完璧からはほど遠い

橘しづき

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帰宅道

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 すっかり暗くなった頃、成瀬さんと共に帰宅した。

 今日一日はとても濃い日だった。朝一で大和との話し合いがあり、その後すぐ高橋さんとのゴタゴタ。私は金曜休んだ分も仕事が溜まっていて忙しかったのに、昼にもなるとほかの女性社員たちに囲まれて質問の嵐だった。みんなあの成瀬さんとなぜ付き合えたのか鼻息荒くして聞いてきた。

 彼がとんでもなく生活力がない人間、というのは言えるわけもなく、笑って話を濁すしかなかった。とりあえずあまり料理はしないので、ご飯の差し入れをするようになった、とだけ言っておいた。みんな羨望の眼差しで見てきて、ああやっぱり成瀬さんってすごい人なんだな、って再確認。

 残業もして夜二十時を過ぎたころ、成瀬さんに声を掛けられて一緒に帰宅した。背中に突き刺さる視線が痛くてたまらなかった、背中に内出血出来てるかもしれない。

 電車に乗り最寄り駅に降りると、自然と成瀬さんのマンションに向かっていた。それがなんだかずうずうしい気がして恥ずかしく、私はそわそわしながら成瀬さんの隣りを歩いていた。

 寒さがぐっと強まり白い息が上がる。住宅街にポツンポツンとある街灯は、ほんのり照らすくらいで心もとない灯りだった。人気のない静かな道を二人分の足音が響く。

「うーさぶ! 夜はこたえるなー」

 成瀬さんは肩をすくめて言った。そして思い出したように言う。

「あ、やばい、飯どうしよう? 帰りに何か買って行こうか」

「は、はい」

「はは、佐伯さんが一緒だとちゃんと飯食うからいいねー」

 やっぱり当然のように私も一緒にあの部屋に帰ることになっている。でも果たして、いつまでお邪魔してればいいんだろう。大和のことも一応片付いたしなあ。

 そんなことをぼんやり考えていると、成瀬さんがこちらを覗き込んだ。

「どうした、ぼーっとして」

「あ、いいえ! 今日は色々あって、疲れたなって。まあ私より成瀬さんですが」

「そうだねー疲れたねー」

「本当にありがとうございました」

「いいってそんな何度も。ぶっちゃけ高橋さんは上司の報告まで考えてなかったんだけどね。裏でそそのかしてるのがあの子って分かった途端我慢できなくなった。まあでも、仕事中の態度はどのみち問題あったから、いずれはああなってただろうね」

「女子社員たちの中の成瀬さんの株が爆上がりです……」

「いや、俺もそこまでは気づいてなかったし。やっぱり女性はよく見てるよね」

 確かに、男性社員はみんなメロメロって感じだったもんなあ。今回こんなことになって、高橋さんをちやほやしてた人たちは気まずそうにしていた。

 あっと思い出したように、成瀬さんが言った。

「佐伯さんの元カレ、多分すぐいなくなるとは思うけど、まだまだ油断禁物な」

「あ、そうですね……」

「佐川部長は理解あるし決断力もあるからよかったよ」

「成瀬さんのプレゼンのおかげでもありますよ!」

「はは、プレゼン! あ、そういえば佐伯さんのアパートも引き払って荷物持ってこなきゃねー俺も手伝うから」

「ええ、そうです……え!?」

 驚きで足を止めてしまった。数歩先に進んでいた成瀬さんがこちらを振り返る。きょとん、として私を見ていた。

「え、どうしたの?」

「い、いえ、引っ越しはもういいか、と思っていて」

「引っ越し、っていうか、俺の家に来るでしょ?」

「え?」

「え?」

 お互いぽかんとしたまま時間が流れる。

 ちょっと待って、アパートを引き払って成瀬さんのおうちに? 今は身を隠すということもあって泊まらせてもらってるけど、いずれはまたあのアパートに帰るつもりだったのだが。

 成瀬さんは不思議そうにしていた。

「だって言ったじゃん、まだまだ油断しちゃだめだよ。あいつ逆恨みしてまた来るとも限らない」

「あ、それもそうですね……」

「だから俺の家に来ればいいじゃん。あ、狭いかな? それならまた二人で引っ越し先探そう。佐伯さんしばらく一人で外出禁止ね。出勤も退勤も俺と一緒に。友達と遊びに行くときとかも送り迎えするから」

「え、ちょ、ちょっと待ってください追いつかない!」

「うそ、佐伯さんもそのつもりだと思ってたよ」

 それってつまり、もう同棲なのでは!?

 頭の中がぐるぐると混乱する。だって、成瀬さんとは気持ちが通じ合ったばかりで、お付き合いしてる期間だってまだたった三日じゃないか。いや、確かに彼が言うように危険から逃げるには当然の対応とも言えるけど、さすがに成瀬さんの負担が大きすぎる。

 私は首を振った。

「今のアパートさえ引っ越しちゃえば、大和も訪ねてこれないですよ」

「ダメダメ。何かあったどーすんの」

「でも」

「俺と一緒に暮らすの、いや?」

 私の顔を覗き込むようにして、悲し気に聞かれた。どきっと胸が鳴る。そう言われれば、私は否定することしかできないではないか。


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