欠落の探偵とまつろわぬ助手

あかいかかぽ

文字の大きさ
上 下
24 / 45

「あったりまえでしょう!!」

しおりを挟む
「もちろんです」

 しばらく休め、と言われなくてよかった。ほっと安堵の息を吐く。野田が抜けた穴は、所長のほかに荒川と下村がフォローしたと聞いていた。ふたりには迷惑をかけたことを謝らねば。

『荒川くんには明日は休んでもらうことになったよ。忙しくなればなるほどギラギラ燃えてくるからね、彼は。怖くて……。でね、伝達事項なんだけど、例の藤田さんの荷物、また来てるよ。今日も無理だと思うんで、よろしく頼む』

「まかせてください」客のなかには訳ありの面倒な人もいる。所長に丸投げするつもりなどない。

『なにかあったらすぐに電話しなさい。遠慮しなくていい。私は困っている人がいたら助けてあげたくなるんだ』

 そうだったかな、と首を傾げつつ、野田はとりあえず礼を言った。

『いきなり警察が来たから私も動揺しちゃったんだよ。野田くんのことは気にかけてるんだ、いつも頑張ってくれてるからね。ね、わかってるよね。今度の人事評価、よろしくね。同僚評価はどうでもいいから上司評価は全項目満点でお願いね』

「……はい、もちろんです」

『警察から何か言ってきたら連絡するから、携帯は切らないでね。私はきみを信じているからね。言うべきことがあったら早めにね。……ね、やってないよね、犯罪?』

 恐る恐る問う所長に怒鳴り返した。

「あったりまえでしょう!!」



「いっそ辞めてしまえばいいのに。探偵の仕事の方が面白いぞ」

 丹野は露骨なほど不機嫌だ。

「辞めるわけないだろ。ブラック企業でもかまわない。平凡でもいいから、穏やかに暮らしたい。明日をも知れない稼業に身を投じる勇気は持ち合わせていないよ」

 ホームレスに仕事を勧誘されても魅力を感じるわけがない。並んで駅に向かいながら、肩をすくめて見せた。

「説得の続きをしてもいいか」

「説得? 助手は無理だよ。他を探してくれ。そもそも助手なんて必要ある?」

「助手の件はひとまず置いておこう。拙速だった。おれの探偵業が順調であることをもっときみに知ってもらわなくては。こうしよう、取引だ。三か月、居候させてくれるなら、橋本夫人の事件を最優先する。きみに罪をかぶせることはしない。そのほか、面白そうな依頼には同行してくれてかまわない。自慰行為の邪魔はしない。ただし女性の連れ込みは事前申告制にしてくれ。風呂で背中を流せと要求しない。ファッションセンスを罵倒しない、……なるべくな。食費、家賃、光熱費など生活費は折半する。必要に応じて奉仕をしよう。皿を洗ったりとか、肩を揉んだりとか……どうだ?」

「わかったよ、わかったわかった!」ぼくの頭は途中で思考停止した。まともに聞いていたら気が狂いそうだ。「三か月だけだぞ。三か月過ぎたら本当に出て行ってもらうからな!」

「よろしく、わが友よ」

「もう自分で持てよ、このダーツ。召使みたいにずっと持ってやってたの、腹立つな」

 先に駅の改札を潜り、丹野がゲートを潜ったら手渡そうとしたら、彼は改札のバーの向こうでくるりとUターンすると、「用事ができた。あとで連絡する」と言いおいて駆けていった。ぼくは改札ゲートに阻まれる。

「え、おい?」

スマホが鳴った。

『先に帰ってくれ。おれはカラフルドーナツを食べたい。そのあと警察に協力してから帰ることに決めた』

 丹野からのLINE。ぼく本人の知らない間に勝手にお友達登録されている。電話帳にも丹野の登録を発見した。ぼくが寝ている間に指紋認証を外したのだろうか。

「なんて勝手な奴だ。ダーツ持って電車に乗るのが恥かしいからだな」

 どう返事をしたらいいか悩んだあげくに書いたのは「夕飯は何がいい?」だった。

『すき焼き、あるいはサーロインステーキ』
 丹野は名探偵なのかもしれないが、同時に浪費家でもある、間違いない。彼の言う通りに、依頼がそれなりにあって、そこそこ収入があったのだと仮定したら、破綻したのは財布のひもがブチ切れているせいだろう。財布にはデカい穴もあいているだろう。収支の見直しが必要だ。

「ざけんな」

『ハンバーグ。またはオムライス』

 譲歩し始めた。選択肢が子供っぽい。

「他に好きな食べ物は?」

 純粋に好奇心で訊ねると、

『カップラーメンでもいい』

 と拗ねだしたので、周囲の耳目を忘れて思わず噴き出した。
 一度自宅に戻り、邪魔なダーツを置いてから食材の買い出しに行こうと決めた。

 集合ポストが自然と目についた。そういえば、部屋番号特定の経緯を聞いていなかったことを思い出す。いや、正しくは、聞いたけれど答えなかった、だ。法的にグレーゾーンなのだろうか。そんなことで口を閉ざす性格には思えないが。

 橋本夫人殺人事件の解決が最優先事項になったことは素直に歓迎すべきことだ。おかげで気分は少しだけ持ち直した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熱砂のシャザール

春川桜
キャラ文芸
日本の大学生・瞳が、異国の地で貴人・シャザールと出会って始まる物語

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

天狐の上司と訳あって夜のボランティア活動を始めます!※但し、自主的ではなく強制的に。

当麻月菜
キャラ文芸
ド田舎からキラキラ女子になるべく都会(と言っても三番目の都市)に出て来た派遣社員が、訳あって天狐の上司と共に夜のボランティア活動を強制的にさせられるお話。 ちなみに夜のボランティア活動と言っても、その内容は至って健全。……安全ではないけれど。 ※文中に神様や偉人が登場しますが、私(作者)の解釈ですので不快に思われたら申し訳ありませんm(_ _"m) ※12/31タイトル変更しました。 他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...