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道化師はただ一人のために笑う
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四人の視線を受けても狼狽えることなく、ウルはオレと目を合わせると小さく笑ってオレの手へと自分の手を滑り込ませてぎゅっと握りしめる。
ひんやりと冷たく、だけど心地よい手のひらの感触は、毎晩耳にする子守唄のようだった。
「ユリーがそれなりに家柄の良いご令嬢を妻にしちゃうと、ユリー自身は後ろ盾がないからその家に過剰に権力が移ってしまうかもしれなくて、この国が乗っ取られる状態になるんじゃないかって心配してる人が多いみたいなんですよ。だから婚約者は弱い家から選んだ方がいいんじゃないかって声もあるみたいでお城の人たちはどの程度の家柄の妻を取るのが最適か決めきれてないみたいなんです」
「実際問題としてあまりに家柄の低い娘を正妃とするわけにはいかないよな。じゃあ今ユリウスって令嬢たちの格好の的ってことか?」
アッシュの問に、ウルははっきりと頷いてみせる。
「そうみたいです。この隙にユリーのこと落として子供出来ちゃえばそのまま強引にでも正妃に……それが無理なら妾でもいいから寵愛を受けて……ていうのを狙ってるご令嬢は多いですよ。それもこれも全部国王様がユリーの婚約者については今のところ何にも関心なさそうだからみたいで」
「……君はそんな話、誰から聞いたんですか」
「みんな言ってますよ。俺、結構色んなとこで芸させてもらってるから、そういう話も耳に入ってくるんです。後は俺がユリーの側にいるから何か聞き出そうと近付く人も多くて、そういう人から色々聞き出したり……」
そう言ってウルは空いた手で指折り数えながら何人かの名前を口にしていった。
侯爵家の長男や商家の当主、その妻や娘たちの名前まで出てきてオレだけじゃなくウィリスたちも目を丸くしていた。
日中ウルは本来の道化師としての仕事を全うしていることは知っていたが、まさかそんな話を耳に入れていたなんて知らなかった。
驚くオレを見上げて、ウルは少しだけ悲しそうに笑う。
「……こういうとこが、今までも重宝されたんですよ。俺ってこんな感じで頭も悪そうだから、舐められたり油断されやすいみたいで……まさか相手もこうやって情報抜き出されてるって思わないみたいなんですよね」
「ウル……」
「最初は芸の方も純粋に気に入ってもらってたんですけどね。それが段々……それ以外ばっかり求められるようになっちゃって」
突き放すように笑うウルの手が震えていた。
きっとウルは、以前仕えていた王もそれより昔も、純粋な芸の腕を誉めてもらいたかったのに別の価値ばかりを求められていってしまったんだろう。
望まなくても、求められれば応えるしかなく、笑顔の裏側で何度も心を殺してきたのかもしれない。
「……君のその情報収集力はきっとユリウスさんの力になるでしょう。辛いかもしれませんが、それは続けるべきです」
「わかっています。ユリーが俺を助けてくれたように、俺もユリーの力になりたいから」
そう言って笑うウルの手を、握り返さずにはいられなかった。
「ごめん、ウル。お前に嫌な思いをさせてるよな」
ウルは首を横に振る。
「今までは嫌々やってたことですけど、ユリーの助けになるんならむしろ嬉しいです。だから、謝るより褒めてほしい」
「ウル……ありがとう」
本心から笑ってみせたウルの手を強く握り返した。
今この手を離したら、オレはウルにとってこれまで出会ってきた人たちと何一つ変わらなくなってしまうような気がしたんだ。
ひんやりと冷たく、だけど心地よい手のひらの感触は、毎晩耳にする子守唄のようだった。
「ユリーがそれなりに家柄の良いご令嬢を妻にしちゃうと、ユリー自身は後ろ盾がないからその家に過剰に権力が移ってしまうかもしれなくて、この国が乗っ取られる状態になるんじゃないかって心配してる人が多いみたいなんですよ。だから婚約者は弱い家から選んだ方がいいんじゃないかって声もあるみたいでお城の人たちはどの程度の家柄の妻を取るのが最適か決めきれてないみたいなんです」
「実際問題としてあまりに家柄の低い娘を正妃とするわけにはいかないよな。じゃあ今ユリウスって令嬢たちの格好の的ってことか?」
アッシュの問に、ウルははっきりと頷いてみせる。
「そうみたいです。この隙にユリーのこと落として子供出来ちゃえばそのまま強引にでも正妃に……それが無理なら妾でもいいから寵愛を受けて……ていうのを狙ってるご令嬢は多いですよ。それもこれも全部国王様がユリーの婚約者については今のところ何にも関心なさそうだからみたいで」
「……君はそんな話、誰から聞いたんですか」
「みんな言ってますよ。俺、結構色んなとこで芸させてもらってるから、そういう話も耳に入ってくるんです。後は俺がユリーの側にいるから何か聞き出そうと近付く人も多くて、そういう人から色々聞き出したり……」
そう言ってウルは空いた手で指折り数えながら何人かの名前を口にしていった。
侯爵家の長男や商家の当主、その妻や娘たちの名前まで出てきてオレだけじゃなくウィリスたちも目を丸くしていた。
日中ウルは本来の道化師としての仕事を全うしていることは知っていたが、まさかそんな話を耳に入れていたなんて知らなかった。
驚くオレを見上げて、ウルは少しだけ悲しそうに笑う。
「……こういうとこが、今までも重宝されたんですよ。俺ってこんな感じで頭も悪そうだから、舐められたり油断されやすいみたいで……まさか相手もこうやって情報抜き出されてるって思わないみたいなんですよね」
「ウル……」
「最初は芸の方も純粋に気に入ってもらってたんですけどね。それが段々……それ以外ばっかり求められるようになっちゃって」
突き放すように笑うウルの手が震えていた。
きっとウルは、以前仕えていた王もそれより昔も、純粋な芸の腕を誉めてもらいたかったのに別の価値ばかりを求められていってしまったんだろう。
望まなくても、求められれば応えるしかなく、笑顔の裏側で何度も心を殺してきたのかもしれない。
「……君のその情報収集力はきっとユリウスさんの力になるでしょう。辛いかもしれませんが、それは続けるべきです」
「わかっています。ユリーが俺を助けてくれたように、俺もユリーの力になりたいから」
そう言って笑うウルの手を、握り返さずにはいられなかった。
「ごめん、ウル。お前に嫌な思いをさせてるよな」
ウルは首を横に振る。
「今までは嫌々やってたことですけど、ユリーの助けになるんならむしろ嬉しいです。だから、謝るより褒めてほしい」
「ウル……ありがとう」
本心から笑ってみせたウルの手を強く握り返した。
今この手を離したら、オレはウルにとってこれまで出会ってきた人たちと何一つ変わらなくなってしまうような気がしたんだ。
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