欠落の探偵とまつろわぬ助手

あかいかかぽ

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「スマホを寄こせ」

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「妻は曜日と時間をバラバラに指定している。夫が赴任先で浮気していることを妻は確信しているんだ。浮気には規則性がある。何曜日にいないのか何時にいるのかを調べるために宅配便を利用している。夫はそんな妻に嫌気がさして、逃げ回っているのだろう。人が良すぎるな、きみは。宅配便の安い歩合で興信所の真似ごとをさせられていることに、早く気づくべきだ」

「……」

「一週間後くらいには薄い書類封筒が届くんじゃないか。品名欄には『離婚届』と書かれているだろう。この配達は、おそらく一回で済むぞ」

「……」

 愕然となった。送り主の想いを届けているメッセンジャーのつもりでいたからなのか。丹野が冴えていたからなのか。愛の重さが怖くなったからなのか。
 浮気という言葉を耳にして、現在、痛くもない腹を探られている例の事件が意識に上った。

「橋本さんの件はどうなってるんだ? 田西刑事に協力してるかい」

「……おれの仕事は終わった。そう確信している。おそらく数日以内に解決するだろう」

「……そうか、それなら安心だ」

 ベッドは丹野に取られた。抗議はしないことにした。もう慣れたからだ。



「エアタグを使う」

 翌日、丹野と出社した。丹野はまたもホームレスメイクだ。容姿がどうのと言われるのが億劫になったのかもしれない。荒川はことなかれ主義の所長に顧客満足の精神を説いて黙らせた。日比野と荒川は丹野を囲んで密談している。その後、丹野が言ったのが『エアタグ』である。

「荒川氏に配達してもらい、小芝居をして置き配にする」

 どうやら餌を撒いておびき寄せる作戦らしい。ぼくの耳はダンボになっている。
 丹野がこちらを見た。視線が合う。

「野田」

「なに?」

「スマホを寄こせ」

「? なんで?」

「エアタグの代わりにする」

「なんでぼくのを?! 自分の使えよ」

「いいから、貸せ。配達中は会社貸与の携帯を使うのだから必要ないだろう」

 荒川と日比野は無言でぼくの出方を注視している。代わりに自分のをどうぞと言う気はないらしい。

「しょうがないな。壊したり、なくしたりするなよ」

「了解した」

 ぼくは彼らの輪に加わって成り行きを見守った。スマホを提供したのだから堂々としていていいだろうと思う。

 「はい、書きましたよ。どうですか?」

 荒川が記入済みの配達伝票を丹野に手渡した。

「その伝票、ダミー?」

 ちらと盗み見たところ、力強い筆跡が見えた。性格を表すように、一字一字しっかりと枠をはみ出す勢いで書かれている。品名欄は『わすれものだよLOVE』。
 届け先の欄はもちろんストーカー被害の女性の名前だ。
 送り主の名前は荒川ではなくイケメン風な名前になっていた。龍王院麗弥。ホスト風のキラキラした名前だ。住所はリアルな住所のほうがよいという丹野の意見で、アカブタ運送の本社になっていた。

「いい名前だろ。もしおれが芸能人デビューするならこれを使うね。中学生の時に考えた名前なんだ」荒川が長年胸に抱いていた芸名らしい。

「あれ、野田くんのスマホがぶるぶるしてるよ」日比野がスマホを取り上げてぼくに手渡してくれた。「電話みたい」

 一見覚えのない番号の羅列。

『どうも。田西です』

「あ、どうも……」ぼくは丹野たちに背を向けた。聞かれないように、小声で話す。「なんですか。仕事中なんですが」

『申し訳ありませんなあ。今日は一日お仕事ですか。では夜にでもお伺いします』

「いや伺うって。なんで。あの、何か進展でも?」

『いえ、別に。お仕事お疲れ様です』

「そちらこそ……」通話はあっさりと終わった。「友達からだった」とつまらない嘘をついてスマホを預ける。丹野は問いただしたりはしなかった。

「ねえねえ、野田くん。アタシたち、そろそろ行かない?」

 下村先輩が呼びにきた。所長命令で今日も二人体制なのである。早めに出発しないと、また過重労働になる。応援が必要だったら必ず連絡して、と言いおいて、出発することになった。嫌な予感しかしなかった。

「ねえ、野田くん。例の死体遺棄事件はどうなっているの。実は今日、きみが出勤する前にさあ、刑事たちがここにやってきたんだよ」

「え、ぼくが来る前って、そんなに朝早くですか? 先輩っていつ寝てるんですか?」

「たまたまアタシが一番乗りでね、駐車場のところでつかまったよ」

「そうなんですか……」

 担当区域まで信号にひっかからずにスムーズに着いた。いい先触れだ。そう思い込もうとした矢先、下村の話は衝撃だった。

「野田くんのこと訊かれたよう。きみ、やっぱ、疑われてるね~」下村ははしゃいでいる。

「……はは、なに言ってんですか」

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