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ブラック
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成瀬さんが静かな声で言う。
「佐伯さんといるといつも楽しい。飯は異常に美味いし一緒にいると落ち着く。佐伯さんが元カレとヨリを戻すんだ、って知った時は絶望だった。
俺、これからはもっとちゃんとする。代行に頼まないで掃除頑張るし、ごみも出す。料理……は厳しいかもしれないけどご飯も食べるし髪だってちゃんと乾かす。頑張るから、付き合ってくれませんか」
真剣そのもの、でも一部子供が親と約束事をしてるみたいな笑っちゃえる内容。
でも私は笑えなかった。
今までの成瀬さんを見てきて、彼がちゃんとした生活を送るなんて相当の覚悟だと分かっているからだ。それだけ頑張るって、彼は誓ってくれている。
胸がいっぱいになった。ああ、こんな告白で感動しちゃうなんて、世界中を探しても私だけだと思う。
「……髪は、乾かさなくていいです」
「え?」
「私、成瀬さんの髪を乾かすの結構好きですから」
そう返した途端、彼は目を細めてふにゃっと笑った。子犬みたいな、子供みたいな笑い方だった。正面からその笑顔は破壊力が凄くて、つい視線をそらしてしまう。
どうしよう信じられない。成瀬さんが私を好いていてくれたなんて、全然信じられない。
彼は嬉しそうに、そして恥ずかしそうに言った。
「遠回りしすぎたな。さっさと佐伯さんと話せばよかった。いや、部屋に呼ばれた時に我慢しなければよかったのかな」
「我慢!?」
「そりゃそうでしょ、我慢してたよ。簡単に理性飛ばしたら嫌われるって思ってたし」
「でもすごく寛いでるように見えましたよ?」
「んー居心地がいい部屋って言うのは嘘じゃないよ。それと同時に、佐伯さんが近くに来たらやばかったよね。
襲ってよかったんだ?」
「おそっ……!」
いたずらっぽく笑って言う彼に、一気に顔を真っ赤に染め上げた。いや、でも否定はできない、部屋に呼んで何もなかったと拗ねていたのは自分なのだ。思えばなんて大胆なことを言ってしまったのだろう。
あわあわと焦っていると、すっと成瀬さんの顔が近づいた。あ、長いまつ毛に、生え際に見える小さなほくろ。私の部屋で一度近づいてきたあの時と、同じ距離にいる。
緊張で固まってしまったが、私は目を閉じた。口から心臓が出そう、という表現は今使うべきなんだと学んだ。
そのままキスが降ってくるのを待っていると、何もない。少し時間が過ぎた。不思議に思い閉じた瞼を開けてみる。そこには、不快そうに眉を顰めている成瀬さんがいた。何、なんか私駄目だったろうか!? エチケット的な何かに問題が!? 怖くなって恐る恐る呼びかける。
「な、成瀬さん?」
「いや、怒涛の展開で突っ込むの忘れてたんだけどさ。
佐伯さんの元カレ、嫌がる佐伯さんに無理やりキスしたってこと?」
低い声で成瀬さんが言った。あっと思い出し、私は頷いた。まだ大和のこと何も説明していなかった。
「あの日、成瀬さんが帰った後インターホンが鳴って、てっきりカレーを取りにきた成瀬さんだと思って開けちゃったんです。そしたら大和で……なぜかプロポーズとかしてきて、それはきっぱり断って追い返したんですけど、帰りにああして」
「もしかして噂も?」
「大和が私と結婚する、ってガセネタ流したみたいです。そのあとも家で待ち伏せされて……だから今は沙織、えーと同期の友達の家に泊まらせてもらってるんです。引っ越しを探してたのはそのせいで」
私が説明すると、成瀬さんがゆらりと立ち上がった。すっと顔を上げた彼の表情を見て、なんだか固まってしまう。無表情、その中に怒りが燃え上がっているのが分かる、黒い顔だった。目には見えないが、肌に寒気を覚えるほどのオーラを感じる。ぶるっと震えた。
成瀬さんのこんな顔初めて見た……ブラックだ。ブラック成瀬さん!
「本当にごめん、佐伯さん。一人で大変だったのに、俺は話も聞かないで」
「いえ、それは色々状況もあったので」
「へえ……なるほどねえ……佐伯さんにそんなことをやらかしてたのか……」
ぶつぶつと小声で何かを呟いている。もやは全然キスどころじゃないんですが、私は何も声を掛けられずなんとなくその場で正座して待った。今余計なことを言ったら何か恐ろしいことが起こりそうだと思っていた。
一人で呟いていた成瀬さんはしばらくして私を見た。そして無理やり口角を上げた。
「今、友達のとこに泊まってるのは賢明な判断だね」
「はい、そうするしかなかったんですが……」
「でも相手は女性だから、完全に安全とは言えない。よって佐伯さんは今日からここに泊ってね」
サラリと決定事項を告げられて、私は固まった。成瀬さんはにっこりと笑う。
「え?」
「一人で外出も禁止ね」
「まま、待ってください、え、でも!」
「あー急で困るって言うなら、俺がその沙織さんって人の家に泊まりに」
「私が成瀬さんを連れて帰ったら沙織は卒倒しちゃいますって!」
「まあそうだよね、突然知らない男が泊まるっていうの嫌だよね普通」
知らない男などではないのだが。ややズレているが突っ込むのはやめておこう、沙織の家に成瀬さんを連れていくのは却下だ。
彼が言っているのは分かる、一人よりは沙織といた方がいいけど、沙織だって女の子なんだから力も弱い。成瀬さんがそばにいてくれた方が安心、というわけだ。
でもでも、急展開すぎじゃないだろうか!? たった今両想いが判明したばかりなのですが!
「で、でも準備が何もなくて、成瀬さんの家特に物がないし」
「一緒にその友達の家に取りに行こう。明日はちょうど土曜日だしね、この土日でやれることはやろう」
「やれること?」
首を傾げると、成瀬さんが意味深な笑みを浮かべた。プライベートの成瀬さんというより、仕事中の成瀬さんの顔にみえた。
「佐伯さんといるといつも楽しい。飯は異常に美味いし一緒にいると落ち着く。佐伯さんが元カレとヨリを戻すんだ、って知った時は絶望だった。
俺、これからはもっとちゃんとする。代行に頼まないで掃除頑張るし、ごみも出す。料理……は厳しいかもしれないけどご飯も食べるし髪だってちゃんと乾かす。頑張るから、付き合ってくれませんか」
真剣そのもの、でも一部子供が親と約束事をしてるみたいな笑っちゃえる内容。
でも私は笑えなかった。
今までの成瀬さんを見てきて、彼がちゃんとした生活を送るなんて相当の覚悟だと分かっているからだ。それだけ頑張るって、彼は誓ってくれている。
胸がいっぱいになった。ああ、こんな告白で感動しちゃうなんて、世界中を探しても私だけだと思う。
「……髪は、乾かさなくていいです」
「え?」
「私、成瀬さんの髪を乾かすの結構好きですから」
そう返した途端、彼は目を細めてふにゃっと笑った。子犬みたいな、子供みたいな笑い方だった。正面からその笑顔は破壊力が凄くて、つい視線をそらしてしまう。
どうしよう信じられない。成瀬さんが私を好いていてくれたなんて、全然信じられない。
彼は嬉しそうに、そして恥ずかしそうに言った。
「遠回りしすぎたな。さっさと佐伯さんと話せばよかった。いや、部屋に呼ばれた時に我慢しなければよかったのかな」
「我慢!?」
「そりゃそうでしょ、我慢してたよ。簡単に理性飛ばしたら嫌われるって思ってたし」
「でもすごく寛いでるように見えましたよ?」
「んー居心地がいい部屋って言うのは嘘じゃないよ。それと同時に、佐伯さんが近くに来たらやばかったよね。
襲ってよかったんだ?」
「おそっ……!」
いたずらっぽく笑って言う彼に、一気に顔を真っ赤に染め上げた。いや、でも否定はできない、部屋に呼んで何もなかったと拗ねていたのは自分なのだ。思えばなんて大胆なことを言ってしまったのだろう。
あわあわと焦っていると、すっと成瀬さんの顔が近づいた。あ、長いまつ毛に、生え際に見える小さなほくろ。私の部屋で一度近づいてきたあの時と、同じ距離にいる。
緊張で固まってしまったが、私は目を閉じた。口から心臓が出そう、という表現は今使うべきなんだと学んだ。
そのままキスが降ってくるのを待っていると、何もない。少し時間が過ぎた。不思議に思い閉じた瞼を開けてみる。そこには、不快そうに眉を顰めている成瀬さんがいた。何、なんか私駄目だったろうか!? エチケット的な何かに問題が!? 怖くなって恐る恐る呼びかける。
「な、成瀬さん?」
「いや、怒涛の展開で突っ込むの忘れてたんだけどさ。
佐伯さんの元カレ、嫌がる佐伯さんに無理やりキスしたってこと?」
低い声で成瀬さんが言った。あっと思い出し、私は頷いた。まだ大和のこと何も説明していなかった。
「あの日、成瀬さんが帰った後インターホンが鳴って、てっきりカレーを取りにきた成瀬さんだと思って開けちゃったんです。そしたら大和で……なぜかプロポーズとかしてきて、それはきっぱり断って追い返したんですけど、帰りにああして」
「もしかして噂も?」
「大和が私と結婚する、ってガセネタ流したみたいです。そのあとも家で待ち伏せされて……だから今は沙織、えーと同期の友達の家に泊まらせてもらってるんです。引っ越しを探してたのはそのせいで」
私が説明すると、成瀬さんがゆらりと立ち上がった。すっと顔を上げた彼の表情を見て、なんだか固まってしまう。無表情、その中に怒りが燃え上がっているのが分かる、黒い顔だった。目には見えないが、肌に寒気を覚えるほどのオーラを感じる。ぶるっと震えた。
成瀬さんのこんな顔初めて見た……ブラックだ。ブラック成瀬さん!
「本当にごめん、佐伯さん。一人で大変だったのに、俺は話も聞かないで」
「いえ、それは色々状況もあったので」
「へえ……なるほどねえ……佐伯さんにそんなことをやらかしてたのか……」
ぶつぶつと小声で何かを呟いている。もやは全然キスどころじゃないんですが、私は何も声を掛けられずなんとなくその場で正座して待った。今余計なことを言ったら何か恐ろしいことが起こりそうだと思っていた。
一人で呟いていた成瀬さんはしばらくして私を見た。そして無理やり口角を上げた。
「今、友達のとこに泊まってるのは賢明な判断だね」
「はい、そうするしかなかったんですが……」
「でも相手は女性だから、完全に安全とは言えない。よって佐伯さんは今日からここに泊ってね」
サラリと決定事項を告げられて、私は固まった。成瀬さんはにっこりと笑う。
「え?」
「一人で外出も禁止ね」
「まま、待ってください、え、でも!」
「あー急で困るって言うなら、俺がその沙織さんって人の家に泊まりに」
「私が成瀬さんを連れて帰ったら沙織は卒倒しちゃいますって!」
「まあそうだよね、突然知らない男が泊まるっていうの嫌だよね普通」
知らない男などではないのだが。ややズレているが突っ込むのはやめておこう、沙織の家に成瀬さんを連れていくのは却下だ。
彼が言っているのは分かる、一人よりは沙織といた方がいいけど、沙織だって女の子なんだから力も弱い。成瀬さんがそばにいてくれた方が安心、というわけだ。
でもでも、急展開すぎじゃないだろうか!? たった今両想いが判明したばかりなのですが!
「で、でも準備が何もなくて、成瀬さんの家特に物がないし」
「一緒にその友達の家に取りに行こう。明日はちょうど土曜日だしね、この土日でやれることはやろう」
「やれること?」
首を傾げると、成瀬さんが意味深な笑みを浮かべた。プライベートの成瀬さんというより、仕事中の成瀬さんの顔にみえた。
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