中を丸くして入ってきた」

「ふうん? 男? 一人?」

「男だよ。若い男。どうも表情暗いし、隠れるようにしてるし、どうしたんだろうな」

 なるほど、それが怪しい客か。ワタルは頷く。

 このレストランの窓は大きく日当たりもいい。そして何と言っても待ち合わせの広場が見えるので、窓際の席が空いていれば大体の客はそっちに座る。景色もいいし、誰かを待っている人は食事しながら広場を見張れるからだ。

 一人なら今から誰かと会う可能性が高い。それをあえて一番端の壁ぎわとは珍しい。

 だがまあ、人には人の事情がある。イワタさんたちのようにもう待ち人が現れた人たちは、あえて窓際を他の人に譲って端に座ることもあったしな。

 同僚に簡単に別れの挨拶だけすると、ワタルはホールに出た。確かに、客は少ない。全体を見回しても数席だけ埋まっている。その殆どはやはり窓際やその近くを選んで座っていた。

 そんな中、一人ポツンと奥の隅に座る男性がいた。背中を丸めるようにして俯いている。目の前にはお冷だけ、まだ注文した料理は来ていないようだった。

 ワタルはなんとなく気になり、彼の近くに歩み寄る。ちらりと顔を覗くと、やけに神妙な面持ちをしているので心配になった。

(今にも泣きそうな顔してるじゃん……)

 かなり落ち込んでいる様子だ。眉を下げ、口を固く結んでいる。あまりの表情に足を止めてしまっていると、視線に気づかれてしまったのか。男がふいに顔をあげ、ワタルと目が合ってしまった。
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