欠落の探偵とまつろわぬ助手

あかいかかぽ

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「間抜けな連中だ」

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「恋愛だって同じだ。恋に落ちれば人はバカになる。わくわくどきどきは殺人事件で充分だ。名探偵は恋愛に浮かれては務まらない。ゆえに不要な人間関係は避けている。野田は年中恋愛やセックスのことを考えているのか。そんなことはタニシたちの前で言わないほうがいい。性欲を抑えきれず橋本夫人と情を結んだと思われる」

「そ、そうか。気をつける。でもさ、今のところ状況証拠しかないぼくが逮捕されることなんてないよな」

 唐突に、殺人事件の容疑者の立場に引き戻されて、身が引き締まった。丹野をからかってる場合ではない。

「状況証拠だけで死刑判決がくだされた例もある」
 
 ティラミスを完食した探偵は満足げだ。だがその顔はすぐに曇った。
 パトカーのサイレン。田西刑事から催促の電話だ。丹野は大きな溜息をついてから、砂糖とミルクたっぷりのコーヒーをゆっくりと飲みほして、スマホを片手に席を立つ。外で話すのだろう。ぼくはダーツを抱え、会計をすませて、丹野の後を追った。

「では靴の修理屋もあたったらどうですか。ええ、靴の修理です。被害者が履いていた靴、最近ソールを換えた形跡があったでしょう。……そうです、修理屋は愛人の可能性があります。気づいてると思ってたんですよ、こっちは。……ええ、じゃあ」丹野は通話を切り、軽く首をふった。「間抜けな連中だ」

「気づいてたなら早めに教えてやればいいのに」

「靴の修理屋は愛人かもしれないが犯人ではない。単なる時間稼ぎだ」

「え、え、ええ?」

「ひとつはっきりしたことがある」

「なんだ?」ぼくは前のめりになって探偵を注視した。

「やはり姿見は必要だ」

 探偵は近くのインテリアショップに行き、フルサイズの姿見を注文し、紳士服専門店でブランドスーツ一式を5着とコートと部屋着と靴下と下着を買い、そのうちの1着に着替えた。着てきた服はその場で捨てた。支払はカードだった。野田はダーツを抱えて後をついていくのが精一杯だ。丹野の豪快なショッピングを幻想のように眺めていたが、姿見と衣類の届け先を野田のマンションに指定された時点で我に返った。

「おい、どういうことだ」

「どういうこととは? 取り込み詐欺の犯行現場に立ち会ったみたいな顔をしているな。安心しろ、支払は分割、ボーナス払いも併用した」

「……あては? 口座に貯金あるの?」

「引落日までに入金すればいい。今日は稼ぎ損ねたが、三か月あれば150万程度の支払いなど問題ではない。足りない月はカードローンでしのぐ」

 破滅の音が、地獄の鐘の音が脳裏に響く。絶対にダメなパターンだ。

「……送り先をぼくの家にした理由は?」

 丹野は眉をしかめた。バカを見るような目付きだ。

「他にどこに送れと?」

「一宿一飯って、言ってたよな」

「それは言葉の綾だ。三か月あれば、野田は立派な探偵の助手になれるだろう」

「冗談じゃない……」

「警察は、内偵から特定、逮捕にいたるまで数か月、ときに1年以上かけることがある。三か月なら短いほうだ」

 三か月居候する気満々なのだ。ぼくは気を失いそうになった。小柄で巨乳の女の子なら大歓迎だが、背が高い巨根の男なんて、悪夢でしかない。
 しかも今のままでは取り込み詐欺の片棒になる可能性がある。

「どうかしてるよ、あんた。賢いのではなく、ズル賢いんだ。さっきのだって、犯人は店員だったのに、カラスにミスリードさせるようなヒント出しやがって。ヒントじゃなくてトラップじゃないか」

 丹野は口元だけで笑みを返す。

「きみだって楽しんでいただろう、探偵の真似事を。点と点を結ぶのは正しい。だが点を取捨選択して、ときに捨てる勇気も必要だ。おれぐらいになるとどの点を選択するかは一目でわかる。野田には修練が必要だ」

「いらねー」

 ぼくはきみの助手になる気はないし、一緒に住む気もないんだから。

「理解してもらえなくて残念だ」

 今度は野田のスマホが鳴った。後藤所長から電話だ。「ちょっと待ってくれ」道路の端に移動して電話に出る。

『野田くん、休みは満喫しているかね』

「……おかげさまで」

『こっちはたいへんだよ。きみがいないと仕事がまわらないんだ』

 自分で休みを指示しておきながら所長は弱音を吐いた。だが状況は想像できる。宅配便業界はいつでも人手不足だ。

『私はへとへとだ。ああ、腰が痛い。明日は通常通り出勤してくれ』
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