欠落の探偵とまつろわぬ助手

あかいかかぽ

文字の大きさ
上 下
37 / 45

「ベランダに宅配便の制服が」

しおりを挟む
「ぼくのコースに、ふ……Fさんって家があって、留守が多くていつも残荷するんだよね。どうしたら配達完了するか、二人も一緒に考えてくれない?」

「置いてこいよ」呆れたように荒川は言った。「模範解答じゃないかもしれないけど、数こなしてなんぼだろ、おれらは」

 丹野は無言だ。彼を一瞥してから、ぼくは例の荷物の説明を始めた。送り主は頻繁に荷物を送ってくること。受取人は多忙で面倒がっていること。置き配は送り主から禁止されていること。細かい再配達の指定が送り主から繰り返されていること。そして下村先輩が送り主を威圧して黙らせたこと。

「下村先輩、グッジョブじゃん」

「呼んだ、荒川くん?」下村が休憩室に顔をのぞかせた。いつのまにか私服に着替えている。「いつまでダラダラおしゃべりしてるんだい。アタシ、先に帰るよ」

 自己中な下村先輩にせかされて、ぼくらは話を打ち切って帰ることにした。もとより下村待ちの時間つぶしで始まったぼくの無駄話だ。答えを求めていたわけではない。
 下村はゲットしたTシャツを自転車に括りつけてご機嫌な顔で、荒川はバイクで、野田と丹野は電車で帰路についた。
 最寄り駅につくと寒風が耳元を吹きすぎた。

「早く帰ろう。それともなんか食べてこうか。腹減ってない?」

「……そうだな」

「この時間だと居酒屋かラーメン屋か、どうする?」

「24時間営業のピザ屋がある。ウーバーイーツを頼もう」丹野はスマホを取り出し、ふと顔を上げた。「トータルで5000円はかからないのだが……?」

 了解を求めてくる視線。意外と素直なのかもしれない。ぼくは頬の筋肉が緩みそうになるのを懸命にこらえた。

「オーケー。ピザはいいね。久しぶりだ」
 
 丹野は安心したように注文を頼んだ。
 一人で食べると途中で飽きてしまうし、食べきれないこともある。もう何年もピザの注文をしていない。誰かと分け合う前提の注文は少し面映ゆい。

 マンションの集合ポストを横切ったとき、ふと気になったことがあって丹野のコートを掴んだ。

「なんだ?」

「もういい加減、教えてくれてもよくないか? ぼくの部屋、どうしてわかった?」

「……ああ。ベランダに宅配便の制服が干してあったぞ」

「ああ、なるほど。……いや、ちょっと待て」ぼくは階数表示を押す丹野を追ってエレベーターに乗り込む。「最近はずっと乾燥機使ってるぞ。外に干してない」

「……」

「丹野……?」

「……あの夜、ハンバーガーを食べながらきみの姿を見送ったあと、2分待ってこのマンションの裏側に来た。ベランダが見えるほうだ。1階は不動産のテナントなので野田の住まいは2階以上、階段を使うにしろエレベーターを待つにしろ、部屋に戻って灯りをつけるまでに2、3分はかかる……」

 タイミングよく灯りが灯る部屋を観察していたということか。

「なんでそんなストーカーみたいなこと」

「なんとなく」

「なんとなく?」

「だから言いたくはなかった」

 部屋のカギを開ける。ぼくはもう一度丹野の顔を見た。なんとなくでストーカーするような男を三か月居候させる勇気はぼくにあるのか。もちろん、ある。

 リビングの片隅に山積みになったダンボールを見たときは、ぼくの勇気にひびが入ったけれど、もうこんなことは二度とさせない。次の休みには全部クローゼットに詰め込んでやる。
 そのクローゼットの前には新しいデスク、上にはパソコンが1セット鎮座している。これもクローゼットの中に放り込んでやる。 

 遅い夕飯の前にぼくはシャワーを浴びた。丹野は昼間に風呂に入ったというので、ウーバーの受取をしてもらった。ピザのほかにポテトやオニオンリング、コーラまで届いた。テーブルに高カロリーが華やかに揃った。

「食べたら早く寝ような。明日、一緒に職場まで来るかい。かなり早起きになるけど。うまそーだなー」

「そうしよう。……さっきの話だが」

「うめー、チーズ伸びる。さっきって?」

「不在がちの荷物の件。荒川氏が言っていたような置き配を、送り主が禁止したのはなぜだ」

「ああ、置き配は基本的にはダメなんだ。大手通販サイトは置き配がデフォのとこもあるけど、送り主が個人の場合は手渡しが原則。ただし受取人がインターホン越しに『置いておいて』と言ってくれれば従うけどね。でも言った言わないで、荒川の荷物みたいな問題が起きる場合、責任が取れなくなる。Fさんの場合は送り主から『絶対に手渡しで』と厳命されてるから、受取人が『不在時は置いておいていい』と言ってくれてても何かあったら困るから、できないんだ」

「つまり、受取人は不在置き配でもかまわないと言っていたんだな」

「そう。そのほうが都合がいいみたい。ぼくとしてもそうしたいところだけど」

「送り主は男性、女性?」

「女性だよ。ポテトやばいな、スパイシーで美味いぞ」

「受取人は男性か。苗字は同じだろう。……う、コーラが喉にしみる」

「そう、ここだけの話、実は奥さんから旦那さんへ、愛のこもった贈りものなんだ。日々忙しい旦那さんを心配しているんだろうな。再配達指示はこまめに入るんだ。『明日の昼頃に届けてくれ。いなかったら明後日の朝一に』って執拗なほど。ネットで番号を追跡してるみたい。『その時間に行けば旦那さんはいらっしゃるんですね?』ってきいても『多分』とあいまいな返答なんだけどね。もう三か月も続いている。おい、もう半分食ったろ。こっからはぼくの領地」

「しばらくの我慢だな。まもなく悩まされなくなるだろう」

「なんで? あ、コーラ、ぼくもお代わり」

「証拠集めには充分な日数が経っている」

「証拠?」

「夫は浮気している」

「…………」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熱砂のシャザール

春川桜
キャラ文芸
日本の大学生・瞳が、異国の地で貴人・シャザールと出会って始まる物語

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

天狐の上司と訳あって夜のボランティア活動を始めます!※但し、自主的ではなく強制的に。

当麻月菜
キャラ文芸
ド田舎からキラキラ女子になるべく都会(と言っても三番目の都市)に出て来た派遣社員が、訳あって天狐の上司と共に夜のボランティア活動を強制的にさせられるお話。 ちなみに夜のボランティア活動と言っても、その内容は至って健全。……安全ではないけれど。 ※文中に神様や偉人が登場しますが、私(作者)の解釈ですので不快に思われたら申し訳ありませんm(_ _"m) ※12/31タイトル変更しました。 他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...