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第44話 SNS(1)
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雨は嫌いだ。駅で傘を閉じて、湿気で重たくなった髪に意味もなく指を絡ませる。
バス停から来た集団の後について階段を降りると、いつもの場所に奈都が立っていた。眠そうな目で虚空を見つめているが、何かいるのだろうか。
「おはよー」
いつも通り語尾を伸ばして挨拶をして、奈都の視線の先を見てみたが、何もいなかった。たまには私から中二っぽい話でも振ろうかと思ったが、先に奈都が私の手を取って、「聞いて」と強い口調で言った。ネタの提供は大歓迎だが、表情から見るに、楽しい話ではなさそうだ。
「どうしたの?」
歩きながら続きを促すと、奈都は改札に定期券を当てながら唇を尖らせた。
「昨日、ツイッターでウザイのに絡まれた」
「戦いがあったの?」
「百合作品に男は要らないっていう、私の超個人的な意見に、なんか男がいる中での百合こそ至高みたいな人がつっかかってきた」
「私はマンガは詳しくないけど、どっちもあっていいんじゃないかな」
明らかに論点が違うことを言うと、奈都が「論点はそこじゃない」と冷静に首を振った。知ってた。
「言い方だよ、言い方。私だってそういう作品で好きなのもあるし、別に否定してるわけじゃないし」
奈都の声に熱がこもる。かなり大きな戦いがあったようだ。最終的にはわかり合えたのか聞くと、早々にブロックしたと返ってきた。
「戦わなかったんだ」
「ネットでの議論ほど無駄なものはない。別にその人にわかってもらえなくてもいいし」
「懸命な判断だと思うよ?」
大抵の場合、そういう人は自分の意見を押し付けたいだけで、相手の意見をわかろうなどという気はない。家族や友達が相手なら時には激論を交わす必要もあるが、そうでもなければ、私も「そうだね」と言って受け流す。心の中で「私は違うけど」と付け加えながら。
「まあ別にいいんだけど。何か言い捨ててやればよかった。まあ別にいいんだけどね!」
全然よくなさそうにそう言って、奈都が大きなため息をついた。
ツイッターは私もアカウントを持っているが、鍵垢の上、友達3人しかフォロワーがいない。他には好きなブランドの公式アカウントや、勉強系のYouTuberを数人フォローしているくらいで、見るのも1日に1回か2回。ツイートもアカウントを作った日に「こんにちは」と呟いたきりだ。争いなど起こりようもない。
帰宅部メンバーでは、涼夏もアカウントは1つで、しかも鍵垢である。ただ、私と違って中高のリア友をたくさんフォローしていて、それなりに交流している。
絢音も個人ではほとんど動いていないリア垢があるだけだが、他にバンド内で共有しているアカウントを持っている。ライブの告知の他に、バンドメンバーが練習風景や数秒の短い演奏をアップしていて、私も楽しく眺めている。
二人に対して、奈都は趣味全開のアカウントがあり、知らない人たちとマンガやアニメの話をしている。身バレしないようにはしているようだが、普通にリア友もいるし、バトンの話をしたりもしている。知っている人にバレるのは問題ないというスタンスなのだろう。
あまりリプまでは追っていないが、やはり何かしら自分の想いを文字にすると、共感する人もいれば、反感を覚える人もいるのだろう。
「そういうのは、粘着されたりとかは大丈夫なの?」
心配してそう聞くと、奈都は眉根を寄せて首をひねった。
「わかんないけど、リプ見たら色んな人と戦ってたから大丈夫だと思う」
「それならまあ」
個人的に恨みを買ったわけではないのなら大丈夫だろう。そういう人は、すぐに次の戦場を求めて移動するものだ。知らないけど。
まだ話し足りなさそうだったので、奈都が気持ち良く愚痴れるよう相槌を打ちながら、私は改めてSNSはするまいと心に誓った。
SNSというと、帰宅部の3人はインスタもやっている。奈都は「私にはオシャレすぎる」「通信量がハンパない」と言ってアカウントを作っていない。
インスタの方は私も時々写真を投稿している。奈都には「インスタっていかにもチサっぽい」「それをツイッターでやって」などと言われているが、ツイッターはオールジャンルなので敷居が高い。奈都もとりあえずアカウントだけでも作ればいいのに、変なこだわりがあるようだ。
もっとも、私もTikTokは苦手で、こちらは絢音が中学時代に作ったアカウントがあると聞いてなお、アカウントを作っていない。今は使っていないらしいので、もし再開するようなことがあれば作るかもしれない。
学校に着くと、今日は涼夏がまだ来ていなかった。スマホを確認すると、グループに「見えない何かにベッドに縛り付けられている。現れなかったら代返よろしく」というメッセージが来ていて、絢音が眠そうな鳥のスタンプを返していた。大学の広い講義室ならともかく、1クラス35人のこの教室では、代返も何もあったものじゃない。
私が教科書を机に入れていると、絢音がやって来て首に巻き付いてきた。
「おはよう。今日は雨だけど、七割方千紗都だね」
「ちょっと意味がわからないです」
「夏服の千紗都最高。1枚、また1枚と、私たちを隔てる布が減っていく」
「これ以上減らないから」
朝から興奮している友達を引き剥がすと、涼夏に適当に返事を書いた。送信を押してから、今朝の奈都情報を共有する。絢音は私の机にへばりつきながら、うんうんと楽しそうに頷いた。
「そう言えば、絢音はYouTubeのコメント開いてるけど、平和?」
絢音の縛った髪を無意味に握りながら、思い出したように聞いてみた。前に3人でチャンネルを作ったが、涼夏も絢音もコメントを受け付ける設定にしている。二人の動画は時々眺めているが、コメントまでは見ていない。
「幸か不幸か、コメントがついたことがないね」
あっけらかんと絢音が笑った。1つ1つの動画の再生数は私より多いし、歌も演奏も立派なものだが、反応をもらうのはなかなか難しいようだ。
それなら逆に、私もコメント欄を開いてもいいかもしれない。とは言え、もし悪意のあるコメントを付けられたら、私はチャンネルごと閉じそうな気がするので、やはりリアルで友達から感想をもらうだけの狭い世界を出ない方がいいのだろう。
ちなみに我がkazano vlogは、ぼんやりと勉強動画をアップし続ける内に、チャンネル登録者数が20人になり、初日にアップした動画は、先日100アクセスを超えた。
相変わらず顔も声も出していないし、ただ勉強している動画を流しながら、ワードジェネレーターで出てきた単語についてテロップで語っているだけだ。一体何が楽しくて見ているのか、さっぱりわからない。
奈都は「女子高生のおっぱいだろう」と言っているが、それは奈都の頭がおかしいからに違いない。
「コメント閉じてるし、絢音や涼夏のチャンネルみたいに、楽しみ方がわかりやすい動画と違って、私の動画は面白さがわからない」
そう首を傾げると、絢音は「おっぱいじゃないかな」と微笑んだ。この人も頭がおかしい。そう訴えると、絢音が悪びれずに言った。
「そういう頭のおかしい人たちが、20人くらいいるってことだよ」
「顔も見えない女の子の着衣のおっぱい見て楽しいの?」
「顔が見えないからいいんじゃない? 女子高生なのは雰囲気と勉強内容で確実だし、想像力が駆り立てられる」
「絢音みたいな変態が20人いると」
「そうそう」
絢音は絶対にそうだと頷いたが、とてもそうだとは思えないのは、私がおっぱいに興味がないからだろうか。
「ちょっとコメント欄開いて、感想を聞いてみたい気持ちもあるね」
交流するつもりはないが、あの動画にどんな楽しさを見出しているのか、チャンネル主としては気になるところだ。作って公開するのは楽しいが、自分では絶対に見ない類の動画である。作っているのが友達だったとしても見るか怪しい。
「『今日もいいおっぱいですね』『風乃さん、絶対に可愛いですよね。おっぱいでわかります』『何分何秒、おっぱいの揺れ』」
「長い間のご愛顧、ありがとうございました」
「そうならないように、コメントは閉じておいた方がいいね」
絢音がそう言うと同時に、チャイムが鳴った。ベッドに縛り付けられているもう一人の友人は、結局2時間目まで姿を現さなかった。
バス停から来た集団の後について階段を降りると、いつもの場所に奈都が立っていた。眠そうな目で虚空を見つめているが、何かいるのだろうか。
「おはよー」
いつも通り語尾を伸ばして挨拶をして、奈都の視線の先を見てみたが、何もいなかった。たまには私から中二っぽい話でも振ろうかと思ったが、先に奈都が私の手を取って、「聞いて」と強い口調で言った。ネタの提供は大歓迎だが、表情から見るに、楽しい話ではなさそうだ。
「どうしたの?」
歩きながら続きを促すと、奈都は改札に定期券を当てながら唇を尖らせた。
「昨日、ツイッターでウザイのに絡まれた」
「戦いがあったの?」
「百合作品に男は要らないっていう、私の超個人的な意見に、なんか男がいる中での百合こそ至高みたいな人がつっかかってきた」
「私はマンガは詳しくないけど、どっちもあっていいんじゃないかな」
明らかに論点が違うことを言うと、奈都が「論点はそこじゃない」と冷静に首を振った。知ってた。
「言い方だよ、言い方。私だってそういう作品で好きなのもあるし、別に否定してるわけじゃないし」
奈都の声に熱がこもる。かなり大きな戦いがあったようだ。最終的にはわかり合えたのか聞くと、早々にブロックしたと返ってきた。
「戦わなかったんだ」
「ネットでの議論ほど無駄なものはない。別にその人にわかってもらえなくてもいいし」
「懸命な判断だと思うよ?」
大抵の場合、そういう人は自分の意見を押し付けたいだけで、相手の意見をわかろうなどという気はない。家族や友達が相手なら時には激論を交わす必要もあるが、そうでもなければ、私も「そうだね」と言って受け流す。心の中で「私は違うけど」と付け加えながら。
「まあ別にいいんだけど。何か言い捨ててやればよかった。まあ別にいいんだけどね!」
全然よくなさそうにそう言って、奈都が大きなため息をついた。
ツイッターは私もアカウントを持っているが、鍵垢の上、友達3人しかフォロワーがいない。他には好きなブランドの公式アカウントや、勉強系のYouTuberを数人フォローしているくらいで、見るのも1日に1回か2回。ツイートもアカウントを作った日に「こんにちは」と呟いたきりだ。争いなど起こりようもない。
帰宅部メンバーでは、涼夏もアカウントは1つで、しかも鍵垢である。ただ、私と違って中高のリア友をたくさんフォローしていて、それなりに交流している。
絢音も個人ではほとんど動いていないリア垢があるだけだが、他にバンド内で共有しているアカウントを持っている。ライブの告知の他に、バンドメンバーが練習風景や数秒の短い演奏をアップしていて、私も楽しく眺めている。
二人に対して、奈都は趣味全開のアカウントがあり、知らない人たちとマンガやアニメの話をしている。身バレしないようにはしているようだが、普通にリア友もいるし、バトンの話をしたりもしている。知っている人にバレるのは問題ないというスタンスなのだろう。
あまりリプまでは追っていないが、やはり何かしら自分の想いを文字にすると、共感する人もいれば、反感を覚える人もいるのだろう。
「そういうのは、粘着されたりとかは大丈夫なの?」
心配してそう聞くと、奈都は眉根を寄せて首をひねった。
「わかんないけど、リプ見たら色んな人と戦ってたから大丈夫だと思う」
「それならまあ」
個人的に恨みを買ったわけではないのなら大丈夫だろう。そういう人は、すぐに次の戦場を求めて移動するものだ。知らないけど。
まだ話し足りなさそうだったので、奈都が気持ち良く愚痴れるよう相槌を打ちながら、私は改めてSNSはするまいと心に誓った。
SNSというと、帰宅部の3人はインスタもやっている。奈都は「私にはオシャレすぎる」「通信量がハンパない」と言ってアカウントを作っていない。
インスタの方は私も時々写真を投稿している。奈都には「インスタっていかにもチサっぽい」「それをツイッターでやって」などと言われているが、ツイッターはオールジャンルなので敷居が高い。奈都もとりあえずアカウントだけでも作ればいいのに、変なこだわりがあるようだ。
もっとも、私もTikTokは苦手で、こちらは絢音が中学時代に作ったアカウントがあると聞いてなお、アカウントを作っていない。今は使っていないらしいので、もし再開するようなことがあれば作るかもしれない。
学校に着くと、今日は涼夏がまだ来ていなかった。スマホを確認すると、グループに「見えない何かにベッドに縛り付けられている。現れなかったら代返よろしく」というメッセージが来ていて、絢音が眠そうな鳥のスタンプを返していた。大学の広い講義室ならともかく、1クラス35人のこの教室では、代返も何もあったものじゃない。
私が教科書を机に入れていると、絢音がやって来て首に巻き付いてきた。
「おはよう。今日は雨だけど、七割方千紗都だね」
「ちょっと意味がわからないです」
「夏服の千紗都最高。1枚、また1枚と、私たちを隔てる布が減っていく」
「これ以上減らないから」
朝から興奮している友達を引き剥がすと、涼夏に適当に返事を書いた。送信を押してから、今朝の奈都情報を共有する。絢音は私の机にへばりつきながら、うんうんと楽しそうに頷いた。
「そう言えば、絢音はYouTubeのコメント開いてるけど、平和?」
絢音の縛った髪を無意味に握りながら、思い出したように聞いてみた。前に3人でチャンネルを作ったが、涼夏も絢音もコメントを受け付ける設定にしている。二人の動画は時々眺めているが、コメントまでは見ていない。
「幸か不幸か、コメントがついたことがないね」
あっけらかんと絢音が笑った。1つ1つの動画の再生数は私より多いし、歌も演奏も立派なものだが、反応をもらうのはなかなか難しいようだ。
それなら逆に、私もコメント欄を開いてもいいかもしれない。とは言え、もし悪意のあるコメントを付けられたら、私はチャンネルごと閉じそうな気がするので、やはりリアルで友達から感想をもらうだけの狭い世界を出ない方がいいのだろう。
ちなみに我がkazano vlogは、ぼんやりと勉強動画をアップし続ける内に、チャンネル登録者数が20人になり、初日にアップした動画は、先日100アクセスを超えた。
相変わらず顔も声も出していないし、ただ勉強している動画を流しながら、ワードジェネレーターで出てきた単語についてテロップで語っているだけだ。一体何が楽しくて見ているのか、さっぱりわからない。
奈都は「女子高生のおっぱいだろう」と言っているが、それは奈都の頭がおかしいからに違いない。
「コメント閉じてるし、絢音や涼夏のチャンネルみたいに、楽しみ方がわかりやすい動画と違って、私の動画は面白さがわからない」
そう首を傾げると、絢音は「おっぱいじゃないかな」と微笑んだ。この人も頭がおかしい。そう訴えると、絢音が悪びれずに言った。
「そういう頭のおかしい人たちが、20人くらいいるってことだよ」
「顔も見えない女の子の着衣のおっぱい見て楽しいの?」
「顔が見えないからいいんじゃない? 女子高生なのは雰囲気と勉強内容で確実だし、想像力が駆り立てられる」
「絢音みたいな変態が20人いると」
「そうそう」
絢音は絶対にそうだと頷いたが、とてもそうだとは思えないのは、私がおっぱいに興味がないからだろうか。
「ちょっとコメント欄開いて、感想を聞いてみたい気持ちもあるね」
交流するつもりはないが、あの動画にどんな楽しさを見出しているのか、チャンネル主としては気になるところだ。作って公開するのは楽しいが、自分では絶対に見ない類の動画である。作っているのが友達だったとしても見るか怪しい。
「『今日もいいおっぱいですね』『風乃さん、絶対に可愛いですよね。おっぱいでわかります』『何分何秒、おっぱいの揺れ』」
「長い間のご愛顧、ありがとうございました」
「そうならないように、コメントは閉じておいた方がいいね」
絢音がそう言うと同時に、チャイムが鳴った。ベッドに縛り付けられているもう一人の友人は、結局2時間目まで姿を現さなかった。
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