公爵夫人(55歳)はタダでは死なない

あかいかかぽ

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「わしはあったと思っているぞ」

 公爵は今度は力強く断言した。なにかに抗っている様子が見て取れる。サラは目を細めた。

「わたくしたち二人の間にあったのは、時間よ。長い時間。それだけ」

 サラは公爵の手を掬い取り、自分の手を重ねた。

「あなたがおっしゃる特別なものとは、なんなのでしょう」

「世界中で一番わしを理解してくれているのは、おまえだ」

「そうかしら。あなたには貴族院のお仕事があるじゃないの。狩り仲間も、トランプ仲間もいて、お友達がいたでしょ。わたしよりずっと社交的だったじゃないの」

「純粋な友情で繋がっていたとでも思うのか。見栄と虚飾にまみれた腐った連中だ」

 若い娘に騙されて逃げられたのかと、嘲笑してくるだろう。そのうえ金に困って公爵位を売ったなどと知られたら総スカンを食うはずだ、もう尊敬してはもらえない、と公爵は悲嘆する。

「類は友を呼ぶってほんとですわね。離婚騒動が起きなかったら気付くこともなかったでしょうね」

「おまえは今までずっと、わしを見捨てるようなことはしなかったじゃないか。少なからず、愛情があったからだろう」

「なかったとは言わないけれど、振り返ってもどこで愛を落としてきたのかわからないのよ」

「落としたとは限らないじゃないか。かくれんぼが得意なのさ」

「感謝してるのよ、あなたには。気付きが鍵となって新しい扉を開くことができたから。わたくしは以前よりずっといきいきしていると思わない?」

 サラが微笑むと、公爵は眩しそうに目を細めた。

「年月を重ねるごとに、道は細くて曲がりくねり、心細くなるものだ」

「これまでの道は広くまっすぐで見通しがよかったけれど、やはり寂しいものだったわ」

 公爵はそこでようやく「すまん」と口にした。謝罪の言葉など珍しいことだった。

「あなた……?」

「わしらの間には、本当に共有する時間しかなかったのか」

 ここ5年ほどは共有する時間さえなかったわね、と言いたい衝動を抑えて、サラは答えなかった。予想以上に公爵はへこんでいると感じたからだ。

「ならばもっともっと時間がほしい」

「……わたくしたちに残された時間は少ないですわ」

 サラの手が公爵から離れると、公爵は慄いた表情になった。

「あいつと……レオノールとだけは再婚しないでくれ!」

「レオノール氏と。まあ、へんなことをおっしゃる」

 サラは二歩後退した。笑顔のままで公爵を遠ざける。

「わたくしのようなばあさんは誰も相手にしないとおっしゃったのはあなたでしょう」

「サラ……」

 逃げようとするサラに手を伸ばし、公爵はすてんと転んだ。足もとには濡れ落ち葉。嵐の名残か、バルコニーに落ち葉や枯れ枝がちらばっている。

「まあ、しっかりしてください。ほら、ご自分の足で立ち上がって」

 サラは公爵の腕を掴んで支えた。バルコニーに落ち葉がたまっているのは掃除が行き届いていないからだ。公爵邸の掃除は、以前はサラがすべてこなしていた。今は誰もやる者はいない。
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